白雉日報社公式ブログ

日本第一党選挙対策委員会委員長とかいろいろやっています。

実際に体験した怖い話

毎日暑い日々が続いている。皆様は体調を崩されてなどいないだろうか。

納涼ということで、定番なのが怪談であろう。

実は僕はホラーが好きで、映画では断トツで好きだったりする。

特に好きなのが、スティーブン・キングジェームズ・ワン

キングでいえば「シャイニング」「IT」といった有名どころ

ジェームズ・ワンでいえば「死霊館」シリーズがとても好きだ。

ナイト・シャマランのように、自然現象だったり、奇妙な風習がベースに

なっている作品もおもしろい。

リアルでは経験したくはないが、見ている分には本当に大好きな分野である。

 

東北で屈指の心霊スポット「滝不動

 

リアルといえば、僕も若かりしころは心霊スポットによく行った。

自殺者が絶えないことで知られる八木山橋青葉区)にも行った。

山形県上山市にある「滝不動」は非常に怖かった覚えがある。

今回はその話を書いていこう。

この滝不動、読んで字のごとく山の中に滝があって、その滝に不動明王の像が

打たれているように鎮座しているのだが、不動明王の像が手にしている剣を

触ると呪われるという話があった。それにまつわる話はいくつもあって

曰く「母親が背負っていた我が子の首を誤って鎌で狩ってしまった」

曰く「滝に入水する人が後を絶たず、特に若い女性の幽霊が目撃される」

といった具合である。

それで地元に住んでいる友人にその話をすると

そいつはとても嫌な顔をしながら「絶対に行くな!」と止められたものである。

大学生時代、若さ溢れる僕は、大学で仲の良かった友人と、ネットで参加者を募り

結局3人でその滝不動に向かったのである。

時刻は午前4時前であったろうか。かみのやま温泉駅で待ち合わせて

もう一人の参加者(仮にAさんとしておこう)の方の車に乗り込んだ。

友人が助手席、僕が後部座席である。

不思議なことに、Aさんはなぜかアイスコーヒーの素を持ってきていた。

Aさんは滝不動のことを知っていたが、心霊スポットであると同時に

おいしい湧き水のスポットでもあることをネットで見つけて

どうせならアイスコーヒーを楽しむ会にしようと、「名目」を見つけていた。

 

狭く、街灯一本ない闇の道

 

滝不動は温泉で有名な上山市にあるが、温泉街から離れた山の中にある。

広い道路から一本山道に入ると、そこは街灯一本すらない真っ暗な道である。

しかもその道というのが、車一台通るのがやっとという状態で

車のライトを頼りに進むしかない。

対向車が来たらどうやって行き交うのだろうと不安になったものである。

ただ、きちんと舗装されている道路で、普段は利用されているのであるが

それは後述する。

狭くて暗い道をひたすら進んでいく。およそ20分ほど走ったあたりで

滝不動」と書かれた木製の看板がある。広いスペースがあり、そこに車を止めた。

看板のあるところはちょっとした崖のようになっていて

そこから石段で降りていく。途中には祠があったりして霊場の雰囲気が出ていた。

滝があるということは当然のことながら川もあるわけで、その水音がとても大きかった。

ただ、真っ暗なのでいまいち距離感が掴めなかった。明かりなどないのはわかっていたので

全員がライトを持ってきていたが、それも実に心細いほどであった。

石段自体はそれほど長くはなく、50段もなかったように記憶している。

石段を下り切ると、すぐそばに滝があるのが見えて

そのあたりを照らすと、話のとおり不動明王の像が滝行しているかのように

滝の壁に鎮座していた。目を引いたのが不動明王が持っていた剣である。

像は石像だったが、剣は銅製でかなり錆びていた。

しかも、滝壺をよく見ると何本もの錆びた剣が水底に沈んでいる。

これに触ると呪われるのか…と背筋が寒くなる思いがした時

Aさんが「じゃあコーヒーを飲みましょう」と紙コップを一人一人に

手渡し、アイスコーヒーの素を少し注いだ。

滝から落ちてくる水をコップで受け止めたのだが、思い返すと

手が届くほど滝が小さかったっけ?と疑問だったりする。

コーヒー自体はぶっちゃけ普通だった。

そんな時、友人のライトが突然消えた。「あれ、電池まだあるはずなのにな」

と訝しがる友人。「うーん、じゃあ暗いし、そろそろ帰りますか」と

帰ることにしたが、この時点で闇が迫ってくるような感覚に捕らわれ

足早に車に戻った。

 

