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魔王学院の不適合者 ~史上最強の魔王の始祖、転生して子孫たちの学校へ通う~ 作者:

第一章 魔王学院編

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皇族


「ゼペス・インドゥのギブアップを認めます。勝者アノス・ヴォルディゴード」


 フクロウの声とともに、出入り口の魔法障壁が解除された。


 しかし、不思議なものだな。魔王アノスの名を名乗っているというのに、観客席の連中はまるで知らないと言わんばかりの反応だ。


 これはもしや、魔王の名を騙る不届き者が多すぎて、今更気にもとめないということか?


 有名になりすぎるというのも困ったものだ。とはいえ、まあ、実力で証明すればいいことだろう。


「なかなか良い勝負だったな」


 健闘をたたえ合おうとゼペスに手を差し出す。

 彼は怯えたようにびくっと身体を震わせた。


「くっ、くそったれがっ! 馬鹿にしやがって! 覚えてやがれっ!!」


 三下らしい捨て台詞を吐き、ゼペスは逃げ帰っていった。


 ふむ。試合が終われば恨みなどないだろうに、あいつはなにをそんなに憤っているのだろうか。

 確かに俺のせいで不合格にはなったが、命を取られたわけでもあるまい。また来年、受験すれば済むことではないか。


 むしろ、この俺と戦っておきながら、五体満足で帰れるのだ。神話の時代の魔族なら、史上の幸福と感涙するところであろう。


「一○分の休憩の後、次の受験者との決闘を行います」


「不要だ」


 こんな準備運動にもならない決闘を行う度に一○分も休憩していては、さすがの俺も暇疲れしてしまう。

 なにせ、後四人も相手にしなければならないのだ。せめて雑魚ではないことを祈りたいものだ。


「アノス・ヴォルディゴードの申し出により、休憩を省略します」


 ちょうどそのとき、ゼペスが逃げ帰っていった通路の方から、魔力の流れが見えた。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 悲鳴が響く。次いで、出入り口から、長髪の魔族が姿を現した。

 眉間に皺を寄せた、なんとも神経質そうな面構えをしている。そいつはゼペスの首を片手で掴み上げていた。


「あ、兄者……お、俺が悪かった……。許してくれ。次は必ず……」


「恥知らずが」


 ぐしゃり、と長髪の魔族がゼペスの喉を潰す。魔力の粒子がそこに集う。バチバチと黒い雷がゼペスの全身を焦がす。


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」


 一瞬にして、ゼペスが消し炭になった。

 長髪の魔族はゴミのようにそれを捨てると、俺のもとへ歩いてくる。


「弟が世話になった」


 なるほど。ゼペスの兄か。どうやら弟よりはマシなようだが、しかし、気に入らないな。


「弟の仇討ち、というのなら良い台詞なんだがな」


「雑種ごときに後れを取るとは、我が血族の恥知らずだ。この手で介錯してやったのがせめてもの情けである」


 雑種というのは俺のことか?

 まあ、そんなことにいちいち目くじらは立てないが、俺が雑種なら、自分はその雑種の子孫になるのだが、それでいいのだろうか。

 兄弟喧嘩で、お前の母ちゃんでーべそという滑稽さに通ずるものがあるな。


「兄弟は助け合うものだと思うが?」


「甘い男だな。力があってこその魔王族である」


 やれやれ。どちらが甘いのか。いくら弱いからといって、悪戯に殺す意味などあるまい。弱ければ弱いなりに使いようがある。無駄に味方を減らす愚行を犯すようでは、神話の時代では生き残れないだろう。


「どうやら貴様は力をはき違えているようだな」


「つまらぬ正義感だ。殺せばそれで済んだものを、わざわざ<蘇生インガル>という大魔法を使ってまで、ギブアップを宣言させるだけのことはある」


 男がそんなことを言うので、俺は気になって観客席に視線を配る。


 なるほど。あそこか。三列目の席に、制服を着ていない魔族たちがいる。恐らくは受験者だろう。次の対戦相手を見物できるというわけか。


 しかし、腑に落ちない。俺が並んでいたFの列では、まっすぐこの闘技場に通され、いきなり実技試験が開始された。観客席へ行く機会はなかったはずだ。


「どうやら知らぬようだな。我ら、純血の魔王族、すなわち皇族は対戦相手を選べる。ただ始祖の血が混ざっているだけの雑種とは扱いが違うのだ」


 ふむ。招待状に書いてあったアルファベット。あれは俺の血の混ざり具合で区分していたわけか。しかし、誰が考えたのか知らないが滑稽なことだ。


 純血も混血も、俺の力をどれだけ受け継いでいるかには関係がない。そんなわかりやすいことをしていては、転生前に殺してくれと言っているようなものだからな。


 そもそもだ。純血だから強い、混血だから弱い、という理屈は根拠に乏しい。魔王の血というのは一滴でもあれば十分なのだ。

 このぐらいのことに思い至らないとは、正直呆れ果てるほかない。


「どうやら、ようやく立場を理解したか」


「いや、なに、くだらないことを気にするのだと思ってな」


 ピク、と男のこめかみが痙攣する。


「……くだらぬ、だと?」


「ああ、くだらない。魔王というのはな、強いから勝手にそう呼ばれるだけのことだ。それが純血? 立場? は。笑わせるな」


 俺の嘲笑に、長髪の魔族は不快そうに顔を歪める。俺の直系だということに誇りを持っているのかもしれないが、つまらんプライドだ。


「特権階級を作るのは別に構わないがな。いつの時代にも、そういう連中はいるものだ。だが、魔王というのはあらゆる権力、あらゆる法を、己の力でねじ伏せる者のことだ。その子孫が今は特権を持つ側とはな」


