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真実の愛とは何ぞや?! 作者:悠樹
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残念パーティー



 それからの三日間はまさに怒涛の日々だった。

 招待客へのお詫び行脚が本当に大変だったのだ。

 街中に住む平民の友達は問題ない。問題なのは貴族の友人達であった。

 一族関係の招待客は父に丸投げしたが、ルビーの友人達はそうもいかない。

 特に公爵家であるアリステラへの訪問は非常に気を使った。

 まずは先触れを出し、至急会いたい旨と理由を書いた。

 事が結婚式のことだっただけに、直ぐに返事を貰い挨拶に伺ったが、怒れるアリステラを宥めるのは大変だったのだ。

 特に彼女は今回の為だけにドレスを新調してくれていたらしく、アルビオンに対する怒りは当のルビー以上だったかもしれない。

 けれど、怒る気力さえ失くしていたルビーのために、それはもう呪詛を吐くように怒ってくれたので、ルビーとしてはかなりスッキリした気持ちになれた。

「あんな男など忘れてさっさと次を見つけなさい。何だったらわたくしから殿下にお願いして騎士団の優秀な殿方を紹介して頂きますわ!」

 殿下というのは、アリステラの婚約者でありこの国の第三王子であるベルトラン殿下のことだ。

 魔術学院では同じクラスだった事からルビーとも面識があり、恐れ多いことに、それなりに親しくさせて頂いている。けれど、さすがに婿探しをお願いするのは不敬すぎる。

「さすがにそんな事で殿下のお手を煩わせるのは…」

「でも、殿下も庶民の結婚式が見られるとかなり乗り気でしたのよ?」

「その件については本当に申し訳ない……」

 『少しくらいなら顔を出してやる…』と仰っていたベルトラン殿下だったが、どうやら当日はガッツリとスケジュールを空けて楽しみにしていたらしい。

「殿下にはわたくしの方から連絡を入れておきますわね」

「宜しくお願いします」

 ここまで急だと、さすがにルビーからは連絡をする時間がない。

 平民のルビーが城に入るには、それなりに面倒な手続きが必要なのだ。

 それゆえ、恥を承知でアリステラへと殿下への詫び状を委託した。ついでに、滅多に手に入らないワインも贈り物として添えさせてもらう。

「殿下のことは任せて頂戴」

「お手を煩わせてゴメンなさい」

「何言ってるの。わたくしと貴方の仲じゃない」

「アリス……」

公爵家という身分にも係わらず、庶民の私を親友だと言ってくれるアリステラ。

『真実の愛』とやらには負けてしまったが、ルビーにはそれよりも素晴らしい友情がある。彼女はそう思わせてくれた。

「落ち着いたら、またみんなでお茶会でもしましょう」

「それなんだけどね、アリス。どうせなら残念パーティーをしようとお爺様が言い出して…」

「残念パーティー?」

「遠方の親戚も既に集まってるし、結婚式のために高価なワインや食材もかなり用意したから、どうせなら友人も招いてパァーっと憂さ晴らしでもしようかと思ってるの」

 結婚披露パーティーで振る舞う予定だった品々は家族だけで消費するには多すぎる。

 それに、どうせ掛かった費用はトラーノ家持ちならば、気前良くみんなで消費してしまおうと考えたのだ。

「素敵ね!わたくしも呼んでくださる?」

「もちろんよ、アリス!会場は我が家になるので少し手狭になるけど、精一杯おもてなしさせて頂くわ!」

「うふふ、楽しみにしてるわ」

 その言葉に、念のために用意していた招待状を渡した。

「じゃあ、名残り惜しいけど、まだまだ回るところがあるので今日はこれで失礼するわね」

「ええ。早くミーシャ様やロリーナ様にもお知らせしてあげて」

 アリステラの言う通り、彼女達二人も貴族令嬢のため、出来るだけ早い連絡が必要だった。

 慌てて公爵家を辞すると、そのまま順番に友人の家を回っていく。

 行く先々で心配され、みんながルビーを心から慰めてくれた。

 友人がいればもう結婚しなくていいかもしれない……

 そう思えるほど、温かい気持ちになれたルビーであった。




 そして結婚式予定日の当日。

 平民の友人達はお菓子や料理を持って来てくれただけでなく、使用人に混じって会場の飾りつけを手伝ったりと朝から精力的に動いてくれていた。お蔭でそれなりに広い屋敷であるはずが、大広間やホールまで盛大に飾り付けられた楽しい空間になっていた。

