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俺にトラウマを与えた女子達がチラチラ見てくるけど、残念ですが手遅れです 作者:御堂ユラギ

第一章 手遅れな彼

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第9話 電子の奴隷②

 10分。30分。1時間。2時間。私はスマホの画面を繰り返し何度も見続けた。夕食が済めば、お風呂に入れば。そうやってどんどん時間だけが過ぎていく。でも、いつまで経っても私が送ったメッセージは未読のまま既読が付かない。


(私からのメッセージなんて見る価値もないってこと……?)


 問いかけが胸中から表に出る事はなかった。声に出してしまえば、耳で聞いてしまえば、それを認めてしまうような気がして、言葉が出ない。ざわつく不快な感情。昔は自然に会話することが出来たのに……今ではメッセージすら伝えることが出来ないなんて……。


 まるで判決を待つかのように、私はスマホを握り締め、そのときを待ち続ける。まるで電子の奴隷だ。感情をスマホに支配されている。でも、ただ待つことしか出来ない。23時を回っていた。もう寝なければ。明日も学校があるんだから。


 雪兎にどんな顔で会えば良いの? どうして見てくれないのか聞けば良いの? 出来るはずがない。嫌いだからと言われてしまえば、そこで全て終わってしまう。辛うじて残っているかつて幼馴染だったという絆。今クラスメイトであるという立ち位置。それだけが私と雪兎の間を繋いでる。でも、その細い糸が切れてしまえば、きっともう私達は赤の他人となってしまう気がして。


 自分の性格が憎くて仕方がない。自分が嫌いでしょうがない。素直になれていれば、素直に気持ちを伝えられていればこんなことにはならなかったのに……。あんなおぞましい事にはならなかったのに。家族からも軽蔑され、呆れられ、怒られ、雪兎を慕っていた妹は未だに私を許してくれない。馬鹿な女だと言われたところで反論することも出来ない。事実、私は馬鹿で愚かだ。


 こんなにも好きなのに。なのに、その気持ちを、その言葉を一度でも伝えられなかった。時計の針が0時を回る。もう一度だけ私はスマホを確認する。私が送ったメッセージはやっぱり未読のまま既読になることはなかった。




‡‡‡




 女性は地図が読めないという俗説があるが、俺は人生の迷子になっている。地図さえあれば迷うことはないのだが、生憎と俺の人生に地図はなかった。迷走状態である。結局あれからひたすら考えたが、スマホ不要説の何処に問題があったのか俺に解答を導き出すことは不可能だった。


 おかしい。こう見えても俺は勉強は得意だ。中学時代は暇つぶしに勉強していたのもあるが、何かとお騒がせしてしまった為、家族に迷惑は掛けないよう最低限学業だけは真面目に取り組んでいた。5教科で400点以下を取った事がないし、だいたい450点前後で一桁台の順位を取っている。高校で科目が10に増えてもそれは特に変わらないだろう。


 つまるところ、そんな俺に解けないのだとすれば、これはもう未解決ミステリーと考えるしかない。これを解決するには怪しい霊能力者や胡散臭い超能力者の力が必要になるだろうが、残念ながら俺の狭い交友関係では見つけるのは難しい。むしろ、そんな力あったら俺だって欲しいよ。


「雪兎、目の下の隈が凄いぞ。それと、久しぶりに見たなおしゃぶり」


 交友関係の広さに定評のある陽キャのドン、爽やかイケメン巳芳光喜。コイツなら五感の優れた知り合いの一人や二人くらいいるかもしれない。


「昨日、母さんが離してくれなくてな。心配だから一緒に寝ると言い出してベッドに拘束された挙句、俺は抱き枕となり幼児退行していた。ばぶぅ」

「その歳で親と一緒に寝てたのか? いったい何が……いや、言うなよ。聞くのが怖い!」

「赤ん坊の気持ちになれば真理に辿り着けるかと思ったが無駄だったな」

「どうしよう……友人の支離滅裂さにますます磨きが掛かってきたんだが」


 九重雪兎(16)赤ちゃんフォルム。母さんはめっちゃ甘い匂いがした。俺は緊張によって冷凍された本マグロのように微動だにすることも出来ず、悶々とした一夜を過ごしてしまった。とりあえず喋り難いのでおしゃぶりを片付ける。


「おかげですっかり寝不足だ。誰か知り合いにESP能力者がいたら紹介してくれ」

「いねーよ! 言っておくが俺の交友関係は健全だからな?」

「いや、俺がいる時点でそれはないだろ」

「またなんか怖い事言い出したぞ」


 寝不足で思考の回転が鈍っている。脳が糖分を求めていた。プリンくれプリン。あれからスマホは放置のままだが、母さんに泣かれた以上、解約するわけにもいかない。というかさせてくれないだろう。どうせ開いたところでスパムくらいしか来ていないのだから気楽なものだが、奴隷からの脱却というこの開放感を一度知ってしまうと、再び奴隷に戻るのに抵抗感があるのも否めない。




