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転生したら悪役令嬢だったので引きニートになります(旧:悪役令嬢は引き籠りたい) 作者:フロクor藤森フクロウ
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盲目の恋

 ヴァンはヤンデレストーカーっぽいですね。


 ヴァンの機嫌が良かった。

ずっと憧れだったオートクチュール専門店で新しいインバネスコート、クラバット、トラウザーズ、そしてベストの注文をしたのだ。布地から仕立てまですべてオーダーメイド。支払いは後日ということになっている。

 ヴァンの脳裏に浮かぶのはヴァユの離宮にいる貴婦人。あの人は非常に美しかった。ならば、それに並び立つ相応しい装いが必要だ。これは未来の夫として、必要な出費だ。

 先日会いに行ったアルベルティーナは、記憶より一層に麗しかった。

出会いというには聊か情緒がないがヴァンとアルベルティーナの初対面は王城だった。以前フォルトゥナ公爵に連れられていた時、一目見てヴァンは恋に落ちた。

 恋は心を奪われるという。まさに、その通りだった。あれ以上に惹かれる人など、一生現れないと確信できた。

 ラティッチェの悲劇の姫君といわれていたアルベルティーナ。

マクシミリアン侯爵家はラティッチェ公爵家の分家であったが、全くかの姫君とは接点がなかった。

彼女はどんな催し事にも表れず、社交界でも謎多き人物だった。王家からの誘いですら足を運ぶことがなかった。

高貴でありながら醜さ故社交界に現れないと聞いていた。実際会ってみれば、余りの美貌に数日間顔から熱が引かなかった。脳裏に浮かぶ美しい面影に思いを馳せるたびに、実際自分に宛がわれた婚約者はぱっとしない子爵の成金女ということに苛立った。

 裕福とは言っても所詮は子爵家。侯爵家と並べば、当然身分は下がる。持参金でマクシミリアン侯爵家に近づいてきた下級貴族。ここ十年以上、領地の鉱山業が振るわないためあのような格下の女が婚約者に宛がわれた。

 何とかしてあの姫君とお近づきになれないかと悩んだ。

 だが、王族の一人になることが確定した彼女に、ラティッチェ分家とはいえヴァンは近づけなかった。父親のオーエンですら、面会すらできなかった。彼女の身柄は王家と、フォルトゥナ公爵家預かりだった。

 だが、転機が訪れた。

 アルベルティーナの父親が魔物の襲撃により亡くなった。

 大破した謁見の間で、父の亡骸に縋る彼女を見た。

 ラティッチェ公爵家当主が亡くなったことにより、貴族たちは浮足立った。

 アルベルティーナは王族に現れる特別な瞳の持ち主で、立太子が有力視されていた。だが、その最大の障壁であった公爵が死んだのだ。

 ラティッチェ公爵家は実子のアルベルティーナと、養子のキシュタリアのみ。そして、キシュタリアはかなり遠い零細分家で妾の子だった。グレイルが居なければ、成人間近とはいえまだ学生の彼を押しのけて入ることができるのではないか。

 だが、キシュタリアはなかなか隙を見せない。葬式でも、社交でも、分家の集まった場所先々でさまざまな場面で貶めようとするがさらりとかわす。

なかなか馬脚を現さない卑しい血の青二才は、身の程を弁えない。

 このままでは、キシュタリアが当主の座に収まってしまう。

 手っ取り早いのは婚姻。

 それは誰しもが思った。王家に迎えられるアルベルティーナは、ラティッチェの財産を引き継ぐ正統性を持っている。

 結婚適齢期で、あの美貌。婚約者もおらず、アルベルティーナを溺愛していたグレイルが死去したため付け込める可能性はぐんと上がった。

 水面下で彼女と接触を取ろうとする人間や、自分こそ婿入りしたいと激しい争いが起きた。そして、その中でマクシミリアン侯爵家は勝ち上がったのだ。

 分家でも古い歴史とその血統の正しさが認められたのだ。

 その間、父のオーエンが色々とせわしなく動いていた。昼夜問わず外出が増えていて、妙にせかせかとしていた。なんだか陰気そうな魔法使いを召し抱え、何かを大事そうに持っていた。

 書斎の奥に隠しているようだが、あの部屋には鍵があるから入れない。随分大事そうに特殊な南京錠付きの戸棚にしまっていた。


「喜べ、ヴァン。お前は王配になるんだ。王太女殿下の夫として、この国の頂点に立つのだ。

 アルベルティーナ殿下が、我が侯爵家を推薦してくださることになった」


 興奮冷めやらぬ様子でオーエンが伝えてきた。

 驚いたが、後日ヴァユの離宮から手紙が届いて本当だと確信した。

 オーエンも喜んだが、ヴァンはもっと喜んだ。奇跡が起きたのだ。ヴァンは確信した。


(やはり自分たちは運命で結ばれるべき恋人なんだ!!)


