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魔王学院の不適合者 ~史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う~ 作者:

第四章 大精霊編

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月明かりの祝福


「様子を見てくるよ」


 レイはそう言うと、ミサの後を追いかけ、家を出ていった。


「大丈夫かな?」


 エレオノールが呟く。


「なに、酒が体に合わなかっただけだ。問題あるまい」


「ねえ。アノス、ミサはどうしたの?」


 サーシャが魔王酒のコップを片手に言った。


「酒にやられただけだ。レイが様子を見に行ったから大丈夫だろう」


 サーシャは魔王酒をくいっと呷る。


「心配だわ。様子を見に行ってこようかしら?」


 彼女は酔っている。


「レイが行ったから問題あるまい」


「ねえ、ミーシャ。心配よね?」


 ミーシャに絡むように、サーシャはピタリとひっついた。


「……サーシャの方が心配……」


 ミーシャも酔ってはいるが、サーシャよりは正気を保っているようだ。


「やっぱり、心配よね。わたし、見に行ってくるわ」


 人の話をまったく聞いていないようで、サーシャがふらーとドアへ向かう。


「待て。そんな千鳥足でどこへ行く気だ?」


「大丈夫よ。そんなに酔ってないもの」


 バゴンッ、とサーシャはドアに頭をぶつけた。


「……痛いわ……」


 サーシャはうずくまり、頭を押さえている。

 しばらくして痛みが引いたか、彼女はすっと立ち上がった。


「気を取り直して、行ってくるわ」


 ガチャガチャ、と音が鳴る。

 サーシャはドアを開けられないでいた。


「あれ? 立て付け悪いわね」


「サーシャ、ノブを回さねばドアは開かぬ」


「あ……」


 羞恥心でサーシャの顔はよりいっそう赤くなる。


「アノスッ、あなた、わたしが酔ってると思ってるでしょ?」


「お前が酔っていなければ、世界に酔っぱらいはおらぬ」


「わたしのどこが酔ってるって言うのっ?」


「では、まっすぐ歩いてみよ」


「いいわよ。それぐらい、なんでもないわ。見てなさいっ!」


 サーシャは先程の千鳥足がどこへ消えたのかと思うぐらい、まっすぐ歩く。

 そして、バゴンッと再びドアに頭をぶつけ、うずくまった。


 さすがに理解しただろうと思ったが、彼女は何事もなかったかのように立ち上がり、優雅に微笑する。


「おわかりいただけたかしら?」


「サーシャちゃん、完全に酔ってるぞ」


 エレオノールが鋭く突っ込んだ。

 ミーシャがこくこくとうなずいている。


「うー……。なによ? みんなして、わたしを酔っぱらい扱いして、もういいわっ。ミサが心配だから、一人で行ってくるわねっ」


 サーシャがドアに向かう。


「どきなさいよっ。邪魔する気っ? あなたはミサが心配じゃないのっ?」


 真剣な顔つきでドアに話しかけているサーシャ。


「それでも、ドアなのっ?」


 ドアだ。


「なんとか言いなさいよっ」


 ドアは喋らぬ。


「サーシャの酔いを覚ます?」


 ミーシャが言う。

 解毒魔法を使うということだろう。


「なに、今宵は無礼講だ。せっかく良い気分で酔っているのだから、水を差すこともあるまい。夜風にでも当たれば、少しはマシになるだろう」


 俺は立ち上がり、サーシャのもとへ歩いていく。


「サーシャ」


 声をかけると、サーシャが若干涙目で訴えてくる。


「うー……アノス……ドアの奴が強情なのよ。ミサが心配なのに、通してくれないわっ……」


「心配するな。俺が話をつけておこう」


 そう言って、ドアを開けた。


「開いたわ」


 嬉しそうに言い、サーシャは上機嫌に家を飛び出して行った。


「そう急ぐな。転ぶぞ」


「子供じゃないんだから、転ぶわけないわ」


 バタンッとサーシャが地面に倒れた。

 彼女はすぐに顔を上げ、涙目で訴えてくる。


「うー……アノス……。地面の奴が、いきなり体当たりしてきたわ」


「外には敵が多い。俺の手を放すな」


 転んだサーシャに手を差し出す。


「うん」


 ふふっ、と笑いながら、サーシャはその手を取り、立ち上がる。

 そして、俺の腕にぎゅっとしがみついてきた。


「ミサはどこかしら?」


「すぐそこだ」


 ミサの魔力を追う。

 俺の家の庭に、彼女はいた。


 いつぞやと同じく、彼女は木の根に座っており、傍らにレイが立っていた。


「落ちついた?」


「……はい、すみません、驚かせちゃって……。やっぱり、体質に合わないみたいでした……そんな気はしていたんですけど……あはは……」


 力なくミサが笑う。


「でも、飲みたい気分だったんです」


 そう口にして彼女は自らの膝を抱いた。

 瞳は地面をじっと見据えている。


「……前世のこと、二千年前のこと……」


 ミサは俯き、膝に顔を埋めた。


「レイさんは覚えてたんですね」


 しばしの沈黙の後、レイは言った。


「ごめんね。嘘をついて」


「……首飾りの半分をレイさんがもらってくれて、あたし、嬉しかったんです……」


 ミサは首飾りの貝殻を手に取った。


「本当のこと、話してくれますか?」


「二千年前のことを?」


 ミサは首を左右に振った。


「レイさんのことを。もう大体わかっていますけど、レイさんの口から聞きたいんです」


 じっと首飾りの貝殻を、彼女は見つめている。


「……レイさんが死のうとしてるなんて、思いませんでした……」


 レイはなにかを言おうとして、しかし、口を閉ざした。


「あのとき、レイさんはもうあたしとお別れするつもりだったんですね……?」


「……そうだね……」


 レイは考えるように夜空を見上げる。

 雲に隠れた月がぼぉっと光っていた。


「僕は平和のために死のうとしていた。二千年前から続く戦いに、勇者として、決着をつけなきゃいけなかった。覚悟は決めていたし、未練は残さないつもりだった。だけど……」


