失恋レストラン
ごぶさたしております、sekisanでございます。
今回のお話は、供恵さんが彼氏に振られた夜のできごと。一応クリスマス合わせで書き上げました。
「え? あの供恵さんが!?」と驚愕する方もおられるでしょうが、サルも木から落ちるってことで……
タイトルはまあ、昭和歌謡のアレですが、歌詞まで入れるのはどうかと迷いました。もしかしたら通報されるかな?とかビクビクしてますww過去の拙作でもやってますが、今のところお咎めナシなんで、大丈夫かなと。
毎度ご愛読、ブクマ、コメント、評価をいただき有難うございます!
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姉貴が、泣いている。
驚くべきことなのでもう一度言う。あの折木供恵が、泣いているのだ。カーテンも閉めず、月明かりのみに照らされたリビングのソファに独り、両手で顔を覆って、それこそさめざめとすすり泣いている。
気づいたのは火曜日の夜。祝日と休暇を利用した連休に俺がアパートから帰省しても、姉貴の姿は家になかった。またふらりと旅にでも出ているのかと思いきや、とっぷりと夜も更けて寝仕度をしようとした頃に姉貴は帰ってきた。冷蔵庫を漁る音がかすかに聞こえた後、いつもならシャワーのひとつも浴びるところだが、その気配もない。妙な胸騒ぎを覚えてリビングに降りてきたら、この有り様というわけだ。
テーブルの上には350ccの缶ビールが2本。1本は飲み干してしまったのだろう、横倒しになっている。それと、小さな写真立て。その中にある面影はよく見えないが、大方の想像はついた。
お袋だ。俺が小学校5年生のときにガンで亡くなった、今ではもうその顔を思い出すことさえ難しくなっているお袋の遺影が、手のひら大の写真立てには収まっているに違いない。
俺もまた久し振りに、その顔を拝んでもいいだろう。そんな気も無くはなかった。
「奉太郎」
その声ではっと我に返る。姉貴の“間合い”に入ってしまったことにようやっと気づいたが、遅かった。
ソファの背もたれ越しにノールックで伸びてきた二本の白い腕は、瞬時に俺の後頭部を捕らえ、タコの足のように巻きついて強力に抱え込む。つんのめった先は姉貴の肩口だった。更にその肩が俺の喉元をぐいぐい押し上げてくる。
「んー!?んー!! んむご~~~~!!!」
くくく、首!首! 極まってる! ついでに鼻と口が肩口で塞がれて呼吸がままならない! いやそれ合気道とか逮捕術とかじゃないから! サブミッションだから! そこらじゅうを夢中でタッピングするが、その拘束は一向に緩まない。
意識が遠退きかけて走馬灯が回り始めたところで、鎖がほどけ落ちるようにロックは開放された。
「……ぶはあっ!! ハァッ!! ハァッ!!」
ソファの後ろに尻餅をついて倒れ込む。見上げた天井は激しく明滅し、無数の星が飛んでいる。
「不覚だわ、愚弟に背後を取られるとは。」
背もたれの向こうで、長い茶髪がゆらりと天井を見上げた。抑揚のない声に無性に腹が立つ。どうにか姿勢を立て直し、ソファにかぶりついてその横っ面めがけて怒鳴った。
「~~~っっ! 殺す気かバカ姉貴!!」
瞬間、背もたれについていた両手の片方が脱落した。いやそうではない、片手を払うと同時に首投げにされ、天地がひっくり返って俺はソファの座面に頭から落下していた。そのまま柔道でいう“袈裟固め”の態勢になり、手首の節が俺の頬骨をごりごりとこじり始めたのだ。
「のぁーー! ぎ・ギブ! ギブ!」
「何か言ったかしら?」
酔っ払った姉貴の平静な声ほど恐ろしいものはない。そうでなくても、手首が回転するたびに頬骨がミシミシと音をたてるのだ。生命の安全と引き換えに、俺は黒いものを白と言わざるを得なくなった。
「な・何でもない!何でもないですいいいでででで!あ~~アスク・ミー!!」
辛うじて自由の利く右手で、手近にあった姉貴の背中をタッピングする。その途端、姉貴の手首の動き、というか、姉貴の体全体がかちりと止まってしまった。
「……つまんない……」
愚弟と言われるのは慣れっこだが、これだけ痛めつけておいてその言い草は、ちと酷すぎないか。更なる反撃を食らうリスクも懸念されるが、ここはひとつ苦言を申し上げておこう。
「あのな、姉貴」
呆れ気味にそこまで声をかけたところで、喉元のあたりに妙な重みが降りてきた。暗がりでよくわからないが、どうやら姉貴の額らしい。酔っ払いめ、このまま俺を布団にして眠られても困るというものだ。少々うんざりしながらその肩を引き離そうとして、
ぎょっとした。
右手で触れた姉貴の肩先が、背中が、髪が、そして額が、何かを必死に堪えるように小刻みに震えている。ひょっとして悪酔いでもしたか? はたまた体調でも崩されたら面倒だ。覆いかぶさったままの頭頂部に、おそるおそる声をかける。
「……どうした?」
「……うん……」
ためらいがちな返事とともに腕をほどき、ソファに片手をついてむくりと起き上がる。顔にかかる前髪で表情は窺えない。
ただ、姉貴に続いて起き上がろうとした胸元に感じたのは、生暖かい雫がポタポタと降ってくる感触だった。
「……本気……らったのにっ……ぇぐっ………初めて母さんに……いい報告……れきるとおもっらのに……ぃぅうぅうう~~~……」