戦場に響く幼子の声
「はああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
レイは霊神人剣を振るう。
その刃は、無数の閃光と化し、降り注ぐ<
まるで闇を払うかのように。
絶望を打ち消すかのように。
目映い光が、俺の体を照らしていく。
「……見事だ……」
体が光に包まれていた。
霊神人剣のつけた傷痕が、この根源を滅ぼしていく。
「魔王様っ!!」
ディルヘイドの先遣隊、その中でも一番足の速い部隊であろう。
凡そ五百名の魔族の兵がこの場に到着する。
彼らは暴虐の魔王を助けに来たのだろうが、もう遅い。
俺の体を纏っていた光が一気に弾けた。
それが次第に収まり、体が消滅していく。
「おのれっ、人間どもめ……」
先遣隊の隊長は、魔剣を抜き、空に掲げた。
「私は暴虐の魔王様よりミッドヘイズを預かりし魔皇、エリオ・ルードウェルッ! 我がミッドヘイズ部隊はこれより、魔王様の黄泉への旅路に随身するっ! 愚かな人間どもよ、我が君への慰めとしてくれようっ!!」
ミッドヘイズ部隊は、ガイラディーテ魔王討伐軍と睨み合う。
今にも戦いが始まろうとする寸前で、レイは聖剣を掲げた。
「我が名は勇者カノン。暴虐の魔王アヴォス・ディルヘヴィアは討ち取った。霊神人剣エヴァンスマナは魔王を滅ぼすための聖剣、根源を貫かれた魔王は二度と蘇ることはないっ!」
高らかにそう宣言し、レイは先遣隊の前へ出る。
「誇り高きディルヘイドの兵よ。主君の後を追おうとは見事な心がけだ。しかし、暴虐の魔王が最後に残した言葉を忘れたか?」
『全軍、ディルヘイドに撤退せよ。余が再びこの地に転生するまで、アゼシオンへの報復は許さぬ。生きよ。魔王が、戻る、その日まで』それが<
「主君の言葉か、勇者の聖剣か、お前たちはどちらを信じる?」
霊神人剣で根源を貫かれた魔王は二度と蘇ることはない。
だが、暴虐の魔王は再び転生すると言った。
エリオはぐっと歯を食いしばる。
その目には復讐心がありありと浮かんでいた。
だが、それでも皇族の彼にとって、なによりも優先されるのは暴虐の魔王である。
勇者の聖剣と主君の言葉、その二つのどちらを信じると挑発されれば、答えは決まっている。
「……全軍、撤退せよ。魔王様の帰りを待つ……」
ミッドヘイズ部隊が後ろを見せる。
「追えっ、逃がすなっ!!」
すると追撃するとばかりに、今度はガイラディーテ魔王討伐軍が前進した。
その前に、レイが立ち塞がった。
「平和を愛するガイラディーテの兵よ。アヴォス・ディルヘヴィアはもういない。魔族たちは暴虐の魔王の言葉を信じ、奴が転生するまで攻めては来ないだろう。だが、魔王が再び蘇ることはない。エヴァンスマナにより、その根源はすでに崩壊したのだから」
神々がもたらした伝説の聖剣の力を疑う者はガイラディーテにはいない。
「奴らは未来永劫、暴虐の魔王の帰りを待ち続ける。決して訪れることのないそのときを。これは罰だ。永久に続く、奴らへの戒めだ。我らが同胞よ」
高らかにレイは言った。
「我々は勝利したんだ。争いは終わった。今、この瞬間、アゼシオンに平和が訪れたんだ!」
霊神人剣を大きく掲げた後、レイは魔法陣を描き、そこに鞘を召喚する。
エヴァンスマナを鞘に納めてみせると、ガイラディーテの兵たちも皆、勝ち鬨を上げながら剣を納めていった。
暴虐の魔王が蘇るまで、魔族はアゼシオンに侵攻することはない。
そして、未来永劫、暴虐の魔王が蘇ることはない。
そうすれば、アゼシオンもまたディルヘイドに侵攻することはない。
「……これで、終わりだ……アノス」
レイが呟く。
そのとき、光の砲弾がガイラディーテ魔王討伐軍から放たれた。
レイは咄嗟に右手でそれを弾く
次の瞬間、数千もの光の砲弾が一斉にディルヘイド軍へ発射された。
「……ふっ……!」
咄嗟にエヴァンスマナを抜き放ち、その魔法<
だが、鞘に収めていた分、一呼吸遅れたか、その中の一発がレイの脇を通り抜けた。
「くっ――」
狙いはミッドヘイズ部隊だ。撤退していた兵士数人に、その光の砲弾が着弾した。
爆発が巻き起こり、砂埃が舞い上がった。
「なっ……!」
魔族の兵が声を上げた。
