山内正敏(やまうち・まさとし) 地球太陽系科学者、スウェーデン国立スペース物理研究所研究員
スウェーデン国立スペース物理研究所研究員。1983年京都大学理学部卒、アラスカ大学地球物理研究所に留学、博士号取得。地球や惑星のプラズマ・電磁気現象(測定と解析)が専門。2001年にギランバレー症候群を発病し1年間入院。03年から仕事に復帰、現在もリハビリを続けながら9割程度の勤務をこなしている。キルナ市在住。
許すまじ、寡占化した専門出版社による科学への妨害
何度か論座で取り上げてきた、学術論文の著作権と専門出版社の寡占化の問題だが(例えば『著作権「過保護」が科学の発展を妨げる』)、この弊害が私の論文の作製にすら影響を及ぼすようになったので、ここで改めて取り上げたい。
まず、何が起こったから簡単に述べる。
先月、私は、15-30年後の宇宙科学ミッションで解明すべき課題をテーマにした論文を投稿した。論文の性質上、未解明の関連現象を列記しており、その説明のために観測データの図を多くの過去論文から選んで利用している。日本の著作権法であれば「正当な引用」として許可無し使用が認められる内容だ。
ところが、これらの図の使用に対し、原論文を掲載した出版社のうちの2つ(米国WileyとオランダSpringer-Nature)が、図の使用料(1枚1万円以上)を要求してきたのである。これは科学の発展を妨害する歴史的横暴だ。本稿で、なぜ、このような横暴が生まれたのかを考え、それに対抗する方策を論じたい。
そもそも科学とは過去の研究の積み重ねのもとに発展するものだ。だから、学術論文執筆の際に、解明・未解明の現象の区別を明確にすべく、過去論文の図を正式なクレジット(引用元明記)のもとに利用するのは日常茶飯事であり、この種の引用に料金が発生しないのも科学の世界では常識だ。それが過去の科学の発展を生み出してきた。
しかも、件の図は著作権が成立するかすら極めて怪しい。というのも、プロットされた観測データや標準モデル(データを色々な手法で補完したもの)は「自然のありかた」を示すもので、発明ではなく発見の類いだからだ。それらは取得者への使用優先権やクレジットこそ必要なものの、著作権・特許と無関係だ。公開データとなれば、使用優先権すらない、人類の財産である。だからこそ、データ取得に税金を投入するのだ。
当然ながら、そのようなデータの単純な表示(グラフなど普通の解析プログラムの出力)に著作権は存在し得ない。大きく譲って、グラフのレイアウトや説明用のイラストが芸術的で、かつそれらの現象を表示・説明する別の方法が存在すれば、もしかしたら、そこに関してだけ著作権があるかも知れない。でも件の図に著作権を認めるだけの独創性はない。
学術論文の図は正式なクレジットをつければ引用できるし、それ以前に観測データから得たグラフに著作権は存在しない。これが、少なくとも2000年頃までの世界共通の常識だった。そもそも1980年代までは論文そのものに対して著作権という概念が科学者側になく、著作権マーク「©」が論文のどこにもないことも多かったのである。科学の発展の歴史を考えれば当たり前だ。
ところが、学術雑誌の寡占化が進むにつれて、「著作権主張」を表示する出版社の比率が高くなった。さらに、ネットで論文pdfが取得できるようになった21世紀は、海賊版防止のために全ての論文が著作権表示するようになった。著作権を設定するかしないかはっきりさせる米国の伝統が影響してきたせいもあるだろう。
そういう「厳格化」の流れに乗って、出版社が著作権を最大限に主張するのは自然な流れだろう。一方で、著作権設定を嫌う科学者や、税金での仕事が自由に読めない状況を嫌う国も多いわけで、それが欧州でクリエイティブ・コモンズ(CC-BY)による出版を加速させた。CC-BYとは『科学の開放を目指す「オープンアクセス」の落とし穴』で説明したように、ネット社会にあわせて「著作物を許可無しで再利用して良いための条件」の宣言フォーマットで、今ではウィキペディアも採用している国際標準だ。
こうして線引きがはっきりし始めると、多くの出版社が、全ての図面、すなわちデータのプロットそのものにも著作権を「取りあえず」主張するようになってきた。
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