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魔王学院の不適合者 ~史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う~ 作者:

第四章 大精霊編

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勝利の美酒


 結局、父さんにも母さんにも真実は伝わらなかった。


 とはいえ、父さんが言っていたように、俺が戦争に巻き込まれたと心配するあまり、気が昂ぶっていたというのもあるのだろう。

 時間をおけば、また冷静に聞けるようになるはずだ。母さんに真実を伝えさえすれば、父さんを納得させるのは容易い。


 ならば、焦る必要もあるまい。

 時が来るのを、ゆるりと待つとしよう。


「どうするのよ?」


 サーシャが訊いてくる。


「まずは冷める前にキノコグラタンを完食する」


「あのね……」


 呆れたような表情を浮かべるサーシャ。

 ミーシャがキノコグラタンを大皿から小皿に取り分けてくれた。


「これぐらいでいい?」


「良い案配だ」


 ミーシャから小皿を受け取り、俺はキノコグラタンを食べる。


「ふむ。戦争を止めた後はこれに限るな」


 ミーシャが考え込むように俯く。


「限定的すぎることを、毎日あるみたいな風に言わないでほしいわ」


 サーシャが言うと、ミーシャはこくこくとうなずいた。


「あれ? そういえば、お酒はないんだ?」


 エレオノールが食卓を見回す。


「こういうときは、やっぱり勝利の美酒だぞ?」


「あいにく父さんも母さんも飲まぬようでな。うちに酒はおいてない」


「わーお。健全なんだ。それじゃ」


 エレオノールは魔法陣を描く。

 そこから酒瓶を三本取り出した。


「じゃーん! ガイラディーテ名産の聖ディミラ酒。美味しいんだぞっ」


「へえ。気が利くじゃない」


 サーシャが物欲しそうに目を輝かせる。


「じゃ、サーシャちゃんには沢山注いであげるぞっ」


 エレオノールがサーシャのコップに聖ディミラ酒を注ぐ。


「次はだーれだ?」


 と言いながら、エレオノールは次々と皆のコップに酒を注いで回った。


「じゃ、乾杯しよっか?」


 俺たちはコップを手にする。


「乾杯の音頭」


 ミーシャが呟く。


「君しかいないんじゃないかな?」


 レイが俺に言う。


「そうだな」


 コップを掲げ、俺は言った。


「皆の働きのおかげで、ディルヘイドとアゼシオンの戦争は回避できた。まだまだ面倒な問題は残されているが、今はしばし忘れ、勝利に美酒に酔うとしよう。我ら魔王軍の勝利だ」


