【電子でも読みたい・この作家この3冊】幻想怪奇アクションの達人・菊地秀行
●リアルタイムに新刊が発売され続けている作家の作品であれば、本好きの者ならば、書店で見かけることもあればネットで情報や評判を目にすることもあるだろう。しかし、たとえ巨匠と呼ばれていても、ベストセラー作家だったことがあっても、筆を折っていたりすれば、新たな情報に触れる機会は少なくなるし、名のみ聞けども紙では絶版、電子にはなっていないなんていう作品も、じつはかなりある。
と、ここまでは毎度おなじみのイントロですが、今回は大ベテランだけれどバリバリの現役という強者をご紹介したい。でも、キャリアが長くて、過去の作品が百冊以上になれば、後追いの読者には「どこから手をつけていいの?」という人もいるはず。あなたも、そうではありませんか? そういうときは、まずこの作家のこれを読んでみてよ、面白いからさ――とオススメしたい名作を紹介しようというわけ。騙されたと思って読んでみてくださいよ。おいら、嘘はつかないから
菊地秀行(きくち・ひでゆき 1949年9月25日生~)千葉県銚子市生
日本の作家・翻訳家・評論家・エッセイスト。幼年期から内外の幻想怪奇小説と漫画、さらにホラー映画・テレビから大きな影響を受ける。青山学院大学法学部卒業。青山学院時代に推理小説研究会の会長を担う。顧問は作家の山村正夫氏。フリーライターとして雑誌で活躍をはじめ、翻訳家としてマルコ・ヴァッシーの『女医の部屋』などのポルノ小説を多数訳出。やがて、アーノルド・フェダーブッシュ『凍結都市』やボブ・ショウの『メデューサの子ら』といったSF小説の翻訳へと移行。1982年に『魔界都市〈新宿〉』シリーズ、1983年に『吸血鬼ハンターD』シリーズを開始し、またたくまにベストセラー作家への階段を駆け上がる。映画化、アニメ化された作品も複数あり、これらはいまでも海外で高く評価されていてファンが多い。
●1980年代、雨後の筍のようにSF系や幻想怪奇系の活劇調エンタメ小説の作家が続々と出現した。『グイン・サーガ』シリーズの栗本薫氏、『キマイラ』シリーズの夢枕獏氏、そして菊地秀行氏。1970年代から活躍していた『幻魔大戦』の平井和正氏、『クラッシャージョウ』の高千穂遥氏なども人気絶頂となって、それまで一部のマニアだけのものという偏見がなくはなかったSFやファンタジーやホラーを一般読者に認識させるのに、大いに貢献されたのだ。
なかでも、菊地秀行氏は長篇では異界を舞台に魅力的なキャラクターと世界設定を築き、アクションで押す手法で高く評価された。いっぽう、短篇では叙情的な作品もものし、大技小技の両方を使いわけられる曲者作家でもあることを示した。
1980年代、90年代、2000年代、2010年代と、時代の変遷とともに微妙にスタンスを変えながらも、毎年、何冊もの新刊を発表し続けている、その健筆ぶりについては、いまはもう並ぶ者がいないのではあるまいか。
発表した作品はかなりの冊数に上る。主だったシリーズものだけでも、《魔界都市ブルース》《魔界医師メフィスト》《魔界都市ノワール》《凍らせ屋》《魔界創生記》《魔豹人》《トレジャー・ハンター八頭大》《闇ガード》《妖魔》《魔王軍団》《妖戦地帯》《転校生》《バイオニック・ソルジャー》《淫蕩師》《指刺師》《妖人狩り》《ブルーマン》《コマンド・ポリス》《賞金荒し》《魔人》《トラブル・シューター蘭馬》《妖美獣ピエール》《魔戦記》《YIG》《リリス》《退魔針》《ウェスタン武芸帳》《からくり師蘭剣》《魔剣士》《しびとの剣》《幽剣抄》《幽王伝》《スペースオペラ》《ブレード・マン》などなどがある。が、大別するといくつかの路線に集約できるので、それぞれのエッセンスを味わってから、お好みのシリーズを追うのがいいだろう。
《第3位》『魔界都市〈新宿〉』シリーズ
200X年、<魔震>と呼ばれる大地震とともに新宿の街は、魔に包まれた異空間となった。<魔界都市>の出現である。そして2030年、人間とロボットとサイボーグが共存する東京で、全地球規模の事件が起ころうとしていた。地球連邦のトップの命を狙おうと、魔道士が策略をめぐらせていたのである。その計画を阻止すべく立ち上がったのが、魔界で修業を積んだ十六夜弦一郎の息子、十六夜京也。親子二代で編み出した念法を使い、魔界都市で暗躍する悪い奴らに挑む。
のちに作者自身、当時はホラー・アクションに対する照れもあってSF色がかなりあると述懐していらっしゃるが、それによって、SF、ホラー、ファンタジー、アクションなど何でもありの、独自の世界観が構築されることになったのだろう。説明をお読みいただければすぐにわかるように、漫画――というよりも劇画かアニメに近い設定と展開で、その根底にカンフー・アクションや(昭和のテレビドラマの)青春ドラマの影響も感じ取れる。
地震によって変貌した新宿のイメージは、まだこの一冊目では充分に生かされていないものの、二冊目以降に期待をもたせる雰囲気がちらほら感じられるし、そこで戦うキャラクターたちはいまでもアニメにそのまま使えそうな連中だ。一冊目では、女性キャラの色気がまだ足らないんだけれどね。ラノベの原点のひとつでもあり、いまだに派生作品を増やしながら書き継がれている新宿を、あなたも一度は訪れてみてはいかがだろうか?
