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魔王学院の不適合者 ~史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う~ 作者:

第三章 勇者学院編

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霊神人剣


 エレオノールは笑った。

 涙をこぼしながらも、笑顔を浮かべる。


「ありがと。でも、いいんだぞ。ボクは魔族と戦うための魔法。使用されれば抗うことはできないんだ。こうして根源クローンの生産を続けて、生まれたゼシアはディルヘイドに侵攻する」


 ゼシアが一万人の軍勢となり、<勇者部隊アスラ>の魔法を使えば、途方もない戦力となるだろう。

 その上、一人一人が<根源光滅爆ガヴエル>を使える人間爆弾だ。ディルヘイドにとっては脅威でしかない。


「人間の事情に、君たち魔族がつき合う必要はないぞ。ボクを消して、ディルヘイドを守って」


 人間の事情、か。

 確かに半分はそうかもしれぬがな。


「エレオノール。これは二千年前に、俺が残してきた戦いだ。この平和な時代に生きる者を、こんなつまらぬいくさに巻き込むわけにはいかぬ」


 あのとき、俺がジェルガを滅ぼしておけば、こんなことにはならなかった。


「お前も、ゼシアもそうだ」


 あのディエゴとて、<聖域アスク>の憎しみに囚われたにすぎぬ。


「過去の清算を済ませるだけだ。消滅したゼシアはもう蘇らぬが、ここにいるゼシアたちと共に平和な時代を生きるといい」


「すべてなかったことにするなら、ボクも、ゼシアもこの時代にいなくていいはずだぞ」


「なかったことになどできぬ」


 エレオノールもゼシアも、もう生まれてしまったのだ。


「二千年間、お前には辛い想いをさせた」


 エレオノールの体が震える。


 苦しんで、苦しんで、苦しみ続けてきた生だっただろう。

 そうして最後には消えることを望む。


 そんな不幸はもう沢山だ。


「それは、俺の過ちだ。だからこそ、お前のこれからの二千年間には幸福を」


 エレオノールは笑顔をなくす。


「それですべてが帳消しになるとは言わぬが、せめてもの償いをさせてくれ」


「……ボクは人間だぞ。うぅん、人間ですらない。魔法なんだぞ……」


「それがどうした?」


 彼女の瞳から雫がこぼれ落ち、頬に伝う。

 聖水球の水に溶けていくその涙も、俺の魔眼にははっきりと見えている。


「……<聖域アスク>の魔法がある限り、人間は魔族を恨み続ける……ボクたちはどちらかが滅びるまで戦うしかない……」


「ならば、<聖域アスク>の魔法を滅ぼせばいい」


 悲痛な表情を浮かべ、エレオノールは頭を振った。

 そうして、弱々しい声で呟く。


「……こら……。そんなに希望があるみたいなこと言ったら……夢、見ちゃうんだぞ……」


「叶えてやる。お前は二千年間苦しんだのだ。ならば、どんな夢でも叶わねば、嘘だ」


 苦しみ続けた人間が、希望もなく死ぬ。

 それが世界の理だというのなら、この俺が滅ぼしてやる。


「よくぞ今日まで耐えた。もう十分だ。今、この俺がお前の前に立っているのだからな」


「…………だけど…………」


 そのとき、どこからか音が漏れた。

 微かな声が。


 微かな想いが。


「……たす……けて……」


 エレオノールのすぐ隣、聖水球の中にいる10歳ぐらいの歳のゼシアからだ。


「……ゼシア…………?」


 エレオノールが驚きの表情を浮かべる。

 その身を戦闘能力に特化し、喋れぬはずのゼシアが、言葉を発していた。


「…………ママを…………たすけて………………」


 その言葉に、エレオノールは堪えきれず、嗚咽を漏らした。

 瞳からはとめどなく、涙がこぼれ落ちる。


「……ごめんね、アノス君……ボクは卑怯なことを言ってる。だけど、お願い」


 先程と同じように、エレオノールは懇願する。

 先程よりも遙かに強い、祈りを込めて。


「助けて。ここにいるゼシアを、ボクを……。ボクたちは戦いなんてもう沢山なんだ」


「約束しよう。今すぐにとは言わぬ。だが、必ず俺が助けてやる」


「……うん…………」


 ポロポロとエレオノールが涙をこぼす。


「……絶対、約束、だぞ……」


「この名に賭けて誓おう」


 彼女たちを解放するには、二千年間続いてきた人間の魔族への憎しみを断つ他ない。


 <聖域アスク>の魔法と化しているジェルガの根源のみを消し、<聖域アスク>を元の魔法に戻さなければならない。


 だが、エレオノールと違い、<聖域アスク>は人型魔法ではない。ジェルガの根源という明確な形は存在せず、それはすでに世界の理となり、秩序となり、概念となっている。


 それを正すのは並大抵のことではない。

 物を落とせば落下するという法則を、変えるということだからな。