 ぐっとレイは拳を握る。


「もう一度、君に会いたかった」


 レイはミサに視線を向ける。


「もし、お互いに生まれ変わることがあったら、そのときは、君を幸せにしたいと思っていた」


「……レイさん……」


 ミサは悲しそうに、レイを見返した。


「……来世の幸せなんか、あたしはいりませんよ……」


 目に涙を溜めて、ミサは彼を見た。


「幸せになんかしてくれなくてもいいんです。あたしはレイさんを好きになって、レイさんのそばにいたいと思いました。なにがあっても……あなたが、どんな立場でも」


 訴えるようにミサは言う。


「どうして一緒につれていってくれなかったんですか?」


 レイは言葉に詰まる。

 ただ、まっすぐ見つめてくる瞳から視線をそらせずにいた。


「……君は、二千年前の戦いには関係ない……僕の事情に巻き込むわけにはいかない……」


「……巻き込まれたなんて、あたしは思いませんよ……」


 はっきりとミサは言う。


「だって、あたしがもしも、レイさんや、アノス様みたいになにか重たい運命を背負っていて、そうしたら、レイさんは自分には関係ないって言いますか?」


 レイは首を左右に振った。


「……絶対に君の力になる」


 強い意志を込め、彼は言う。


「どこにいても、なにをさしおいても、君を助けにいくよ」


「あたしも同じです。そりゃ、あたしなんか、レイさんと違って、なんの力もありませんけど。でも、あなたが二千年前の勇者で、二千年前の戦いのために死ぬっていうんなら、一緒に戦うことぐらいできます」


「……君は死ぬかもしれない」


 にっこりとミサは笑った。


「好きな人が死のうとしてるのに、自分が死ぬのを怖がってどうしますか」


 レイが驚いたように目を丸くする。


「なんて……ただあたしは馬鹿なだけかもしれませんけど。レイさんが死のうとしてたのに、なにもできなくて、教えてもらえるほどの力も信用もなくて、ぜんぶ後から知って。それが、ちょっぴり、悲しかったんです……」


 もどかしい気持ちを吐露するように、彼女は言った。


「レイさん。一番大事なことって、なんだと思いますか?」


「……心から笑えて、誰かに、なにを脅かされることもない。本当の意味で自由なことだと思う」


「あたしの自由はレイさんのそばにいることです」


 優しさと強さが同居した瞳が、レイを見つめる。


「もう奪わないでくださいね」


 レイはこくりとうなずく。


「約束するよ」


 満足したようにミサは笑った。 


「座りませんか?」


 自分の隣を彼女は手で叩く。

 レイは静かに腰を下ろした。


「怒ってると思ったんだけどね」


 レイが呟く。


「あたしがですか? そりゃ、怒ってますよー。だって、なにも教えてくれないんですから」


 からかうようにミサは言う。


「でも、レイさんが願ったこと、平和が欲しいと頑張ってきたこと、二千年もの間、戦い続けてきたこと。その想いが間違ってるなんて思えません。だから、怒ってるのは、教えてくれなかったことだけです」


「ごめん」


「あ、もう怒ってませんよ? ちゃんと帰ってきてくれましたから」


「帰ってきてなかったら?」


 ミサは少し考え、それから言った。


「きっと来世でボコボコにしてあげましたよーっ」


 ミサが笑い、レイは苦笑する。


「ミサ」


「え?」


 呼び捨てにされ、驚いたようにミサがレイをマジマジと見た。


「前よりずっと、君のことが好きになったよ」


「あ……」


 恥ずかしそうにミサが俯く。


「あたしも……レイさんのことが、ずっとずっと……大好きになりました……」


 そっとレイがミサの手に、自らの手を重ねる。


「あ、あのときも、こんな風でしたね?」


「戦争に行く前?」


「はい……」


 レイとミサの視線が互いの瞳に吸い込まれていく。


「……今度は、なにが起きるのかって、ちょっと不安です……」


「もうなにも起きないよ」


「本当ですか……?」


「証明しようか?」


 ミサが僅かにうなずき、そっと目を閉じる。

 彼女の指先が動き、二人は指を絡め合う。


「好きだよ」


「あたしも、大好きです」


 甘く甘く、互いに「好き」だと囁き合う。

 ゆっくりと二つの影が近づいていき、薄紅色の唇に、レイの唇が重なった。


 雲間から月明かりが差し込み、二人を柔らかく祝福していた。


ようやく訪れた勇者の春、今宵は爆発がちょうど見頃のようですね。



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