挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
魔王学院の不適合者 ~史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う~ 作者:

第四章 大精霊編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました
118/635

学院交流生と新任教師


 それから、しばらく経ち――


 ディルヘイドとアゼシオンの戦後処理も一段落つき、休校となっていた魔王学院でも授業が再開された。


 妙に懐かしい空気を感じながら、俺はデルゾゲードの第二教練場へ入る。

 自席につくと、隣のサーシャが言った。


「おはよう」


 じっと彼女の顔を覗く。


「なっ……なによ……? なに見てるの?」


 サーシャは身構えるように、自らの両腕の後ろに顔を隠す。


「髪紐を新調したな」


 ツインテールを留めている髪紐が普段のものとは違っている。


「……よくわかったわね……」


「配下の装備に気がつかぬほど、俺の魔眼は曇ってないぞ」


 サーシャは少々不服そうな視線を向けてきた。


「装備とか言うのやめてくれるかしら」


 ぷいっとサーシャは顔を背ける。

 しかし、その背中は上機嫌に思えた。


「アノスが気がついたから、サーシャは照れた」


 反対側の席からミーシャが言う。


「髪紐にか?」


 こくり、とミーシャはうなずく。


「なるほど。嬉しいのなら、そう言えばどうだ、サーシャ?」


「なっ、なに言ってるのっ? もう。ミーシャは変なこと言わないっ」


 ミーシャはぱちぱちと目を瞬かせ、俺を見た。


「怒られた」


「大したことはあるまい。あれが騒がしいのはいつものことだ」


 むっとした表情でサーシャが睨んでくる。


「ちょっとっ、アノスッ。それ、どういう意味よ? わたしが無意味に食ってかかってるって言いたいのかしら?」


「そうでないのなら、素直になったら、どうだ、サーシャ? それでは欲しい物も手に入らぬぞ」


 一瞬、彼女は押し黙る。


「……欲しい物って、なんの話かしら……?」


「俺が気がついていないと思ったか?」


「……え…………ぁ…………」


「いらないのか?」


 サーシャは顔を赤らめ、目を逸らすようにして、俯く。


「………………………………欲しい…………」


 俺は彼女の髪紐を指さした。


「素材は絹だ。ただの絹ではない。黄昏にのみ糸を吐くタソガレガイコからとった昏絹こんぎぬを使っている。二千年前の名残があるな。西端のアリレオで生産された絹帷子きぬかたびらに端を発するものだろう。昏絹は丈夫で強化魔法がのりやすい。大戦で重宝されたものだが、この平和な時代では装飾品として技術を転用したというわけだ。魔法染めはこの時代のものか。魔眼で見れば色がくすんでいるが、まあ悪くはない。総合的に中の下といった代物だ」


 サーシャは途中から、これでもかと言うほど真顔で俺を見ている。

 どうにも反応が予想と違うな。


「どうした?」


 と、ミーシャに尋ねる。


「……気がつきすぎるのは、よくない……」


 ふむ。そういうことか。


「喜ぶと思ったのだがな」


 ふふっ、と隣から笑い声が漏れた。


「そんなんで喜ぶわけないじゃない。もうちょっと平和も勉強してよね、魔王さま」


 からかうようにサーシャが言う。

 その表情はやはり嬉しそうに見えるから、不思議なものだ。


「おはよう」


「おはようございますっ!」


 レイがミサと一緒にやってきて、席についた。


「ついに堂々と二人で登校するようになったわね」


 ぼそっとサーシャが言った。


「えっ? あ、ち、違いますよー。た、たまたま一緒になっただけですっ」


 ミサが焦ったように弁解する。


「ふーん、たまたまね」


「そ、そういえば、アノス様。エレオノールさんとゼシアさんたちは、あれからどうしたんでしょうっ?」


 無理矢理、話題を変えるかのようにミサは聞いてきた。


「ああ。まあ、色々と考えたのだが――」


 と、ちょうどそのとき、授業開始を告げる鐘が鳴った。


 扉が開き、メノウが、続いて二人の女子生徒が入ってくる。


「あれが答えだ」


 ミサが振り返る。

 すると、そこには勇者学院の制服を着たエレオノールとゼシアがいた。


 ゼシアの年齢は一〇歳。

 以前に「ママをたすけて」と口にした少女だ。


 それ以外のゼシアは、まだまだ学院生活を送るのは困難なため、また別の形で面倒を見る。


「はいはい、みんな席について。今日は学院交流生を紹介するわよ。って言っても、みんなもう知ってると思うけど」


 エレオノールは笑顔を浮かべる。


「勇者学院のエレオノール・ビアンカだぞ」


 エレオノールがそう自己紹介をするも、ゼシアはここがどこだかわからないかのように、キョロキョロと辺りを見ていた。


「この子はゼシア・ビアンカ。ちょっと喋るのが苦手なんだけど、言葉は知ってるから。ほら、ゼシア、挨拶できるかな?」


 エレオノールがそう口にすると、ゼシアはつーと視線を生徒たちへ向けた。


「……ゼシア・ビアンカ……です……」


 ぺこり、と彼女は頭を下げた。

 そんな二人の様子を見ながら、生徒たちがざわつく。


「勇者学院って……まだ学院交流なんてするのか……?」


「ああ……アゼシオンは戦争を仕掛けてきたんだぜ?」


「暴虐の魔王のおかげですぐに終戦になったけど、さすがにこの時期に学院交流ってのははなぁ……?」


 口々にそんな文句を言う生徒たちに、メノウは毅然と言った。


「みんなの不安もわかるわ。ディルヘイドとアゼシオンは戦争をしたばかり。でも、あれは勇者学院の元学院長ディエゴ・イジェイシカの謀略だってことが判明してるし、すべての人間が魔族に敵対しようとしたわけじゃない」


