Redfin Directによる買い手エージェント中抜き。その本当の狙いとは。

Redfin Directに不動産業界は猛反発

以前、アメリカ不動産テック版「GAFA」とも言うべき、「ZORC」についてまとめました。
破竹の勢いで伸びているスタートアップという意味でOpendoor(オープンドア)とCompass(コンパス)を取り上げたり、iBuyer企業への進化という文脈でZillow(ジロー)を取り上げることが多かったのですが、Redfin(レッドフィン)について取り上げることは意外と少なかったです。

今回はいよいよ、そのRedfinの話題です。

というのも、先月2019年5月にBostonでローンチした新サービス「Redfin Direct」が、アメリカの不動産業界で物議を醸しているからです。

通常、ユーザーが不動産ポータルサイトで気に入った物件を見つけて問い合わせをすると、エージェントが紹介され内見や購入申込みをサポートするというのが一般的な流れです。
しかし、このRedfin Directを使うとエージェントの紹介をすっ飛ばして、文字通りダイレクトに売り手に購入申込みを入れることができるのです。

あからさまに買い側のエージェントのディスラプトを図るこの新サービスが発表されるや否や、業界は蜂の巣をつついたような大騒ぎになってます。

例えば、全米最大の仲介会社の一角REMAXは、その2ヶ月前にRedfinとの大規模なパートナーシップ(RedfinのエージェントがカバーできていないエリアのリードをREMAXのエージェントが独占的に受け取り、成約時に仲介手数料の25%をRedfinにバックする)を発表していたのですが、今回のRedfin Directのローンチを受け、なんとこのパートナーシップの中止を急遽発表しました。

このパートナーシップは、もともとREMAXにとってほぼリスクがなく、おいしい案件だったはずなのですが、それ以上に自社で抱えている12万人のエージェントに考慮した結果の判断でした。
これはRedfin Directに対する業界のアレルギー反応が端的に表れた出来事でした。

※Redfinのビジネスモデルについておさらいをしたい場合は、このあたりをご覧いただくのがいいと思います。
【参考記事】
GAFAの不動産テック版「ZORC」を徹底解説
米国不動産テック 注目7社のビジネスモデル図解

30分足らずの作業でオンライン購入申込みが可能に

それでは、その話題沸騰のRedfin Directがどのようなサービスなのか、具体的なUIをお見せしたいと思います。

Redfinが売り側の仲介をしている物件に限り、「Schedule Tour(内見予約)」のボタンの下に「Start an Offer(申込み開始)」のボタンを新たに実装
「Start an Offer」ボタンを押すと、エージェントの有無による購入プロセスの違いの説明
前ページで左側を選ぶと個人情報を入力して申込み開始
個人情報を入力すると、肝心の申込み価格を入力。そのエリアにおける売り出し価格と最終成約価格の平均差分が参考情報として表示されます。
購入にあたってのローン有無を聞かれ(左側)、「ローン無しの現金払い」と答えると本当にそれだけのキャッシュがあるかを証明する口座残高コピーのアップロードを求められます。
逆にローン借入予定と答えると、その中での頭金を聞かれ、残金に対するローンの事前承認を証明する書類のアップを求められます。(ローンの事前承認がないと、申込みはできない仕様)
頭金の金額や契約日などのスケジュールを聞かれます(一部のみ抜粋)
最後はContingency(キャンセル条件)です。「ローンの本審査で落ちた」とか「インスペクションで瑕疵が発覚した」など、これに該当すれば購入申込みをキャンセルできるという条件を指定します(一部のみ抜粋)。成功した購入申込みの何%がこのキャンセル条件を含んでいたかを表示することで、過度なキャンセル条件付与を避けるようにも工夫してあります。

主要なものだけ抜粋しましたが、実際には30以上の画面遷移があり、もちろん一般的なウェブのセオリーからすると相当多いですし、購入資金に関する資料のアップロードも求められます。

ただ、このようにしっかりした工程を挟むことで実際の取引に耐えうる購入申込書を作成することができるのです。
これまでエージェントに頼らざるをえなかった不動産の購入申込み作業が、フタを開けてみるとわずか30分足らずの作業でできてしまうとも捉えることもできます。
僕自身も「意外と簡単にできちゃうものなんだな」というのが率直な感想でした。

本来は利用ユーザーの少ない小粒な打ち手

というわけで、前章で見てきたように、意外と簡単にウェブからエージェントを使うことなく購入申込みができ、買い手は3%の仲介手数料を節約できるのです。めでたし、めでたし。

・・・と思ったら大間違いです。この話はそんなに簡単なものではありません。

そもそも、アメリカの不動産取引の場合、買い手側のエージェントの仲介手数料も売り手が負担します。
どうせ売り手が仲介手数料を負担するので、買い手側にはわざわざエージェントを中抜きするメリットはないのです。

もう一度、物件ページを見てみましょう。

「売り手側が買い手側エージェントの仲介手数料を払わなくていいので、この購入申込みは○○ドル分強くなります」という説明になってます。

かなりアクロバティックな無理のある売り文句ですよね。
この説明を聞いて、「よし、それならエージェントを使わずにやってみよう」となる買い手はかなり少数派でしょう。

なんだかきな臭くなってきましたね。

このサービスの位置づけについてRedfin CEOのGlenn Kelmanは以下のように語っています。

私たちにとって重要なのは、私たちを信用して選んだくれた売り手に対する義務を果たすことです。
現状でもエージェントを使わない買い手からの申込みはありますが、その多くは求めるレベルに達していません。
今回開発したツールによって、エージェントを使わない買い手からの申込みであっても、魅力的なものになる可能性が高まります。

