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魔王学院の不適合者 ~史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う~ 作者:

第三章 勇者学院編

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戦場に響く幼子の声


「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」


 レイは霊神人剣を振るう。

 その刃は、無数の閃光と化し、降り注ぐ<魔岩墜星弾ギア・グレアス>と<魔黒雷帝ジラスド>を悉く斬り裂いた。


 まるで闇を払うかのように。

 絶望を打ち消すかのように。


 目映い光が、俺の体を照らしていく。


「……見事だ……」


 体が光に包まれていた。

 霊神人剣のつけた傷痕が、この根源を滅ぼしていく。


「魔王様っ!!」


 ディルヘイドの先遣隊、その中でも一番足の速い部隊であろう。

 凡そ五百名の魔族の兵がこの場に到着する。

 彼らは暴虐の魔王を助けに来たのだろうが、もう遅い。


 俺の体を纏っていた光が一気に弾けた。

 それが次第に収まり、体が消滅していく。


「おのれっ、人間どもめ……」


 先遣隊の隊長は、魔剣を抜き、空に掲げた。


「私は暴虐の魔王様よりミッドヘイズを預かりし魔皇、エリオ・ルードウェルッ! 我がミッドヘイズ部隊はこれより、魔王様の黄泉への旅路に随身するっ! 愚かな人間どもよ、我が君への慰めとしてくれようっ!!」


 ミッドヘイズ部隊は、ガイラディーテ魔王討伐軍と睨み合う。

 今にも戦いが始まろうとする寸前で、レイは聖剣を掲げた。


「我が名は勇者カノン。暴虐の魔王アヴォス・ディルヘヴィアは討ち取った。霊神人剣エヴァンスマナは魔王を滅ぼすための聖剣、根源を貫かれた魔王は二度と蘇ることはないっ!」


 高らかにそう宣言し、レイは先遣隊の前へ出る。


「誇り高きディルヘイドの兵よ。主君の後を追おうとは見事な心がけだ。しかし、暴虐の魔王が最後に残した言葉を忘れたか?」


 『全軍、ディルヘイドに撤退せよ。余が再びこの地に転生するまで、アゼシオンへの報復は許さぬ。生きよ。魔王が、戻る、その日まで』それが<思念通信リークス>で伝えられた暴虐の魔王の言葉だ。


「主君の言葉か、勇者の聖剣か、お前たちはどちらを信じる?」


 霊神人剣で根源を貫かれた魔王は二度と蘇ることはない。

 だが、暴虐の魔王は再び転生すると言った。


 エリオはぐっと歯を食いしばる。

 その目には復讐心がありありと浮かんでいた。


 だが、それでも皇族の彼にとって、なによりも優先されるのは暴虐の魔王である。

 勇者の聖剣と主君の言葉、その二つのどちらを信じると挑発されれば、答えは決まっている。


「……全軍、撤退せよ。魔王様の帰りを待つ……」


 ミッドヘイズ部隊が後ろを見せる。


「追えっ、逃がすなっ!!」


 すると追撃するとばかりに、今度はガイラディーテ魔王討伐軍が前進した。

 その前に、レイが立ち塞がった。


「平和を愛するガイラディーテの兵よ。アヴォス・ディルヘヴィアはもういない。魔族たちは暴虐の魔王の言葉を信じ、奴が転生するまで攻めては来ないだろう。だが、魔王が再び蘇ることはない。エヴァンスマナにより、その根源はすでに崩壊したのだから」


 神々がもたらした伝説の聖剣の力を疑う者はガイラディーテにはいない。


「奴らは未来永劫、暴虐の魔王の帰りを待ち続ける。決して訪れることのないそのときを。これは罰だ。永久に続く、奴らへの戒めだ。我らが同胞よ」


 高らかにレイは言った。


「我々は勝利したんだ。争いは終わった。今、この瞬間、アゼシオンに平和が訪れたんだ!」


 霊神人剣を大きく掲げた後、レイは魔法陣を描き、そこに鞘を召喚する。

 エヴァンスマナを鞘に納めてみせると、ガイラディーテの兵たちも皆、勝ち鬨を上げながら剣を納めていった。


 暴虐の魔王が蘇るまで、魔族はアゼシオンに侵攻することはない。

 そして、未来永劫、暴虐の魔王が蘇ることはない。


 そうすれば、アゼシオンもまたディルヘイドに侵攻することはない。


「……これで、終わりだ……アノス」


 レイが呟く。

 そのとき、光の砲弾がガイラディーテ魔王討伐軍から放たれた。


 レイは咄嗟に右手でそれを弾く

 次の瞬間、数千もの光の砲弾が一斉にディルヘイド軍へ発射された。


「……ふっ……!」


 咄嗟にエヴァンスマナを抜き放ち、その魔法<聖域熾光砲テオ・トライアス>を薙ぎ払う。


 だが、鞘に収めていた分、一呼吸遅れたか、その中の一発がレイの脇を通り抜けた。


「くっ――」


 狙いはミッドヘイズ部隊だ。撤退していた兵士数人に、その光の砲弾が着弾した。

 爆発が巻き起こり、砂埃が舞い上がった。


「なっ……!」


 魔族の兵が声を上げた。


「……おのれ、黙って引き下がっていれば、後ろから撃つなどと卑劣な真似を……!」


 ディルヘイド軍が憤りをあらわにする。


「騙されるなっ! 奴は勇者カノンではないっ! 魔族だっ!! 魔族は殺せっ! 皆殺しにしろっ!!」


 叫んだのはガイラディーテ魔王討伐軍の総帥ディエゴだった。


「し、しかし、総帥っ。敵は戦意を喪失していますっ。暴虐の魔王も滅ぼしました。我々の悲願は果たされたのですっ! 万が一、万が一あのカノンが魔族だとしても、敵意はない様子。もう戦う理由など……」