「なるほど、これが庶民のパーティーというやつか…」

「殿下?!来て下さったんですか?!」

「当たり前だ。アリスが行くのにどうして俺だけが留守番しなきゃいけない」

 アリステラと連れ立ってやってきたベルトラン殿下は、余り華美にはならないよう気を配った装いで現れた。

 だが、地味と言っても溢れ出る華やかなオーラは隠せるものではなく、更に従者や護衛をゾロゾロと引き連れた状態だ。

 玄関ホールに突如現れた煌びやかな一団に、平民の友人達が眩しそうに目を細めながら遠巻きに眺めている。

「わざわざご足労頂きありがとうございます、殿下」

 結婚が中止になった今、まさか来てくれるとは思わなかったのだ。

「思ったより元気そうだな。お前の凹んだ顔が見れると思ったのにつまらん」

「ベル様…」

 少しだけアリステラが非難するような声を出したが、それを気にすることなくベルトランが小さく鼻を鳴らす。

「この俺のことを『ノータリン王子』などと言った女だぞ。今更気を使う気にもならん」

「殿下、もしかしてあの時のことを根に持ってます?」

「当たり前だ。だからこそ今日はお前の落ち込んだ顔を見てやろうと思ったのに随分と楽しそうだな」

「湿っぽいのは嫌だったので、朝からシャンパンを飲んでました」

 お蔭で、慰めに来てくれた人が驚くくらいルビーは朝からご機嫌に過ごしている。

 だって、まさかここまでの人達が残念パーティーに来てくれるとは思わなかったのだ。特に、アルビオンとの共通の友人はあちらの結婚式に出ると思っていたので尚更だった。

「お前らしいな……」

 呆れたような口調とは裏腹に、殿下は酷く楽しそうな顔でフロアを見渡した。

「殿下、取り敢えず貴族用のフロアを用意しているので、まずはそちらへご案内しますね」

「そんな物まで作ったのか?」

「中二階のスペースに椅子を配置しただけですけどね」

 メインホールから直接螺旋階段で上がれる談話スペースだ。そこからは下のフロアも見渡せる。椅子やソファーをかなりの数揃えたので、軽食を食べながら談笑するにはちょうど良い。

「下の様子が分かるのがいいな」

「殿下ならそう仰ると思ってました」

 この殿下は意外に庶民派で、堅苦しいことが昔から嫌いだった。

 だからこそ、こんな庶民のパーティーにも呼べるのだが、それでもそれなりに気を使うのは確かだ。

「もしや、ベルトラン殿下でいらっしゃいますか?」

 殿下とアリステラがフロアに到着した途端、談笑をしていた貴族達がこぞって頭を下げた。祖父や義姉の関係で出席してくれた貴族達は、まさかの王族の登場に驚いた様子である。

「今日は友人であるルビー嬢を慰めに来ただけだから楽にしてくれ。下のフロアは無礼講のようだし、このフロアもその様に頼む」

 言いながらシャンパンを手に取ったベルトランは、グラスを小さく掲げる。

 その仕草に慌ててグラスを手にすると、周りの貴族も同じように一斉にグラスを取った。

「今日は、ルビー嬢がつまらん男に引っかからなかった祝いの日だ。そして彼女の新たな人生の出発点でもある。美しく聡明な彼女は、これからも更に輝いていくことだろう。………という訳でルビー・カンザナイト。おめでとう」

