「山のような札束が」寄付金8億円が不正流用 元慰安婦施設という反日ビジネスの実態
2020年前半は元慰安婦支援団体の不正問題で揺れた半年だったといえる。8月13日には不正会計疑惑で揺れる挺対協(現・正義連)の前理事長である尹美香(ユン・ミヒャン、現国会議員)氏が検察に出頭し取調べに応じた。果たして当局が挺対協の闇にどこまで迫るのかが、日韓両国でも注視されているところだ。
尹美香・正義連前理事長©時事通信社
寄付金88億ウォンの大半が不正流用
一方で、いち早く疑惑にメスを入れられたのが元慰安婦の女性らが暮らす支援施設であるナヌムの家だった。官民合同調査団の発表によると、ナヌムの家は2015年から約5年間にわたり寄付金88億ウォン(約7億9000万円)を集めたが、その大半が不正流用されていた。
ナヌムの家は寄付金のほとんどを土地購入や積立てに使うなど資産形成に流用しており、入居者の為に使用したのは僅か2.3%(約1800万円)だったという。この調査により、日韓歴史問題の懸案事項の一つである慰安婦問題が、韓国内では利権化されていたという実態がまた一つ明らかになったといえよう。
本稿では挺対協と並び、慰安婦問題の追及の中核組織の一つであったナヌムの家の知られざる実態についてレポートをしていきたい。
「結局、ハルモニ(元慰安婦)はダシに使われるのよね」
30年以上、慰安婦問題に携わってきた臼杵敬子氏が語る。
「92年に韓国で開かれた慰安婦問題についての国際会議で、ある慰安婦の女性がこう発言しました。『いま私の生活はひっ迫している。アパート代が払えません。いま私が望んでいるのは論議ではなく、生きて行くための金なんです!』と。この言葉から各地で支援のための募金活動が活発になったのです」
ナヌムの家は仏教団体である曹渓宗が中心となって全国的な募金活動を行い、1992年にソウル市内に最初の施設が開設された。1995年には京畿道に場所を移し、現在に至っている。
寄付金の問題は最初からつきまとっていたようだ。
ナヌムの家設立のための募金活動イベントには、元慰安婦も駆り出されていた。
募金活動に参加した元慰安婦の金田きみ子氏(故人)はこう語ったという。
「私たちに渡される謝礼は2、3万ウォンほど。少なすぎると文句を言おうと思って控室に行くと、テーブルの上には山のような札束が積まれており、坊主たちが一生懸命に金勘定している。結局、ハルモニ(元慰安婦)はダシに使われるのよね」
多額の寄付金に目が眩んでいく。そうした予兆はナヌムの家設立当時から見え隠れしていたようだ。
元慰安婦たちが「募金行為及びデモ禁止の仮処分申請」を申立て
2004年に沈美子(シン・ミジャ)氏を代表とする13人の元慰安婦たちが、挺対協やナヌムの家に対して「募金行為及びデモ禁止の仮処分申請」を申立てたことがあった。(詳細は2020年5月20日配信「韓国元慰安婦リーダーから届いた手紙『被害者たちは食い物にされている』」参照)
裁判の訴状には、こう書かれていた。
〈日本軍慰安婦または女子勤労挺身隊ではない偽物を動員し、ソウル日本大使館の前や周辺で次のような内容や表現を提唱したり、流布する行為を禁ずる。
一・日本軍慰安婦に対するアジア女性基金は欺瞞だ。日本のカネを受領するのは公娼を認めることだ。
二・その他、被告が日本軍慰安婦の利益を代弁するという趣旨の内容〉
文中で触れられている偽物とは、背景がハッキリしない元慰安婦たちのことだ。沈美子氏ら元慰安婦は「偽物」には常に敏感だったという。
臼杵氏がナヌムの家を定期的に訪れるようになったのは、2012年ごろ。外務省フォローアップ事業で支援していた元慰安婦柳善男(ユ・ヒナム)氏がナヌムの家に入所することになったからだという。
柳氏は地方都市で一人暮らしをしていたが眼病を患い、健康不安があったため仕方なくナヌムの家に入ることになった。