「黙れっ! 魔族は皆殺しだ。俺の命令が聞けないのかっ!」


「……これ以上は、無益な戦いです。そんなことで兵の命を犠牲にするわけに――」


 ストン、と進言した副官の腕が斬り落とされた。


「あっ……う・あ・あぁぁぁっ…………!」


「逆らうなら貴様も殺すぞっ! ゼシア隊、前へ出ろ。<根源光滅爆ガヴエル>だ。あの偽物のカノンもろとも、魔族全員消し飛ばしてくれるわっ!!」


 鎧と兜を身につけ、顔を隠した一万人のゼシアが前進する。

 彼女たちは一斉に、左胸に魔法陣を描いた。


「……全軍、止まれっ……! 仲間を討たれてまで、おめおめと引き下がっては、我らの盾となった魔王様に笑われる。魔族の誇り、人間どもに思い知らせてくれるっ!」


 エリオの命令で、ミッドヘイズ部隊が止まり、再び魔王討伐軍へ向き直る。


 そのときだ。


「待って……!」


 声が響いた。

 やがて、砂埃が晴れていくと、そこにエレオノールの姿が浮かぶ。


 彼女は<四属結界封デ・イジェリア>を正面に展開しており、魔族の兵を守っていた。

 <聖域熾光砲テオ・トライアス>を防ぎきったか、彼らは全員無傷だった。


「無事だからっ。誰も死んでないぞっ」


 エリオは驚きと警戒心を持った目で彼女を睨んだ。


 エレオノールは魔族ではない。

 なぜ魔族の兵をかばったのか、疑問でならなかったのだろう。


「なにをしているっ、この失敗作がっ! 魔族への憎悪を忘れたばかりか、今度は人間を裏切るつもりかっ!」


 ディエゴが怒りを込め、<思念通信リークス>を発する。


「どうしてっ、もう戦う理由なんてないはずだぞっ! 暴虐の魔王は死んだ。ディルヘイド軍は撤退しようとしてるっ! これ以上は守るための戦いでもなんでもない。敵も味方も殺すだけの、ただの虐殺だぞっ。そんなこと、あなたが憎いという暴虐の魔王でもしなかった!」


「黙れっ!! このオレがっ、薄汚い魔族以下だと言うのかっ! ありえんっ。これは、復讐だっ! オレたち人間からすべてを奪った魔族どもへ下す、正義の鉄槌なのだ!」


「あなたはなにも奪われてなんかないっ! その憎悪は、その正義は誰のものなのっ!? あなたのものじゃないっ! 自分以外の心に支配されて、争うなんてただの馬鹿だぞっ! ボクたちは、本当は、戦いたくなんてなかったはずだっ!!」


「黙れと言っているっ、魔法の分際で舐めた口を利くな、<根源母胎エレオノール>っ!」


 エレオノールの体に魔法文字が浮かぶ。

 そこから聖水が溢れ出し、球状と化して、彼女を覆った。


 <根源母胎エレオノール>の魔法が発動し、彼女の行動が制限される。


「そこで大人しく見ていろ」


 ディエゴが光の聖剣エンハーレを抜き放ち、頭上に掲げた。


「<聖域熾光砲テオ・トライアス>を一斉砲火しつつ、突撃せよ。魔族を射程に入れ次第、自爆しろ!!」


 一万人のゼシアが前へ出る。


「ゼシアッ、お願いっ、やめてっ! そんなのだめだぞ。君たちは殺したくなんかないっ! 誰も殺したくないはずだぞっ!!」


「貴様の言うことなど聞かん。貴様も、そいつらも、魔族を殺すための兵器だ。行けっ!!」


 一万人のゼシアは、全員、光の聖剣エンハーレを抜き放ち、ディルヘイド軍へ向かっていく。


「……ふっ…………!!」


 放たれる<聖域熾光砲テオ・トライアス>をレイがエヴァンスマナで斬り裂き、ゼシアが展開する<根源光滅爆ガヴエル>の魔法陣を切断する。


 だが、いかに霊神人剣、いかに伝説の勇者カノンの再来といえども、数が多すぎる。彼は向かってくるゼシアの一人とて殺していないのだ。その戦い方では、長くもたないのは目に見えていた。


 数人のゼシアがレイのエヴァンスマナをくぐりぬけ、彼の懐に入った。

 その至近距離の根源爆発は、レイの根源にすら大きなダメージを与えるだろう。


「……ゼシアッ!!」


 エレオノールが叫ぶ。

 けれども、ゼシアたちは、エンハーレを左胸に突き刺そうと腕を振り上げる。


 そして――

 そこで、ぴたりと動きを止めたのだ。


 まるで時間が止まったかのようだった。

 一万人のゼシアは皆、微動だにせず、立ちつくしている。


 その静寂は時間にすれば数秒か、あるいはもっと少なかったかもしれない。

 やがて、彼女は口を開く。


「……タ……ス…………ケ…………テ…………」


 そんな幼子のような声が、戦場に響いていた――


案の定すぎるディエゴの行動。


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