コミック版もシリーズ化されています。
また、登場人物や設定などにより徐々に細分化されていくので、できれば順番に読みながら、お好きなキャラを追うなどして読み進めていくのがベストだと思われる。
*現在、シリーズの初期の長篇が絶版・未電子化のため、別作品のリンクを張っています。
《第2位》『吸血鬼(バンパイア)ハンター“D”』シリーズ
菊地秀行氏は、作品の傾向によって文体を変えることができる作家である。それをすぐに確認したければ、『魔界都市<新宿>』と、この『吸血鬼ハンター“D”』を読み比べてみればいい。
<新宿>は劇画として割り切ってド派手なアクションに徹している作者が、ここではかっちりきっちりと無国籍剣劇を展開しているからだ。文章も時代劇やイギリス幻想文学を意識している気配。献辞にもあるように特に古典怪奇映画の影響が色濃く、日本にも本格的なヒロイック・ファンタジーを書く作家がいたのかと感激したものだ。
吸血鬼がさまよう大戦後の異世界をさすらう、一人の吸血鬼ハンター、ダンピール。みずから略して“D”と名乗っている。カネのために仕事を引き受ける、旅から旅の暮らし。彼はどこから来たのか? 何者なのか?そして、どこに行こうとしているのか? ウエスタンや日本の時代劇のテイストも入っているけれど、まあ、それはそれとして恰好良い。
<新宿>と同じくSF色も入ってはいるものの、その扱いはよりシリアスで、異世界の明暗をより際だたせる効果を生んでいる。
エンタメ小説に、一気読みのライト感覚を望んでいる読者には<新宿>がおススメだが、それなりの数を読んできた方には、ぜったいにこちらがおススメだと思う。僕も、このシリーズはいまも追い続けているほどだ(おい!)。
《第1位》『妖神グルメ』
そんな大ヒット・シリーズをいくつも生み出し、今年も国税局に追われているはずの作者のベストは何かと尋ねられたら、ずっと前からこれだと答えていることにしている。
読者はH・P・ラヴクラフトの“クトゥルフ神話(クトゥルー神話)”をご存じだろうか。超古代にこの地球を支配していた(人類のイメージする神のモデルでもある)旧支配者、眷属、対立する存在などは、いまは別次元に遠のいている。しかし、今日の社会にも様々な影響をもたらし、いまいちど地球を征服しようと狙っている、というのが基本設定。
そこに、昭和の料理人漫画を加えたらどうなるかと考えるだけならまだしも、実行してしまったんだから恐ろしい。『死霊秘法(ネクロノミコン)』には「人々と未知の神々の腹をふくらませた、神秘な料理の技法」が掲載されているということからして暴走です。
主人公の高校生・内原富手夫は謎のアラブ人と接触したのち、ひょんなことから地球規模の戦いに駆り出されることになってしまう。ミリタリーSFとコメディを混ぜ合わせたような展開で、話は世界を股にかけて展開。どこに向かっているのかは、最後までわからない。衝撃のラストは、ご自分の目で確認してください。まっとうなクトゥルフ・ホラー、コズミック・ホラーをしていますので。
いまも僕にとって、菊地秀行氏は謎の存在である。そもそも、これだけの冊数を本当に一人で書いているのだろうか。昔も今も、そこが特に腑に落ちない。キイボードを打つことができない異形の眷属たちに書かせているから、いまだに(ごく一部の達人にのみ理解できる)判読不可能な手書き原稿なのだ、と聞くと、なるほどと思わずにはいられない。
ともあれ、現役バリバリの達人の作品である。未読の方は、ぜひ一冊お読みいただければと思わずにはいられない。