藤井聡太新王位 AI時代の希望を示す

2020年8月21日 08時03分

 七番勝負の開幕前、この結果を誰が予想しただろう。将棋の藤井聡太棋聖(18)が王位戦第四局で木村一基王位(47)に勝ち、二つ目のタイトルを得た。最年少で二冠、八段昇格と記録ずくめの偉業だ。
 近年では屈指の注目の対決だった。木村前王位は、相手の攻めを「受けつぶす」のが身上で、あだ名が「千駄ケ谷の受け師」。時には最強の駒である飛車を犠牲にしてでも敵陣へ迫っていく藤井新王位との対戦は「究極の盾と矛の戦い」と呼ばれ、開幕時は三十歳だった年齢差などとともに、多くの人々の関心を集めた。
 しかし四勝負けなしでのタイトル奪取は、「若い矛」が「老練な盾」を打ちのめした感がある。
 驚くべきは第二局。有利な先手番での対局だった木村前王位は徐々に優位を広げ、一時はコンピューターソフトによる優劣の判定が「九〇対一〇」にまで広がった。
 だが藤井新王位は絶体絶命の苦境にもあきらめず、相手のお株を奪う受けの巧手を連発。大逆転で勝ちを収めた。この一局が勝負の流れを大きく左右したのだった。
 人工知能(AI)を活用してトップ棋士にも勝つソフトが登場した今、将棋の観戦は大きく様変わりした。戦況を伝えるテレビ画面はAIの優劣判断や候補手を逐一報じ、見る者はそれに一喜一憂する。まるでAIが主役のようだ。
 そうした中で、棋士からも「AIを超えた手を放つ」と評価される藤井新王位。この成長著しい十八歳は、機械では計り知れない人間の奥深さを体現している。
 AIが人類の知能を超えてしまう状況の到来も懸念される現代、その活躍は将棋という枠を超え、AI時代にもなお人間が主役でありうる希望を示すと言えようか。
 もっとも、過去に四戦してまだ勝ちのない豊島将之竜王をはじめ難敵は多い。また幼少から目指す名人の獲得や、羽生善治九段の持つ「タイトル獲得通算九十九期」という大記録はまだ遠い。
 それを目標にさらに大成してほしいし、「取るより守る方が難しい」とされるタイトルの防衛にも全力を尽くすよう願う。
 一方、木村前王位は惜しくも初防衛を逃したが、まだ経験の浅い挑戦者を気遣うなど「中年の星」として立派な戦いぶりだった。
 来期は「打倒・藤井新王位」の一番手として捲土重来(けんどちょうらい)を望む。その座右の銘「百折不撓(ふとう)」の通り、何度敗れてもなお立ち上がる強い心の持ち方を、コロナ禍に人々があえぐ今こそ見せてほしい。

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