神の思惑
ヴェヌズドノアを一振りし、血を払った。
「……はぁ……はぁ……息が……」
「た、助かったのか……」
「……みたい、だな……」
「……あいつに…………」
「助けられたのか…………」
ノウスガリアが滅びたことで呼吸を取り戻した生徒たちが、俺を見る。
なんとも複雑そうな表情をしていた。
まあ、今はそんなことを気にしている場合ではない。
天父神を滅ぼせば、世界の秩序は乱れ、やがて滅び行く。
「<
ノウスガリアの根源をこの場で再生する。
敵に使う場合、俺の攻撃を起源とするため、二度目でなくとも問題はない。
消滅したエールドメードの体が蘇り、奴は意識を取り戻した。
「ほうら、君は私を滅ぼすわけにはいかない」
ノウスガリアはさも得意気に笑ってみせた。
「天に唾を吐く愚か者よ。秩序に背いた罰を受けろ。神の姿を仰ぎ見よ」
ノウスガリアが奇跡を起こす神の言葉を発する。
その体が目映い光に包まれていく。
しかし、途中で奴は眉根を寄せた。その表情には戸惑いが見てとれる。
すうっと光は収まっていった。
「どうした、ノウスガリア? 言葉通り、神の姿とやらを見せたらどうだ?」
勝利を宣言するようにヴェヌズドノアから手を放し、立体魔法陣の起動を停止する。
闇色の長剣はただの影に戻り、俺の足元に落ちた。
「それとも、神の根源が一割しかないことに気がついたか」
「無礼な口を利くな。神の尊厳は絶対だ」
ノウスガリアが言葉を発する。
しかし、その力は先程よりも弱い。
「エールドメードの体と根源に寄生したのは間違いだったな。その中にいれば、一割の根源でも生きることができる。天父神の根源が一割残っていれば、その秩序も完全には崩壊しない。貴様ら神は不滅の存在だ。本来なら、根源を再生することは容易いはずだが、理滅剣の前ではそうはいかぬ」
根源を再生する魔法を使おうと、一割程度までしか復元できぬようにしたのだ。
それゆえ、<
「安心しろ。完全に再生できなくしては、世界が滅びる。貴様が時間をかけ、ぎりぎり秩序を回復させられる程度に壊しておいた」
ノウスガリアは俺を睨む。
その瞳には秩序を破壊された純粋な憎悪が宿っていた。
「……破壊神の力を、完全に御したと……?」
「二千年前の俺ではただ滅ぼすしかなかったがな。この平和な時代に転生し、俺も苦手を一つ克服した」
フッと笑い、奴に言う。
「取るに足らぬ魔族に手加減された気分はどうだ、天父神」
この時代の魔族は弱すぎる。
ゆえに、常に魔力の制御を強いられることとなったが、おかげで俺の手加減の精度も上がった。
神を滅ぼすのではなく、神を壊す。
そうすることで神の力を奪いつつ、世界を守ることができる。
神は秩序だ。
秩序であるがゆえに奴らは、そのルールに従った行動しかとれない。
たとえそれが有効だとしても、自ら滅ぶという選択はできないのだ。
「半神半魔となった体で、しばらく大人しくしているがいい。俺の懐で、授業でもしながらな」
ノウスガリアに背を向け、俺は席へ戻っていく。
「浅はかなものだよ、暴虐の魔王。これぐらいで神の力を奪ったつもりかな? 君を滅ぼす秩序はまもなく生まれる。君の終わりはとうの昔に神々によって定められているんだよ」
「ほう。では、破壊神が俺の手に落ちることも、貴様が半端な神になることも、神々によって定められていたか?」
一瞬、ノウスガリアは言葉に詰まる。
「覚えておけ、ノウスガリア。そういうのをこの世界では、負け惜しみというのだ」
言い捨てて、俺はゆるりと席についた。
「あの神は知っているよ」
前の席からレイが身を寄せてきた。
「予想はつくが、言ってみろ」
「ジェルガ先生と話していた。根源を魔法化することについて」
なるほど。
どうやら是が非でも俺を滅ぼしたいらしいな。
ひとまずは力を封じたが、厄介なことには変わりない。
なにせ完全に滅ぼせば、世界が滅ぶのだからな。
しばらく目を離すわけにはいくまい。
「それじゃ、授業の続きをするとしよう」
ノウスガリアは何事もなかったかのように話し始める。
なにか思惑でもあるのか、それとも課せられた秩序を守っているだけなのか、この日は普通に授業を行っていた。
