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真実の愛とは何ぞや?! 作者:悠樹
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どうやら真実の愛を知ったらしい


「ミレーユさんを見た時点で何となく予想がついたけど…」

「すまない…」

「どうして結婚式の三日前の今になって?」

 どう考えても以前からそのような関係だったのだろう。

 だったら、結婚を決める前に言って欲しかったし、何もこんな直前になるまで黙っていることはないと思う。

「ごめんなさいルビーさん!私がっ、私が悪いんですっ!アルビオンを好きな気持ちを抑えきれなくなった私が……ッ」

「君だけが悪いんじゃない。責めるなら俺を責めてくれルビー」

 そう言って横に座るミレーユの肩を抱き寄せるアルビオンは、姫君を守る騎士のように相対するルビーを見つめてくる。

 まるでルビーが悪役のようだ。

「俺は真実の愛を知ってしまったんだ。もう自分の気持ちに嘘をついている事は出来ない」

 ちょっと待って欲しい。

 まるでルビーとの結婚が政略結婚のような言い方だが、二人は学生の頃からの付き合いで恋愛結婚のはずだ。しかも、ルビーの記憶が確かならば告白は間違いなくアルビオンからで、『好きだから付き合って欲しい』だった筈である。

 学院を卒業してからもそれなりに逢瀬を重ねた。デートだって両手で足りない程度には行っている。

 それでも、ルビーとの交際は真実ではなかったという事だ。

 ルビーなりにアルビオンを想っていたのに、これは余りにも酷い。

「君は何かというとサフィリアさんと一緒に行商に出て家を空けていることが多い。残される俺はずっとそれが不満だったんだ」

 だから浮気を、いいえ、真実の愛とやらに目覚めたらしい。

 だが、カンザナイト家は行商から家を興した商人だ。今でこそ王都で名の通った豪商になっているが、その根源は行商である。だからこそ、今でも必ず小さな村々を回って行商をするのが一族の矜持であった。

 商店など無いような小さな農村に行くたびに大歓迎して貰える。彼らはルビー達が運んでくる商品をそれはもう楽しみしてくれている。その笑顔を絶対に忘れてはいけない。それが我がカンザナイト家の家訓でもあった。今でこそ行商の担当はサフィリアとルビーの二人だが、長兄も次兄も必ず一族全員が一度は行商を行うことになっている。商売の素晴らしさ、そして難しさを体験するためだ。

 だからこそ、年に数回は家を空けると説明していたし、結婚後はサフィリアが一手に引き受けてくれるので、ルビーは行商を引退する事になっていた。

「君のいない寂しさをミレーユが慰めてくれたんだ…」

「アルビオン…」

 手に手に取って見詰め合う二人。

 見せ付けられるルビーとサフィリアはたまったものじゃない。

「………もう分かったわ。けれどどうしてこのタイミングなの?もっと早く言ってくれれば…」

 三日前となると、結婚式の準備は既にほとんど終わっている。

 それに、遠方からの招待客も数人到着しているのだ。

「ごめんなさい、赤ちゃんが……」

「……は?」

「ごめんなさいっ」

 大粒の涙を流しながら、お腹を押さえるミレーユ。

 つまり彼女は現在妊娠しているという事で、彼らは以前から婚前交渉を結んでいたという事でもある。

 別に婚前交渉を否定するほど頭が固い訳ではないが、結婚が決まっている婚約者がいる相手にそれはないと思う。その上、三日前まで黙っていたことを考えると、子どもさえ出来なければ結婚後も不適切な関係を続けていた可能性が高い。

