注意を要する猛禽類の本

 “大勢の人達にとって時間の無駄になる”、“正常な、本来そこに書かれているべきだった情報の取得は出来ない”本が、海外の、英語で書かれた、猛禽類、それも鷹狩り(Falconry)に関連した本の中に数多く存在する。
 
 ありもしない研究データをでっち上げる:捏造。
 元々得られたデータを修正して、論旨にそう数値や形状に加工する:改ざん。
 他の論文等から出典を明示しないで、文章や画像などを使用する:盗用(以前は剽窃とも言った)。
 ──これらは、例えば査読の入った学術誌に掲載された論文について行われた場合、法律上の話を除いても社会的に悪とされる。
 海外では、「ねつ造(fabrication)」、「改ざん(falsification)」、「盗用(plagiarism)」の頭文字を取って“FFP”と記載され、日本では“ネカト”と書かれる。
 研究不正とか研究ネカトとか、そう呼ばれた行為です。
 当時のサイエンス誌(2018年8月17日号『嘘の大波(TIDE OF LIES)』)には、「死んでも論文は生き残る」、「他の科学者の時間を盗み、研究方法の選択や、治験の選択に影響を与える」といった事が書かれており、研究不正はかなりしっかりとその業界で糾弾されている──当然、そういう自浄作用はあってしかるべきだと思う。

 科学論文の世界では、こうした行為は完全にアウトで、疑問の余地なく悪とされる、そういう時代になった。
 上の段落で盗用/剽窃という書き方をしているけれど、剽窃という表現は、盗用の様に見えて実はそうではない。
 その所為で、一般に剽窃とは言われても、公の場で“剽窃”は使われなくなった。
 アニメなどで見かけるオマージュやパロディと呼ばれるものが、剽窃(本歌取り)に当たると言われる。
 つまり、“見れば分かる”、しかし“引用元が明示されていない”──そういう表現は、あくまで表現としてならば、確かに私達の身近に市民権を得て存在しているのだ。
 ところが、世界的には、そちらからの目線で見ると、日本で親しまれる同人誌といった娯楽は全て(著作権的に)アウトになると言われているのも周知の話だ。
 剽窃という言い方が堅苦しく感じるのであれば、“遊び心”というものをどう捉えるかが問題だと言い換えても良いだろう──。

 さて、猛禽類の著作物の話に戻る。
 こうした著作物には、科学論文であったり、飼育書であったり、調教について書かれた本、鷹狩りの特に実猟について書かれた本、色々な出版物がある。
 これらの著作物の中には、何故か多数の虚偽記載が存在する。
 でっち上げと呼べるものから、改ざん、盗用、ありとあらゆるものを見つける事が出来る。
 これらは、全体の中にわずかに見つかった間違いについて指摘しているのではない。
 端的に言って、“読者(飼育者・獣医師)の時間を盗み、飼育・調教方法の選択や、治療の選択に影響を与える”本が数多く存在すると、言えてしまうのだ。
 おそらく、書いた人、著者の意図は、パロディと呼ばれるものを書いたつもりなのではないかと推測される。
 そういう虚偽記載が存在する。
 軽いイタズラ程度から、かなり本腰を入れて書かれたものまで、その内容は様々だ。
 中には本当に原著者の意図に気付かずに、間違って引用してしまったという事例すらあるのだろう。
 しかしながら、それは正常な情報を取得しようとした飼育者、あるいは獣医師にとって多大なる迷惑行為に他ならない。
 そういう著作物の中には、冗談ではなく、命に関わる内容について書かれた、冗談では済まない記述があるのも確かだからだ。
 私は、そうした著作物が社会的に糾弾されない理由が理解出来ない。

 残念ながら、“死んでも出版された物は残る”。
 何年前に出版されていようが、著者が死んでいようが、金銭でもって売買される入手可能な物である限り(Amazonなどで容易に手に入るので)、誰かの目に止まってしまう。
 そして、何年も前に読んで“失敗した”人達と同じ様に“失敗する”原因となる。
 ──馬鹿のドミノ倒しは延々と続く。

 以下に紹介するのは、問題のあった英語の本の数々であり、その著者だ。
 入手可能な本の全てを調べる事は出来なかったので、列挙されているのは、あくまで私の金銭的時間的に許す範囲で調べた結果にすぎない。
 特に著者については、他の本、論文などに名前が出てくるケースがあるので、参考にすると良いかもしれない。
 ──つまり、他の本で同じような事が行われている事例を見付けているのだ。

