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真実の愛とは何ぞや?! 作者:悠樹
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プロローグ

「ルビー、申し訳ないが君との結婚を取りやめたい」

 婚約者のアルビオンからそう告げられたのは、結婚式の三日前のことだった。



 暑い夏も終わり、そろそろ肌寒くなろうかと言う季節。

 結婚式を三日後に控えた今日、まさか婚約破棄を告げられると思ってもいなかったルビーは、兄であるサフィリアと新居までの道のりをのんびりと歩いていた。

「ルビー、その格好で行くのか?」

「動きやすいからいいでしょ」

 新居への荷物運びのため、今日は動き易いようにパンツスタイルだった。

ブラウンのパンツにふんわりした可愛い袖のトップスを合わせていて、自分で言うのもなんだが結構可愛いと思う。

 だが、サフィリアはお気に召さないらしい。

「似合わない?」

「いいや、似合ってるよ。でもちょっと胸元が開き過ぎじゃないかな?」

 黄色いトップスの胸元はV字カットのお洒落なものだ。

 鎖骨がさり気なく見えるのがポイントで、真っ赤な髪が首元で揺れるのがいいと自分では思っている。

「今日は家具の配置をするんだろ?だったらもうちょっと汚れてもいい服で…」

「アルビオンだっているんだしいいじゃない。それに兄さんも手伝ってくれるんでしょ」

「そうだけど…」

「いっぱいコキ使うから覚悟してね」

「……了解」

 何を言っても無駄だと思ったのか、サフィリアが諦めたようにため息をついた。

 そんな兄の横顔を見ながら、こんなお小言を聞くのも後少しなんだと思うと寂しくなってくる。

 特にサフィリアとは年が一つしか違わないせいか、家族の誰よりも一緒に過ごした時間が長い。

 だからなのか、兄であるサフィリアも最近はずっとルビーと行動を共にしている。

 口には出さないが、結婚を控えた妹を離れがたく思っているらしい。

「私が結婚したら次はサフィ兄さんの番ね」

「俺は当分いいよ……」

 困ったように苦笑を浮かべるが、別にサフィリアはモテない訳ではない。

 いや、寧ろ街を歩けば女性が群がってくるほどに女性には困っていなかった。

 赤味を帯びた薄いブラウンの髪と、深い海を思わせる蒼い瞳。整った鼻梁と長い睫が羨ましいと女性陣の間では評判だった。

 それなのに浮いた話の一つもなく、いつも妹のルビーが優先だった。

 けれど、そんな日々ももう終わる。

 三日後にはルビーも人妻だ。

 兄を妹のお守りから解放してあげられる。

「好きな人が出来たら言ってね。協力するから!」

「………期待してるよ」

 余り期待してない顔で呟くサフィリアは、それ以上の会話を遮るように辺りを見渡した。

「新居は確かこの辺りだったよな?」

「ええ。そこの角を曲がって直ぐよ。裏に綺麗な庭があるの。荷物が片付いたら案内するわね」

 新居は王都の右にある高級住宅地に建っている小ぢんまりとした一軒家だ。二人暮らしには少し広い気もするが、今後子どもが出来ることを考えて広めの家を購入した。

 購入したと言っても買ってくれたのはルビーの父であり、王都で三本の指に入る豪商の一人であるカーネリアン・カンザナイトである。

 高級商家の立ち並ぶエリアにも近いこの家はそれなりのお値段がする。けれど、一人娘の結婚祝いという事で、ポンッと気前良く買ってくれたのだ。

 日当たりもよく、それなりに大きい庭もあり結構気に入っている。

「父さんも随分奮発してくれたみたいだな…」

「実家に近いからってのが理由みたい」

「入り浸れていいな」

「新婚家庭の邪魔をする気?」

「小舅というのはそういうもんだよ。諦めなって」

 言いながらサフィリアがルビーの赤い髪を少しだけ乱暴に撫でた。

 乱れる髪に抗議しつつも、ルビーは自分が大切にされているのが分かっているだけにそれ以上は何も言わなかった。

 やはり、ずっと生活を共にしていた家族と離れるのは寂しい。こういうスキンシップをして貰えるのも今のうち。そう思うと、少しだけ離れがたくなってしまう。

「それにしてもいい天気だ」

「結婚式もこれくらい晴れてくれるといいんだけどね」

 そんな事を話しているとあっと言う間に新居へと到着した。

 父の思惑通り、実家から非常に近い。

「アルビオンはもう着いているみたいね」

 新居の馬車留めには小さな馬車が留められていた。

 屋敷はルビー側で用意したので、中身に相当する家具や魔具に関してはアルビオンの家で用意して貰うことになっているのだ。

「家具を運んできた割には小さな馬車だな……」

「日用品だけ持ってきたんじゃないかしら。家具や魔具は直接工房から運んで貰うって聞いてるから」

「なるほど…」

 感心したように呟いているが、ルビーもサフィリアも手ぶらである。

 何故なら二人とも空間魔法を保有しているため、少々の荷物なら全て魔空間庫に収納する事が出来るのだ。

「家具も私が引き取りに行こうかって聞いたんだけど断られちゃったわ」

「婚礼家具の手配は男の矜持に係わるんだから困らせてやるな」

「だって、私が運んだ方が配置だって簡単に済むし……」

 魔空間庫のいいところは移動が容易いことだった。

 大きな家具の配置換えだって、一度魔空間庫に入れてしまえば簡単に済む。

「あんまりそういう事はアルビオンの前で言うなよ?」

「分かってるわ」

 空間魔法というのは、商売人にとっては垂涎の魔法になっている。運搬のリスクやそれに掛かる経費が削減出来るのだ。どこの商家もこぞって空間魔法持ちを雇っているし、空間魔法を持っているだけで一生食べるには困らないと言われている。