その放課後――
「神様が学院に来るなんて全然思ってなかったぞ」
エレオノールが言った。
俺の机に皆が集まってきている。
「というか、なんであいつ、アノスにやられた後、普通に授業してるのよ? 意味がわからないわ」
サーシャがもっともらしいことを言う。
まあ、その疑問は無理もないがな。
「あー、サーシャちゃん知らないんだ。神様ってそういうものなんだぞ」
さすがに古い魔法だけのことはあり、エレオノールは神族のことも知っているようだ。
彼女が生まれた時代ならば、まだぎりぎり神は姿を現したのだろう。彼女自身、神の力を借り、生まれた魔法でもあることだしな。
「そういうものって、馬鹿だってこと?」
「ボクたちとは、全然価値観が違うってことだぞ。神々は秩序だから、それに則って行動するの」
「授業をしてたのは、秩序のため?」
ミーシャが尋ねる。
「だと思うぞ」
「でも、魔王学院で授業することがどう秩序を保つことになるんでしょうか?」
ミサが不思議そうに言った。
「神々は約束を守るんだよ。人や魔族とのね」
レイが答えた。
「どういう理屈なのかは知らないけれど、それも彼らの言う秩序の一つらしいよ」
「あの体を使い、俺の前に姿を現すために、魔王学院で授業をする約束を誰かと交わしたのかもしれぬな」
だとすれば、しばらく奴をここに縛りつけておくことができる。
もっとも、逆に奴が俺の目をここに縛りつけておきたいのかもしれぬがな。
「新たな神の子がデルゾゲードにいるって言ってたね」
サーシャが疑問を覚えたように首をひねる。
「それってどういうことかしら? そんな物騒な生徒がいたら、とっくにアノスが気がついているんじゃない?」
「でも、これから生まれるみたいなことも言ってませんでした?」
ミサが疑問の声を発した。
「神の子の器はここにある。そして、これから目覚めるという意味だろう」
どちらにしても、アゼシオンとの戦いが終わるタイミングを待っていたというのは、不可解だがな。
あの混乱に乗じた方が、神にとっても都合がよかったはずだが、それをしなかったのはなぜだ?
「あるいは、神の子を目覚めさせるために、この学院で授業をしているのかもしれぬな」
天父神は、神が生まれるという秩序を保つ。それならば、奴が有する秩序としても納得のいく話だ。
「嘘じゃない?」
ミーシャが言った。
「本当にこの学院にいる?」
「ふむ。まあ、嘘の可能性も考えられるだろうな。俺の目をこの学院に向けさせ、別のどこかで神の子を目覚めさせる腹づもりかもしれぬ」
「どっちにしても、目覚める前に探して、なんとかした方がいいぞ」
エレオノールが言い、レイがそれに続いた。
「そうだね。ノウスガリアは神を生む秩序だから、直接的にはアノスを襲ってこない。襲ってこられないといった方が正しいかな」
無論、自らの行動の妨げとなれば、その限りではない。
秩序を乱す者は容赦なく葬るのが神だ。
「だけど、アノスを滅ぼす神だって言うなら、話は別だからね。神々はみんなそうだけど、魔力も相応に桁外れだと思うよ」
「……アノス様より、ですか?」
「……アノス君を滅ぼす神だってことなら、滅ぼせるだけの魔力を持って生まれるはずだぞ……そうじゃなきゃ、秩序じゃないから……」
エレオノールの言葉に一瞬、その場が静まり返った。
「なに、神だからといって大仰に心配することはない。殺して死なぬ者も、滅ぼして滅びぬ者も、この世界には存在せぬ」
世界の理とも言える奴らがわざわざこうして出張ってくるのは、俺が神の手に余るからだ。そうでなければ、たかだが力の強い魔族一人に干渉せずともよい。
「神々は俺を放っておけぬのだ。新たな神を生んでまで俺を滅ぼそうとしている。俺が奴らの作った秩序を滅ぼすことを知っているからだ」
ならば、やることは一つだ。
神の子を探し出し、身の程を弁えさせてやればいい。
「俺の目の届かぬところでひっそりと秩序を保っていればいいものを、わざわざ喧嘩を売ってきたのだ。存分に、後悔させてやろうではないか」
神の子探しに、なりそうです。