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魔王学院の不適合者 ~史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う~ 作者:

第四章 大精霊編

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プロローグ ~母なる大精霊~


 二千年前――

 大精霊の森アハルトヘルン。


「みんな、聞いて」


 女性が声を発すると、木々が震え、言葉を森中に伝えていく。


 彼女の背には結晶のような六枚の羽。その髪は清んだ湖のように美しく、その瞳は琥珀に見紛うばかりに輝いている。

 森の中にあって、土埃一つつかない翡翠色のドレスを身に纏ったその女性は、かの有名な大精霊。すべての精霊の母、レノであった。


 精霊というのは、噂や伝承から生じる。

 人間とは違い、母胎から産み落とされるわけではないが、この世に生まれた、ありとあらゆる精霊は彼女を母とする。


 大精霊レノは、そういう噂と伝承から生じた精霊なのだ。


「デルゾゲードへ行くことに決めたよ。暴虐の魔王の言うことが本当かはまだわからないけど、信じてみる価値はあると思う。もしかしたら、それでこの争いが本当に終わるのかもしれない」


 ざわつくように木々が揺れる。

 彼女の周囲に、羽を生やした小人のような少女たちが現れる。


 妖精ティティと呼ばれる、悪戯好きな精霊だ。


「大丈夫?」


「行っちゃうの?」


「レノは行っちゃうの?」


「帰ってくる? こない?」


 妖精たちは口々に言う。


「大丈夫、ちゃんと帰ってくるよ。暴虐の魔王には私を殺す機会がいくらでもあった。でも、殺さなかった。少なくとも、そのつもりはないってことだと思う」


 地面すれすれを浮遊しながら、レノは森を移動している。


「私がいない間、迷い込んだ人にあんまり悪戯しないようにね」


 くすくす、と妖精たちは笑う。


「どうかな?」


「それはどうかな?」


「悪戯する? しない?」


「するー」


 無邪気な笑みを見せる妖精を、レノはじとっと睨む。


「ティティ、怒るよ」


 すると、妖精たちはぴっと姿勢を正し、口元を両手で押さえた。


「じゃ、約束ね」


 レノがそう口にするも、ティティたちは硬直した様子で、びくびくと体を震わせている。


「そんな脅えたフリをしてもだめなんだから」


 厳しい言葉に、ティティたちは首をふるふると振った。


「違う……」


「違う、レノ」


「きた」


「きたよ……」


 レノは不思議そうに訊き返した。


「なにが来たの?」


 ティティたちは逃げ惑う素振りを見せながら、口々に言う。


「恐いの……」


「恐いのがきた……」


「神さま」


「恐い神さま……」


「くるっ」


「くるよっ!」


 ティティたちが一斉に散っていった。


 やがて森の茂みから、人影が姿を現す。

 背が高く、一見して優男に見える。


 しかし、彼から発せられる魔力は明らかに常軌を逸していた。


「やあ、捜したよ、母なる大精霊レノ」


 レノは身構え、険しい視線を彼に向けた。


「あなたは誰?」


「私は天父神てんぷしんノウスガリア。神々の父である。今日は君に良い話しを持ってきてね」


 レノが警戒するような表情を見せるも、ノウスガリアは続けて言った。


「新たな神の子を作ろうと思う。その器を産むのに君が選ばれたんだ。おめでとう、レノ。君の子供なら、きっと優れた神になるよ」


「いきなり現れて、なにを言ってるの?」


「んん?」


 ノウスガリアは不思議そうに小首をかしげる。


「どうしたのかな? もっと喜ぶといい。神の子の器を作れるんだよ。この地上に、君が、一つの秩序を産み落とすんだ」


「残念だけど、断るよ。私は大精霊レノ。子供なら間に合ってるんだから」


「はは」


 ノウスガリアは乾いた笑いをこぼす。


