カスタマーレビュー

2020年8月24日に日本でレビュー済み
 一部のフェミニストたちが、本来の目的から離れて、安価な代理母制度への期待、献血のボイコット、成人女性と男子中学生との性行為の擁護、性的ですらない萌え絵の排除などを主張し始めている。しかし、彼らには、これら行き過ぎた考えを自己批判し、検証していく姿勢が欠けている。
 フェミニズムに限らないのだが、権利の獲得に熱心になるあまり、このような運動は、先鋭的で過激な思想に至る危険性を常に孕んでいる。そのため、自らの運動を冷静に批判していく過程が常に必要になるのだが、彼らは、十分な自己検証をしているとは思えない。
 彼ら(フェミニスト)の、虐げられた女性の権利向上、という大義名分の前では、外部からの正当な批判を行ったものでさえ、性差別者(セクシスト)としてレッテルが貼られ排除される。
 実際、この本の著者も、世の中にはセクシストかフェミニストしかいません、と主張しているくらいなのである。このような考えのもと、彼女は、自己批判のないまま、この本と同様の怒りを込めてSNS上でも発信を続けている。その結果、上記の過激なフェミニストたちの感情を煽ってしまっている。
 著者が内省し、一部のフェミニストの過激な言動の自重を促すことがない限り、ラウドマイノリティーはともかく、サイレントマジョリティーの支持を集めるとは思えないし、私もこの本の言うことを信用しない。
 個人的には、このページのイラストにあるように、一見、裁判の真似事のようなユーモアを装っているが、有罪判決として夫のビールを禁止するという攻撃性の発露にたまらない疲労感を覚えた。本書の至る所にこのようなトラップがさりげなく仕組まれているため、読後の徒労感は著しい。
 これまた個人的な話になるが、専業主婦の妻と共に、私たちは二人の息子を大学に進学させた。息子たちの前では、妻は夫を立て、夫も妻を気遣うということで、古典的ではあるが円満な夫婦関係を維持してきた。そして、夫婦ともに、お互いの役割分担に誇りと幸せを感じている。メディアに対しても、お話として楽しんでおくんだよ、というリテラシーを高める教育をしてきたつもりだ。この本に書かれている「レッスン」は行わなかったけれども、セクハラをするような若者にはならなかった。一方過激なフェミニストにもならなかったが、それはとてもよかったことだと思っている。
1人のお客様がこれが役に立ったと考えています
0コメント 違反を報告 常設リンク