世界を虜にする日本発のリアリティーショー、「テラスハウス」はいかに生まれたのか?
日本発の“リアリティーショー”が世界で大きな支持を受けている。フジテレビとイースト・エンタテインメントが制作する「テラスハウス」は、初対面の男女6人(男女3人ずつ)の共同生活を記録するだけの番組だ。制作側が用意するのはシェアハウスと車のみ。台本やルール、ゴールなどはない。何も起きないこともあるのに、次の回も見たくなる“中毒性”がある。さらに「Netflix」での配信をきっかけに、その勢いは世界にも広がっている。大ヒットの要因などを、ジョナサン・ソーブルがチーフプロデューサーの太田大氏に聞いた。
「テラスハウス」はどんな番組なのか、教えてください。
太田「テラスハウス」は2012年、私が編成部時代に一緒に企画を作ったイースト・エンタテインメントのチーフプロデューサー・松本彩夏さんと組み、スタートしました。ひとつ屋根の下で6人の男女が共同生活をする、いわゆるシェアハウスの様子を淡々と記録していく「リアリティー・ショー」です。我々が設定したのは、家と車だけを制作側が用意するということだけで、台本もルールもゴールも何もない番組にする、ということでした。言うなれば、「何も起こらない可能性」も秘めているという番組なのです。
テレビ番組で「何も起こらない可能性」というのは、かなり異色だと思うのですが、企画を通すのも難しかったのでは?
太田2009年頃に会社へ企画を提出したのですが、残念ながら、当時の反応は「日本ではそういうリアリティーショーは受けない」「番組にするものなの?」という感じでした。たしかにそう思われる可能性はあると思い、「何をやりたいのか」、「どうして必要なのか」など、松本さんと共に企画書の精度を上げていき、当時の編成の常務(フジテレビ常務取締役・大多亮氏)が可能性を見出してくれて、3年越しで企画が通りました。
私は入社後の数年間、報道局で日々のニュースを追っていましたが、ずっと、番組を自分で作りたいと思っていました。その後、番組を作る編成部に異動し、間もない頃に、「テラスハウス」の企画書を出しました。以前から、実現させたいと思っていたアイデアがあって、それを盛り込んだ番組でした。
●ネット世代の若者たちのリアルな生態を届ける
●次世代のスターを輩出する
●ビジュアル的に明確なデザインコンセプトのある番組を作る
ソーブル
太田さんがどうしてもやりたかったこととは、何でしょうか?
太田いちばんやりたかったのは、ビジュアル的にトータルデザインがされた番組です。単純に、それが最初だったんです。当時、バラエティー番組はいろんな色のテロップが入ってきて、画面がごちゃごちゃしている。私もこうした番組が好きですし、よく見ます。そんな中、「純粋にデザインとして自分が魅かれるものを作りたい」と思うことが多く、ただ、「それは既存の価値観を崩さないと受け入れてもらえない」とも思っていました。
「既存の価値観」とは?
太田テレビとデザインはかみ合わないものなんだという、テレビ局に存在する、と私が感じていた価値観です。番組で使用するフォントや色、映像、音楽などを、自分たちが納得できる「洒落たもの」にしてみたい。テレビ業界での「洒落てるね」という言葉には、ちょっと"馬鹿にしている"ニュアンスがあるような感覚がありました。「洒落た番組は視聴者を遠ざける」「説明が足りなかったりデザインにこだわっているものは、視聴者に受け入れにくい」と思われがちなのです。よく「おしゃれ禁止」と言われたりもしました(笑)。どうしてこうも一元的な考え方なのだろうと思っていました。こうした価値観をなんとかできないだろうかと思いました。
ソーブルなるほど。「テラスハウス」の企画意図には、「次世代のスターを輩出する」とあります。
太田日本でも、一般の方の中から次世代のスターを発掘する番組が、さかんに作られた時期がありました。私は、1990年代にオランダやイギリス、アメリカで沢山生まれた青春リアリティーショーが好きで、よく見ていました。大学のゼミの卒業論文のテーマも、「リアリティーショーのテレビ界における意義と功罪」について取り上げたりしまして、無名の人々が出る番組が単純に好きだったんだと思います。
放送開始後、どんな反応がありましたか?