「柳氏がナヌムに入ったときは、彼女以外は中国から帰国したハルモニばかりでした。元慰安婦が増えていくということは基本的にはありません。
2000年代になると高齢になり亡くなるハルモニも多くなっていきました。ナヌムの家に入るハルモニが少なくなった。そこでナヌムの家や挺対協などの慰安婦支援団体は、中国残留婦人の中に元慰安婦がいないかを探すという活動に注力するようになったのです」(臼杵氏)
「ニセモノなんじゃないか」中国残留婦人たちとの亀裂
臼杵氏は「中国残留婦人たちが元慰安婦なのかは、ヒアリングをした経験がないのでわからない」という。
だが、ナヌムの家にとって元慰安婦が多く入所しているということが重要であるのは事実だ。寄付金や補助金を得られるだけではなく、政治家や著名人からも多くの支援の贈り物が届けられるなど、施設としてのステータスを維持するのにも繋がる。韓国内ではナヌムの家は人道的施設であり、教育の場でもあるとされてきた。
そうした中で、中国残留婦人たちの背景に疑問を持つ元慰安婦も少なくなかった。ナヌムの家内でも、夜な夜な元慰安婦間で口喧嘩に発展することがよくあったという。
前述の沈美子氏も「中国から連れてこられた慰安婦は偽物なんじゃないか」という意識を強く持っていたとされており、訴状にあえて「偽物」という言葉を入れた理由の一つになったとされている。
ロッテ製菓でアイスクリームを担当していたミーハー所長
ナヌムの家の歴代所長も問題のある人物だった。初代所長は曹渓宗僧侶であった慧眞(ヘ・ジン)氏という人物だった。イケメン僧侶でもあった慧眞氏だったが、女性問題で告発を受け引責辞任し、その後アメリカに逃亡してしまう。
次期所長となったのが安信権(アン・シングォン)氏だ。安氏は公募によって選ばれた人物で、ロッテ製菓でアイスクリームを担当していたという変わり種だった。所長になってからは「慰安婦は性奴隷被害者と呼ぶべきだ」等、慰安婦問題の論客として数多く発言をしてきた。
「ただ彼は挺対協のように頑なタイプではなく、ミーハーというか人間的にはフランクな部分がありました。寄付金集めのためにミスコリアの審査員をしたりして、挺対協から猛批判をされたりしていた。
あるとき日本・外務省のアジア地域政策課担当官と安氏が極秘裏で会合をしたことがありました。日韓最大の問題となっている慰安婦問題で率直に意見交換をしようという趣旨の会合でした。ところが安氏が、ネットに会合の事実を書いてしまい、外務省は大慌て。その後、会合自体がなくなってしまいました」(臼杵氏)
安氏はナヌムの家の不正流用疑惑の責任を取る形で、事実上の解雇処分を受け、同所を去っている。
人権の為だったはずの施設が……食事は質素、医療体制は不十分
臼杵氏はナヌムの家を訪れる度に、福祉施設としての不備を感じていたという。食事は肉が少ない質素なものが多く、味も決して良くない。看護師が一人常駐しているだけで、医療体制としては万全といえない。シャワーのみしかない風呂場も、冬の寒さが厳しい韓国では寂しすぎる設備だといえる。
「フォローアップで見ていたBさんというハルモニもナヌムの家にいました。彼女を訪ねるとベッドに縛り付けられており、Bさんに『なんとかここを出してくれ!』と何度も懇願され、私も事情がわからず困惑したことがありました」(臼杵氏)
前出の官民合同調査団は、ナヌムの家の不正流用疑惑を指摘するとともに、元慰安婦に対する虐待の事実なども報告している。
人権の為だったはずの施設は、いつからか寄付金に目が眩み私利に走り、元慰安婦を蔑ろにするようになってしまった。戦争に傷つき、反日の為に利用されるーー。
慰安婦問題の悲劇的な二重構造を、ナヌムの家はわかりやすく体現した組織だともいえるだろう。
(赤石 晋一郎)