不可思議な現象が襲った

 

 

じゃあ帰ろうと、Aさんは車を発進させたが、前述のように道が狭すぎて

転回ができないため、そのまま道を進むしかない。

地図では、そのまま進めば大きい道路に出られるはずだった。

しかし、少し走ったところで、僕は恐ろしい施設を見つけた。そこには

「〇〇斎場」と書かれていた。つまり斎場があるために道路が舗装されていたのである。

斎場を通り過ぎてすぐのところに、一際大きな「闇」が姿を現した。

そう、トンネルである。長さは200メートルといったところだったが

僕は、とても嫌な気配を感じていた。すぐ後ろにぴったりと「何か」が

くっついているような気配である。後ろを確認すれば済む。

闇だけが広がる、何もいないに決まっている。

だが、僕の本能が後ろを見てはだめだと必死に告げていた。

Aさんが突然「うーん、何か腕が痛いんですよね」と言い出した。

助手席の友人が「え、Aさんもですか?俺もなんすよね」と応じた。

何てことを言い出すんだこいつらは!と思った僕はしかし

腕に違和感を感じていた。それを口に出すことはなかったが。

とはいえ、トンネルを抜けないと帰れない。Aさんの運転する車は

トンネルの中に入った。

Aさんが「そういえば、ここで止まってクラクション鳴らすと何かありそうですよね」

と突然停車させた。すかさずクラクションを一回鳴らす。

…何も起きない。

僕はそれどころじゃなく、さっきから感じている背後の気配が段々強くなっているのを

感じて、「何もないですよ、もう帰りましょうよ」と促した。

拍子抜けした様子で、Aさんは車を発進させた。トンネルを抜けると

相変わらず道は狭くて暗かったが、背後の気配は一気に感じなくなった。

さらに数分走らせると、Aさんが「あれ?腕が痛くなくなった」といい

友人は「そういや楽になりましたね」と話していた。

僕の腕の違和感も大分楽になっていた。

すぐに道路は大きい県道にぶち当たった。ここまで来れば安心だ。

そこから待ち合わせ場所まで戻り解散となった。

自宅に戻ってから、参加者を募集したネット掲示板

「ただいま帰宅しました。お疲れ様でした。コーヒーおいしかったです」と書き

そのまま眠ってしまった。

次の日、友人は学校を休んだ。メールで聞いたところ

「すげえ熱が出た」とのことであった。

Aさんは無事に帰れて彼は社会人だったから普通に仕事に出たそうだが

その日の夕方であったろうか、「菊地さん、ネットに何かおかしい書き込みがあったんですよ」

とメールが来た。僕が帰宅した後「コーヒーおいしかった」と書いた掲示板である。

「何の書き込みですか?」僕は聞いた。

「確か僕ら、3人でしたよね」Aさんは当たり前のことを言った。

何でこんなことを言うんだ?訝しがりながらも掲示板を見る。

僕の「コーヒーおいしかったです」の書き込みの後

友人であろう「お疲れ様でした」との書き込み

その後、お住まいがわれわれより遠いAさんが「お疲れ様でした」と書き込んでいた。

しかしその一時間後にもう一つ匿名で「お疲れ様でした」と書き込みがあった。

誰かが二回投稿したのでは?と思ったが時間が離れすぎている。

「一体誰なんでしょう」とAさんは不安げだった。

友人の体調が戻ってから、このことを友人に聞いたが

大層驚いていた。そしてしばらく、心霊スポットに近づくことすら

拒否するほど、懲りていた。それは僕も同じだった。

それから間もなく、Aさんは体調を崩して仕事を辞めた。

Aさんとはそれからも何回か絡むことはあったが

決して心霊スポットの話はしなくなった。思い出したくなかったのだ。

僕はといえば、一人だけ無事…

ということはなく、少し経ってから交通事故に遭い、ケガはなかったものの

車を廃車にせざるを得なくなってしまった。

それから数年経って、新しい説が心霊雑誌に紹介されていた。

滝不動で最も危ないのは、実はその上にあるトンネルだ。なぜなら斎場があり