 単純な娯楽として、ある種のパロディとして、以下の本を読める人は、特に問題無いと思う
 ただし、海外の様子を知りたくて、情報の取得を目的にしていた場合、おかしな具合になる。
 そういう注意が必要な著作物が、海外の、英語で書かれた鷹狩り(Falconry)の本には多すぎたのだ。
 購入の際には、よくよく考慮するべきだろう。
 単純に、日本人が日本語で書いた本を読んだ方が、どれほど稚拙な内容に感じたとしても無難であると言わざるを得ない。
 簡単に、騙されている事に気付く事が出来るからだ。


フェイク情報が掲載されていると判断された英語文献リスト

Nicholas Fox, Understanding the Bird of Prey, 1995
 現在の情報の混乱は、ここから始まったのではないかという本。1冊丸ごとが、鷹狩りをモチーフにしたフェイク本となっている。ありとあらゆる手法を用いて、簡単にフェイク本と見抜けない様に構成されている。ハードカバーとペーパーバックでは表紙が違う。現在ではハードカバーが売られておらず、新旧で嘘がばれる仕掛けがしてあった事が分からなくなっている。こうした背景もあって、知らずに騙されてしまう。大変残念な事に、本の中に日本の著名な鷹匠らの写真が使用されてしまっている。力作である事に間違いは無いのだが、その後発生した悪影響は計り知れない。

Phillip Glasier, Falconry & Hawking THIRD EDITION,2006
 謝辞の中にNick Foxの名がある。フードの名称がおかしい。グローブの作成方法が、日本の鞢(えがけ)に見える?著作権法上(公表から70年以上経過)問題は無いのかもしれないが、他の著作物の図が無断転載されている。日本の本なので、せめて書名くらいは紹介されるべきだったのではないか?(『絵本鷹かがみ』のこと。“Hawk Mirror”という英訳が本書の中で紹介されているが、“かがみ”というのは“お手本”という意味の古語であり、悪ふざけで書かれた書名と受け取る事が出来る)。この種のイタズラは、上述の本の中でよく見かけた手法に通じる。意外にも、道具自体は作って使えない事はないが、英国の道具作りについて、どの程度知る事が出来たと言えるのだろうか?

Lori R. Arent, Raptors in Captivity: Guidelines for Care and Management, 2007
 ラプターフォレストから出ている訳本『猛禽類のケアと管理』(1999、ただし原著は1996)を、ひとまとめにした物と考えられる。内容は殆ど変わらない。参考文献のリストの中にNick Foxの名がある。本自体はかなりまともな部類の本。知らずに読めば、それなりの評価を受けてよいと言える。ただし、引用元となった本を読んでしまうと、本が信じられなくなるという効果が生まれる。おそらく、(一見すると何の変哲もない、クチバシの整形について述べられている箇所)知らずに引用した体裁を採った著者のイタズラなのではないかと解釈している。日本人なら、おそらくはやらない。尾羽の記載についても疑問が残った。

Jemima Parry-Jones, Falconry, 2012
 表題にある“Falconry(鷹狩り)”以外の事柄について、ひと揃いが書かれている。つまり肝腎の鷹狩りの技術に関する記述は一切無く、猛禽類の飼育や繁殖、法律、獣医学についてのみが書かれている本。『Understanding the Bird of Prey(猛禽類のすべて)』には本の名前に仕掛けがしてあり、裏に別の意味がある。つまり、この本でも同種の剽窃(本歌取り)が行われていたのである。『ふくろうのすべてがわかる本』(2006、ただし原著の初版は1998)の著者。構成上、この本と対になる形で書かれている。

Tony Hall, Falconry Basics: An introduction to the care, maintenance and training of birds of prey, 2019
 元々、Tony Hallが書いた『Falconry Basics: A Handbook for Beginners』(2017)と、ひとまとめにして読むべき本。これらの本は、『Understanding the Bird of Prey』と同じ構成になっており、毛引きで大腿部の羽毛が無いハリスホークが表紙絵を飾っていたのが、この本では羽毛が生えそろっている。参考文献リストの中に『Understanding the Bird of Prey』が出てくる。初版の修正を行ったC. Stephen Heying、改訂版の編集を行ったNicholls PhD MSc FHEA, Dr Michael K(Michael K Nicholls)という人物は誰なのだろうか?いわゆる剽窃(本歌取り)が行われた本。