 皆が笑顔を浮かべ、こちらを見ている。


「乾杯」


「「「「乾杯!!!」」」


 コップに注がれた聖ディミラ酒を一気に呷る。

 なかなか美味い。平和を守った後の酒ともなれば、その味は格別だ。


「アノス君、一気に飲んで大丈夫? 聖ディミラ酒はけっこうお酒強いんだぞ」


「なに、これぐらいなら水と変わらぬ」


「わおっ、すごいんだ。じゃ、もう一杯どーだ?」


 エレオノールが酒瓶を見せる。


「もらおう」


 俺のコップにとくとくと聖ディミラ酒が注がれていく。


「あのね、アノス。調子に乗って酔っぱらいにならないでよね」


 サーシャが顔を赤くしながら、絡んでくる。

 どことなく呂律が回っていない。


「そういうお前こそ、もう酔ってないか?」


「おあいにくさま。わたしは破滅の魔女よ。お酒なんかに負けるわけないわ」


 言いながら、サーシャはエレオノールに寄っていく。


「ねえ、他のお酒はないかしら?」


「果実酒ならあるぞ」


「ぶどう酒は?」


 エレオノールが魔法陣を描き、そこから、ぶどう酒の瓶を取り出した。

 なぜそんなに酒を持ち歩いているのか疑問でならぬ。


「いい、アノスッ! わたしが酔っぱらってないところを見せてあげるわ!」


 高らかに宣言し、サーシャはぶどう酒と聖ディミラ酒の瓶を両手に持つ。


「これがネクロンの秘術、融合魔法<聖葡萄酒カ・クテル>よ!」


 完全な酔っぱらいではないか。

 いくら聖ディミラ酒が強い酒とはいえ、一杯でこれとは、呆れたものだ。


 にもかかわらず、今作った<聖葡萄酒カ・クテル>をすぐに飲もうとサーシャがコップに口をつける。


「やめておけ」


 サーシャのコップを取りあげる。


「あっ、なによ? わたしが酔ってるって言いたいの?」


 舌っ足らずな口調でサーシャが言う。


「どう見ても酔っているぞ」


「酔ってないんだもんっ! ほんとよ? 融合魔法だって見せたじゃない」


 そんな口調、普段はしないだろうに。


「酔ってないのっ!」


「わかったわかった。美味そうな酒だ。もらってもいいか?」


「ん? そうなの? アノスが欲しいなら、あげるわ」


 困ったものだ、と思いつつ、<聖葡萄酒カ・クテル>を飲み干す。


「…………」


 不味い。これほど不味い酒は二千年前にも味わったことがない。

 決して混ぜてはならぬな、これは。


「ネクロンの秘術、もう一回見せてあげるわ!」


 サーシャが再び聖ディミラ酒とぶどう酒を一つのコップに注いでいる。


「サーシャ、お前はなにをしている?」


「うんとね、アノスを酔っぱらわせてやろうと思って」


 言った瞬間には、サーシャは<聖葡萄酒カ・クテル>の入ったコップを、自らの口元に運んでいる。


「脈絡のないことをするのはよせ」


 サーシャのコップを取りあげる。


「うー……アノスがお酒飲ませてくれないわ……」


 すねるようにサーシャが言う。


「困ったやつだな」


 と、俺の手に水の入ったコップが差し出される。

 ミーシャだった。


「こっちの酒を飲むといい」


 サーシャに水を渡すと、彼女はそれを両手で持ち、じーっと見つめた。


「なんだかこのお酒、水みたいね」


 水だからな。


「美味いぞ」


「ほんとに?」


 サーシャが水をくいっと半分ほど飲み、首を捻った。


「……やっぱり、水みたいだわ……」


「もっとじっくり味わって飲んでみろ。良い酒だ。それの味がわからぬのなら、やはり相当酔っているぞ」 


 サーシャは言われた通り、味わいながら、水を飲んでいく。

 そして、なにかがわかったかのように、うん、とうなずいた。


「へえ。ほんとだわ。良いお酒ね。なんて名前?」


 水だ。


「魔王酒と言う。なかなか味わえる酒ではないぞ」


「気に入ったわ」


 サーシャはまるで高級酒を飲むかのように、水をじっくりと味わいながら、時間をかけて飲んでいた。


「サーシャは酒乱」


 ミーシャが俺に耳打ちした。


「そのようだな」


 彼女は両手でコップを持ち、こくこくと酒を飲んでいる。


「ミーシャは平気なのか?」


「<解毒イース>を使ってる」


 なるほど。

 酒は毒と同じだからな。抜こうと思えば抜ける。


「こら、ミーシャちゃん、だめだぞ。お酒の席で解毒魔法使ったら、楽しくなくなっちゃうんだから」


 エレオノールが窘めるように指を立てる。

 ミーシャは困ったように、目をぱちぱちと瞬かせた。


「お酒はふわふわする」


「いいんだぞ。ふわふわしちゃって、可愛くなるし」


 ミーシャが俺に視線を向ける。


「そう?」


「初耳だな」


「こーら、アノス君。そこは可愛くなるって言わなきゃだめだぞ」


「酒に飲まれてはいざというときに困る。弱いのならば、無理に酔うこともないだろう。可愛くなるというのはよくわからぬが、仮に可愛くなるにせよ、酒の力を借りていてはな」


「わお、つまらないんだー。そんな魔王みたいな発言、却下だぞ」


 エレオノールはくすくすと笑う。

 変わらないようでいて、実は彼女も酔っているのではないかと思った。


「ほら、ミーシャちゃん。せっかくの平和なんだから、酔っぱらってもいいんだぞ。アノス君は平和に慣れてないから、ボクたちが教えてあげなきゃ」


 ミーシャは一瞬俺の方を見て、またエレオノールに視線を戻した。


「……酔ってみる……」


 そう口にして、ミーシャはこくこくと聖ディミラ酒を飲み始めた。

 解毒魔法を使っていないため、徐々に彼女の顔は赤くなっていく。


「アノス」


「大丈夫か?」


 ミーシャはこくりとうなずく。


「平和になった?」


「なにがだ?」


 ミーシャは自分を指でさす。


「わたし?」


 酔っぱらいにはなったようだ。


「ぼーっとする」


「ほどほどにしておけ」


「……ん……」


 俺の言いつけを守るように、ミーシャは舐めるようにちびちびと酒を飲む。


「ミーシャ、なに飲んでるの? おいしい?」


 ふらふらとサーシャがやってきた。


「おいしい」


「そのお酒、わたしにもあるかしら?」


 ミーシャが俺の方を向き、視線で問いかけてくる。


「サーシャには魔王酒でも飲ませておけ」


「ん」


 そう応えると、ミーシャはサーシャに水を出した。


「サーシャはこれ」


「あ、魔王酒ってまだあったのね。ありがと」


 サーシャはおいしそうに水を飲んでいる。

 その向かいで、レイは聖ディミラ酒の酒瓶を空にしていた。


「飲んでないようだけど、お酒はだめな方?」


 まったく酒の減ってないミサのコップを見て、彼は言う。


「あははー、どうなんでしょうね。子供の頃に間違って飲んじゃったときに、すごく気持ち悪くなった思い出があって、それ以来、なんとなく飲まないようにしてるんですけど……」


「あんまり無理しない方がいいかもね」


 レイはコップを空にする。


「あ、注ぎましょうか?」


 ミサがテーブルに置いてあった聖ディミラ酒の酒瓶を手にして、レイのコップに中身を注ぐ。


「レイさんはお酒好きなんですか?」


「そうでもないんだけど、ちょっと懐かしくてね。昔、たまに眠れない日があって、このお酒を飲んでたから」


 すると、ミサは表情を暗くする。なにか言いたげにきゅっと唇を引き結び、彼女は俯いた。

 ミサの考えていることがわかったのか、レイは口を閉ざす。


 数秒の沈黙の後、彼は意を決したように言った。


「ミサさん」


 と、そのとき、ミサが聖ディミラ酒を一気飲みしていた。

 レイは一瞬呆気にとられた。


「……ええと、そんなに一気に飲んで、大丈夫……?」


 心配そうにレイが言った途端、ミサは勢いよく立ち上がる。

 顔が青ざめていた。


「……すみません、ちょっと……やっぱり、お酒だめでした……」


 それだけ言うや否や、ミサは口元を手で押さえ、家を飛び出していった。


お酒飲んでるのが母さんにバレたら、大変なことになりそう……。


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