 婚約破棄にまさか祝いの言葉を言われるとは思わなかった。

 しかし、嫌味でも何でもなく、ベルトランは心からそう思ってルビーを祝福してくれているようだ。

 その捻くれた彼の思いやりが殿下らしく、ルビーの顔には自然と笑みが浮かんだ。

「ありがとうございます殿下。ベルトラン殿下が仰ったように、今日は私の新しい門出です。ぜひ皆様と楽しく過ごして素敵な思い出になるようにしたいと思っております」

「なるほど。では、その素晴らしい思い出の一助となるように我々も大いに楽しませて貰おうじゃないか。………乾杯!」

「乾杯!」

 貴族フロアで沸きあがった歓声に、階下のフロアからも負けじと盛り上がった声が聞こえてきた。

 取り敢えず飲めればいいというグループを中心に、楽しそうな輪が広がっている。

「お前は幸せ者だな、カンザナイト。これだけの人間がお前の為に集まってくれているぞ」

「ええ、本当に。人生においての宝は友人だといいますが、まさにその通りだと実感しています」

 そんな話をしているうちに、更に貴族用のフロアへと人がやってくる。

「なんだ?お前達も来たのか?」

 殿下の声に振り向くと、友人であるミーシャとロリーナの他に、彼女達の婚約者も姿を見せた。宰相家の次男であるロベルトと公爵家嫡男のウィルフレッドだ。

 思わぬ高位貴族の出現に、集まっていた下位貴族の面々が戦々恐々している。

「それにしても、商家とは思えない顔ぶれになりましたわね」

 アリステラの言う通り、このフロアだけを見れば高位貴族のパーティーのようだった。

 その様子を眺めていると、ある程度人が揃ったのを確認した父が、長兄のダリヤを連れてベルトランの前へとやってきた。

「邪魔をしているぞ、カンザナイト」

「ようこそお出で下さいました。当主のカーネリアン・カンザナイトにございます。こちらは嫡男のダリヤと申します。この度は娘の為に足をお運び頂きありがとうございます」

「堅苦しいのはここまでにしてくれカンザナイト。今日は友人の祝いの為に駆けつけただけだ」

「祝い…ですか?」

「ああ。ルビー嬢が詰まらん男と縁を切れた祝いだ。そうだろ?」

 にやりと笑った殿下の顔に、父のカーネリアンは小さく苦笑を漏らし、長兄ダリヤは当然だというように大きく頷いた。

「折角男爵家と縁続きになれるというのにそれをフイにするなんぞ、本当に馬鹿な男だ」

 ベルトラン殿下の意味深な言葉に気付いた数人の貴族が小さく息を飲む。

「殿下……」

 戸惑ったようなカーネリアンの声に、ベルトランは小さく辺りを見渡した。

「正式な発表は年明けになるが、カンザナイト家の男爵位叙爵が決まった」

 わぁっと一斉にフロアからは歓声が上がった。

「内密だとうかがっていたのに、宜しいんですか?」

 カンザナイト家の面々は事前に知らされており、来春の叙爵に向けて準備を開始している。だが、正式発表までは口外してはいけないと聞いていた。それゆえに、アルビオンにもこの話はしておらず、結婚してから話す予定だったのだ。

「この家の功績を考えれば、この叙爵が覆ることはまずないから構わん。もちろん、この場だけの内密の話だがな」

 ベルトランの言葉に、その場にいた貴族達は一斉に心得たように頷いた。

 殿下にここまで言わせて口を滑らせる貴族はいないだろう。

 むしろ、他の貴族よりも先に叙爵の話を聞けたことに価値がある。

「今日この場にいる人間はルビー嬢やカンザナイト家と懇意にしている者達ばかりなのだろう?だったら、ルビー嬢の新たな門出の祝いと共に、カンザナイト家の発展を祝おうじゃないか。俺もアリスも、貴家の活躍を楽しみにしている」

「本当に楽しみですわ」

「ありがとうございます殿下、アリステラ様」

 当主であるカーネリアンの正式な礼に併せ、ルビーとダリヤも貴族らしい礼を取った。ルビーにとっては慣れないカーテシーだったが、何とかふらつかずに済む。

「堅苦しい挨拶はここまでにしよう。それよりも俺はベルクルト産のワインが飲めると聞いて、それを楽しみにやってきたんだ。出してくれるんだろ?」

「もちろんです、殿下」

 その言葉を合図に、背後で控えていたエルグランドとサフィリアが一斉にワインと食事を持って現れた。給仕達に指示しながら、次々に招待客へと振舞っていく。

「楽団も用意しておりますので、是非ごゆっくりとお楽しみ下さいませ」

 まるで会話が聞こえていたかのように奏でられた演奏に場が沸き立ち、笑い声の絶えない楽しいひと時が始まった。


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