一部の買い手はエージェントを使わず直接申込みすることを選ぶでしょうが、それが買い手エージェントの終焉を意味するとは思いません。現在Boston市内の購入申込みのうちエージェントを介さないものは5%以下です。これがすぐに10%や20%に伸びることはありません。

要約すると、
・今もエージェントを介さない購入申込みはあるが、その質が低い
・この質の底上げして売り手に貢献するためにRedfin Directを開発した
・とはいえ、このようなエージェントを介さない購入申込みは全体の5%で今後も少数派に留まる

ということですが、分かるような、分からないような説明ですね。

エージェントを介さない購入申込みは売り手から嫌がられるので、購入申込みの5%であれば成約ベースでは全体の1%に満たないはずです。
そのような超少数派の購入申込みの質が低かろうが無視すればいいわけですし、このボリュームを今後底上げしていく意図もない、となると「そもそもなんでやるんだっけ?」という話になります。

このコメントを額面通りに受け取ると、ここまで業界との軋轢を生んでまで踏み込む価値があるとは到底思えません。

Redfin Directは打倒Zillowに向けた「脱MLS」戦略の一環

というわけで、このRedfin Directは当事者である買い手側にとってのメリットは薄く、売り手にとっても数パーセントのインパクトしかない小粒な打ち手ということになります。

にもかかわらず、全米のエージェントを敵に回し、せっかくまとめ上げたREMAXとのパートナーシップも破談にしてまで、この施策を進める意味は何なのでしょうか。

ここからは僕の推測ですが、その答えは「脱MLS」の野望に思えてなりません。

Redfinは仲介会社としてMLSに接続できるので自社ポータルサイトの「情報鮮度」に強みがあります。
ただ、物件情報がオープンなアメリカでは肝心の「掲載物件数」での差別化は難しく、王者Zillowを追い詰めるには決め手に欠ける状態です。

本気でZillowを倒し、全米NO.1ポータルの座を勝ち取るための一番の近道は、自社で仲介している売り物件をMLSに登録せず、Redfinのポータルサイト上のみに掲載するという囲い込み戦略です。
この戦略におけるRedfinとステークホルダーである売り手にとってのメリットは以下のようになります。

【Refinのメリット】
MLS登録がなければ他社ポータルサイトにその物件が掲載されることはないので、Redfinにしかない独自物件となります。これが積み重なると掲載物件数での差別化ができるのです。
掲載物件数の差は、ユーザーがあえてZillowではなくRedfinを使う動機になりますし、ユニークコンテンツとしてSEOにもプラスに働きます。

【売り手のメリット】
アメリカでは通常、売り側・買い側双方の仲介をする、いわゆる両手仲介は禁止されていますが、MLSを経由しないのであれば業法上の制約を受けないので、Redfinが両手仲介っぽく動くことも可能になります。

Redfinは現在もディスカウント手数料を実施していますが、あくまでそれは売り側の仲介手数料3%を1%に引き下げるだけであり、買い側のエージェントは他社所属のため満額の3%を支払わないといけません。結局売り手は4%の手数料を払うわけです。

Redfinが両手仲介を行い、売り側・買い側双方に対してお家芸の業務効率化を行えば、例えばの話ですが全体で仲介手数料2%といった極端なディスカウントも不可能ではないでしょう。

このようなRedfinの戦略を考慮すると、今回のBoston限定のRedfin Directはニッチな買い手ユーザーを想定したサービスというのは表向きの説明であって、このような「脱MLS」という大きなロードマップ上の実験と考えるべきです。

MLSに物件を登録せず、販路をRedfinに絞って売却することを売り手に納得してもらうためには、以下の2つが条件があります。
①Redfinのポータルが十分な買い手集客力を備えていること
②両手仲介を通して魅力的な手数料ディスカウントを提示できること

①については今あるポータルサイトを日々地道に磨き込んでいくしかありません。
②については、現在 別々に行っている売り手側の仲介と買い手側の仲介を単純に組み合わせるだけでは、大幅に手数料を下げることはできないので、両手仲介を想定した新しい業務プロセスを構築する必要があります。

新しい業務プロセスとはいっても、説得するべきステークホルダーである売り手側へのサービスは落とすわけにはいきません。
そこで重要になってくるのは、買い手側の業務をいかに簡略化するかであり、もっと具体的に言うと、買い手にいかに自走してもらうかです。

つまりRedfin Directは現時点で「エージェントを使わずに購入申込みをしたい」という奇特な買い手に向けた新サービスではなく、将来的に両手仲介を行う際に買い手向けに提供するツールの実験が主目的なのではないでしょうか。

購入申込みのツールを提供することで、買い手はどれくらい自走化できるか、どのような反応が返ってくるか、また自動化された購入申込みによって売り手側の業務に悪影響は出ないか、といったことを学び、来るべき脱MLS・囲い込み戦略の本格着手に備えているような気がしてなりません。

業界では賛否両論を巻き起こしているものの、ZillowのiBuyer といい、RedfinのRedfin Direct(将来的には脱MLS)といい、IPOを果たしてもなお貪欲に非連続な進化を志向し続ける姿勢には頭が下がります。

【まとめ】
・Redfin Directは買い手がエージェントを介することなく購入申込みをできるサービスのため業界が猛反発
・Redfin Directを使うとわずか30分ほどで購入申込みをできるが、仲介手数料を支払わない買い手にとって、このサービスを使うメリットは乏しい
・Redfinは将来的な「脱MLS+両手仲介による手数料ディスラプト」を見据え、買い手仲介業務の効率化を実験している可能性がある

※ご質問やご要望がある場合は、こちらにご連絡ください。
proptechblog@gmail.com

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