醪と対話する蔵人の一日──島根県松江市・李白酒造を訪ねて〜その2〜

「おーい、ええよう」

朝8時半。毎日の酒造りは、この掛け声とともに始まります。

ここは、島根県松江市にある李白酒造の酒仙蔵。掛け声の主は蔵人の岩成大輔さんです。李白酒造の製造部に勤めて20年の、もっとも経験豊かなベテラン社員。

今回は、そんな岩成さんの仕事に密着しました。

仕込みの時期は、じっとしていられない

岩成さんが担当するのは、主に酒母や醪の管理。データ処理や分析も併せて行なっています。この日は、醪タンクのある酒仙蔵の2階から作業が始まりました。

分析のため、醪の一部をタンクの中からロートに取り分けます。以前は、すべてのタンクから醪を取って、半日かけて分析していました。しかし、見る必要のないデータも見ることになってしまい、キリがなかったのだとか。

「数を増やすと、見なければならないものを見落としてしまう可能性がある。しかも、データを取ったことで安心してしまうんですよ。分析だけしてもダメ。それをどう読むのかが大事です」

仕込みに使う水を汲んだり、造りに合わせて水温を調整したり...目の前にある仕事をこなしながら、次に行なう作業の準備も忘れません。

「ずっと動き回っているので、そんなに寒くないんです」

仕込みの寒い季節でも、岩成さんは薄着でいるそう。

醪の櫂入れに使う櫂は、酵母によって使い分けられています。

黄色のテープが貼られた櫂は、同じ黄色のテープが貼ってあるタンクに使い、酵母が混ざらないように気を付けているのだそう。

また、精米歩合の異なる仕込みが混ざってしまうと酒税法上の問題が発生するので、精米歩合の高低によって作業を行なう順番が決められています。

ていねいで細やかな気配りを欠かさない姿勢に、岩成さんの仕事に対する真摯さを感じました。

殺菌消毒した長い櫂棒が壁に触れないように持って歩くのは、簡単そうに見えて、意外とたいへんです。

櫂入れは、すべてのタンクについて毎日行なうのだとか。毎日やらないと、醪の温度管理がうまくできないそうです。

櫂入れは、"醪の健康診断"

この日の作業は仲仕込み。

李白酒造では麹や蒸米をタンクへ投入する際、その都度できるだけ櫂を入れるようにしています。"三段仕込みは、ただ原料を3回に分けて入れることではない"と考えているのだそう。

岩成さんは、櫂入れの時間を確保できるように、それまでの準備をしっかりと済ませていました。

3階から、仲仕込みに使う麹がエアーシューターで運ばれてきました。仲仕込みに必要な仕込み水の量を計算しつつ、再び醪タンクのもとへ走っていきます。

酒仙蔵が建てられたのは昭和43年。空調設備は今も建物の一部にしかありません。そのため、醪の温度調整にはさまざまな工夫を行なってきました。たとえば、仕込み水の水温が高い日は氷を用意し、蒸米といっしょに氷を入れて、温度を下げます。

「醪自身が『ぼく、おなかがいたいよ』なんて言ってくれればいいんだけどね。口をきいてくれないから、こうやって健康診断をしてあげなきゃいけないのよ」

櫂入れをしながら、岩成さんは愉快な例えで教えてくれます。

「休みの日も醪の様子が気になるのでは?」と聞くと、

「休みのときは、何か問題があれば電話がかかってくるので、あまり気にしないようにしています。でも、造っているお酒の量が多いので、醪をダメにすることはできません。割り切ることも必要だけど、生き物を相手にしているという感覚を忘れてはいけないと思いますね」と話してくれました。

さらに岩成さんは、経験から得た知識や技を自分だけのものにせず、みずからの仕事が誰にでも任せられる体制をつくっていかなければならないと考えています。

「私は酒造りがしたいので、休みがなくても文句はありません。でも、現場で働いているのは自分だけではないですよね。自分が泊まり込みで仕事をするようになれば、他の人たちにもそれを課すことになり、休みたいときに休みにくい環境になってしまいます。

だから、会社が私たちの働きやすい環境づくりを進めてくれていることは納得できますね。それに、私も今年で45歳。ぼちぼち無理のきかない年齢ですから、そういう意味ではとてもありがたいですよ」

タンクから取った醪のサンプルを分析する岩成さん。仕込みの期間は何度も分析を行なうので、場合によっては四合瓶1本分くらいの量を分析に使うこともあるのだとか。

「分析のために醪を取らなければ、その分だけお酒を造ることができます。だからこそ、この作業は大切にしなければならないと思う」

以前はすべて手作業で分析をしていたために時間がかかっていましたが、今では機械を導入したおかげで時間が短縮され、他の仕事もできるようになりました。

ヒットを10割打つ気持ちで挑む酒造り

朝8時から始まった作業の間、一度も座ることなく常に動き回っていた岩成さん。手を動かしながら、さまざまな話を聞かせてくれました。

「うちはそんなに大きな会社じゃないので、社長から言われたことしかやらないのでは仕事が進みません。各自が責任をもってやらなければ仕事にならないんです。社長が蔵に入って酒を造っているところもありますが、どちらかといえば社長には酒を売ってきてほしい。だから、造りに関して社長の手を煩わせることはしたくないなあと思っています。