太田「テラスハウス」は、トヨタ自動車さんの1社提供番組としてスタートしています。私の肌感覚として、当初、トヨタさんには「この番組は大丈夫か?」という感じがあったように思いましたが、放送回を重ねるうちに、すごく応援していただけるようになりました。視聴率はそんなに高くなかったので、打ち切りの危機は常にありましたが、当時の同社の方々がすごく番組を応援してくださって。ずっと守ってくださいました。
第1回の放送は、見知らぬ男女がひとりひとり自己紹介する映像を15分ぐらい流したのですが、私自身も「これでいいのかな?」と思ったりしました(笑)。当時は、無名の人たちの映像を解説もなく流していくという番組がなかったので、「色々な意味で最近あまり見たことのないものになるかも」という思いがありました。
「テラスハウス」といえばシェアハウスが印象的です。
太田最初のシリーズでは、鎌倉にとてもいい家を見つけることができました。家の内部をリノベーションして仕上げていきました。松本さんをはじめ、イースト(・エンタテインメント)の製作陣は、皆センスや感度が高く、出来上がった家を見たときは、完全にシンプルかつ隅々まできちんとデザインが施されていて嬉しかったです。放送開始から1年くらい経ち、徐々に番組が視聴者に受け入れられ始めたかもしれないと思えたころ、新たなトライの一環として、別の家を探すことに。同じ鎌倉で前の家よりも大きな家を借りてリノベーションしました。
「白を基調にしたい」という思いがチーム内で共通していて、特に、ダイニングやキッチンなど、彼らが集まるベースとなる場所周辺は白が多くなるように考え、それを実現しています。家の中に男子部屋、女子部屋、そして、シアタールームも必ず設けました。男女関係について歩みの遅い可能性が高い男性陣のために、女性と2人きりになれる空間を提供したくて、プレイルームと呼ばれる部屋を設置しました。
最初のシリーズは2年間で終了したそうですが、印象深いことは?
太田20人を超える男女が登場したなかで、卒業するタイミングを失い2年間シェアハウスに住み続けた男性が1人いました。最終回までの数話は、他のメンバーたちがカップルになったり、仕事に打ち込んだりしている中、その彼は、番組終了を告げられてから、次の家を探すという静かな動きだけをしていました。派手なことはしていません。我々はなんとなく、ずっと住み続けた彼の姿に、「北の国から」というドラマの純くんみたいに、少しずつ成長していくようなアイコンになれたらいいなという思いが少なからずありました。重ねるようなことではないかもしれませんが。
地上波の放送終了直後、映画化されることが決まりましたね。
太田番組が終了することが決定して、「なんとか映画化できないか」と皆であがいた結果、弊社の映画部が拾ってくれて、映画で続きをやろうと......。本当にバタバタで決まりまして、撮影を続行することになり、本当のエンディングは映画で描かれることになりました。
映画版の「テラスハウス」もヒットし、さらにNetflixでの配信も決まりましたね。
太田映画版は、2015年2月に160の映画館で公開され、予想以上の数の方々にご覧いただくことができました(興行収入:13億円)。「本当にこれで終わりかな」と思ったところ、Netflixさんからお声がけいただきました。急遽3か月ほどで家や出演者を探して、新しいシーズンが始まりました。
Netflixさんで配信した第1弾の舞台は東京でした。このシーズンが一番とは言い切れませんが、いまの日本の若者たちの様子がリアルに描かれていたように思います。出演者がごく些細なことで塞ぎ込んだりする内向的なコミュニケーションと、突発的な感情のぶつかり合いが訪れるといった、不安定さを感じるシーズンだったと思います。
その次のシーズンはハワイ編です。プール付きの家が見つかりましたが、リノベーションが大変でした。ハワイで調達できる資材でリノベーションするのは難しいと思ったので、改装に使う部材も日本から船で現地に運んだりしました。ビザの取得などにも時間がかかったり、思わぬルールが存在していたりだとか、日本人に馴染みのあるハワイでさえ、まさに文化の違いを制作の段階で感じました。ディレクター陣も行ったり来たりや、滞在し続けなくてはならなかったり、とても大変だったと思います。
2018年に始まったシーズンの舞台は軽井沢でしたね。
太田3つ目の舞台を考えたとき、テラスハウスは海がある鎌倉で始まって、次は東京。舞台になっていなかったのは「森」でした。ちょっと奥まった場所でやっても面白いかなと考えて、次の舞台に軽井沢を選びました。敷地が2200㎡もある大邸宅で。このシーズンでは、ピュアな素朴さが魅力の女性が、華やかなモデルの男性と恋に落ちる、といった、少し学園ドラマのようなストーリーが生まれ、とても微笑ましかったです。
