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 おおぜいで歌うこと――。アイヌの言葉でそんな意味をもつ「ウポポイ」が北海道白老(しらおい)町に先月開業した。正式名称は「民族共生象徴空間」といかめしいが、アイヌの文化を復興・発展させるためのナショナルセンターとの位置づけだ。

 中心となる国立アイヌ民族博物館は、消滅の危機にあるアイヌ語を第一言語とし、アイヌの人々の視点でくらしや仕事、歴史などを紹介する。

 漫画「ゴールデンカムイ」や直木賞小説「熱源」などでアイヌへの関心は高まり、修学旅行の予約も堅調だという。コロナ禍と折り合いをつけつつ多くの人が施設を訪れ、あるいはホームページにアクセスして、先住民族への理解を深めてほしい。

 アイヌの人々は、北海道開拓に伴う同化政策によって固有の風習、言語、そして狩猟や漁業のための土地を奪われた。北海道が17年に道内の約1万3千人に対して行った調査では、大学進学率が全国や道の平均を大きく下回るなど、格差は依然残る。「差別を受けた」「他人が受けたのを知っている」と答えた人も4割近くいた。

 だがそうした過去と現在を、日本人の多くが知らないという調査結果もある。アイヌをめぐる多くの課題を置き去りにしたまま「観光の起爆剤」(視察した赤羽一嘉国土交通相の発言)としてウポポイが整備されたととらえ、展示内容を含め、疑問や不信を抱く人もいる。

 一方で、負の歴史ばかり強調する施設にしてほしくないとの意見もあったという。伝統的なチセ(家屋)を紹介するコーナーには、アイヌの若い学芸員の発案でこんな説明書きがある。

 「現在の私たちは、皆さんと同じようなチセに住み、同じような生活をおくっています」

 まず等身大のアイヌの姿を知ってもらうことから始めたいとの思いが伝わってくる。

 ウポポイには、道内の自治体や民間団体が設けているアイヌ資料館、国内外の博物館などと連携を深め、人材を育て、アイヌにとどまらず、この国のマイノリティー政策を充実発展させる役割を担ってもらいたい。

 政治・行政に携わる者の責任は重い。萩生田光一文部科学相は先月の会見で、アイヌを「原住民」と呼んだうえで、その苦難の歩みについて「開拓民との間で様々な価値観の違いがあった」と述べた。差別を「価値観の違い」にすり替えることは歴史の改ざんに他ならない。

 先住民族の権利を認めた07年国連宣言や、それを受けた翌年の国会決議を踏まえた施策の一層の推進が求められる。多数派も少数派も、一緒に歌える社会を築く。それが政治の務めだ。

連載社説

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