自分から動けない人は、ここでは仕事になりません。毎日の櫂入れも誰かが見ているわけではないので、さぼろうと思えばさぼれるでしょう。でもありがたいことに、うちの製造部にそういう人はいないですね。

ホームランを打とうとは思いません。でも、ヒットを10割打つような仕事をしたいです。仕込みに使う米は毎年違うので、同じ酒ができることはありません。それでも、ひとつの銘柄として毎年飲んでもらえるものを、安定して造りたいですね」

「人がつくったものはありがたい」

岩成さんの仕事は決して花形ではありません。大げさに言えば、ひとりでも完結させることのできる仕事量でしょう。

口には出さずとも、いつも李白酒造のことを考え、そのなかで自分の楽しみを見つけながら仕事をしている蔵人がいるのは、素晴らしいことだと思いました。

小さいころは、刀鍛冶や豆腐屋、パン屋になりたかったという岩成さん。その理由は「ものをつくる仕事がしたかった。人がつくったものはありがたい感じがするから」だそう。

この取材を通じて、岩成さんの言う「人がつくったものはありがたい」の意味がわかった気がします。

(文/あらたに菜穂)

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東京・代官山にコンセプト型のSAKEセレクトショップ「未来日本酒店 DAIKANYAMA」の外観写真

テイスティングは1杯300円から!代官山に誕生したコンセプト型酒屋「未来日本酒店 DAIKANYAMA」

2017年7月、東京・代官山にコンセプト型のSAKEセレクトショップ「未来日本酒店 DAIKANYAMA」がオープンしました。

これまで、オンラインショップやイベントなどを通して日本酒の販売に取り組んできた「未来日本酒店」。実店舗を構えるにあたって選んだ場所は、流行最先端のエリア・代官山です。

いったいどんなお店なのでしょうか。実際にお店を訪れ、調査してきました!

代官山駅から徒歩3分。流行最先端のエリアで日本酒を!

「未来日本酒店 DAIKANYAMA」は、代官山駅から徒歩3分、恵比寿駅から徒歩7分という好立地にオープンしました。ブランドショップや有名レストランが立ち並ぶエリアにも溶け込む、モダンな店構えです。

店内には、100種類ほどの日本酒が所狭しと並べられています。

お酒は"コンセプト別"に分類され、発泡酒は「SPARKLING」、熟成酒は「VINTAGE」、果実酒は「DESERT」など、初心者にもわかりやすい設計になっています。

ボトルやラベルのデザインが工夫された「DESIGNER'S」のカテゴリーには、モダンでおしゃれな見た目の日本酒が並べられ、まるで洋服を選んでいるかのような楽しさがありました。

また、それぞれの日本酒には味の特徴を示したチャートが添付されています。「香り華やか」「香り穏やか」、「クラシック」「モダン」など、味をイメージしやすいのはうれしいですね。

ちょい飲み歓迎!テイスティングは1杯300円から

とはいえ、やっぱり実際に飲んでみないとわからない!という方は、併設しているテイスティングバーで試飲をしましょう。

店内にある日本酒のうち、常時20種類程度を1杯300円(60ml)から試飲することができます。「SAKETIMESを見て来ました」と言えば、黒板にあるメニュー以外の日本酒もテイスティングさせていただけるそう。(※混雑時など対応できない場合もあります。あらかじめご了承ください。)

こうした、酒販店で有料試飲ができるスタイルは、いわゆる「角打ち」の一種。未来日本酒店の山本社長は「サクッと飲みに来る感覚でどうぞ。ちょい飲み歓迎です」とのこと。お酒を選ぶための試飲としてはもちろん、飲み会前のゼロ次会にも使えそうですね。また、昼12:00から営業しているので、休日の昼飲みにもうってつけでしょう。

さらに、グラス1杯単位からのテイクアウトも可能(別途グラス代が必要)。日本酒を片手に代官山を歩いてみるのはいかがでしょうか。

お店のおすすめをいただきました。スタイリッシュなグラスに注がれた日本酒は、見た目もきれいで写真映えしそうですね。

「花洛 純米」(招徳酒造/京都)は、銘醸地である京都の伏見で女性杜氏が醸すお酒。京都の酒米「祝」は、絹のように軟らかく、扱いが難しいのだとか。ギュっと凝縮した米の旨味が、しっかりと感じられる味わいに仕上がっています。

少し温めても美味しそうだと思い、聞いてみると「リクエストがあればお燗もできますよ」とのこと。お燗でもテイスティングをすることができるのはありがたいですね。

「かまわぬ 生酛純米」(司牡丹酒造/高知)は、生酛の真骨頂とも言えるキレの良い酸味が夏にぴったりでした。

居心地の良い空間に、ついつい長居してしまいそう。テイスティングバーには椅子も用意されているので、じっくりとお酒を堪能したい方にもおすすめです。

目指したのは"日本酒のパリコレ"

もともとエンタメ業界の出身だという山本社長(写真中央)が、代官山という場所に酒屋を出店したのには、どんな狙いがあったのでしょう?