‡‡‡




 九重雪兎本人は一切知らないが、九重雪兎はこの1-B組の一大コンテンツである。入学早々やらかした挙句、クラス内で連日修羅場を繰り広げた男として、多くのクラスメイトから注目を浴びていた。


 九重雪兎が何か喋りだすと大抵の者が聞き耳を立てている。その為クラス内の幾つかのグループ、特に色恋沙汰の大好きな女子のグループは九重雪兎の近くに集まっている事が多い。野次馬根性丸出しである。九重雪兎の所為でこのクラスにおけるスクールカーストという概念は完全に崩壊していた。


 それは巳芳と仲が良いということもあるが、女子の2トップである硯川か神代の影響が甚大だった。2人のどちらかが九重雪兎に近づくと一気にクラス内の緊張感は高まる。とはいえ、深刻な様子に迂闊に詳細を聞くわけにもいかず、注目だけが増していた。完全に昼ドラ扱いの男、それが九重雪兎である。


 クラスのグループチャットでも、話題のメインになっていることが多い。九重雪兎だけが招待されてないグループがあるくらいだった。今日の九重君というコーナーでは日々、その動向が投下されていた。九重雪兎が2年生の九重悠璃の弟であるという情報のタレコミがあったときは、遅くまで盛り上がっていた程だ。


 そんなわけで、本人の意向とは正反対に、陰キャぼっちなどと名乗っている九重雪兎はやたらと注目を浴びているのだが、そんなことは本人は何一つ知らない。知るはずもない。まったくもってお気楽なものである。


「ユキ、どうして出てくれないの? そこまで私のこと嫌い……かな……?」


 早朝の教室。ピンッと張りつめたような緊張感がクラス内を支配する。これはアレだまた修羅場だ。という認識が一瞬でクラス内に共有される。神代汐里。誰にでも明るく気軽に接する彼女は人気者だった。それなりに時間が経ち、神代の性格がある程度知れ渡った今だからこそ、神代の九重雪兎に対する態度に疑問を持つ者も増えていた。


 そんな彼女が九重雪兎に近づけば、それはまた何かが起こる前兆なのだった。




‡‡‡




「――? なんの話だ?」

「着信拒否しなくてもいいじゃない。……嫌いなのは分かってる――でも!」

「神代、落ち着け。DHAかEPAが足りてないんじゃないか? 青魚を食べる事をおすすめする。サバが良いぞサバ。俺も骨折したときは青魚食べまくったからな」

「――あのときのこと……やっぱり。ごめんなさい!」


 神代汐里は泣いていた。昨日の母さんに続きまた俺は誰かを傷つけ泣かせてしまったらしい。昨日の今日とはこういうことを言うのだろう。しかし、今度はもう原因すら分からない。神代が何を言っているのかも分からない。いつからこの女は電波系になったのか。電子の奴隷はここにもいたのか。俺が悪いのだけは間違いないが、何も分からず、いつも問題だけがそこにあった。


 こんなときどうすればいい? なんて声を掛けるのが正解なんだ? 分からない。分かるはずがない。いつも、いつでも、昨日も、今日も。俺には何も理解出来ない。でも、そうだ。そういえば昨日、母さんは何をした? そんな俺に何をしてくれた? 俺は昨日、母さんに何をされたんだっけ? 昨夜の記憶を思い出す。俺は記憶力だけは無駄にいいからな!


 何も分からないが、少なくともそのとき、なにか少しだけ温かいものを感じたような気もする。それが何なのか、その感情の正体は分からないが、それがバブみではないことだけは証明済みだ。俺は無造作におしゃぶりをしゃぶる。


 そんなわけで、俺は神代に近づくと、おもむろに抱きしめた。


「神代が何を言ってるのか全く分からない。着信拒否? そんなことするはずないだろ」

「えっ……ちょっと、ユキ!?」


 涙で赤く腫れた目。しかし、蒼白だった神代の顔が一瞬で朱に染まる。だいたい俺が着信拒否などするはずがない。家族か携帯キャリアの営業電話くらいしか掛かってこないのに着信拒否など無駄な行為をする必要がない。あまりにも電話を使わないので、そもそもどうやって着信拒否をするのかも俺は知らなかった。電子機器についていけない俺。あんなの使いこなせるなんて、最近の若い子は凄いねぇ……。


「で、でも! 電話したんだよ。だけどユキは出てくれなくて……」

「電話? 言っておくが俺は今、スマホを持ってないぞ。電源も要れてないし」

「――え? な、なんで?」

「電子の奴隷から脱却したからな」

「ごめん、何を言ってるのか分からないよ……。じゃ、じゃあ私が嫌いだから着信拒否したんじゃないんだよね……?」

「だからそんなことするはずないだろ」

「――――!?」


 ビクンと、神代の身体が跳ねる。俺は昨日、母さんにされたようにヨシヨシと神代の背中を撫でてやる。完全に子供をあやす保護者の気分である。いつの間に俺には同年代の子供が出来たのか。どうも神代パパです。無駄に背徳的な響きだった。全く手の掛かる娘だが、ふわりとした柑橘系の匂いに少しだけ気分が良くなる。


