禁呪・起源魔法
爆発が収まると、闘技場は死屍累々といった様相だ。
とはいえ、一応全員生きてはいるか。わざわざ警告したわりには、殆ど瀕死というのは我が子孫ながら情けないこと極まりないが、死ななかっただけでも由と前向きに考えておこう。
「……貴様、なにをしたのだ?」
リオルグはよろよろと体を起こす。右腕は真っ赤に染まっており、下手をすれば一生使い物にならないだろう。
だが、それ以外は思いの外軽傷だ。咄嗟に無傷では済まないと判断し、右腕に暴走する魔力を集めたのだろう。
「なに、少し威嚇しただけだ。お前たちの根源が俺を恐れ、みっともなく怯えたというわけだ」
「戯れ言を……」
事実なのだが、リオルグは信じるつもりはなさそうだ。そもそも魔力というのは、俺たちの体にある魔なる根源から生み出される。
根源の格が違えば、今のように相手に怯え魔力を暴走させてしまうこともあるのだ。
「まあいい。少しは俺が始祖だと認める気になったんじゃないか?」
そう口すると、リオルグはまたしても俺に憎悪を向けてきた。この期に及んで敵意をむき出しにできるのは大したものだと褒めるべきか、それとも相手の実力が見抜けない馬鹿だと諭すべきか。
「認めぬ」
「そうか。だが、少なくとも、お前より始祖に近いのは揺るぎようのない事実のようだぞ?」
「封印魔法、強制魔法、回復魔法に、魔力を暴走させる得体の知れぬ魔法。こんな複数の魔法を高レベルで扱えるわけがないのである。貴様は特別な魔法具を使っている」
くくく、と腹の底から笑いがこみ上げる。
「やれやれ、魔法具ときたか。俺の実力を認めたくないのはわかるが、貴様の物言いは滑稽だぞ」
「でなければ、雑種にこのような力を得られるわけがないのである!」
「雑種ねえ……」
しかし、なぜここまで純血にこだわるようになったのか。二千年前からは想像もつかないことだ。
「私は皇族として、断じて雑種ごときに後れをとるわけにはいかぬ。たとえ、死しても敗北は許されぬのだ!」
リオルグは殆ど死んでいる右腕を無理矢理前に突き出した。そこに魔法陣が浮かび上がる。
あれは……?
「見せてやろう。貴様と私の格の違いを。皇族にしか伝えられぬ起源魔法を」
やはり起源魔法か。構築されていくその立体方魔法陣が、なんの魔法を使うためのものなのか、俺にわからないわけがないのだが、せっかく悦に入っているのだから、水を差すのはやめておいてやろう。
「規定水準を超える魔力量を確認しました」
上空からフクロウの声が聞こえてくる。
「観客席には魔法障壁が展開されますが、観客の皆様はただちに避難をしてください。受験者の魔法行使により、観客席に死者が出る可能性が予想されます」
観客席から絶叫が響く。
「や、やばいっ! リオルグ様がアレを使うつもりだっ!!」
「全員今すぐ逃げろぉぉっ! ここの魔法障壁じゃもたない!!」
リオルグがニヤリと笑う。
「後悔するがいい。起源魔法は命懸けの禁呪だ。使用する私とて、ただではすまぬ」
バチバチとリオルグの右手に黒い雷がまとわりつく。それは無数に増えていき、彼の半径一メートルを覆う。次の瞬間にはその倍まで範囲が拡散し、なおもその黒雷は勢力を増す。
とうとう闘技場の半分が、黒い雷で覆われた。観客席に張り巡らされた魔法障壁と、その雷が巻き起こす魔力の余波で、バチバチと激しい火花が散っている。
「わかるか? これが雑種には真似できぬ、本物の魔法だ」
尊大な物言いをした後、リオルグは黒雷を纏ったその右腕を天にかざすようにし、そして、俺めがけて思い切り振り下ろした。
「起源魔法<
黒い雷が数百倍に膨れあがり、台風のように渦を巻いて、闘技場にあるなにもかもを根こそぎ吹き飛ばした。
パラパラと破壊された観客席からの破片が落下してくる。ゆらゆらと立ち上る砂煙がゆっくりと晴れていき、そこにリオルグの姿が浮かび上がる。
ほぼ魔力を使い果たしているが、どうにか死なずに済んだようだ。
そして次の瞬間、奴は俺を見て、驚愕の表情を浮かべた。
「馬鹿な……!? <
まあまあの威力の魔法ではあったが、奴は致命的な失敗を犯した。
「古い物にはそれだけで魔力が宿る。起源魔法は、絶大な魔力を有する起源から、その力を借りてくる魔法だ」
「な……どこでその秘密を……?」
驚愕したようにリオルグが言う。
秘密もなにも、起源魔法が俺が開発したのだからな。知っていて当然だ。
「起源魔法を扱うなら、より古く、より強大な魔力を持っている存在から力を借りてくるのが定石だろう。だが、古くなればなるほどその存在はあやふやになり、力を借りようにも制御が難しい。莫大な魔力を借りてきたはいいものの、持て余すというわけだ」
要するに起源魔法を使うには、その力を借りてくる存在のことを明確に知っていなければならない。
だが、古ければ古いほど、その情報というのは失われ、また誤って伝えられることで、本来のものとは違ってしまう。
そのため、古くとも存在が確かなものから力を借りてくるのだ。たとえば、有名な伝説や伝承を利用するのが一般的だ。また自らと縁があるものであれば、起源魔法の成功率は上がる。
今回、奴が<
暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴード。つまり、俺だ。
確かにこの時代に起源魔法を使うにおいて、これほど適切な起源もないだろう。
しかしだ。
「残念だが、起源魔法は、魔力を借りた起源そのものに影響を与えることはできない。知らなかったか?」
「……ほざけ……まだ始祖を名乗るとは……この痴れ者が……」
狼狽しながら言うリオルグを、さてどう料理してやろうかと俺は考えた。