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カルネ村·····それはリ・エスティーゼ王国の城塞都市エ・ランテル近郊にある開拓村である。そのエ・ランテルを治めている領主は、──サトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリック──そう、悟だ。
当然この村は、悟が治める地域に含まれている。もっとも多くの村にとって領主とは名ばかりの存在であり、日々暮らしていく事の方が重要だった。
「うーん、今日も気持ちのいい一日ね」
日課である水汲みを終えた三つ編みの少女は、栗毛色の髪をかきあげ額に滲んだ汗を拭き取った。キラリと光る健康的な可愛らしさを持つ彼女の名はエンリ・エモット。純カルネ村産の生粋の村娘だ。
「って、あら? 旅の方かしら·····」
村へ向かって来る人影が二つ見えた。この村へ立ち寄る人は多くなく、わりと珍しい部類に入る。
「うーん、冒険者の方·····なのかしら?」
エンリはそう呟いたが、どうも違う気がしていた。
(あれ? 冒険者の方ってもっと重装備だしあんなに優雅じゃないよね?)
優雅な足取りで近づいてくる二人はピッタリと寄り添い手を繋ぎながら歩いている。
(恋人同士なのかな·····でも何故わざわざこんな村に来たんだろう·····)
エンリの疑問は消えなかった。
「ここがカルネ村か·····なるほどな·····たしかにThe開拓村だ」
悟のイメージする開拓村──ファンタジー世界での──にピッタリくる。
「このあたりには開拓村がいくつもありますが、ここはトブの大森林にもっとも近いところですのよ」
「つまり、危険なのかな?」
森イコール、エンカウント率が上がり平地よりもモンスターとの遭遇率が上がり、平地よりも敵が強くなる·····そんなゲームでの設定を思い出す。
「それが、逆なんですよ」
「逆ってどういうことだい?」
悟は不思議に思い妻をみつめる。その視線にラナーは顔をちょっぴり赤らめる。
「うーん、実は近くのエリアに森の賢王なる強大な魔獣が住んでいるそうなんです。それを恐れて魔物達もあまり近づかないらしいのですわ。だからかえって安全なのかもしれないですわね」
相変わらず仲の良い二人は指を絡め合う恋人繋ぎで手を握りカルネ村の入口へとやってきた。
「こんにちは。カルネ村へようこそ」
村娘が当たり障りのない定型文のような挨拶をしてくる。無難な挨拶なのだろうが、悟は思わず笑みを浮かべてしまう。
(なんだかユグドラシルなどのゲームをしている時のNPCのような挨拶だな。もちろん彼女らはNPCではないけど)
その証拠に、悟の反応を不思議に思い首をちょっと傾げ困ったような笑顔を浮かべている。
「ああ、すまない。なんだか懐かしい事を思い出してしまってね。ここはカルネ村で間違いないね?」
「あ、はい。カルネ村で間違いありません。私はこの村の住民でエンリ・エモットと言います」
「丁寧にありがとう。私はサトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリック。こちらは妻のラナーだ」
悟も普通に名乗り返したのだが、完全に失念していた。自分の名を告げる事がどんな事になるのかを。
「サトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリックさま····················サトル・スズキ・モモン=ガ・オブ・ナザリックさまあっ!!? って、りょ、領主さまっ!? それにラナーさまっって·····ま、まさか·····お、王女さまっ?」
目を大きく見開き、大声かつひっくり返った声を上げる。どうやらエンリには刺激が強すぎたようだ。
「領主様だ!」
「領主さま!?」
「奥方様、王女様も御一緒だそうだ!」
村の隅々まで、一気に伝わり全ての住民が家の外に出て慌てて駆け寄ってくる。着の身着のままであり、中には飲みかけのスープの入った器を持ったままの人もいるし、何故か粗末な木製のスプーンだけ握っている人もいた。
「え、あれ·····」
「サトルの名前は知れ渡っておりますわね。さすがサトルです」
戸惑う悟と楽しそうに笑うラナーの前にあっという間に全村人が集結してしまった。
(しまった·····領主としてきたわけじゃないのにっ!)
もはや時すでに遅し。
(航海は出航したら元には戻れない·····誰かがそんな事を言っていたなぁ·····)
そんな事を考えても何も変わらない。集まった村人達は領主自らの急な来訪に戸惑いを隠せない。そして、初めて見る領主が何をしに来たのかを知りたがっていた。
サブタイトルは、旧作のタイトルから。