「とにかく、落ち着け。何か話があるならキチンと話せ。ばぶぅ」

「そ、それは常にユキの方だと思うんだけど……」

「ばぶばぶばぶぅ?」

「なんで、おしゃぶりしてるの……?」

「やむにやまれぬ事情により幼児退行することになってな」

「あはは。何言っているのか全然分からないや」

「もう、大丈夫か?」

「うん、ありがとう」


 さっきまで浮かべていた悲壮感とは逆に今度は何処か恥ずかしげな表情を浮かべている。良く分からない。とりあえず落ち着いたのか? 俺はおしゃぶりをしまう。やはり母さんの教えは絶対だ。子供がいない俺では対応出来ない事態だったが、咄嗟に母さんの真似をすることで乗り切った。泣く子を黙らすのは親の役目だからな。帰ったら母さんを崇めよう。


「あのね……私、負けないから! 今度こそちゃんと言うから!」


 ガラッと教室の扉が開く。遅刻ギリギリの時間帯。その人物がこの時間に登校してくるのは珍しい。入ってきたのは、優等生であり俺の元幼馴染。顔色が良くない。体調が悪そうだった。


「雪兎……?」


 硯川灯凪は、ただ茫然と呟き、その場に倒れた。




‡‡‡




 決意して掛けた電話。しかし、それは無情な結果として現れる。何度電話してもならないコール音。繋がらない電話。ツーツーツーという機械音だけが無常にも鳴り続ける。最初は単に何処か電波の繋がらない場所に行ってるだけなのかと思っていた。


 でも、私が電話を掛けたのは夜。明日も学校がある。こんな時間帯にそんな場所に行くことなんてあるだろうか。もしかして電源が切れてる? 時間を置いて再度掛けなおす。繋がらない。だんだんと漠然とした不安が襲ってくる。私は、もしかしてユキに着信拒否されてる?


 ないとは言えない。むしろされていて当然かもしれない。あんなことをした私と今更話したいなどとユキは思わないだろう。私を拒絶しない理由がない。私だって話したくもない程嫌っている相手から電話があれば、拒否を選ぶかもしれない。


 駄目だった。もう間に合わなかった。暗い闇の中に深く沈んでいく。絶望で目の前が真っ暗になった。涙が止まらない。泣いて泣き崩れて疲れ果てて、私は眠りについた。


 翌日、登校すると、すぐに私の視線は彼へ釘付けになる。今日も巳芳君と話している。あんな風に気軽に話せたら、あの頃みたいに会話出来たら――そんなことを考えていると、昨日枯れたと思っていた涙がまた私の目を潤ませる。感情に突き動かされるように、衝動が背中を押すように、私はユキに言葉をぶつけていた。


「ユキ、どうして出てくれないの? そこまで私のこと嫌い……かな……?」


 嫌いだと言われば、それまでだ。完膚なきまでに私はもう彼の中から消えてしまった存在だ。私の中には、彼がいるのに、彼の中に私はもういない。震える言葉と震える身体。聞きたくないのに、聞かずにははいられずに、つい口をついてしまった。


 きっと嫌いって言われるんだろうな。そんな諦めが心を塗りつぶしていく。けれど、彼から帰ってきた答えは――。


 え? なに、何があったの!? 頭が真っ白になっていた。自分が何を話していたのかも分からない。気がつけば、私はユキに抱きしめられていた。それも朝の教室のど真ん中で。でも、私にはそれを気にしている余裕なんて一切なくて、彼から否定されなかった嬉しさと恥ずかしさだけがこみ上げてくる。


 とても温かかった。こんな風にされたのはいつ以来だろう。きっと、子供の頃以来だ。安心感に包まれる。冷え切っていた心に、ゆっくりと温かいものが沁み込んでくる。それが彼の優しさだと気づくのに時間は掛からなかった。


 ユキが教えてくれる。奴隷からの脱却っていうのは良く分からないけど、ただ彼は電源を要れずに放置していただけだった。何故そんなことをしているのかは分からないが、いつだって奇抜な行動をいとも簡単にやってしまうのがユキだった。傍若無人な同級生。本当に些細なことだった。そこには私に対する隔意など何もない。


 暗がりに明りが灯る。まだ期待して良いのではないかと、失った時間を取り戻せるのではないかと。彼は優しい。優しいままだった。もしかしたら、私にこれから好意を持ってくれる可能性が残っているのではないかと。私は挑戦者だ。だから、つい言ってしまった。もう言えないと思っていた言葉を。


「あのね……私、負けないから! 今度こそちゃんと言うから!」


 「好き」だって、私の気持ちを今度こそ裏切らない。

 その瞬間、教室には硯川さんが入ってきた。彼女に負けたくない。誰にも負けたくない。後悔するのはもう沢山だった。だから、私は前を向いて笑う。彼の中から消えないように。この温かさを忘れないように。今度こそ、向き合うんだ!

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