Raptor biomedicine III, 2000
 獣医学書ではあるものの実用性を追求した本ではなく、かなり高度な部類の学術書。論文掲載誌のようなもの。日本の有名な獣医師も寄稿している。この本の中には、Nick Foxの『Understanding the Bird of Prey』が引用元になっている論文が存在する。これくらい専門性が高くなると、論文の価値が下がるだけであまり影響は無い様に思う。結果として、資金洗浄でもした様に、問題のある本を正常な文献と誤認させてしまっている。私が問題があると認識したのは、次の2本の論文のみである。
Jaime H. Samour, Veterinary Considerations During the Hunting Trip
Richard Naisbitt and Peter Holz, Fitness Level as a Determining Factor in the Survival of Rehabilitated Rotors Released Back into the Wild—Preliminary Results

Raptor Research and Management Techniques, 2007
 既に『猛禽類学』のタイトルで2010年に邦訳が出ている。完全なイタズラで、大勢について影響は無いものの、生理学(C.生殖)と飼育下繁殖のパートに『Understanding the Bird of Prey』の引用が行われている(著者は各パート共に複数名の共著になっており、誰が書いたかが分からない。しかし、上述の『Raptor biomedicine III』で示したのと同じ著者の名前が認められる)。これくらいの本になると、本の価値までが下がる事はない。ただし、情報の洗浄が行われてしまった点については留意するべき。リハビリテーションの項は、実際には治療について書かれたものであり、12ページと短いがよくまとまっている。

BSAVA Manual of Raptors, Pigeons and Passerine Birds, 2008
 確認しただけでも、2章、21章、22章、24章に問題のある記載がある。2章については、特に気にする必要は無い範囲だが、獣医学書なので、他は問題が生じる。巻末の薬用量リストには、書いた人物が分からない様に、そのまま使用すると事故が起きる可能性のある記述が行われている(イソクスブリン)
  • Jemima Parry-Jones(2章)←特徴的な単語が使われているだけ。実害は無い。
  • Michael Lierz(21章)←多発性骨化過剰症の写真などが、別の物になっている。一読しただけでは分からないが、よく考えるとおかしい。そういう文章が書かれている。その様な症例は、はたして存在するのだろうか?この本の監修を行った人物の一人。
  • Michael P Jones(22章)←大筋が間違っている訳ではないのだが、独自用語への差し換えや、私信による情報の混乱があり、信憑性に疑問が生じる様に書かれている。この章に紐付いている各章には全て疑問を持つべき記述や図などが存在する。参考文献リストの中に、『Understanding the Bird of Prey』の名がある。獣医学書で、この文献の引用はあり得ない。この人物は、過去に別の著作物でも同じ事をやっている。下記の文献も、ほぼ同じ内容になっている(↓)。
Jones MP, Behavioral Aspects of Captive Birds of Prey., VetClin North Am Exotic Anim Pract, 4(3): 613-632, 2001
  • John Chitty(24章)←特に参考文献などで紹介されている訳ではないが、『Understanding the Bird of Prey』のダイジェスト的な内容が、焼き直されている。いわゆる剽窃(本歌取り)が行われている。到底真面目に書いたとは思えない内容で、最後まで読むと別の本に誘導して尻切れトンボになっている箇所がある。BSAVAのシニア・バイス・プレジデント(副社長的な役職)。英国のエキゾチック関係の獣医師会の会長職をしていたネット情報も見つかる。この本の監修を行った人物の一人。当然、他にも著作物がある。

22章に紐付いている、本文の確認を行っていないが使用されている写真などに不審なものを見付けている、著者のリスト。
  • Tom Bailey and Chris Lloyd(16章)
  • John Chitty(17章) 既にリストに上げたので除外。
  • Neil A. Forbes(18章)
  • Tom Bailey(20章)

 この本で問題があったのは猛禽類関係の記述だけで、他の鳥種については、どうやら正常な情報が書かれている様に読める(私が確認しているのは、Passerine Birds、つまりスズメ目の鳥達について書かれた33章、34章、35章、36章のみ。書き直しを命じたくなる拙さはあっても、異常な情報は何処にも無かった)。ただし、気付かずに実用書として使用した場合、いちいち正誤を確認しながら薬用量などについて決定する事は出来ないので、被害を覚悟しなければならない。

John E. Cooper, Birds of Prey: Health and Disease, 2008
 その一部が、『Understanding the Bird of Prey』の元ネタとなったと考えられる本。私が確認したのは第3版なので、以前の内容について触れる事は出来ないが、おそらく改変前に本来そこに書かれていたのであろうよく似た図が使われている。全体に読みやすく、解釈に悩む事のないシンプルな解説が行われている(本来、こういうものだったのだろう)。しかしながら、本文中に度々現れるplate1-16の写真なりが何処にも見当たらない、一見するとそれらしいカラー写真が確認出来るのは表紙と裏表紙だけ、解説の存在しない図、参考文献への飛ばし行為など、やはりこの本でもイタズラが行われている。むしろ、こちらの方を元祖と呼ぶべきなのだろうか?

