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俺にトラウマを与えた女子達がチラチラ見てくるけど、残念ですが手遅れです 作者:御堂ユラギ

第一章 手遅れな彼

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第8話 電子の奴隷①

 俺は気づいた。

 陰キャぼっちの俺にスマホが必要なのか? と。


「スパムが4件、巳芳から2件、後は家族からか。いらないなコレ」


 電源を落としてスマホをベッドに投げ捨てる。ガチャで爆死したから言っているわけではない。繰り返すがガチャで爆死したからではない。根拠なき言いがかりはよしてくれ。俺の発言には常に根拠が伴っている。俺はフェイクニュースは流さない。ソース有りの事しか言わない主義だ。


 事の発端は1週間前。俺はスマホ不要説に目覚めた。


 何故、人間はこのような小さな電子機器に行動を束縛されなければならないのか。自由とは何か、いつから人間はスマホに支配されるようになったのか。歩いている途中にスマホ見るなよ危ないだろ。我々現代人は電子の奴隷である。


 煩わしく感じた俺は、根本的な疑問に辿り着く。俺に用事のある人間など存在しないということだ。そんなわけでこの1週間、俺の検証が始まった。「九重雪兎にスマホは必要なのか?」実証実験である。そして1週間後の今日、実験結果が出た。結果は予想通り「不要」だった。


「余程の緊急事態なら悠璃さんを経由するだろうしな」


 そう、同じ高校には姉さんもいるのだ。余程重要で急いで連絡しなければならないような緊急事態なら姉さんを経由して俺の耳にも入るだろう。つまるところやはり俺にスマホは必要ない。


「今度、母さんに解約してもらおう」


 わざわざ無駄なスマホ代を支払う必要もない。その分、他の何かに費やした方が有意義だ。俺がスマホなど持っていても価値はないのだから。宝の持ち腐れ、豚に真珠、猫に小判、九重雪兎にスマホである。


 事実、この1週間で俺のスマホにはスパムと巳芳のどうでもいい雑談メールしか来ていない。後は家族から業務連絡的な差し障りのないメールが数件あったくらいだ。巳芳にしても学校で顔を合わせるのだ。何かあるならそのときにでも話せばいい。エリザベスに招待されたクラスのグループチャットも一度も開いたことがない。どうせ陰キャぼっちの俺が話題になることなどないのだから部外者でしかない。


 こうして実験は終了し俺はスマホを手放した。奴隷からの脱却である。なんて清々しいんだ! こんなにも俺は自由だったのか! 現代人はスマホを手放せないというが、それはもう完全に依存である。そのような依存症を俺は自ら断ち切ることに成功したのだ!


 エイブラハム九重雪兎。奴隷解放宣言である!




‡‡‡




「雪兎、昨日メールしたのに無視すんなよ。なにかあったのか?」

「俺は奴隷階級に甘んじているお前とは違うんだよ」


 どうせつまらない内容だろう。こいつが俺に何か重要な話があるとは思えない。何故かこのクラスでやたらと俺に話しかけてくる男、巳芳光喜。今日も爽やかなイケメンスマイルが眩しかった。


「何を言ってるのか全然分からん。あと、何でサングラス掛けてるんだ?」

「は? お前の所為だろ自覚しろ馬鹿。俺はスマホを捨て去り自由に目覚めたんだよ」

「何で俺の所為なんだよ! 捨てたって、それだと連絡出来ないだろ?」

「陰キャぼっちの俺に用事がある奴がいると思うか?」

「いるだろ目の前に。それに普通にクラスメイトと交流とかしないのか?」

「おいおい冗談はよせ。俺に話があるクラスメイトなんているはずないだろ」

「疑義を申し立てる」


 そこはかとなくイケメンスマイルが曇っている。何故だ? 当然だが俺はスマホを学校に持ってきていない。電源を落とし物言わぬスマホは部屋の片隅に適当に転がっている。代わりに普段はしない腕時計を装着し、ついでに砂時計も持ってきておいた。これで時間の把握も完璧である。


 休み時間の度にスマホを確認するくらいなら読書でもすれば良いだけだ。もうスタミナ回復を気にする必要もない。課金額に怯えることもない。俺は自由だ!



 しかし、自由には代償を伴うことを俺はまだ理解していなかった。




‡‡‡




「今日も話せなかったな……」


 無造作に鞄を部屋に置くと、私はベッドに身体を投げ出した。慣れた手つきでスマホを操作し画像を開く。それがいつものルーチンワークだった。そこには楽しかった頃の沢山の思い出が詰まっている。しかし、それは中学2年生を境に途切れていた。そこから先は、それまでとは打って変わったかのように写真は少なくなり、楽しかった日々は色褪せ、そこに映っている自分の顔も何処か寂し気に見える。


「もう戻れないの? ……嫌だよ」


 あの頃の私はいつでも笑っていた。一見、笑っていないような不愛想に見える表情でも内心では喜んでいるのが分かる。私の隣にいるのは私が大好きな人、大好きだった人。私が密着して写真を撮ろうとすると、いつも困ったような、恥ずかしそうな顔を浮かべながら応じてくれた。大切な、本当に大切な思い出ばかりだ。


 浴衣姿の私が映っている。毎年、夏は彼と一緒に夏祭りに行くのが定番だった。最初は家族同士で行っていたが、いつ頃からか2人で行くようになっていた。手を繋いでいたこともある。どれも淡く儚く綺麗で優しい思い出ばかりが蘇る。でも、それは全て壊れてしまった。


 もしかしたら、今もまだこんな風に二人で出掛けられたのかな? もっと深い関係になって、夏祭りに一緒に出掛けて、手を繋いで、キスをして、帰って来てから2人で――。


 涙が込み上げてくる。愚かな自分に、失ってしまった大切なモノに。


 どうして? と、そんな疑問を抱くことは罪だった。全部自分の所為なのだから。私がそれを捨ててしまったのだから。醜く小心者で卑怯な私がその幸せに耐え切れずに壊してしまったのだから。


 このままもう話す事も出来ないのかな?