トンネルに死者の魂が集まってくるからだ」

もっと早く言ってほしいと心から思った。

以後、現在に至るまでホラー映画やテレビ番組は見るけれども

実際に行くことはなくなった。実際に何かを見たわけではない。

しかしあの恐ろしい気配と、立て続けに起こった腕の痛み

そして全員が災難に見舞われたことなどの不気味さ、恐ろしさは

経験した者でないとわからない。

やはり自分が体験するより、作り物を見ていたほうが楽しめる。

皆さんも心霊スポットで変なものを連れて帰ったり

「あてられて」体に不調をきたしたりすることのないよう

面白半分で行くことは厳に慎んでいただきたい。

もちろん、法律に抵触する場合もある。余計なトラブルも起こるかもしれない。

まさに「触らぬ神に祟りなし」である。

新型コロナで伝統文化にも影響続く

わが国で猛威を振るっている武漢ウイルス(新型コロナウイルス)。

伝統文化にも影響を与えている。

7月25日から福島県相馬市で行われた「相馬野馬追」では

無観客での開催となった。戦国時代の相馬氏の勇壮さを再現した

武者行列でも、馬上となったのは総大将のみ。

よく映像で流される騎馬武者による神旗争奪戦や甲冑騎馬などは

実施されず、相馬中村神社(相馬市)太田神社、小高神社(いずれも南相馬市

での神事がメインの行事となる。

相馬氏といえば、前述のように戦国大名としての名門。

馬産地を領していたこともあり、大規模な騎馬軍団を組織した。

この軍事力を背景に、北西に位置する伊達氏と正面から激突し

一時は宮城県南部で伊達勢を駆逐するほどであった。

相馬騎馬軍団の誇りが、今に根付いているのである。

ともあれ、この相馬野馬追は東北を代表する祭りの一つであり

縮小して開催することはいささか残念に思う。

まだ開催できるだけマシなのかもしれない。

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神旗争奪戦は大迫力で見どころの一つだったが(南相馬市HPより)

 

一方、七夕は中止…

 

一方、伝統行事といえば仙台七夕も中止が決まった。

仙台では、七夕といえば他地域と違い、旧暦で表すため8月7日を指す。

そのため、毎年8月7日は中心部商店街を中心に多くの吹き流しで

まちの人々の目を楽しませていた。

仙台青年会議所では、この祭りに連動して花火大会も実施していたため

例年延べ150万人もの人で賑わう。

それらが全て中止となったため、中心部商店街はただでさえ売り上げが厳しい中で

人の動きがぴたりと止まったといって良い。

ましてや飲食店ではクラスターが発生したこともあって

ようやく戻ってきた人の動きも再び重くなった。

 

主流となる「域内観光」「域内消費」

 

そのような中、「GO TOキャンペーン」が22日からスタートした。

一人当たりの旅行代金を35%、最大で半額にもなるというこのキャンペーンは

旗は立てたけれども、その内容はほとんど誰も知らないという代物だった。

旅館組合や旅行業協会などにコミットしている業者はまだノウハウを

知っているようだが、しかし同キャンペーンの申請先がまだ決まっていないという

見切り発車に近い状況だ。

実際、行政や商工会議所のアンケートによると、最も打撃を受けているのは

観光・飲食業者である。従って、このキャンペーンの狙い自体は悪くはない。

しかし、業界や行政などへの説明はしっかり行うべきではあったであろう。

また、同キャンペーンの枠組みの中には「GO TO 商店街」もある。

観光が域内観光になるのは必然であるから、地元の商店街へ足を運んでもらう

これは非常に大事なことである。商店街は地方都市の顔であり

商業の核でもあるからだ。ぜひ国には、域内消費をさらに加速させる

取り組みを強化していただきたい。

泡沫候補を無視するのが公平性?