「……おのれ、黙って引き下がっていれば、後ろから撃つなどと卑劣な真似を……!」
ディルヘイド軍が憤りをあらわにする。
「騙されるなっ! 奴は勇者カノンではないっ! 魔族だっ!! 魔族は殺せっ! 皆殺しにしろっ!!」
叫んだのはガイラディーテ魔王討伐軍の総帥ディエゴだった。
「し、しかし、総帥っ。敵は戦意を喪失していますっ。暴虐の魔王も滅ぼしました。我々の悲願は果たされたのですっ! 万が一、万が一あのカノンが魔族だとしても、敵意はない様子。もう戦う理由など……」
「黙れっ! 魔族は皆殺しだ。俺の命令が聞けないのかっ!」
「……これ以上は、無益な戦いです。そんなことで兵の命を犠牲にするわけに――」
ストン、と進言した副官の腕が斬り落とされた。
「あっ……う・あ・あぁぁぁっ…………!」
「逆らうなら貴様も殺すぞっ! ゼシア隊、前へ出ろ。<
鎧と兜を身につけ、顔を隠した一万人のゼシアが前進する。
彼女たちは一斉に、左胸に魔法陣を描いた。
「……全軍、止まれっ……! 仲間を討たれてまで、おめおめと引き下がっては、我らの盾となった魔王様に笑われる。魔族の誇り、人間どもに思い知らせてくれるっ!」
エリオの命令で、ミッドヘイズ部隊が止まり、再び魔王討伐軍へ向き直る。
そのときだ。
「待って……!」
声が響いた。
やがて、砂埃が晴れていくと、そこにエレオノールの姿が浮かぶ。
彼女は<
<
「無事だからっ。誰も死んでないぞっ」
エリオは驚きと警戒心を持った目で彼女を睨んだ。
エレオノールは魔族ではない。
なぜ魔族の兵をかばったのか、疑問でならなかったのだろう。
「なにをしているっ、この失敗作がっ! 魔族への憎悪を忘れたばかりか、今度は人間を裏切るつもりかっ!」
ディエゴが怒りを込め、<
「どうしてっ、もう戦う理由なんてないはずだぞっ! 暴虐の魔王は死んだ。ディルヘイド軍は撤退しようとしてるっ! これ以上は守るための戦いでもなんでもない。敵も味方も殺すだけの、ただの虐殺だぞっ。そんなこと、あなたが憎いという暴虐の魔王でもしなかった!」
「黙れっ!! このオレがっ、薄汚い魔族以下だと言うのかっ! ありえんっ。これは、復讐だっ! オレたち人間からすべてを奪った魔族どもへ下す、正義の鉄槌なのだ!」
「あなたはなにも奪われてなんかないっ! その憎悪は、その正義は誰のものなのっ!? あなたのものじゃないっ! 自分以外の心に支配されて、争うなんてただの馬鹿だぞっ! ボクたちは、本当は、戦いたくなんてなかったはずだっ!!」
「黙れと言っているっ、魔法の分際で舐めた口を利くな、<
エレオノールの体に魔法文字が浮かぶ。
そこから聖水が溢れ出し、球状と化して、彼女を覆った。
<
「そこで大人しく見ていろ」
ディエゴが光の聖剣エンハーレを抜き放ち、頭上に掲げた。
「<
一万人のゼシアが前へ出る。
「ゼシアッ、お願いっ、やめてっ! そんなのだめだぞ。君たちは殺したくなんかないっ! 誰も殺したくないはずだぞっ!!」
「貴様の言うことなど聞かん。貴様も、そいつらも、魔族を殺すための兵器だ。行けっ!!」
一万人のゼシアは、全員、光の聖剣エンハーレを抜き放ち、ディルヘイド軍へ向かっていく。
「……ふっ…………!!」
放たれる<
だが、いかに霊神人剣、いかに伝説の勇者カノンの再来といえども、数が多すぎる。彼は向かってくるゼシアの一人とて殺していないのだ。その戦い方では、長くもたないのは目に見えていた。
数人のゼシアがレイのエヴァンスマナをくぐりぬけ、彼の懐に入った。
その至近距離の根源爆発は、レイの根源にすら大きなダメージを与えるだろう。
「……ゼシアッ!!」
エレオノールが叫ぶ。
けれども、ゼシアたちは、エンハーレを左胸に突き刺そうと腕を振り上げる。
そして――
そこで、ぴたりと動きを止めたのだ。
まるで時間が止まったかのようだった。
一万人のゼシアは皆、微動だにせず、立ちつくしている。
その静寂は時間にすれば数秒か、あるいはもっと少なかったかもしれない。
やがて、彼女は口を開く。
「……タ……ス…………ケ…………テ…………」
そんな幼子のような声が、戦場に響いていた――
案の定すぎるディエゴの行動。