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掲載日:2013年2月13日
創作を始めたのは、イギリスに留学して数学の勉強をしていた大学生の時。たまたま音楽の授業を取り、課題で曲を書いてみたらできちゃったんですよ。曲が書けたら、歌詞も好きなことを書いてみたいじゃないですか。それで、以前から興味を持っていたジェンダー(社会的、文化的に作られる性別、性差)の問題や社会問題をポップに表現した歌を作ったりしていたんです。そのうちに歌と一緒に映像も作るようになってライブをやったりしていたら友人に好評で。表現の面白さに目覚め、アートを勉強してみたいと英国王立芸術学院(RCA)に入りました。
RCAはイギリス最高峰の美術大学院で、美大をトップレベルで卒業した人たちが受けるところなのですが、私は絵も下手だし、写真も撮れない。仕方ないから、作品のアイデアをA4のレポート用紙5枚に書いたものをポートフォリオとして提出して入学を許可されたんです。技術はなかったけれど、「誰も見たことがないような何かを作ってみたい」という思いだけはひと一倍強かったですね。
RCA在学中から「スプツニ子!」として活動を始め、おもに映像作品を作っていたのですが、いかんせん無名でしょ。誰も個展なんてやらせてくれないから、「YouTube」に『mixiのうた』や『googleのうた』といった理系的アプローチの作品をアップしていたんです。それらの作品がインターネット上で評判になって、東京都現代美術館やニューヨーク近代美術館(MoMA)といった大きな美術館のキュレーター(学芸員)からも展示の話を頂くようになりました。
こう話すと、私ってまるでインターネット上にすい星のように現れたアーティストのようですよね(笑)。でも、誰にも注目されない時間が3年くらいありました。アップした動画を再生するのはほとんど自分だけという状態。それでも自分では「絶対面白い」と思っていたので、めげずに作品をアップし続けたんです。すると、少ないながらもファンがついてくるんですよ。その人たちが口コミで広めてくれて、10作目あたりから再生回数がぐんと伸びました。続けるって大事だなと実感しましたね。傑作をひとつ作ることも大切だけど、アーティストの世界観というのはやはりいくつかの作品を世に出すことによって伝わりやすくなるのだと思います。
MoMAにも出展した『生理マシーン、タカシの場合。』や当時の日本の厚生大臣の「女性は子どもを産む機械」という発言に反発して作った『チャイルドプロデューシングマシン(子どもを産む機械)』などジェンダーや社会問題をテーマにした作品もたくさん作ってきました。根底にあるのは常識を崩したいというパンク精神です。常識を崩すというと、奇をてらうことだと勘違いしている人もいるけれど、それは違うと思っています。人が本当にびっくりするのは、常識や現実からほんの少しずれたことが起きた時。常識や現実からかけ離れてしまうと、理解や共感ができなくなってしまうんです。
だから、作品を作るときには科学的なリサーチを入念に行い、そこから「これは本当なのかな」と批判的に考えて現状を少しずらすというアプローチを取ることが多いですね。アートに限らずどんな分野でも、新しい発見というのはゼロからは生まれません。すでにあるルールをきちんと見つめ直し、それが本当に正しいのかを疑ってみてやっと次の新しいものが見えてくると思っています。
日本で活動するようになって2年がたちますが、日本の社会について不思議だなと思うことも多いです。就職もそのひとつ。イギリスでは新卒・既卒関係なく優秀な人はどの企業にも引っ張りだこですし、起業家やフリーランスも社会的に認められています。失敗してもセカンドチャンスがあるから、若い人たちがチャレンジしやすいんですよね。ところが、日本企業の採用では新卒が優遇され、学校を卒業したらすぐ就職しないとハンデになりがちです。「日本からはスティーブ・ジョブズのような人材が輩出されない」と論じる人たちがいますが、こんな状況でイノベーションを起こす人材が生まれないのは当たり前。怖くてチャレンジどころか職にあぶれないようにするだけで精一杯です。
日本の就活システムには疑問を感じるし、みんなで社会を変えていかなければとは思いますが、本当にやりたいことがあるなら、自ら動いて人脈を作り、自分の仕事を作っていけばいいんですよ。私のファンには大学生が多くて、よく就職の相談もされるんですけど、就活といえばリクナビにのっている企業にエントリーシートを出すことだと思い込んでいる学生がたくさんいて驚きます。ついこの間も、「やりたい仕事があるけれど、募集する企業が少ない」と悩んでいる大学生たちに「募集していない企業にこそ応募してみたら? ライバルがいないから、チャンスだよ」とアドバイスしたのですが、みんな「え? そんなことをしていいんですか?」と目を丸くしていました。いいに決まってるじゃないですか(笑)。だって、その仕事を本当にやりたいんでしょう? 真剣に応募するなら失礼にはならないし、むしろやる気や行動力を評価してくれる会社も少なくないはず。何もしないより、採用される確率はずっと高くなると思いますよ。
人には向き不向きがあるから、やみくもに「チャレンジしろ!」とたきつけるような論調には疑問を感じます。ただ、新しいことに挑戦したいというタイプだったり、そういう人になりたいなら、自分の能力よりちょっと上のことに常に挑戦する癖をつけた方がいいと思いますね。私は仕事の依頼を頂いて「あ、私には難しいかもな」と思っても常に「できます」と言うんです。で、完璧とは言えなくても無理矢理にでも形にして返す。それを続けていると、できなかったこともできるようになってきます。
欧米でアートの世界にいると活動領域がある程度限定されますが、日本に帰ってきたら、経済産業省の会議に呼ばれたり、世界経済フォーラム関係の会議に参加することになったり、思いがけないことに巻き込まれるようになりました。私が当たり前だと思って何気なく言うことも、「なるほど」なんて感心されたりして不思議な気分なのですが、自分の知らない世界を垣間見られるのは面白いです。最近思うのですが、日本人って同類には厳しいけれど、独立独歩の「宇宙人」には優しい民族ですよね。日本の社会はきゅうくつな面もありますが、「宇宙人」になってしまえば意外と自由になれますよ。
今、私が興味を持っているのはみんなの既成概念を変えるきっかけを作ること。地域格差だったり、ジェンダーの問題だったり、常に社会のバグみたいなものを掘り起こして「これ見なよ」と突きつけるような非常に厄介な人でありたいなと。将来の目標ですか? 無理に設定していません。時代は変わっていくから、20年後、30年後の自分がどうなっているかなんてわかりません。「今やりたいことを積み重ねることが、いい未来につながる」というのが私のスタンス。確立された将来像について語る時代は終わっていると思うんです。
取材・文/泉彩子 撮影/刑部友康 デザイン/ラナデザインアソシエイツ