(公社)東京青年会議所伊澤英太理事長)による東京都知事選挙

候補者7人による公開討論会が6月28日に行われた。

出席したのは

山本 太郎
小池 百合子
宇都宮 健児
小野 泰輔
服部 修
立花 孝志
斉藤 健一郎

の7人(敬称略)である。

ところで、東京都知事選挙に立候補したのは22人に上る。

つまり実際に討論会に出席しているのは全候補者の3分の1程度である。

青年会議所は、大規模な選挙があると候補者を招いて討論会を実施するのが

ある意味通例となっている。しかし、今回のこれはどうだろうか。

なぜたった7人しか招いていないのか。同会議所では下記説明している。

 立候補者が多数のため、「国会に議席がある政党の公認又は、推薦、支援を受けている候補者」「都道府県知事経験者」「衆議院議員参議院議員経験者」以上に該当される主要候補者7名が参加予定です。

 確かに、立候補者が何十人もいれば全員が出席することは不可能に近い。

だが、これが公平なやり方なのかといえば断じてNOである。

有力な候補者のみを参加させて露出を増やし、さらに「泡沫候補」と

差をつけているに過ぎない。

 

工夫次第でやりようはあったはず

 

公平なやり方というのは、全ての候補者の主張を分け隔てなく放送することであり

今回のように、多数に上る場合は、討論会を実施すべきではない。

というより、物理的に実施できない、が正しいであろう。

どうしても実施したいのならば、何回かに分けて放送するべきではないか。

裏番組で「もう一つの討論会」というのを実施していたようだが

これは東京青年会議所とは関係がない。

テレビや新聞ならまだしも、公益法人がこのように選挙について差を設けることは

断じて許容できるものではない。

そもそも、政党から公認、支援を受けていたところでまともに選挙活動をせず

当選を目指していないことすら公言している候補者もいるのだ。

その一方、日本第一党公認の桜井誠候補者は、このような討論会では

ほぼ無視されるものの、誰よりも都知事になったらどうするか、という

具体的かつ実効性のあるビジョンを描いている。

どちらが有権者にとって必要な主張をできるか、火を見るより明らかだ。

 

痛快な「泡沫候補」に敗れる「有力候補」の図

 

もちろん、新型コロナウイルスが蔓延するなかでの討論会は大変であろう。

しかし、実施するならば公平性を期すべきである。

東京青年会議所ではSDGs(持続的開発目標)への取り組みも盛んである。

SDGsの前提条件とは「誰も取り残さない」だが、はてさて、どうであろう。

むしろ、日の当たらない泡沫候補に注目するような特集などあれば

株も上がろうというものであるが。どうやら期待できないらしい。

それでも、我々は進み続ける。少しずつであるが、メディアが注目する

ようにもなってきた。泡沫候補の大きな巻き返し。まさに痛快ではないか。

そんな開票結果が出た時

「あなた方の選んだ出席者より上に我々はいます。それでも無視できますか?」

と我々を無視し続けたメディアに問いかけたい。

東京都知事選始まる、日本第一党は桜井誠党首擁立。

6月18日、東京都知事選挙の告示日を迎え

およそ2週間の選挙戦がスタートした。

立候補者は過去最多となる22人。とはいえ、現状は

現職が圧倒的に有利との見方が多数だ。

日本第一党からは、桜井誠党首を擁立。

新型コロナウイルス感染防止の観点から、日本第一党

総務省に対して都知事選の延期を求める要望書を提出し

その後、感染が抑えられない現状を鑑みて、街頭宣伝活動をしない

(ただし抗議街宣という形なら人が集まらないので実施する)

というスタンスのもと、VR街宣と銘打ち

Youtubeなどを活用してネット上での選挙活動に力を入れている。


史上初!VR街宣! [桜井誠] 秋葉原VR街頭演説 (令和2年6月18日)

 