 馬鹿にした物言いがかんに障ったか、長髪の魔族は殺気だった視線を飛ばす。


「今の言葉、我らが始祖の偉業を軽視する、皇族批判と受け止めさせてもらう。なればこそ、この魔大帝リオルグ・インドゥが手ずから死刑に処すべきである」


「俺が俺のことを語ることが、なぜ俺の偉業を軽視したことになる?」


「……なに?」


「勘の悪い奴だ。俺がその始祖だと言っている」


 すると、リオルグは憎悪をありありと目に浮かべ、俺を睨んできた。


「貴様。自分がなにを言っているか、わかっているのだろうな?」


「なにがだ? 俺が俺だと言ったことか?」


 すると、我慢の限界を超えたといったように、リオルグは叫んだ。


「自らが始祖だと騙るその不敬な態度、万死に値するっ!!」


「わからないな。お前の考えでは、転生した魔王が、自分が何者かわかっていないマヌケだということか?」


「黙るがいいっ! 貴様こそ、七魔皇族しちまこうぞくの直言を疑うとは、大罪であるぞっ!!」


 七魔皇族ねえ。またわけのわからぬ異名がでてきたものだが、おいおい調べるとするか。


「お前の言っていることはまったく根拠に欠けるが、まあ責めはしない。魔王というのは言葉で証明するものじゃないからな」


「貴様っ! またしても七魔皇族の直言を愚弄するかっ!!」


 そういうつもりではないのだが、面倒臭い奴だな。


「いいから、とっととかかってこい。俺が始祖だということを、お前の体に教えてやる」


 挑発してやれば、すぐに飛びかかってくるかと思ったが、予想外にも奴は明後日の方向を見た。観客席だ。


「皇族批判をした者の末路がどうなるか、こいつに教えてやれ」


 リオルグが言うと、観客席にいた魔族が三人、闘技場に飛び込んできた。


「ふむ。いいのか? 確か、今は入学試験の途中のはずだが?」


 そう問うと、当たり前のようにリオルグは言った。


「なにを怖じ気づいている。これはれっきとした入学試験だ。一人ずつ倒すのは億劫だろうから、手間を省いてやるにすぎん。始祖だと証明するというのだから、これぐらいは当然のことである」


 上空を飛んでいるフクロウは審判なのだろうが、特にルール違反を指摘するつもりもないようだ。


 なるほど。これも特権というわけか。皇族の力が及ばない場合は、こういった手段で合格させているのだろう。


「だが、四人というのはどうなんだ?」


「今更遅い。自らの発言を後悔し、そして死ね」


「なにを勘違いしている? 少なすぎると言っているんだ」


 リオルグは表情を険しくした。


「なんだと?」


「始祖と証明するのに、雑魚が四人では足りないと言っている。いいから、そこで雁首並べている奴ら全員でかかってこい」


「貴様……」


 リオルグが指示するまでもなく、観客席でこちらの様子を見物していた魔族たちが続々と闘技場へ飛び降りてくる。純血とやらなのだろう。どいつもこいつも、俺に対して不服そうな面構えを向けてくる。


 合計で八○人といったところか。


「口は災いの元とはよく言ったものである」


「まったくだ。お前が余計なことを言わなければ、八○人も犠牲を出す必要はなかったんだからな」


 不快そうにリオルグが顔をしかめるも、すぐに思い直したように笑った。


「いかに始祖を騙る不届き者といえども、一方的になぶり殺したとあっては皇族の名折れ。一○秒はこちらは手出しをせぬ。その間に、せいぜい強力な魔法の準備でもするがいい」


「ほう。味方が増えた途端にずいぶんと大きな口を叩くようになったな。見下げた奴だ」


 さっきまではいちいち怒り狂っていた男が、しかし、多勢の余裕からか、ふっと笑うばかりだ。


「喋っている暇があるのか? もう一○秒経つぞ」


 勝ち誇ったようなリオルグの台詞、俺はついつい笑ってしまった。


「くっくっく。ははは」


「なにがおかしい? あまりの恐怖に気が狂ったか」


「まだ気がつかないのか? もっとよく魔眼を凝らせ」


 魔眼とは魔力を見る目のことだ。警告され、リオルグはようやく魔力の流れを感知しようと、目に魔力を込め、魔眼を働かせる。途端に奴ははっとした。


 自らの魔力が暴走しつつあることに気がついたのだろう。


 俺を取り囲んだ魔族たちが悲鳴に近い声を上げた。


「な、なんだ、これは……!? 魔力が勝手に……!?」


「馬鹿なぁ……魔法陣を展開した素振りすらなかったぞ……こんな……やめろぉぉ……!!」


「こいつ……八○人もの皇族に……同時に魔法を……!?」


「な、なにをしたぁっ? いったいなにをしたんだぁぁっ!?」


 やれやれ、これぐらいでだらしのないことだな。


「そら、自分の魔力ぐらいさっさと制御しろ。でないと――」


 俺を取り囲んでいた魔族たちの顔が真っ青になり、なんとか暴走していく自分の魔力を制御しようとする。だが、間に合うまい。


「死ぬぞ」


 瞬間、けたたましい音が響き、闘技場に降りてきた八○人が、まるで火をつけた火薬庫のように派手に爆発した。

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