「はぁ……」

 もうため息しか出てこない。

 話せば話すだけ、残っていた愛情が減っていく。

「ルビー……」

 膝で握り締めていた手を包み込むように、サフィリアの大きな手が置かれた。

 視線を向ければ、ジッとこちらを見ている瞳とかち合う。

「もういいよな?」

「………ええ」

 兄が何を言いたいのか、言葉にせずとも理解できた。

 こんな茶番に付き合っている時間はない。何しろ結婚式は三日後だ。

 招待客への結婚中止の知らせは早ければ早い方がいい。

「アルビオン、つまり君はミレーユ嬢との真実の愛に気づいた為にルビーとの結婚を取り止めたいという事でいいのかな?」

「……はい」

「では、申し訳ないが、それを一筆書面にして貰えないだろうか?」

「書面ですか?」

「ああ。何しろ結婚式は三日後だ。既に遠方の招待客は到着しているし、王都の招待客へも中止の知らせを行わなければいけない。それには人員もお金も掛かる。それらを動かすのに口約束だけではどうにもならない。もちろん、ルビーにも婚約破棄を了承する書面に署名をさせる」

「確かにサフィリア兄さんの言う通りですね。その方がお互いに安心出来る」

「じゃあ、書面を用意しよう」

 言いながら、サフィリアは魔空間庫から上質な契約書を取り出した。一度署名すれば改竄が不可能な魔法が掛けられている高級な用紙だ。

 用意された紙にルビーとアルビオンがそれぞれ署名していく。

『私、アルビオン・トラーノは、ミレーユ・オクタビアとの愛を貫くため、ルビー・カンザナイトとの婚約を破棄する』

 サフィリアに誘導されながら、アルビオンは馬鹿正直に理由を書いた。

 恐らく彼はそれが後々どんな影響を及ぼすかなんて考えもしないのだろう。

『私、ルビー・カンザナイトは、アルビオン・トラーノからの要望により、婚約の破棄に応じる』

 短くそれだけを書き、日付を入れて署名した。

 学生の時からおよそ三年。何ともあっけない。

 だが、これからのことを思うと頭を抱えたくなった。

 学院時代の友人達に結婚式の中止を知らせなければいけない。しかも、高位の貴族が数人いる。彼女らには何を置いても真っ先に伝えなければ大変な事になる。

「では、お互いに相手の書類を確認してくれ」

 ルビーの書いた書類を見つめ、アルビオンとミレーユが嬉しそうに頬を染める。

 そんなに喜んで貰えるなら書いた方も僥倖だ……、なんて思うわけない。今ならルビーは彼らを殴っても許されるとさえ思う。

 だが、それをしないのは、何となくこうなる事を分かっていたからかもしれない。

 だって、行商から帰ってくる度に彼がいつもぎこちなかったからだ。

 友人達からも彼が女の子と遊んでいる話は聞いていたし、その度にそれくらい構わないと応えたのはルビー自身だった。

 結婚までに少々遊びたいのは理解出来るし、ちゃんと最後にルビーの元へと戻って来てくれるならそれでいいと割り切っていた。

 だからこそ今日ミレーユの姿を見た時、直ぐに最悪の可能性が浮かんだ。

 結局、最後の最後でルビーは選んで貰えなかったのだ。

「後々に禍根を残したくないので管財人を呼んだ。悪いが到着するまで暫く待ってくれ」

 ルビーとアルビオンが書類を書いている間、どうやらサフィリアは士業ギルドへ使いを出してくれたらしい。

 士業ギルトとは、弁護人や弁理人、管財人や交渉人などが在籍するギルドだ。商業においてのトラブルや個人間でのトラブルに対応する法律のエキスパートが揃っている。管財人は、店舗や住居の引渡しをする際に利用する事が多い。

 特に商売をやっていれば利用する機会も多く、ギルドには顔馴染みが何人か揃っていた。

「管財人?なぜですか?」

「何故って、悪いがこの家は我が家の持ち物だ。君が揃えた家具の搬出を考えれば公的な立会人は必要だろ?」

「その事なんだけどルビー。この家を借りる事は出来ないだろうか?」

「は?」

「ここはうちの店からもミレーユの店からも近いし、何よりもこれから生まれてくる子どもの事を考えればこれくらいの広さは欲しい。それに今から新居を探していたら結婚式に間に合わない」

