13 名前
夏休みに入った。
その初日から、俺は東条の家にお邪魔している。
それはカップルらしくイチャつくため……ではなく。
「宿題は7月中に終わらせるわよ」
東条はそう宣言していた。
「え、何で? 8月いっぱいまでに終われば良いじゃん」
「その慢心が後々の大災害を招くのよ」
「大げさだなぁ」
「とにかく、後顧の憂いなく夏休みを楽しむために、宿題は速攻で片付けるの」
「ああ、そのセリフどこかで聞いたことあるなぁ……けど、実行するなんて無理だし……」
「つべこべ言うと刺すわよ?」
「ごめんなさい」
それから、俺ちは黙々と宿題に没頭した。
「そういえばさ、東条」
「何かしら?」
「夏にしては、厚着だな」
「何よ、キャミソールでも着て欲しかった? そんなに私の胸が見たいの?」
「いや、そうじゃなくて、ただ素朴な疑問ですけど……」
「あなたの溢れんばかりの性欲を刺激して、宿題が手に付かない事態に陥るのを避けるためよ」
「お気遣いありがとうございます」
それからも、また無言でペンを走らせる。
時々、分からない所は東条に教えてもらいながら。
気付けば、俺は宿題に没頭していた。
やれば、案外出来ちゃうもんだな。
「……ねぇ、春日くん」
「ん、どした?」
「夏休みに彼女の部屋に来るのは、どんな気分かしら?」
「え? まあ、いつもとあまり変わらないかな。こんなにガンガンクーラーを効かせてもらってサンキューって感じ」
「…………」
なぜか東条は黙ってしまう。
「なあ、東条……」
「私たちが付き合ってから、どれくらい経つかしら?」
「えっと……」
「もうすぐ、3ヶ月経つわ。アルバイトや会社員なら、試用期間が終わる頃ね」
「あ、うん。って、何の話だ?」
俺が問いかけると、東条はペンを置いた。
「……いつまで私を焦らせば気が済むの?」
「焦らすって?」
「だから、その……私の名前を呼んでくれないから……」
「え、呼んでいるじゃん。東条って」
「だから、それは名字でしょうが!」
珍しく東条が声を張り上げたので、俺はビクっとしてしまう。
ハーハー、と肩で息を荒くする東条は、ハッとした顔になった。
「……下の名前で呼んで欲しいのか?」
「べ、別にどうしても呼んで欲しいという訳じゃないわ。ただ、世間一般的なカップルは例え相手が年上でも名前で呼び合うでしょ? それなのに、私たちはいつまでも名字呼びだと不自然だし。常識人としていたい私は、だから、その……」
「桜子」
彼女がビクっとした。
「……で、良いんだっけ?」
「何で確認するのよ! 彼女の名前くらい覚えておきなさい!」
「悪い、悪い」
「全く、もう」
「じゃあ、俺のことも下の名前で呼んでくれるんだな?」
「そ、それは……」
東条はモジモジとする。
「こ、ここ、こっ……こうい……ハァ、ハァ」
「何で俺の名前を呼ぶだけで軽く動悸が激しくなっているんだよ。傷付くな」
「ち、違うの」
東条は胸に手を置いて息をスーッと吸い呼吸を落ち着けた。
「…………光一」
俺のことをじっと見つめる彼女は、激しく赤面している。
「ありがとう」
「じゃ、じゃあ……ご褒美をちょうだい」
「ご褒美って?」
俺が聞き返すと、彼女は小さく頬を膨らませた。
「……分かったよ」
俺はゆっくりと彼女に顔を近づけ、キスをした。
それから優しく胸を揉む。
「……これで良いか?」
「もう1回……」
「1回だけって言ったのは、お前の方だぞ?」
「うるさいわね。私としたくないの?」
「……したいです」
それから、束の間のブレイクタイムに入った。