 手紙をもって離宮へ行った。初めて会った姫君は酷く驚いたのか、そっけなかった。

 興奮のあまり、強引に手を引っ張ってしまったのをガミガミと侍女に怒られた。未来の王族に向かって失礼な女だが、アルベルティーナのお気に入りのようなので我慢した。

 つれない姫君。なんとかその頑なさを解きほぐそうとしたが、叩き出されるように冷たく追い出された。先触れを忘れたくらいで、そこまで怒ることなのだろうか。


(緊張しているんだな。社交界も知らず婚約者もいなかったと聞くし、俺がリードして差し上げよう!)


 思い出す姫君は、喪に服しているせいか全体的に黒く地味だがとても上等そうな生地と仕立ての衣装だった。見たことのない繊細な刺繍やレースのドレスを纏っていた。自分の服は汚れてはいないが、ありきたりの貴族服。

 このまま並んだら明らかに見劣りがする。

 屋敷に戻り従僕やメイドに衣装棚をひっくり返させた。どれもこれもぱっとしない。これではお茶会もできないしデートに誘えない。

 それでも一張羅を選んで、再び会いに行った。

 今度は使用人が止めてきた。先触れすらないのに来てはならないとうるさい。恋人に会いに来て何が悪いのだ。喪が明けたら婚約するのだから、ヴァンは未来のこの離宮の主人でもある。

 なかなか通さないお局のようなメイドに苛立ち、可愛らしい若いメイドを捕まえて暇を潰そうとした。

 しかし、結局はキシュタリアが来て醜態を見せる羽目となった。

 そして、アルベルティーナの顰蹙を買う羽目になった。


(全部あの妾の子のせいだ! あんなのがラティッチェを名乗るなんて!)


 父親に問い詰めても、まだそこまで手が回っていないようで苦い顔をしていた。


「ええい! お前は先走り過ぎだ! フォルトゥナ公爵家に睨まれているんだ! 少しは頭を使わんか!」


 いまさらそんなことを言われて、頭を殴られたような衝撃だった。そして、酷く失望した。

 ラティッチェは数ある貴族の中でも四大公爵家随一の勢力だ。筆頭貴族であり、王家に勝るとも劣らない力を持った大貴族。なのに、こちらが機嫌を伺わなければならないのか?


「お前が殿下に暴力をふるったと王家と元老会から叱責がきよった! 何をした! お陰で謹慎を言い渡されたんだぞ! これでは、碌に社交もできん!」


「暴力なんて振るってない! ちゃんとエスコートした!」


「それだけじゃない! 離宮に押し掛けたそうだな! 先触れなしに!」


「俺は婚約者になるんですよ! 手紙まで貰った! なのになぜ!」


「相手は王太女殿下だ! 子爵の小娘とはわけが違うんだぞ!」


 今の婚約者は急に行こうが、予定を取りやめようが何も言わなかった。

 あれは子爵家だが、アルベルティーナは王族なのだ。つい、失念していたのだ。舞い上がっていた。


「しかもワシに黙って随分と衣装を仕立てたらしいな! まだ早い! アルベルティーナ殿下から支度金を貰っとらんのだ!」


「そんなものカルラにでも言っておけばいいでしょう」


「馬鹿者! あの子爵家に気づかれてみろ、すぐに婚約時に前借した持参金を返せと言ってくる! いいか、時期が来るまではバレてはならん!」


 あの成金は金にうるさい。形だけの貴族だけあって、本来の貴族としての余裕や優雅さが足りない。

 こっちが婚約してやっただけ有難いと思えばいいものを、今更になって金を返せなどというつもりなのか。ヴァンは未来の王族だというのに。

 傍から見れば、婚約者のカルラ・ポーター子爵令嬢は気位だけは高い爵位が上の婚約者に蔑ろにされているうえ、やたら金銭援助を要求されているのだから文句の一つも言いたくなるところだ。

 だが、ヴァンは最初からカルラもその実家のポーター子爵家も見下していた。だからこそ、当たり前のことすら理解していないのだ。


(ふん、まあいい。姫殿下の喪さえ明ければどうにでもなることだ。あんな持参金小金だ。

 ラティッチェ公爵家は領地も資産も莫大だ。殿下は後継者として学んでいないだろうから俺が王配になり、そして公爵家当主として役目を果たさねばなるまい)


 そして、勿論その役目は夫としての役目もあるだろう。

 あの花も恥じらうような、目のくらむような美貌。華奢であり女性的な曲線を描く体。清楚と妖艶が交じり合う、少女から女性へと変わる寸前の危うい芳しさ。

 ごくり、と思い出すだけで生唾を飲み込む。

 約束された地位、莫大な財産、誰もが羨む美貌の妻――すべてが手に入る。

 ヴァンの妻に、あの美しい人がなる。

 緩やかに波打つ黒髪に、初雪の様に汚れない肌、尊い色を宿した瞳、長く弧を描いた睫毛、薔薇色の頬、淡く色づいた唇、どんな極上の楽器より可憐な声、華奢な顎、ほっそりとした首――全部全部。

 オーエンの諫言や怒りすら霞むほど、ヴァンはその恋にのめりこみ酔いしれていた。

 その安易な思い込みが、己の首を更を絞めるとも知らずに。



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