「間に合わないってどういう事?」

「結婚式は三日後だ。パーティーの最後は新郎新婦揃って新居に入るのは常識だろ」

 アルビオンに常識を説かれるのはムカついたが、それよりも何よりも驚いたのは、彼らが三日後に結婚式を挙げる気でいることだ。

「もしかして、そのまま私との結婚式を使うつもり?」

「だってそうしないと解約料を取られるじゃないか。だったらそのまま使用しても問題ないだろ」

「確かに貴方の方は問題ないだろけど、ミレーユさんの招待客はそうはいかないでしょ。それにウェディングドレスはどうするのよ」

「それなんだが、君のドレスをミレーユに譲ってくれないだろうか?」

「…はぁ?」

 今日はもうこれ以上驚く事はないと思っていたが、まだまだ続きがあったようだ。

 どこの世界に浮気相手に自分のウェディングドレスを譲る馬鹿がいるのだ。

 それに、ルビーのウェディングドレスには虹色シルクと呼ばれる高級なシルクが使われている。魔蚕と呼ばれる特殊な蚕から取れる糸で、光に反射すると七色に光るという非常に高価な絹糸だ。

 値段も高価だし、何より数が少ないから滅多に手に入らない。

 これが手に入ったのは、次兄であるエルグランドがわざわざ現地まで買い付けに行ってくれたからだ。

 王族からの引き合いも多いというのに、エルグランドは妹の為にと自分の個人資産から買ってきてくれた。言うならば、虹色シルクは次兄エルグラントからの結婚祝いなのだ。

「あれ、幾らすると思ってるの……?」

「それはもちろん我が家で負担する」

「でも、サイズだって合わないわよ……」

「大丈夫です!丈の直しは必要ですけど、他はピッタリでした」

「………着たの?」

「はいっ!試着させて頂いたんですけど、光に当たるとキラキラと光ってとても綺麗でした!」

 もう、絶句するしかなかった。

 どこの世界に花嫁より先にウェディングドレスを試着するお針子がいるのだ。

「花嫁より先に腕を通すなんて…」

「あの…っ、えっと、微調整が必要だったので背格好の似た私が…っ」

「貴方の工房にはトルソーもないの?大体、その微調整の為に今日の午後伺う予定だったんだけど?」

「それは…」

 オーダーメイドの服飾工房において、ドレスを依頼者よりも先に袖を通すなど以ての外だ。一度袖を通した物は着ないという貴族も多いし、何よりウェディングドレスとなれば、最初に着るのは花嫁でなくてはならない。