「私たちが目指しているのは『日本酒を飲む人が増えること』という、ただそのひとつのみ。他の酒販店と競うつもりも、ひとり勝ちするつもりもありません。

日本酒を嗜む人は、酒類消費全体の約7%と言われています。我々はそれ以外の93%、ふだん日本酒を飲んでいない人にも日本酒を提供したいと思って、この事業をスタートしました。

特に代官山はフレンチやイタリアンなど洋食レストランが人気のエリア。日本酒を飲まない人が他のエリア以上に多いのではないかと考えました。感度の高い場所で日本酒を飲む人を増やすことで、マーケット全体に影響を与えていきたいですね」

これまで代官山エリアには、日本酒専門の酒屋がありませんでした。それゆえに一般消費者はもちろん、飲食店へのアプローチもしやすいのではないかと考えたのだそう。特に、イタリアンやフレンチなどの洋食店にこそ、日本酒を提案していきたいと話していました。

お話をうかがって印象的だったのは、自分たちの利益よりも、業界全体が発展し、酒蔵がより良い酒造りに集中できる環境をつくりたいという思いでした。

日本酒を飲む人口が少ないと、コスト軽減や売れるための商品づくりが先行してしまい、本当に造りたいと思っているものが造れない状況になってしまいます。

「酒蔵には自由な酒造りをしてほしいですね。未来日本酒店のショーケースは、そのためのステージ。目指すは、"日本酒のパリコレ"です。代官山を拠点に、いろいろなコンセプトの日本酒を消費者に提案する、トレンドセッターになりたい」と、山本社長は熱く語っていました。

パリコレでは毎年、デザイナーが思いを込めてデザインしたファッションが披露されます。未来日本酒店もパリコレのように、造り手が独自に表現したお酒が並ぶステージなのかもしれません。そう思うと、ショーケースがより輝かしく見えてきました。

オリジナルブランド「STARシリーズ」

未来日本酒店では、オリジナルブランドのお酒のプロデュースもしています。"未来のスター蔵元"が醸す「STARシリーズ」では、若き造り手が醸した"今シーズンもっとも自信のあるお酒"を味わうことができるんですよ。

写真左は、吉田酒造(石川)の吉田泰之氏が醸す「Stars Blue」

イギリスへ留学した経験を活かし、国境を越えて海外の人たちにも日本酒の素晴らしさを発信している吉田氏。能登杜氏特有の"芳醇旨口"に新しい感性を加えたスタイルで注目されています。「Stars Blue」の特徴は、リンゴや梨を思わせる爽やかな酸味と優しい甘み。爽やかではあるものの軽すぎることはなく、余韻までしっかりと楽しめるお酒です。

写真中央は、阿部酒造(新潟)の阿部裕太氏が醸す「Stars Red」

阿部氏が得意とするのは、新潟の"淡麗辛口"を覆すような、米の旨味と甘みが強く綺麗な酸があるタイプ。「食前から食後まで、すべて自分のお酒で完結できる酒造り」を目標とする阿部氏の、魂が込められています。

写真右は、一宮酒造(島根)の浅野理可氏が醸す「Stars Pink」

「STARシリーズ」紅一点の浅野氏は、実家の酒蔵を守るために日々修行中。そのキャラクターから感じられる華やかなイメージとは異なり、米のポテンシャルがギュっと詰まった、濃厚で本格的な味わいが特徴です。

未来のSTAR蔵元が醸す渾身の逸品を、ぜひご賞味ください。

左から吉田泰之氏(吉田酒造/石川)、阿部裕太氏(阿部酒造/新潟)、浅野理可氏(一宮酒造/島根)

ブランドショップに来るような感覚で楽しめる、新しい酒屋「未来日本酒店 DAIKANYAMA」。代官山でのショッピングやデートのついでに、ぜひ立ち寄ってみてはいかかでしょうか。

(文/真野遥)

◎店舗情報

  • 店舗名:「未来日本酒店 DAIKANYAMA
  • 住所:東京都渋谷区代官山町14-11
  • アクセス:東急東横線 代官山駅から徒歩3分
  • 営業時間:12:00 ~ 21:00 (L.O. 21:00 )
  • 定休日:年末年始のみ
  • 電話番号:03-6312-2448

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