Margit Gabriele Muller, Practical Handbook of Falcon Husbandry and Medicine, 2009
 引用された文献の中に、Nick Foxと『Understanding the Bird of Prey』の名前が見つかる。おそらく軽いイタズラ程度の引用で、情報には瑕疵が無い。つまり、“ドッキリ”が行われている。さらに、羽毛異常について述べている項で、剽窃(本歌取り)とも受け取れる写真が多数使用されている。実際には嘘が書いてある訳ではないのかもしれないが、大元の文献を知っている人にとっては、むしろ不安をあおってしまい、本が信用出来なくなるという効果を発生させている。やはり、この本の著者も、有名な猛禽類を診察する動物病院の獣医師である。ちなみに、著者の経歴にあるホメオパシーは、日本ではちょうど2009年頃から社会問題になった、2010年以降からは日本の社会では息の根を絶たれたと言ってよい偽医学である。これも、剽窃(本歌取り)の一手法になる。

D.E. Scott, Raptor Medicine, Surgery and Rehabilitation 2nd Edition, 2016
 野鳥の救護の為の本なので、飼育鳥の医学が無い事になっている。BSAVAマニュアルなど、問題のある文献群の中にあった出版物が参考文献の中から見つかる。情報の混乱が少なく、治療自体は出来る。初見で、この本だけを読んで異常に気付く人は少ないと思われる。ある意味“無難”に、現行の鳥類臨床の常識に添う内容となる様にまとまっている。長年疑問に思っていた、ある骨折の固定方法について、ちゃんと否定している。勉強するつもりで読んでよい。ただし、私はフェイクだと思っている再現性に疑問のある治療方法もたくさん紹介されている(実際に、著者が診療の対象としているであろう北米原産の猛禽を飼っている飼育者の方にお願いして、包帯法などの再現を試みたが、再現性は無かった)。私の知り得た範囲で、すぐに入手可能な本で、この本以上に他人に勧められる本は見付けられなかった。2020年に第3版が出版される予定がある(内容は確認していないが、表紙にはこの種の本でよく見かける、符丁とも呼ぶべき仕掛けが行われているのを確認している)。残念ながら、この種の書籍の中で行われている、数々のイタズラを御存知の読者の場合、嫌悪感を覚える事があるかもしれない(つまり、引用と呼ぶ以上に、剽窃・本歌取りと呼んだ方が良いと受け取れるパートが存在する)


 ──おそらく、日本の同人誌の様に、何らかの文化的社会的背景の違いから行われたジョークというのが、この様な著作物が生まれた背景であり実態なのではないかと考えている。
 かなり社会的に地位のある人物が著者の中に含まれているのが、その理由だ。
 本当に冗談のつもりでこういう物を書いて、読者達に金を支払わせたのだろう。
 それは、研究不正とは一線が引かれた物のつもりなのだと思う。
 ただし、知らずにこうした著作物を読むのに時間を費やしてしまった日本人は、“時間を盗まれた”と感じてむしろ当然だし、中には、鳥達の生命、飼い主や業者の財産に少なからぬ被害を発生させる可能性のある記載内容が存在しているので、後で“冗談でした”では済まされない。
 我々は英語圏で暮らしている人間ではない。
 時間をかけなければ本に書かれている内容を理解する事が出来ず、失われる時間と労力は膨大なものになる。
 少なくとも日本人は、こうした諸々の本を認めないのではないかと思うし、そもそもこれらの本は、真面目に猛禽類について勉強をしようとした人々に強烈なつまづきを与えてしまう原因になり得る。
 ネットの海の中でこのくだらない記事を見付けた人は、手元の英文で書かれた本を読む時の参考にするべきだ。
 私は当時、“念のため”、上記の著者らの名前が出ている獣医学書の大半を処分し、残った文献についても熟読し“問題無し”と判断されたわずかな文献のみを手元に残す事にした。

 こういう行為も、今どきなら誹謗で中傷で、ネットリテラシ-の欠如と批判されるのだろうか?
 さもなければ、営業妨害や著作権侵害、名誉毀損などを盾にとって、何とかしてこうした行為を止めさせようとする者達が現れるのだろうか?
 それでも私は、知っていて読むのであれば構わないが知らずに読んで騙されるのは不幸な事だと思うので、これらの本を書いた人物の名前まで挙げて紹介するのだ。
 これらの本の中で行われている行為は、英語の分からない日本人から見たら悪行に他ならない。
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