そのような中、現職や野党候補の「いつもの猿芝居」にうんざりする声も聞かれる。

そこで選択肢に上がっているのが、桜井誠候補である。

歯に衣着せぬ物言い、強力なリーダーシップを発揮している桜井誠候補だが

出馬記者会見で記者クラブを解体することを明言し、マスコミに「宣戦布告」。

さらに支那中共政府を「新型コロナの蔓延」の責任を問うべく提訴した。

これらの日本第一党ならではのスピードこそが、注目度の向上に繋がっている。

しかも、頑なともいえるメディアの無視っぷりが、なおさら有権者の興味を

掻き立てているのである。

例えばユーチューバーのKAZUYA氏は、「桜井氏は話の展開の仕方がうまい。

公約を守らない小池都知事をマスコミは持ち上げるのかという点でその通り」

と称賛した。

 

都民の生活を守るあらゆる手段講じる

 

桜井氏は3つの公約を掲げている。

1、2年間の時限公約として都民税、固定資産税の休止

2、外国人生活保護の廃止

3、パチンコ規制

非常にわかりやすい内容となっている。

他にも、国民健康保険の負担減など細かいところを言うと

キリがないが、とにかく3つの事が伝われば良い。

公約が3つである理由として「都民がバカだから」と桜井氏は主張したが

決して都民をバカにしているわけではない。

そもそも選挙公約というのはシンプルであるべきなのだ。

もし都民をバカにしているなら、新型コロナ対策や支那人の入国規制運動を

あれほど早期からやるわけがない。全て都民の安心安全を確保したいがために

時には言葉遣いが乱暴になってしまうということである。

桜井のもとでいろいろと党務に携わっているが、この人の「思い立ったらすぐ実行」

といったやり方は、凄まじい。そういったスピード感は、現職の知事にはない。

 

誰が日本人のための政治家か?

 

この選挙は非常に厳しい戦いとなっている。

それでも、多くの方から支持をいただければ、その後の都議選や国政への道も

自ずと開けよう。人が集まれば、より強化された組織による運動も可能となる。

 

本当にわが国の国益を考えているのは誰なのか、どの党派なのか。

有権者に少しでもこの思いを届けるため、桜井誠候補は走り続ける。

狙われる郷土の偉人。断固死守を

米国を中心に、世界中で偉人の像に対する破壊行為が相次いでいる。

発端は、米国において黒人男性が長時間白人警官に喉を押さえつけられ

死亡したというもので、活動家らが「黒人の命は大切」を

スローガンに、世界各地で抗議デモを展開、中にはデモ隊が暴徒化し

店舗への略奪・破壊行為や、一部地域の占拠行為を行っている。

その光景たるや、まさに無法地帯の如しである。

 

現在の価値観で断罪する愚かさ

 

6月7日、英国ブリストルでは奴隷商人であり、政治家・慈善活動家でもあった

エドワード・コルストンの銅像が引き倒され、川に投げ落とされた。

https://www.afpbb.com/articles/-/3287079

奴隷商人であったことが理由とされ、それによりアフリカ系活動家により

餌食にされたものと見られている。

さらに英国では、第二次世界大戦の英国首相ウインストン・チャーチル

銅像を撤去するべきという運動も展開している。

人種差別主義者だから、というのがその理由だが

植民地を持つ列強は全て行っていたのであり

殆ど全ての政治家が人種差別主義者になるだろう。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200613/k10012469201000.html

 

一方、米国ミネソタ州では先住民族活動家が、探検家として有名な

クリストファー・コロンブス銅像を引き倒した。

米大陸先住民の虐殺を行ったためという。

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2020/06/post-93651.php

 

さらに、ガーナではインドの政治家・マハトマ・ガンジー銅像が撤去された。

人種差別的な発言を行ったためと複数のメディアは報じている。

偉大な調停者、独立運動家も活動家の手に掛かれば

大罪人なのである。

https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/12/post-11454.php

 

先人なくして今の我々はいない

 