「そんな選択肢はこの世界に存在しない。これは神の決定だ」


 ゆっくりとノウスガリアが歩いてくる。

 レノは目の前に手をかざす。すると森中からノウスガリアに向かって、魔法陣が描かれた。


「アハルトヘルンは精霊の住処。いくら神族だからって、この領域で思い通りにはさせないわよ」


「逆らうな。神の決定は絶対だ」


 ノウスガリアが一歩を刻む。


 その瞬間、森の木々が意志を持ったかのように動き、その枝を彼に伸ばした。

 先端を鋭い針と化し、無数の枝が全方位からノウスガリアを串刺しにする。


「帰りなさい、礼儀を知らない神族さん。そうじゃないと、あなたの魔力、根こそぎ吸い取るわよ」


「神を傷つけるとは、素晴らしい力だ、レノ。君は器を産む母胎に相応しい」


 ノウスガリアが指を鳴らす。


「従え、秩序よ。神の命令は絶対だ」


 その言葉で、木々の枝はノウスガリアから抜かれ、術者であるはずのレノを襲う。


「……なにっ……?」


 木々の枝に巻きつかれ、彼女はその四肢を拘束された。


「いかなる魔法も私の味方だ。さあ、喜ぶがいい、レノ」


 ノウスガリアはじっとレノを見つめ、厳かに言葉を発した。


「君に神の子を授ける」


 そのとき、上空から漆黒の太陽、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>が落下し、彼を焼く。


「鎮まれ、禍々しき炎よ」


 ノウスガリアが魔法に命令する。

 だが、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>は消えなかった。


「なに……?」


「ふむ。残念だったな。俺の魔法は命令が嫌いだ」


 上空から落ちてきたのは、暴虐の魔王、アノス・ヴォルディゴードである。


「神の命令は絶対だ。鎮まれ、禍々しき炎よ」


 ノウスガリアは更に強く言葉に魔力を込めた。

 瞬間、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>は消滅する。


「馬鹿め」


 その隙をつき、着地した魔王アノスは、漆黒の指先で神の心臓を貫いていた。


「残念だけど、神は殺せない。これは秩序だよ」


「神が秩序を大事にしたいのは知っているがな。貴様らは現実が見えておらぬ」


 アノスはノウスガリアの体内に魔法陣を描く。


「自らの魔力で滅びるがいい」


 <魔呪壊死滅デグズゼグド>。

 相手の魔力をその場で暴走させ、死に至らしめる呪い。


 ノウスガリアの体にどす黒い蛇の痣が浮かんだ。

 それが彼を食らおうと、激しく暴れ始めた。


 神の持つ膨大な魔力が、神である自らを滅ぼしそうとしているのだ。

 ぼとり、とノウスガリアの右腕が落ち、そこから徐々に呪いが蝕むように、朽ち果てていく。


「ふうん」


 ノウスガリアは後退した。

 アノスの目の前には<魔呪壊死滅デグズゼグド>の魔法陣が残されている。


「わかったよ。君が暴虐の魔王か。ちょうどいい」


「ほう。なんの話だ?」


 ニヤリ、とノウスガリアは笑う。


「神は暴虐の魔王の消滅を決定した。君を殺す秩序が、神の子が、もうまもなく誕生する。それは逃れられない、世界が定めた理だよ」


「なるほど。だがな、ノウスガリア。その前にお前は死ぬぞ」


 その言葉を、ノウスガリアが嘲笑う。


「鎮まれ、禍々しき呪いよ。神の言葉は――」


 閃光が走った。

 喉をぱっくりと斬り裂かれたそいつは、ぱくぱくと口を開くばかりで声を出せない。


 キン、と魔剣を鞘にしまう音が響く。

 ノウスガリアを斬り裂いたのは、鎧を纏った白髪の男。魔族最強の剣士、シン・レグリアである。


「いかに神の言葉と言えど、喋れなくては役に立つまい」


「…………っ……!」


 ぱくぱくとノウスガリアが口を動かす。


 シンが手にしているのは彼の千剣が一つ、略奪剣ギリオノジェス。

