本日の日記

耳を傾ける

2020年8月30日(日曜日)

賢い人というのは、柔軟に物事を考える人が多いみたいですよ。
自分より良い意見があれば素直に取り入れ、自分が気付かなかったことを注意されても耳を傾けます。
するとね。周りの人の信頼を得られると思いますよ。

松原照子の印

本日の世見

戦争の記憶

2020年8月30日(日曜日)

  • テロ・戦争・紛争

『戦争と平和』 トルストイはどのような思いでこのタイトルを付けたのでしょう。
戦争を好きな人がいるとしたら、ほんのひと握りでしょう。
殆どの人が、戦争など今世から消えることを願っています。
戦わなければ平和を望めない場合もあるかもしれませんが、誰もが平和な日々を願います。
この日本に於いても、戦争に明け暮れた日々がありました。
今から75年前。日本は終戦を迎えましたが、玉音放送を耳にするまで、我国は米軍からの無差別攻撃によって言語を絶する悲しい物語をつくったのです。
私ね、大人になってから不思議に思うことがあります。日本の教科書って、日本の大空襲の真実を何故教えないのかが不思議なのです。
「戦争中は敵のアメリカは悪者揃いだと言っていたのに、終戦後、アメリカに“さん”を付けて、アメリカさん と呼んだ学校の先生がいた」と、昭和10年生まれの知人は、いつも思い出しては腹を立てていました。
あまりにも惨酷な米軍の本土攻撃では、民間人50万人以上が犠牲になったのですから、本当に胸が痛みます。
現在においても全容が掴めない空襲の記録を、私達は忘れてしまっていいのでしょうか。
今更米軍を敵軍とは思えませんが、無念の死を遂げた人々が日本中に多くいたことくらいは忘れずにいてあげたいのです。
75年の年月は短くもあり、長くもある年月です。
第二次世界大戦時の記憶がある人も、高齢になってしまいました。
日本の空襲が本格化するのが昭和19年(1944年)以降です。当初は軍需工場などが集中的に攻撃されていたのですが、昭和20年には人口密集地への無差別攻撃が行われるようになって行ったのです。
今、『火垂るの墓』を思い出し、目頭が熱くなっています。
平和ってありがたいことです。

松原照子の印