第1話『アイドルは新入生』Part2 Part1に戻る
同じころ。都内某所の高校も始業式を迎えていた。ただ様子がだいぶ違う。
その学校にはきちんとした名前があった。だがみんな誰もその名で呼ばない。いわゆる不良の巣窟。
いつしか「悪漢高校」と呼ばれるようになっていた。だが意外なことに校内は統制が取れていた。それは力によって統一を果たした男がいたからだ。その「総番」が校庭で演説していた。
「俺はこれから無限塾へと乗りこむ。あの男の誤った教育方針に鉄槌を下し道を誤った新入生たちを目覚めさせるためにだ。賛同するものは俺とともに来い」
「お待ちください。総番」
「サルか」
「総番」がつぶやくと同時に影が降りたつ。身長は160の半ば。体重も標準より少ないだろう。刈り込んだ髪。
そしてサルと呼ばれるのは「春日マサル」と言う本名と身軽さ以外にその顔つきが一役買っているのは間違いなかった。ご丁寧に「孫悟空」の「如意棒」よろしく1メートルほどの棒を手にしていた。さらに金のわっかまでつけていては言い訳も出来ない。
「ここはこの四季隊最強を誇るわたしにお任せください」
「自分が出ずに人に任せろというのか」
「いえいえ。ただ今日は「悪漢高校」の入学式でもあります。やはり総番にはここにいていただかないと。尖兵はわたしが勤めますゆえどうかお任せください」
春日の言葉に少し思案していたが
「いいだろう。そこまで言うならばお前に任せたぞ」
「はっ。無限塾の新入生に入学祝を届けてまいります」
言うだけ言うと再び跳んでいた。そして無数のバイクが発進する音。奴らの「行軍」が始まった。
無限塾。講堂。対面式も兼ねていたので二年生と三年生も出席していた。
「わたしたちもいよいよ上級生ね。坂本くん」
「わたしたちも」の部分にことさら力をこめて髪の長い少女が潤んだ瞳でとなりの男子生徒に語りかける。美少女と言うよりは美女。背も高いせいかやや威圧的な印象があるが実はそう言う性格だ。逆を言えばそれがこれだけしおらしく振舞うあたり「ぞっこん」だということにもなるが
「そうだね。新入生の模範となることを要求される身となったと思うと緊張するよ」
端正な顔立ちだがやや固そうなイメージの少年が律儀に返答する。
「へっ。坂本。橘のお嬢さんは『下級生』の『もう一人のお嬢様』を気にしてるようだぜェ」
オールバックで髪を一ふさ襟足で止めたにやけた表情の軽い男。入来が後ろから割りこむ。
「だ、誰が北条の小娘なんか」
口は強がるが思わず浮かした腰ともともと高いのに裏返りかけた声。それが彼女。橘千鶴の強がりであることを如実に語っていた。
「続いて新入生宣誓。代表。赤星みずき」
司会の教師の声にざわめきが走る。
「おっ。噂のスーパーガールだな。いくらこの学校が一芸入学があるといえど一応試験はある。それで全部満点を取ったと言う才女か」
どうも事情通なのか入来はその手の情報に強いようだ。
「はい」
芯の強さは感じさせる声色だがどうにもこうにも可愛らしい、いかにも「女の子」といった声が司会の声に答える。そして声の主が壇上に上がると男子を中心にため息が漏れる。
美少女だった。かなりの小柄だが愛らしい顔つき。そしてそれにまるで似合わない大きな胸。くびれた腰。引き締まったヒップ。 あまりに毅然としすぎた態度と素直な直毛である物の短すぎの髪の毛(襟足をゴムで束ねている程度)は女らしいといえなかったがそれ以外は全身で「女の子」を主張しているようなプロポーションだった。
「へぇー。(背が)ちっこいのに(胸が)でっかい。山田まりやみたいだな」
「どっちかと言うと顔立ちの可愛らしさの割りにキツイのは宝生舞みたいだな」
「そっかぁ? オレはむしろ出たころの相川七瀬って気がするぜ。背もないしきれいなんだか可愛いんだかよくわからないところも。特に髪の毛が黒かそうでないかの差で似てるし」
あちこちで勝手な評論が始まる。そう。彼女は入学式の前に男っぽく振舞っていたあの少女だ。
その少女。赤星みずきはすたすたと中央へと歩み寄る。
男っぽく歩くたびに胸が上下に揺れる。男子生徒の生唾を飲む声が聞こえるようだ。
「…はしたない…下着もつけてこないなんて。たかが新入生でもう男の目を集めることを考えているのかしら」
さすがに同性。下着の有無を見ぬけていた。もっともそれだけ揺れれば誰でも想像してしまうが。そんな視線をまるで無視するようにきりっとした表情のみずきは中央にまで歩くと塾長と対峙した。
小柄な少女は挑むように大柄な老人を見上げた。まるで「視殺戦」のように激しく鋭い眼光が絡まり合う。
無限塾塾長は偉丈夫だった。頭のてっぺんには毛髪がほとんど残ってないがその鋭い眼光は生命力を感じさせ時折、彼が老人であることを忘れさせる。
その塾長が促すようにうなずく。みずきも答えるようにうなずく。二人だけに交わされた約束があるかのように。そしてみずきは用意されたスタンドマイクに近寄りその愛らしい声で宣誓した。
「わたし達は、今日より無限塾の学徒となります。塾生として学びのときを過ごし、恥ずべきところのない人間になることをここに誓います。新入生代表・赤星みずき」
「うむ。精進せよ」
恐ろしく渋い、さび付いたようなきしんだ声で鷹揚に言うのだがどこか温かみを感じさせる声で塾長は言う。それを受けてみずきが塾長に向かい合った状態で礼をするため後ろへ下がったときだ。
すってーん。下げた左足を滑らせ思い切り前のめりに転んだ。ふわっとスカートが舞いあがり「中身」を全校生徒や教師。 果ては列席の新入生の親にまで見られる羽目になった。
(白!)