 喉を斬り裂けば声を、目を斬り裂けば視力を、心臓を斬り裂けば命を奪う呪いの魔剣だ。たとえ、喉の傷が癒えようと、略奪剣に奪われた声は戻らない。


「自らが理だという事実に、慢心するのがお前たち神の悪い癖だ。そろそろ、その秩序に記しておけ。俺の前では、神の定めた秩序も滅ぶとな」


 アノスは虚空に浮かんだ魔法陣をつかみ、それをぐしゃりと握り潰す。


「…………っ…………」


 ノウスガリアの体があっという間に朽ち果て、風化して消えた。

 レノはそれを呆然と眺めていた。


「さて、母なる大精霊よ。答えを聞きにきた。心は決まったか?」


 アノスが言う。

 一拍遅れて、レノが応えた。


「……あなたを、信じてみることにしたよ……」


「ふむ。それは重畳だ」


「すぐに行く準備をしてたんだけど」


「あいにくと最後の一人がまだだ。それまではここで待つといい」


「……わかった」


「護衛を一人つけよう。デルゾゲードまでの道は物騒な上、<転移ガトム>が使えぬよう反魔法がかかっている」


 アノスは踵を返し、その場に跪くシンに言った。


「手筈通り、レノがアハルトヘルンに帰るまでの護衛を任せる。客人だ。できる限り、言うことを聞いてやれ」


「御意」


「え、ちょっと、そんなのいらないよっ」


 レノが慌てたように手を振った。


「お前は神に狙われている。次が来るかもしれぬし、今の奴が蘇るかもしれぬ」


「そうかもしれないけど、大体、その人恐そうだよ? 私はそういう堅苦しい人、嫌いなの」


 アノスはシンを見た。


「だそうだ。笑ってやれ、シン」


「御意」


 シンは笑顔を作る。

 だが、まるで表情に変化がなかった。


「これでどうだ?」


「どうだって、全然笑っているように見えないよ」


「それでも大精霊か。よく魔眼を凝らすのだな。口角が0.05ミリあがっている」


「…………」


 そんな微妙な違いわからない、とレノの顔に書いてあった。


「理解したようだな。では、仲良くするがいい」


「え、ちょっと待っ――」


 レノがそう声をかけた頃には、アノスの姿はもうどこにもなかった。


「…………」


「…………」


 気まずい沈黙が、アハルトヘルンに漂う。

 悪戯好きのティティたちが、木陰から細い目で覗いていた。


「あの……」


「はい」


「……これから、どうするの?」


「仰せのままに。あなたに従うよう命を受けております」


 レノは困ったような表情を浮かべた。


「……じゃ、護衛は本当にいらないから……帰って魔王にそう伝えてくれる?」


「かしこまりました」


 シンは鞘ごと剣をレノに差し出した。


「えと……なに?」


「私が不要だと言うのなら、この首を差し上げます。我が君の命を全うできずに、生き恥を曝すことはできかねます」


 げんなりしたように、レノは手を頭に当てた。


「……無茶言わないで。殺せないよ」


「かしこまりました」


 シンは剣を抜き放ち、そしてその刃を自らの首に当てる。


「なっ、なにしてるのっ!?」


「自害します」


「え? なに言ってるの? そんな脅しなんかじゃ……」


 レノがそう口にするも、シンの目には一点の曇りもなく、覚悟が滲んでいた。


「わ、わかったっ、もう、わかったよ!」


「わかったというと?」


「だから、帰れなんて言わないから、その剣をしまってっ!」


「思慮深き言葉に、感謝します」


 レノは困ったような表情を浮かべる。

 厄介な護衛をつけられたといった心境だろう。


「わかったけど、大人しくしててね。この森は好きに使っていいから」


「承知しました」


「とりあえず、一回だけ案内してあげる。ついてきて」


 様子を見に出てきたティティたちが、道を空けるように飛び去った。

 レノの後ろを、シンは剣呑な眼差しで歩いていくのだった。


新章が始まりました。

今回は精霊のお話になりそうですが、どうも神も絡んできている様子。



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