序幕・その2 その1に戻る
春。死の季節「冬」が過ぎ命の目覚める季節となる。ぶしつけにほほを叩いていった風も優しくなでるように変わる。春の象徴とも言うべき桜が卒業と進学を祝うがごとくポツリポツリと咲き始める。いやがおうにも浮かれるそんな季節なのに無粋な奴等がいた。
繁華街の中を浮浪者風の男が駆け抜ける。それを警官たちが追っている。男は器用に人ごみの中をぬって逃走する。警官たちはやや遅れている。人ごみの中ではパトカーどころか自転車でも追走は出来ない。結局自分の二本の脚だけが頼りなのだ。
当然だが発砲など論外。例え威嚇射撃でもである。逃げる男はそれを充分に計算していた。
むろん警官たちとて応援は要請しているが巧みに道を変えて先回りを回避している。イヤ、一度だけ先回りが成功したがそのときは『何も持っていないはず』なのに男が腕を二回振った。それだけでまるで銃に撃たれた様に警官たちは吹っ飛んだ。それで突破されたのだ。振り切られた警官が無線で報告する。
「追跡中の被疑者は手配中の斑信二郎と思われます。現在は殺人の現行犯で追跡中」
そして警官と『斑』の鬼ごっこは続く。
(この体でも少し『遊びすぎた』な。そろそろ変え時だ。これだけ目立てば効果的だ。後は『代わり』をみつけるだけ)
斑は心中でつぶやきながらひた走る。警官たちは訓練しているはずなのに息が切れてきた。
「くそッ。なんて足の速さだ。とても(寝てばかりの)浮浪者とは思えない」
「どいてくださーい。その男は殺人犯ですッ」
警官としては警鐘を鳴らしたつもりだがそれがパニックを引き起こす。
「殺人犯!?」
「い…嫌ぁーっ」
やじ馬は恐れから逃げる。イヤ。一人の男が「殺人犯」に対して果敢にスライディングをしかけた。
「むっ」
斑はハードルを跳ぶように避けたがその男は脚を蹴り上げるように滑った。脚を取られた斑はもんどりうって倒れこむ。そこに男が抑えこみにかかる。だが斑は倒れた体制から逆上がりのように宙返りを打つ。その際に繰り出した蹴りが男を弾く。
「くっ」
しかし男はその屈強な肉体で耐えた。斑はにやりと笑った。その笑みに男は神経を逆なでされた。
「何がおかしい。殺人犯」
「お前、気に入ったぞ。『殺人犯』と知りつつ跳びこむからにはそれなりに体にも自信があるようだな。それは組み合ってわかったぞ」
「何をわけのわからんことを言っている。おとなしくしろ」
男は斑に跳びかかる。斑は今度はなぜかあっさりとつかまれる。ふたりは転げまわる。追いついてきた警官が顔色を変える。
「危ない。そっちは急な階段。落ちたら」
言っているそばからふたりは転げ落ちた。
むしろ斑から心中のように転げた。それなのに斑は相手の男の後頭部をかばうようにしていた。二人は結局 下まで転げた。警官たちが駆け下りる。
斑はぐったりとしている。男は突然痙攣したが再び気を失った。
「痙攣? 少なくとも生きているな」
「市民を巻き込んだだけでもえらいことなのに巻き添えで死なれたら」
二人組の警官は大慌てでかけより二人を助ける。 斑は手錠をかけた上で活を入れようとしたが反応はなかった。脈をみる。
「だめだ。脈がない」
「こっちは生きてるぞ。救急車を急げ」
「わかった」
「不幸中の幸いだな。ただ気のせいかコイツ(斑)が頭をかばっていたようだが」
救急車が来た。
搬送中に追跡中の男は死亡。後の調べで連続殺人で手配中の自称・斑信二郎。通称マーダラーと判明。そして組み合った男は一時的に記憶の混乱を起こしたが(転落時の衝撃が原因と思われる)一晩の入院だけですんだ。名前を尋ねたら男は自分の上着から「中尾勝」と名前の入った免許証を医者に見せた。
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