■本日の言葉「found dead」(死んでいるのを発見される)■
英語メディアが日本をどう伝えているかご紹介するこの水曜コラム、今週は実に残念でならない、中川昭一元財務相の急死についてです。まだ死因が明らかにされていない中、軽はずみなことは書けませんし、なにせ一人の公人が急死したという厳粛な事実の前に日本のマスコミは慎重に慎重に表現を選んでいます。しかしその一方で英米のマスコミはかなりはっきりとした物言いをしていまして……。(gooニュース 加藤祐子)
○中川昭一氏の急死は英米でも
Japan's former finance minister was found dead (日本の元財務大臣が、死んでいる状態で発見された)。中川元財務相の急死を受けて、英語メディアもこぞってこれを報じました。悲しいかな、今年2月ローマでの先進7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)の記者会見で、英語メディアにも強烈な印象を残してしまった方だけに、その訃報の扱いは大きかったと思います。
これを書いている6日夜現在、警察発表や複数報道を通じて明らかになっているのは、(1) 循環器系の異常があった可能性が高い (2) うつぶせに倒れていたベッドに嘔吐物があった (3) 体内からアルコール成分が検出された (4) 不眠のため通院しており、睡眠薬と見られる錠剤が室内の複数箇所から見つかった (5) 今年2月、G7の記者会見でいわゆる「もうろう会見」をしている——。
中川氏ご本人、そしてご遺族には本当にお気の毒です。その無念や悲しみを慮ると、亡くなった人について筆が鈍りがちになる気持ちも分かります。ただ、上記の(1)〜(5)を足し合わせて、いわく言いがたい思いを抱くのは、私がロック好きで、特に60年代や70年代のロックが好きだから——だけではないと思うのです。
○英米メディアははっきりと
何がしかの「substance abuse(物質濫用)」でロックスターやロックバンドのマネージャーや俳優やタレントやスーパースターなどの著名人が次々と早死にしていくのをずっと目にしてきた欧米マスコミは、中川氏の急死についてすでにひとつの判断をしています。そしてそれは公務にも影響したことだからと、はっきり書いています。
「もうろう会見」の直後にすぐさま「風邪薬? ワインの飲み過ぎでは?」と辛辣に書いていた英フィナンシャル・タイムズのグウェン・ロビンソン特派員は4日に短く「家族は(中川氏が)睡眠薬を服用していると話しているが、警察は事件性の疑いはなく、自殺の可能性も少ないと発表している」と書いています。
英テレグラフ紙は「日本の元大臣・中川昭一氏、死亡しているところを発見される」という見出しで、「もうろう会見」と8月の落選に触れ、さらに父・中川一郎氏の自殺に触れ、そして「飲酒癖の噂が、少しずつ信憑性を増していった」と前置きして、「2000年には選挙で勝った後、線がきちんと書けず、ダルマの目を書き入れることができなかった」「2006年にテレビ中継された記者会見でも、公用車から降り立った中川氏は転びそうになり、そしてふらつきながら歩いていた」「昨年10月には、早朝の記者会見に15分遅刻した」と列挙。
英インディペンデント紙の記事見出しはもっと辛辣で、「恥をかいた日本の元大臣、死亡状態で発見」と。前文でもいきなり、もうろう会見のせいで「世界中で馬鹿にされた」と。そして「自民党のベテラン政治家が、気持ちが落ち込みがちだったことや、睡眠薬を服用していたことも知られているが、警察は、自殺は『考えにくい』としている」と。そしてリーマンショック以後、日本が経済危機に直面する中で財務相となった中川氏は「彼のそれまでの不安定な行状の過去を知る人間はほとんど誰も驚かなかったが、重責の下で崩れ落ちてしまったのだ」と。
そしてインディペンデント紙の見出しが「shamed(恥をかいた)」ならば、フランスのAFP通信の見出しは「disgraced(面目を失った、不祥事を起こした、赤恥をかいた)」。「面目を失った元財務相、死亡しているところを発見」と。
米ニューヨーク・タイムズ紙も、「中川氏がアルコールと格闘していることは広く知られていた。飲む量を減らすと何度も公に約束を繰り返していたが、最終的にアルコールで失墜した」「中川氏の飲酒癖は長いこと、親しい身内の間だけが知っていたことだったが、ここ数年はアルコールの影響下にありながら公の場に姿を現すことが多く、その問題は日に日にあらわになっていった」と。
米フォーブス誌のティム・ケリー特派員もはっきりと、中川氏が「最終的にアルコールとの戦いに敗れたのは、ますます確実だろう。中川氏の酒好きは日本の政界トップの間では周知の事実だったし、社交上の礼儀として飲酒は不可欠とされる日本では、中川氏の酒好きは受け入れられていた。ローマの(もうろう会見)体たらくのせいで、彼の酒癖をもう隠せなくなっただけのことだ」と。
○問題に光をあてるか否か
このコラムでは前に、草なぎ君の逮捕や元財務相のもうろう会見について書きました。その際にも触れましたが、日本を知る英米人は得てしてこのケリー特派員のように、日本人はすごく酒を飲むし日本の社会は酔っぱらいに甘い——という印象を抱きがちです。
日本人として日本にいると、自分たち日本人の飲みっぷりは普通だと思ってしまいがちですが、少なくとも英米の目から見ると「日本人は酒に飲まれ過ぎ」なのです。もちろんイギリス人だって、おいおいおいと言いたくなるくらい飲みますし、アメリカ人も人によってはよく飲みます。ただ日本との違いは、「酒に飲まれること」に対する社会の目が実に厳しいこと。「酒に飲まれること」は米英でははっきりと「social stigma(社会的な不名誉)」が伴う行為なのです。
もう一つ、「酒に飲まれること」に対する日本と英米の違い。それはアルコール依存症は確かに不名誉なことだが、押し隠すよりは問題を認めて、専門家と一緒に取り組むべき問題だという考えが浸透していることです。アルコールに限らず、依存症は隠すのではなく社会で取り組んで治療すべき——というのが、英米の基本的な姿勢です。それは何も別に英米が日本に比べて英明だからとか進んでいるからとかではなく、前述したように、あまりに多くの人を「substance abuse」に失ってきたから。あまりに社会に蔓延しているから。
ゆくゆくは総理大臣に、とも嘱望されていたほどの中川氏が、なぜ56歳で死ななくてはならなかったのか。その理由はまだ明らかになっていません。だから、何かを軽々に断定するわけにもいかず、先ほどから奥歯に大きなものがはさまったような言い方をしています。
一人の公人のきわめて私的な死について、どこまで書くべきなのか。確かに悩ましい問題です。ただしそこに何か、世の人々への警告となるべき何かが含まれているのだとしたら、何もなかったことにするのではなく、はっきりその問題に光を当てて警鐘を鳴らすことこそ、将来を嘱望されていた一人の公人の死に、大いなる意味をもたらすことになりはしないか。ご遺族の心痛は推し量っても余ありますし、関係者でもない自分がこんなことを言う不遜にたじろぎつつも。「公人の死」ということを考える際、そんなことを思います。
◇本日の言葉いろいろ
・found dead = 死んでいるのを発見される
・substance abuse=物質濫用
・shamed=恥をかく、辱めを受ける
・disgraced=面目を失う、不祥事を起こす
・social stigma=社会的不名誉
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◇筆者について…加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学、全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。米大統領選コラム、「オバマのアメリカ」コラム、フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。