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上昌広「絶望の医療 希望の医療」

北半球で日本だけコロナ終息せず…世界と真逆の対策で第二波招いた“感染症ムラ”の病巣

文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長
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 果たして厚労省の言い分は、科学的に妥当だったのか。意見交換会直後より、多くの専門が疑問を呈した。特に問題となったのは、20~50代の健康な男女200人を対象とした臨床研究の結果を、持病を持つ人、高齢者、妊婦に当てはめたことだ。

 1019日の深夜、事態を憂慮した足立信也厚労省政務官(当時)が、前回とは別の専門家も加えて、公開で議論をやり直した。足立氏は筑波大学を卒業した外科医だ。当時、政権交代したばかりの民主党政権の医療政策をリードする人物の一人だった。

 このときの会議では、前回の会議を主導した尾身茂(自治医科大学教授、当時)、田代眞人・感染インフルエンザウイルス研究センター長(当時)に加え、民主党に政権交代する直前の舛添要一前厚生労働大臣のアドバイザーを務めていた森澤雄司・自治医大病院感染制御部部長、森兼啓太・東北大大学院講師(当時)、岩田健太郎・神戸大大学院教授の3人が参加した。森澤、森兼、岩田氏らが、前回の合意内容について疑問を呈し、尾身教授たちは弁明に終始した。この議論を通じて、足立政務官は16日の合意を白紙撤回し、健康な医療従事者以外は従来の2回打ちを基本とする方針を打ち出した。これは、医学的には妥当な判断だった。

 ところが、これに記者クラブが噛みついた。いつもと同じく役人の説明通りに記事を書いたのに、足立政務官のせいで誤報になったのだ。『官の「結論」に政が「待った」 新型インフル予防接種回数、外科医の政務官が覆す』(朝日新聞2010年10月21日)、『新型インフル ワクチン接種回数「政務官がねじ曲げた」 自民、集中審議求める』(産経新聞2010年10月30日)などの記事が連日掲載された。記事の中には、匿名の厚労省高官が登場し「医師だからといって専門知識を振りかざしたり、自分に近い専門家らの意見ばかり重用するなら、医療行政の私物化につながる」と発言した。毎日新聞に至っては10月25日の社説で『新型インフル 政治主導の責任は重い』と足立氏を糾弾している。

 このような記事に共通するのは、医学的な正しさには関がないことだ。森澤、森兼、岩田委員の主張を掲載した新聞はなかった。面子を潰された記者クラブと「感染症ムラ」の思惑が一致したかたちだ。このあたりは“コロナPCR論争”とそっくりだ。感染症ムラがワクチンの必要量を過小評価したかった理由は後述する。

 ところが、この議論は、別の場所で盛り上がった。「週刊朝日」(朝日新聞出版)が『ワクチン「1回じゃ効かない?」 新型インフルエンザ、厚労官僚の“画策”』(09年11月6日号)、『インフルエンザワクチンは本当に大丈か? やっぱり信用できない厚労省』(09年12月4日号)など内情を暴露する記事を掲載したり、また、全国医学部長会議などの学術団体が見解を発表したからだ。いずれも足立政務官の判断を是とした。

 さらに、10月23日に欧州医薬品審査庁(EMEA)は、新型インフルワクチンに関する声明を発表した。EMEAは米国食品医薬品局(FDA)、我が国の医薬品医療機器総合機構(PMDA)と並び世界の医薬品審査センターの三極を形成している。彼らは、バクスター、グラクソ・スミスクライン、ノバルティスの申請データをベースに、新型インフルワクチンは2回打ちが望ましく、健常成人については1回でいい可能性があるが、現時点では時期尚早と発表した。森澤、森兼、岩田氏よりも、さらに慎重な態度だった。新型インフルワクチン接種の標準は2回打ちで、これを変更するには、臨床試験に基づく十分な検証が必要という、臨床医としての基本を守っており、極めて妥当な判断だった。

 結局、このときはメディアの集中的なバッシングに折れるかたちで、足立政務官は1回打ちで済ますことに同意する。

 余談だが、厚労省が頃から発表した優先接種対象者の合計は5400万人。政権交代後に、突然修正した国産ワクチンの確保量は2700万人分だった。優先接種対象者が1回打ちでよければ、国産ワクチンだけで5400万人分が確保でき、輸入ワクチンは不要になる。

 国内のワクチン不足を懸念した舛添厚労相(当時)がノバルティスやグラクソ・スミスクラインからワクチンを輸入することを決定したのを、政権交代を契機に白紙撤回したかったのだろう。「感染症ムラ」は国内ワクチンメーカーとの距離が近く、ワクチン輸入に強く反対していた。

 当時、感染研の感染症情報センター長で、コロナ専門家分科会の委員を務める岡部氏は、2011年9月7日の日経産業新聞で「技術的な問題はあっても産業育成の観点から国内メーカーを優先するのはやむを得ない」と述べているし、輸入ワクチンの審議に参加した田代眞人・感染研インフルエンザウイルス研究センター長(当時)は「輸入ワクチンはデータがない」と虚偽の主張をした。真相は逆だった。輸入ワクチンは海外で治験が実施されていたが、国産ワクチンはまったく治験を行っていなかった。5400万÷2=2700万。この奇妙な数字の一致は興味深い。

 政権交代直後の民主党政権は既得権者とのしがらみがなく、多くの医療改革を実現した。中央社会保険医療協議会(中医協)から従来の日本医師会の委員を一掃し、病院の診療報酬をアップさせたことなどが、その象徴だ。ところが、当時の民主党政権でさえ、感染症ムラには抗えなかったことになる。

 感染症ムラは実際に患者をみる臨床医でなく、医系技官、感染研とその周辺の学者の集団だ。実態は原子力ムラに近い。ところが、世間が抱くイメージはまったく違う。政治家が軌道修正するには、世論の賛同が必要で、そのためにはマスコミの支持が欠かせない。ところが、感染症対策ではメディアが動かない。これがコロナPCR論争を方向転換できない理由だ。

 2009年は参議院で与野党が逆転し、政権交代が確実視される状況だった。政治的に不安定な状態だったからこそ、森澤・森兼・岩田医師ら「感染症ムラ」に属さない人物が登場し、公で議論することができた。そして、若干だが軌道修正ができた。今回のコロナ対策とは対照的だ。

 閉鎖的な集団は必ず衰退する。現状を変えるには、「感染症ムラ」の都合ではなく、国民の視点に立った議論が必要だ。このような議論を突き詰めることこそ、国際的に通用する議論へと発展する。従来型の政治家、官僚、学者、記者クラブには多くの期待はできない。志の人々が立ち上がり、公で議論し、その動きが拡大することを願う。

(文=上昌広/特定非営利活動法人・医療ガバナンス研究所理事長)

●上昌広(かみまさひろ)

1993年東大医学部卒。1999年同大学院修了。医学博士。 虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の診療・研究に従事。

2005年より東大医科研探索医療ヒューマンネットワークシステム(後に先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年3月退職。4月より現職。星槎大学共生科学部客員教授、周産期医療の崩壊をくい止める会事務局長、現場からの医療改革推進協議会事務局長を務める。

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