 そしてルビーの生家であるカンザナイト家は一族全員がその空間魔法保持者であり、その能力を活用して大きくなった商会は、王都でも名の通ったものとなっている。

 対してアルビオンの家は王都でも指折りの繊維問屋だ。特に絹に関しては他の追随を許さない技術を誇っている。空間魔法を保持しない代わりに、水魔法の遣い手を多く排出している家系で、製糸過程において特殊な水魔法を使用していると聞いている。

 ルビーからすれば何もない水をまるで糸のように操る技術は素晴らしいと思っているが、アルビオンからすれば空間魔法の方が何よりも欲しいものだったらしい。

 時々思い出したように、自分にも空間魔法があれば…と口にする事がある。その羨望にも似た言葉を吐く時のアルビオンはどこが遠い人のような気がして、ルビーは余り空間魔法については話題にしない事にしていた。

「あれっ、鍵が掛かってる…?」

 開いていると思った扉から空しい音が響いた。どうやらアルビオンは施錠をしたようだ。

 冷納庫や氷納庫などの魔具は高価だ。用心のために施錠したのだろう。

「鍵はっと…」

 魔空間庫から鍵を取り出した瞬間、扉の向こうから鍵を開ける音が聞こえた。

 慌てて鍵をしまい、扉から距離を取る。すると、それと同時に婚約者のアルビオンが顔を出した。

「ルビー、早かったね」

 嬉しそう…というよりは、どこか焦ったような顔に少しだけ違和感を覚えた。

「午後からウェディングドレスの最終調整があるから、荷物の片付けは早い方がいいと思って」

 言った瞬間、アルビオンの背後に一人の人物が立っていることに気が付いた。

 可愛いピンク色のワンピースを着た同じ年頃の少女だ。ふんわりとした茶色の髪に大きな瞳。小柄で可愛い容貌をした彼女は、アルビオンの背に隠れるようにこちらを窺っている。

「あなたは確かドレス工房の?」

「は、はい…、ミレーユです」

「もしかしてわざわざドレスを持ってきてくれたの?」

「い、いえ…、その……」

 ルビーの言葉を慌てて否定し、どこか焦ったような顔で彼女はアルビオンを見つめた。

 その様子に思わず眉を寄せてしまう。

 ドレスの件でなければ、何故貴方がここにいるのか?

 鍵を掛けた密室で、二人で何をしていたのか?

 色々な疑問が頭をかけ廻り、先ほど感じた違和感が更に膨らんだ。

「いつまでも玄関先で立ち話するつもり?そろそろ中に入れて欲しいんだけど?」

「サフィリアさん……?えっと……」

 アルビオンの瞳が困惑げに揺れている。まさかサフィリアも一緒だと思わなかったのだろう。

「ルビーの荷物を片付けるつもりで一緒に来たんだけどね。どうやらそっちは違うみたいだね」

「それは……」

「まぁいい。取り敢えず話は中でしよう」

「分かりました」

 入った室内には、ソファーセットの他にいくつかの家具が既に配置されていた。

 それを見て、先ほどから感じていた違和感が形を持ち始めた。

 置かれたソファーやテーブルが、どう考えてもルビーやアルビオンの趣味から外れていたからだ。

 猫足の家具に薄い水色のソファー。窓辺にはフリルのカーテンまで掛けられていて、とてもアルビオンが選んだとは思えない内装になっていた。まるで、乙女が思い描く新婚家庭そのもので、先ほどからこちらをビクビクと見ている彼女の趣味だろうと思わせるラインナップである。

「あの、取り敢えずお茶でも入れますね…」

 そう言ってキッチンへと駆けていったドレス工房の彼女は、なぜ家主でもないのに家主であるルビーにお茶を入れるのか?

 そもそも、お茶の場所やカップの場所をどうして貴方が把握しているのか?

 もう、そんな馬鹿らしい質問を問いかける気力さえルビーにはなかった。

「確かミレーユさんだっけ?もしかして彼女がここに来たのは初めてじゃないのかな?」

 ルビーの代わりに質問したのはサフィリアだった。

 先ほどからかなり妙な笑顔を張り付かせているサフィリアは、剣呑な視線で彼女が消えていった扉を見る。

「えっとその…、その事でルビーに話があって今日は待って居たんだ」

「そう…」

 もう大体の話の筋は見えた気がしたけれど、ルビーは取り敢えずミレーユがやってくるのを待った。

「……お待たせしました」

 そう言って静まり返った部屋へとやってきたミレーユは、美味しそうな香りを漂わせるティーカップを持っていた。

 王都で一番と呼ばれるコルバット工房で作られた逸品、ロイヤルコルバットの茶器セットを慎重な手つきでルビー達が向かい合うテーブルへと置く。

「これ……」

「俺からの結婚祝いだね」

「………え…?」

 気まずい沈黙が落ちた。

 まるで自分のものであるかのように使われた茶器セット。

 最初に使うのはルビーだと信じて疑わなかったそれは、既に何度か使用された後なのだろう。どう考えてもこの短時間で箱から出したとは思えなかった。

「あの……、私、その……アルビオンからのプレゼントだと思って…」

「もういいわ……。それよりアルビオン、話を聞かせて欲しいんだけど」

「ああ…」

 何度かルビーとサフィリアの顔を窺いながら、アルビオンが酷く言い辛そうに口を開いた。

「……ルビー、申し訳ないが君との結婚を取りやめたい」

 予想通りとはいえ、もうため息を出す以外にどんな顔をすればいいのかも分からなかった。


何度も読み返して誤字が無くならないザル頭なので、誤字・脱字報告歓迎です。

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