5月から配信が始まった新シーズンは再び東京に舞台を戻し、2019年~2020年の2年間で撮影します。来年開催の東京五輪をはさんで収録しますし、国際都市・東京ということで、さまざまな方がシェアハウスの住人になってくれるとうれしいですね。
ソーブル「テラスハウス」は世界でも好評ですね。
太田「テラスハウス」は、Netflixさんで全190ヵ国に配信されていますが、海外メディアの方々が、これまでにたくさんの記事を書いてくださいました。最初はアジア圏で注目されました。そして、まもなく北米、欧州へ波及していったようです。さらに、ブラジルでも人気だったと聞いており、ブラジルには大きな日系人社会があることがヒットしたことと関係しているのかなと推察しています。Netflixさんは公式のビューワー数を公表していないので、あまりはっきりしたことが言えないのですが。
ー太田氏によると、「テラスハウス」が取り上げられた海外メディアの主な記事は以下の通りだ。●WIRED US(2016年4月)
「日本特有のリアリティーショーにNetflixの未来がある。ジャンクフードのように中毒になる」
●BBC News (2018年6月) 「可愛く、静かな、軋轢のない日常。これまでのどぎついリアリティーショーの解毒剤」
●New York Times (2018年11月)
テラスハウスの"スーパー"ファンであるというNew York Timesの3名の記者による座談会。 「シリーズ史上、最も心温まりつつも、一人の男性を巡って女性陣が闘うような恋愛に重きを置いたアメリカのリアリティショーのようになってしまって、ちょっと気持ち悪い」
●TIME (2018年11月)
2018年TV番組Best10の6位にランキング。「悲しいことがたくさんあった年だが、彼らの純粋な物語は希望の光だ」
このように海外の視聴者からも支持を得ている。
ソーブル
番組づくりでいちばん苦労した点は?
太田たくさんありますね(笑)。かいつまんで言うと、出演者が一般の方やそれに近い方々なので、その点は細心の注意を払った制作が必要ということです。出演する際には、もちろんよく話し合い注意点を十分に説明したりして、撮影・放送による影響を十分にわかっていただいた上で、番組出演していただくのが常ですが、いくらその時に「大丈夫」だと思ったとしても、実際に自分の姿が放送されたのを見てみると、「こうやって世間に見られることがやっぱり嫌だった」ということはよく起こり得ます。名が知られることに慣れていない方なら、急にそんなステージに出ることによる影響に慄くのは当然のことだと思います。なので、そういった場合、本人が違和感を感じないよう十分なケアをしたり、トラブルに発展しないよう努めていかないといけません。また、本人たちは「嫌だ」と思っていなくても、メンバー同士のやりとりが放送されて、ネットで炎上してしまう可能性もあり、知らぬうちに攻撃されるといったこともあります。そういった危険性とは、常に隣り合わせてきたと思います。
注)「テラスハウス」では、出演者の行動をめぐってネットで炎上する件がたびたび発生している。
マスメディアにはネット炎上に弱い傾向がありますが、不安定といえるネットの声を味方にしながら、どうやってここまで生き残れたのでしょうか?
太田我々の中には「刺されないよう」注意して制作する気持ちは当たり前にあります。ただ、どんなに気を付けても何かは言われる可能性はあるので、その点は織り込み済みでやっていかないと、思い切った企画はできません。そうなっても、あまり慌てすぎないようには心がけてきました。特にこの番組が始まった2012年は、SNSが台頭した頃だったので、番組自体も視聴者の方々のSNSにおけるリアクションに支えられてきました。好意的な意見も、否定的な意見も、どちらからも学ぶところが多いですし、どちらも真に受けすぎるのもブレるので、どちらにしろ「気にして見てくださること」を有難く思いながら、取捨選択して、いい距離感を保ってお付き合いしてきた感じはあります。
〜インタビューを終えて〜
制作費のコストダウンを迫られるなど、日本のテレビ業界は非常に厳しい状況に陥っている。そんななか、日本発の"リアリティーショー"である「テラスハウス」が世界各国の視聴者から支持を得ているのは光明といえるだろう。太田氏のような斬新な発想をもつテレビマンが日本、いや世界のテレビ業界を変えていく可能性も秘めているといえるだろう。