実にバカげたことだ、と鼻で笑うのは簡単だが

由々しき事態であるし、許されるべき行為ではない。

そもそも現在の価値観で、当時の所業を断罪することほど

愚かなことはない。ましてや何世紀も前の話である。

全て完璧な聖人君子というものは歴史上存在しないのだ。

現在の基準で物事を測るならば、預言者イエス・キリスト

ユダヤ人に差別的であったし、ムハンマドも戦争主義者といわれても

致し方ない。

もちろんわが国でも、織田信長豊臣秀吉徳川家康

戦争屋であって、民衆を苦しめた独裁者という誹りを逃れられぬであろう。

 

わが国で中世・近世は、下剋上の時代であり、天下取りのためには多くの人が

戦地に赴いた。兵士の中には金で雇われたり、戦利品が目的であったり

中には徴兵されて嫌々行ったものもいたであろう。

しかし、当時はそれが常識だったのである。例え雑兵であっても

大きな手柄を立てれば武将に取り立てられ、うまくすれば領主に

なれるかもしれない。当時の下級武士は「知行取り」つまり領地を持つことが

夢であった。

 

現在では、当然手柄のために戦に出ようなんて考えは起こり得ない。

つまり、現在の価値観を中近世に当てはめることは、現代人のエゴに過ぎないのだ。

それを理解している我々は、決して郷土の偉人の銅像を壊すことはしない。

仙台藩祖・伊達政宗公も多くの人を殺した。彼の生きた時代では当たり前だからである。

しかし、今の仙台の礎を築いたのは政宗公であり、それを顕彰することに

反対など起ころうはずがない。

エドワード・コルストンも奴隷商人であったが、同時にブリストルのまちを

繁栄に導いた偉人ではなかったのか。

愚かな活動家の言いがかりに負けず、郷土の人々は偉人を守るべきだ。

先人がいなければ、私たちの今もなかった。もし、自分の郷土を

誇りに思っているなら、偉人の名誉を汚されることを恥と思うべきである。

 

女川湾戦没者への慰霊を実現

 昨年、護國神社の模型で大東亜戦争末期に

女川防備隊の存在と戦いを知った記事を書いた。

kick.hatenadiary.jp

 

先日、やっとこさ女川町に行き

慰霊を行うことができた。

女川町は、宮城県東部沿岸、石巻市に三方を囲まれるように存在しており

有名な東北電力女川原子力発電所がある。

女川港は大規模な港というわけではないものの

太平洋に抜ける利便性の高さと、リアス式海岸ならではの

入り組んだ地形から、国内輸送の拠点の一つとして活用され

大戦末期には、敵艦載機の空襲や潜水艦の襲撃が相次いでいたから

昭和18年横須賀鎮守府隷下に、標的艦「大浜」や海防艦「天草」を基幹とする

複数の駆潜艇や掃海艇などからなる「女川防備隊」が設置された。

大浜は巡洋艦と書いているところもあるが

大浜の名前の由来が「大浜崎」からとられていること

(通常、巡洋艦命名は川の名前から)

基準排水量が2670トンであること(通常、軽巡洋艦でも5000トンは下らない)