 理滅剣の効果を永久に及ぼすようなものだ。


「あ、れ……?」


 エレオノールが呟きを漏らす。

 ちょうど俺も魔力の大きな乱れを感じていた。


 この建物ではない。外からだが、そう遠くない。

 聖明湖からだ。


「……たぶん、神殿、だと思うぞ……」


 俺は魔眼を働かせ、建物内に飛び交う<思念通信リークス>を傍受する。


『……何事だっ!?』


『てっ、敵襲っ! 敵襲ですっ! 神殿に賊が侵入しましたっ!?』


『……あ、あれは、しっ、七魔皇老ですっ! 七魔皇老が現れました! メドイン・ガーサとゾロ・アンガート、エルドラ・ザイアの三名を確認! 至急応援をっ!!』


『くっ! まさか本当に魔族の仕業とは……。聖母が狙いかと思えば、奴ら、霊神人剣を破壊するつもりかっ……!!』


 ここにきて七魔皇老か。


「……どうしたの……?」


「少々、厄介な事態になりそうでな。様子を見て来よう」


「き、気をつけるんだぞ」


「ああ」


 <転移ガトム>の魔法を使い、神殿の中へ転移しようとする。

 だが、空間をつなげた先で、魔法陣が破壊された。


 七魔皇老の侵入が影響しているのか、霊神人剣の力が前回よりも強く働き、魔を払う力が強まっている。

 再び、<転移ガトム>を使い、俺は神殿の外へ転移した。


「ぐああぁぁぁっ……!!」


 何人もの兵士が神殿の中から外へ弾き飛ばされてきていた。


 すぐさま、俺は中へ入った。

 神殿の奧の扉が完全に解放されている。


 神々しい光が辺りを覆いつくし、室内を純白の輝きで満たす。

 何人もの兵士たちが倒れていた。


 神殿の奧へ俺は向かった。


 目に映ったのは、台座に突き刺さった一本の聖剣。

 神々しい輝きと途方もない魔力を発する、霊神人剣エヴァンスマナだ。


 その傍らに四人の魔族がいた。


 一人は、二本の角を生やした男。

 一人は、巨大な蝙蝠の翼を持つ男。

 一人は、赤い魔眼を持った男。


 そして、その中央に仮面を身につけた男がいた。


 仮面の男は霊神人剣の柄に手を伸ばす。


「ば、馬鹿めっ。勇者カノンしか操ることのできない聖剣を、お前たちが触れれば、ただではすまないぞっ!」


 部屋の中で魔族たちを取り囲んでいた兵士の一人が言う。


 だが、構わず仮面の男はエヴァンスマナをつかんだ。

 そして、いとも容易くそれを引き抜いたのだ。


「……な……あ…………」


 兵士たちは驚愕のあまり、すぐには言葉も発せない様子だった。


「……聖、剣が…………抜か……れた…………?」


「馬鹿な……そんな、馬鹿なっ! 二千年間……誰も抜くことができなかった聖剣が、魔族を所有者として認めたというのかっ……!!? そんなことがあるものかっ!!」


 仮面の男は、脅える兵士たちを無視し、この場で一番危険な相手に視線を向ける。

 その眼光が、まっすぐ俺を捉えた。


「ふむ。並の魔族なら触れただけで消滅するというに、それを抜くとは尋常ではない力だな」


 よくよく見れば、魔剣大会のときとは仮面が少し違っている。

 だが、魔力が見通せないのは同じようだな。


「七魔皇老を引き連れていては、もはや言い訳は利くまい。名乗るがいい」


 仮面の男が霊神人剣を掲げ、言った。


「余はアヴォス・ディルヘヴィア。すべてを滅ぼす、暴虐の魔王なり」


 霊神人剣エヴァンスマナが目映い光を発する。


「偽りの名でなにをなす気だ、虚構の魔王よ」


 俺は目の前に魔法陣を六門展開し、<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>を放った。


「愚かなり」


 アヴォス・ディルヘヴィアがエヴァンスマナを振り下ろすと、神々しいほどの閃光が無数の剣撃となって周囲に拡散した。


 放った六発の<獄炎殲滅砲ジオ・グレイズ>がいとも容易く斬り裂かれ、光の剣撃はなおも俺を襲った。


 反魔法と<破滅の魔眼>でその威力を減衰させ、後ろに受け流す。

 音もなく切断された柱という柱が崩れ、ガラガラと神殿が崩壊を始める。


 ふむ。抜いただけではなく、霊神人剣を使いこなすとはな。

 心を見定め、所有者を選ぶ聖剣を力尽くで言い聞かせたか?


 それとも――


「聞くがいい、人間ども。二千年前の勝者は余だ」


 エヴァンスマナがアヴォス・ディルヘヴィアと七魔皇老の三人を、その光で覆いつくした。


「滅びよ、愚かな人間ども。滅びよ、余を認めぬ愚かな魔族よ。余が世界を作りかえる。深き闇と混沌に飲まれた、正しき魔族の世界を」


 光が弾け、そしてすっと消え去ったとき、アヴォス・ディルヘヴィアの姿はもうどこにもなかった。



切り札の聖剣まで奪取され、勇者学院側のかませ臭がかつてないほどの右肩上がりっ!

果たして、巻き返しなるかっ?


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