 そのことはすでにディルヘイドの国民にも伝わっている。

 戦火は街にまで及んでおらず、戦争をしたという実感もなく終戦を迎えたため、すんなりとそれを受け入れた者は多い。


 ただこのクラスの生徒たちは、戦争が始まってから終戦まで、勇者学院の宿舎に監禁されていた。その分、受け入れづらいという側面はあるだろう。


「アゼシオンはディルヘイドとの友好をもう一度示すために、学院交流を申し出たの。エレオノールさんたちをデルゾゲードで受け入れることになったのは、それが理由ね」


 メノウの説明に、やはり生徒たちは不満を見せる。


「……って言われても、そう簡単に信用できないっていうかな……」


「戦争に負けたからディエゴって奴を悪者に仕立てあげただけで、本当は勇者学院全体で戦争を起こそうとしてたんじゃないのかって話だよな」


「勇者学院っていうか、アゼシオン全体でかもしれないしな」


「ていうか、誰だよ、まだ学院交流を続けようなんて言いだしたのは」


「ああ、戦争のことがなくたって、あいつらは暴虐の魔王を侮辱してきた。交流なんかできるわけないだろうが」


「皇族として、始祖を侮辱する奴らを受け入れるっていうのはな」


 文句を言っているのは、どうやら皇族派の生徒が多いようだ。

 アゼシオンというよりも、主に勇者学院への不満だろう。


「はいはいっ、みんなの不満もわかるけど――」


「ははっ」


 笑い声が教室に響く。

 見れば、入り口に背の高い男が立っていた。


 紫の髪と瞳を持った、優男だ。

 法衣を纏っているところを見ると、教師だろうが、珍しく白服だ。


 つまり、皇族ではないということだが、それも当然だろう。

 その男は、七魔皇老よりも長い年月を生きている。


 俺も知っている顔だ。

 しかし、これは聞いていなかったな。


 それに――


「滑稽だよ、君たちは」


 男は教壇へ歩いてくる。


「ああ、席についていいよ」


 男がそう言うと、エレオノールとゼシアがこちらへ歩いてくる。

 二人はちょうど俺の後ろの席へ座った。


「ありがと、アノス君。アノス君のおかげだぞ」


「なに、礼ならとうにもらった」


「くすくすっ、こういうことは何度言ってもいいんだぞ。これからよろしくね」


「ああ」


 返事をしながらも、俺は教壇の前の男を見ていた。


「どうかしたの?」


 エレオノールが不思議そうに言う。


「なに、大したことではない」


 メノウが黒板に向かい、文字を書きながら言った。


「えーと、とりあえず、学院交流生の件はそういうことね。不満があるのはわかるけど、別に彼女たちがなにかしたわけじゃない。しばらく一緒に過ごせば、エレオノールさんたちが問題を起こすような子じゃないこともわかってくれると思うわ」


 メノウが文字を書き終える。


 ――エールドメード・ディティジョン――


 男の名前だ。


「それで、もう一人紹介するわね。前々から言ってあったけど、ようやく新しい先生に来てもらえることになったわ」


 男が一歩前へ出る。


「エールドメードだ。二千年前のことを知らない蒙昧な君たちに知を授けるとしよう」


 傲慢な物言いに、生徒たちが眉をひそめる。


「皇族でもない無能教師か……」


 ぼそっと生徒の一人が呟いた。

 慌ててメノウが言った。


「エールドメード先生は優秀な方よ。皇族ではないけれど、それには理由があってね。先生は七魔皇老よりも前の時代に生まれた魔族なのよ。暴虐の魔王としのぎを削り、二千年前の大戦ではともに協力し、魔族のために戦った方よ。知識の上でも、魔法の上でも、先生の教えはためになると思うわ」


 メノウがフォローするも、生徒たちの反応は鈍い。


「ではまず手始めに、先程の君たちの浅はかさについて言及しよう」


 エールドメードは生徒たちを見下すように言った。


「まず一つ、今回の学院交流を決定したのは暴虐の魔王である」


 生徒たちがざわつく。


「もう一つ、彼の名はアヴォス・ディルヘヴィアではない。暴虐の魔王にまつわる伝承は、ディルヘイドに一部、誤って伝えられた」


 ますます生徒たちのざわめきが大きくなる。


「そして、転生した暴虐の魔王は、このクラスにいる」


「はぁっ!?」


「なに言ってんだ……?」


「……いるわけねえだろうが…………」


 生徒たちがぼやく中、エールドメードが俺に視線を向けた。


「やあ、久しいね。転生はうまくいったようじゃないか、魔王アノス・ヴォルディゴード」


新しい先生が、空気を読まない直球で攻めてきてます……。

果たして、皇族派の未来は?




  • ブックマークに追加
ブックマーク登録する場合はログインしてください。
ポイントを入れて作者を応援しましょう!
評価をするにはログインしてください。

感想を書く場合はログインしてください。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。