そんな一例を見てみよう。
BTSの一大ブレイクのすこし前、2017年の夏にネット界で話題となった、ひとりの有名な「ARMY」がいる。米ルイジアナ州で高校に通う14歳の白人少女、ケイリーだ。
SNSを駆使して友人知人に「BTSがいかに素敵か」を布教し続ける毎日を送っていた彼女は、あるとき、メンバーひとりひとりの魅力を説明している際に、矢も楯もたまらぬ強い衝動にとらわれてしまう。
ラッパーにしてプロデューサーのシュガの説明をしていたときのことだ。「彼はすっごく綺麗で、私、口のなかに金槌を押し込んじゃいたくなる」――そして、彼女は本当にこれをやった。
横にしたハンマーのヘッド部分をすべて口のなかに入れて写真に撮り、ツイッターに投稿した。その画像が話題となった。いまでもここで見ることができる。
このケイリーに話を聞いたのが、アメリカのメディア〈ザ・フェーダー〉だ。
彼女いわく、共和党支持の岩盤層である「赤い州」の片隅で、さらには「トランプ支持者も多い」地元の街では、この当時、BTSはバッシングの対象だったそうだ。外見から「あいつらゲイだろう」などと決めつけられ、ホモフォビック的に嫌われてすらいたという。
このことにケイリーは憤りを感じていた。
あれはハイ・ファッションなのに! と。ダンスの振り付けも、西洋的なマッチョ・ステレオタイプに即したものでないからといって、みんなして排撃するのはどういうことなんだ! と……。
かくして「金槌事件」が起きた(のちにハンマーは、痛みもなく、無事口のなかから出すことができたそうだ)。
こうしたケイリーのような「武勇の者」の地道な活動が、SNSを舞台に地道に広がっていった結果、今日のBTS大躍進につながった、という分析は数多い。
現在のアメリカでは、トランプ政権への「反作用」と呼ぶべき動きが、日々活性化、先鋭化し続けている。
彼を大統領の座に就けた勢力のひとつ、「負け犬白人」の、おもに男連中が吠え立てる声や、猛り狂う極右や各種の差別主義者たちに対して、真っ正面から明確に「NO!」とやり返すような運動がこれだ。
たとえば、「#MeToo」運動が立ち上がった。黒人キャスト、スタッフが集結して記録的大ヒットとなった映画『ブラックパンサー』は、今年初頭に旋風を巻き起こした。
同様にアジア系が集まった映画『クレイジー・リッチ!(原題:Crazy Rich Asians)』もスマッシュ・ヒットした……時代を象徴するこれらの事象と同一線上に、BTS大ブレイクの根っ子もある。
BTSを愛することは、アメリカの少女たちにとっての「静かなるカウンターカルチャー」なのだ。トランプが治める、どうしようもなく男根主義的で保守反動的な「グレートでありたいアメリカ」への。
かつて、70年代初頭の日本の少女たちが、異国のデヴィッド・ボウイ演じるジギー・スターダストに焦がれたのと、ほとんど同じ意味で。