「ルビー、残念だがドレスはもう諦めた方がいい。エル兄さんには俺からも口添えするよ。むしろ、エル兄さんならケチの付いたドレスなんて処分しろというはずだ」

 確かにエルグランドならば笑ってそう言うだろう。

 だが、ルビーが納得いかない。

 エルグランドが苦労して現地まで行ってくれたのだ。ルビーにとってそれは、お金では代えられない価値がある。

「でも、折角エル兄さんが結婚祝いにって…っ」

「ルビー…」

 それだけじゃない。

 あのウェディングドレスは、長兄の妻である義姉や友人達と相談しながら考えたデザインだ。装飾に使われているパールだって、祖父がわざわざ取り寄せてくれた物である。

 そんなみんなの想いも否定された気がした。

「ご、ごめんなさい……、ルビーさん……。結婚祝いだって知らなくて…」

 結婚祝いじゃなくても、人のオーダードレスを着てはいけないことくらい分かるだろうに…。

「取り敢えずその件は一旦保留にしよう。そろそろ管財人が来る頃だ」

 サフィリアの視線の先、窓の向こうに馬車が停まるのが見えた。

 それと同時に扉がノックされ、一人の紳士が客間へと入ってくる。

「失礼します。士業ギルドから派遣されました官財人のカーネルと申します」

 そう言って柔和な笑顔と共に入って来たのは、恰幅のいい男性だった。

 倉庫の明け渡しや店舗の引渡しで何度か世話になった事のある顔見知りの管財人だ。

「なんでも、婚約の解消における住居の引渡しの立会いという風にお聞きしておりますが、間違いないですか?」

「はい。間違いありません」

 肯定したサフィリアと違い、それに焦ったのはアルビオンだった。

「ちょっと待ってくれ!借して欲しいとさっき言ったじゃないか!」

「貸してくれと簡単に言うが、君は賃貸料を払えるのか?」

「当たり前だ」

 その言葉に、サフィリアがカーネル管財人へと視線を向ける。

 すると心得たように、カーネルは相場の金額を口にした。

「この立地でこの規模の屋敷となると、保証料でニ〇〇万ギル。賃料は一月に四十五万ギルというところでしょうかな」

「は?ちょっと待ってくれ!この大きさの屋敷がそんなに高いわけないだろ?!」

「何を仰います。ここは高級商店が並ぶ王都のメイン通りにも近く、その上閑静な住宅街。庭も広いし馬車留めもしっかりあります。二階建ての小規模な建物ですが、材木は全て高級品を使った最上級の邸宅です。先ほどは四十五万と申しましたが、これは最低ラインです。実際に貸し出せば恐らく五〇万以上はするかと……」

「そ、そんなに…」

 愕然とカーネルの言葉を聞いたアルビオンだったが、彼は縋るようにルビーへと視線を向ける。

「ルビー、少しまけては貰えないだろうか?」

「ここの所有者は父よ。私に言われても困るわ」

 大体、自分が袖にした元婚約者に家賃を値切るなんて厚顔無恥もいいところだ。

「ここの所有権は君じゃないのか?結婚祝いに貰うと言ってたじゃないか?」

「ええ、結婚祝いに貰う予定だったわ…」

「だったら…っ」

「結婚しないのに貰える訳ないじゃない」

「あ…ッ」

 そこに至って漸く彼は現実が見えたようだ。

「悪いけど、借りたいのなら父に直接交渉してくれないかしら。ただ、それがハッキリするまでは家具などは引き取ってね」

「それは困る…」

「困るのはうちよ。ここは貴方の家の倉庫じゃないのよ」

 他人の家に勝手に荷物を置いている状態だといい加減理解して欲しい。

「費用は掛かりますが、ギルドで一時的にお預かりすることも可能ですよ」

 カーネルはそう助け舟を出すが、ギルドの倉庫賃料はかなり高額だ。

「取り敢えず君の店の倉庫を利用すればいいんじゃないかな?」

「それには父の許可がいる……」

「許可を貰えばいいじゃないか」

 そう言ったサフィリアに、アルビオンはグッと唇を噛んで押し黙った。

 唇を噛むのは、彼が何かを隠したい時の癖だ。

 酷く嫌な予感がした。

「アルビオン、貴方まさかおじ様に何も言ってないの?」

 婚約破棄という大事な話を親にしていないとは夢にも思わなかったが、どうりでこんな馬鹿げた事を言ってくるはずだ。普通の親なら止めるという事を失念していた。

「お互いのご家族をお呼びした方が宜しいのではないでしょうか?」

「そうだな…」

「それは困る!」

「困ると言われても、どちらにせよ直ぐにバレることだ。それとも君は花嫁が入れ替わるだけで問題ないと本気で思っていたのか?」

「それは…」

 言い淀むアルビオンを一瞥し、サフィリアはカーネル管財人に向き直る。

「手配をお願い致します」

「承知しました。交渉人もお呼びしましょうか?」

「お願い出来ますか?」

「もちろんです。トラーノさんはどうします?」

「父と相談します…」

 ここに来て、どうやら漸くアルビオンは事の重大さに気づいたようだった。


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