からも、標的艦または特務艦と表現するべきであろう。

女川防備隊は、小規模ながらも対空・対潜兵装を整えた部隊で

対潜哨戒任務では、敵潜水艦数隻を撃沈し、横須賀鎮守府司令長官から

感状を受けたこともあったという。

しかし昭和20年8月10日、英国艦載機による大規模な空襲を受け

各船とも対空戦により数機を撃墜したものの、女川防備隊はほぼ壊滅した。

死者は飯田寛吉海軍主計少佐をはじめ157人。

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女川防備隊の慰霊碑。敷地は広くはない

女川湾を望む高台にある女川湾戦没者慰霊塔。

僕がこのタイミングで行ったのは、実はこの慰霊塔

リアスブルーラインという海沿いの大きい道路に面しており

駐車場などはなく、少々歩いたところの公園に車を置いて歩いてくるしか

ないからである。今のタイミングなら、旅行などで通る人も少なかろうと

見込んだのであったが、実際行ってみると復興事業のトラックがひっきりなしに

通行していて、とても危ない。慰霊塔の前に止めるスペースもないから

非常に難儀した。

とはいえ、慰霊塔周辺はちょっとした広場になっていて、いつも慰霊祭が

行われるが、うってつけの場所である。交通アクセスは悪いが。

さて、この「女川湾戦没者慰霊塔」は揮毫が保科善四郎中将で

彼は宮城県出身だったし、戦後は政治家としても成功していたから

揮毫が残っているのであろう。

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入り組んだ女川湾の地形

慰霊塔から女川湾を望むと、非常に恵まれた地形であることがわかる。

右奥が女川町の市街地で、左側は太平洋に抜ける水道となっている。

幅は広く、ある程度の大きさの艦船でも停泊は可能である。

周囲は険しい山に囲まれており、ここに複数の高射砲陣地を置けば

天然の要害と化したであろう。

この慰霊塔には線香を置く台もあって、ちょうど線香を持ってきていたので

煙に乗せて、ご冥福をお祈りした。

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鷲神公園にも慰霊塔がある

ここは鷲神公園といって、先ほどの慰霊塔の向かい側に当たる。

とても広く整備されていて、20~30台は止められる駐車場もある。

写真のように、ここにも慰霊塔があるが、こちらは女川町出身の将兵およそ500人

の御霊を供養せんがため。

日清、日露、支那事変、大東亜戦争全ての御霊をお祀りしているため

それほど多くの人数になったのであろう。

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戦争が終われば敵味方関係なく供養の心は一緒である

こちらは8月10日空襲に参加したグレー大尉の供養碑である。

もともとは高台の公園にあったが、東日本大震災により公園が使用不能になったため

女川町地域医療センターの敷地内にある。

グレー大尉は、カナダ人ではあるがカナダは英連邦であるので

英国軍として出撃した。そこで我が軍の対空機銃を受け

あえなく乗機が撃墜され、戦死した。

グレー大尉は今次大戦における最後のカナダ人戦死者であり、本国から

死後叙勲もされている。

女川町だけでも、3か所の慰霊の場があった。これは事前に調べていったのだが

いろいろな抗議活動や街宣活動も良いが、まずは地元の戦史を知り

慰霊の心を持って方々の戦跡を見て回ってはどうだろうか。

そうしていけば、英霊の御霊への尊崇の念は強まり

郷土の歴史を知ることができる。

愛郷心愛国心につながる。その上で、戦跡を回るのはとても有意義なはずだ。

グーグルストリートビューなどでも見ることはできる。

しかし、実際に現地に行くことで感じる雰囲気、風、寒暖など

リアルな体験こそが大事である。

ぜひ今後も、戦跡を巡ってはそこで亡くなった方々へ手を合わせたい。

戦没者のお墓は決まりがあった!?

ゴールデンウイークも、本日で最終日を迎えた。

読者諸氏おかれては、この大型連休も自宅にこもりがちで

あまり行動的になった方は少ないのではないだろうか。

幸いにも散歩自体はよろしい、というわけで

僕は近くの史跡などを改めて見て回り、菩提寺も近いものだから

墓参りも兼ねて周辺のお墓の状況も見て回った。

この機会にゆっくりと境内を見ていても、新しい発見はたくさんあった。

例えば墓石の形状についてだが、戦没者の墓石は先が尖った形状をしている。

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戦没者の墓石には規則があったようだ

これはきちんと規則があり、1874(明治7)年に明治政府が

「陸軍埋葬地ニ葬ルノ法則」を制定し、それから戦没者の場合は

歴代の墓に含まず、個別に葬る形式となっている。

なぜ先が尖っているのかは定かではないが、神道の墓石と形状が一致するので

神道の要素を取り入れたものとみられる。

 

他所のお墓には敬意を

 

戦前・戦時中は戦没者は全て英霊とされ、靖国神社に合祀されたため

仏教式の埋葬方法である「〇〇家歴代」の墓とは区別されたのではないか。

恥ずかしながら、この決まりを全く知らなかったため

「戦死された方には特別に墓石を建てるのだろうか」くらいの認識でしか

なかった、大変勉強になった。

もちろん、人様のお墓の敷地に無断で入るのはご法度である。

遠くから眺める場合でも、崇敬の念を持ってほしい。