男達の視線は一点に注がれていた。ざわめきが起こる。
「な、何であんな何もないところで」
「しかも平たい場所ですっ転ぶのよ?」
「今日は入学式だから気合を入れて掃除しすぎてワックスでも残っていたかぁ?」
「可哀想、あたしだったら恥ずかしくてもうこれないわ」
「それにしても可愛いお尻してんじゃなーい」
「彼女ォ。誘ってんのかーい。何なら式が終わったらホテルで相手してあげるよぉーん」
「いやいや。退屈な入学式でいいものを見せていただきました」
「うーむ。しかし単なる白。それも実用一点張り。せめてフリルくらい」
「ここから見分けられるなんてどう言う目をしてるんだよ」
「静粛に」
司会進行の教師が静まるように呼びかけるが収まらない。やがて当のみずきがおきあがった。振りかえるや否やそのよく通る甲高い声で
「やかましいっ。白いパンツがそんなに珍しいかッてめーらっ」
一喝してのけた。一同静まり返る。並のアイドルにも負けていない愛らしい見た目と声に対してあまりにギャップのある態度に戸惑っていた。
「ひょー。やるじゃんあの娘」
「なんてはしたない。まるで男のような野蛮さ……あっ。男と言っても坂本くんは違うわよ。坂本君は優しいもの」
「………」
後半は猫なで声になる千鶴の態度の豹変ぶりに軽口を叩いていた入来もさすがに黙り込む。壇上のみずきは一喝では納まらずさらに続ける。
「さっきから聞いていれば人のことをあーだこーだと。うるさいぞ」
「そのくらいにしなさいよ。みずき」
もう一人の少女。及川七瀬が止めに入った。
「引っ込んでろ。七瀬」
旧知の仲故に七瀬は見かねて壇上に上がった(多分にお節介焼きな性格も手伝っていたが)。そして旧知の仲故にみずきは遠慮なく怒鳴りつける。
「ここでなめられていたらこの先に関わるからな。ガツンと言ってやらなきゃ」
しかし逆にざわめきがひどくなる。もともと不良まで抱え込んでいるのでもっともだ。
「『ガツンと』ね。これでクリントン(大統領)のそっくりさんでもいればシチュエーションの完成なんだが」
「CMネタは風化するからやめとけ」
「それにして『なめられる』ってのがほとんど男の思考法だな」
「案外オカマだったりして」
「あれだけ背がなくてあれだけ胸があってか」
「胸はパッドでどーにかなるし背のない男だって」
他愛もない言葉に壇上のみずきは過剰に反応した。
「そこっ。誰がオカマだと。もう一度言ってみやがれ」
「やめなさいよ。みずき」
「引っ込んでろ。このデブ」
「あ?」
瞬間、空気が凍りつく。みずきが失言を悟ったときはもう遅い。
確かに七瀬はふくよかだった。しかしそれは痩せていないと言うだけ。決して太いとは言えない。十代特有の健康的な体躯だった。ただこれも少女の悩み。本人は太いと気にしていた。みずきは逆鱗に触れたことになる。そのみずきに七瀬は無言でずかずかと歩み寄る。
「い、いや。あの…七瀬…さん…」
さっきまでの怒声はどこへやら。思いきりうろたえた声を出す。
「誰が太いんですってェェェェェ」
ピシ。パシ。パン。七瀬の平手がみずきの左右の頬に見舞われ3発目は両手で両側からサンドイッチされた。そして
「みずきのバカぁーっ」
七瀬に蹴り飛ばされて講堂から飛ばされるみずきであった。
「うーん。やっぱりそう言うときの掛け声は『いっぺん死んでこーい』だよな。飛ばされる方も親指と人差し指と小指を立てて中指・薬指はしまった状態で飛ぶのが約束なのに」
七瀬の迫力に静まり返る講堂の中で上条だけがわけのわからない感想を述べていた。進行役の教師が思い出したように進行に戻る。
「え、えーと…それでは塾長のお話に移ります。一同起立」
礼をして着席する。塾長はやはりマイクも使わずに恫喝する。
「わしが無限塾塾長。大河原源太郎である。以上」
慣れている上級生はともかく新入生の大半はこけていた。
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