 嫌だよ……話したいよ……昔みたいに笑ってよ……。


 届かない想い。伝わらない言葉。本当のことを知って欲しいのに、言えずにここまでずるずると来てしまった。もっと早く彼に自分の気持ちを伝えられていれば。そんな後悔だけが毎日毎日積み重なっていく。


 彼の前に立つと足がすくんでしまう。彼の目を見ると、恐くて何も言えなくなってしまう。あの目は、もう私なんてどうでもいいのだと思っているかもしれない。


 幼馴染でも友達でもクラスメイトでもなく。興味のない自分と一切関係ない無関係な人間。そう思われているかもしれない。それはあまりにも残酷で恐怖だった。


 明確な拒絶。強固な否定。しかし、それも私のことを気遣ってくれているからだという事は、彼の発言から分かる。彼は、あんな風に裏切った自分をまだ大切だと思ってくれているのだと信じたい。だからこそあんな風に振舞っているのだと信じることだけが私の心の支えだった。それが、更に私を苦しませることになるとは知らずに。


 でも、もう限界だった。耐えられそうにない。同じクラスになり、関係改善の切っ掛けになるかもしれないと喜んだ。でも、それはあまりにも難しく、近くにいるはずの彼との距離はあまりにも遠すぎる。それに彼も、あの時よりも更に壊れていた。


 ここで踏み出さなければ、今、踏み出さなければ、この1年間は無駄になる。もうこんなチャンスは来ないかもしれない。そしたらもう二度と会えないかもしれない。漠然とした不安。


 臆病な私のまま、本当に終わって良いの? このままで良いの? いいはずがない。


「お願いします。もう一度だけチャンスをください」


 誰かに願うように、許しを求めるように、私は震える手で彼の下にメッセージを送った。同じクラスになってから初めてのことだった。すれ違ってしまった日々を取り戻すかのように、私はあの頃と同じように彼にメッセージを送る。


 全てを彼に話そう。これまで何があったのか、何故あんなことをしてしまったのか。赤裸々に気持ちを伝えて、何も隠さず、臆さず、私の全てて彼に謝ろう。そして、私の全部を彼にあげる。だからお願い、届いて――!


『雪兎、大切な話があるの』




‡‡‡




 結局、私は男バスのマネージャーになることを止めた。当たり前だ。彼がいないのに私が入る理由がない。私は経験者ということもあり、女バスに誘われた。どうしようか考えるまでもなく断った。私にはもうバスケをやる資格がない。嫌だった。彼にどう思われるのか考えると、とてもそんな気にはなれない。


 身長が高いこともありバレー部にも誘われている。少しだけ迷っている。彼は帰宅部になると言っていた。私も帰宅部になろうかと思ったが、きっと早く家に帰っても、こんな風に塞ぎ込むばかりになりそうだ。少しでも身体を動かしたいという気持ちもある。でも、もし彼と昔のように一緒にいられるのなら帰宅部で良いかもしれない。そんな都合の良い幻想。


 ベッドの上でキュッと膝を抱え縮こまる。


「ユキは本当にバスケやらないのかな……」


 なんて傲慢なんだろう、なんて自分勝手なんだろう。私は私が嫌になる。彼からバスケを奪ったのは私なのに。今でもこうして自分本位な考えしか出来ない。好きだった彼の背中を潰したのは私だ。彼の努力を台無しにしたのは他ならない私なのに。そんな私が、どうして彼にバスケをやって欲しいなんて言えるの?


 今になってようやく分かった。彼が何故あんなにも憑りつかれているかのようにバスケに打ち込んでいた理由が。きっと、それは硯川さんに関係している。彼女はハッキリ言っていた。自分が原因だと。そして私に聞いた。貴方は何をしたの? と。


 きっと彼女も同じだ。硯川さんも彼を傷つけた。そして彼はそれを振り払おうとして、あれほど鬼気迫る勢いでバスケに打ち込んでいたのだと今なら分かる。あの日の言葉を思い出す。彼は、終わるまで待って欲しいと言った。きっと、それは彼にとって気持ちの整理を付ける為に必要なことだったんだ。そして、私に向き合ってくれる為に彼はその言葉を私に伝えた。


 だからこそ、その機会を奪われ、その為に彼が費やしてきた努力を台無しにされ、何も整理されないまま彼はバスケから離れてしまった。何も解消されず、何も片付かず、宙ぶらりんなまま投げ出されてしまった感情。


 それは何処に行ってしまったんだろう? その気持ちは消えてしまったのだろうか? それともまだ彼の中に燻っている? どれほど酷いことをしてしまったのか、どれほど傷つけてしまったのか、全ては愚かな私の所為だ。


 もう背中を追いかけられなくてもいい。私が好きになった人が凄かったことを私は知っている。そうじゃない。それだけじゃない。私は今のユキも好きなんだから!


「声が聞きたいよ……」


 我慢できなくなり、私はスマホを手に取る。

 拒否されるだろうか、そのまま切られるだろうか。

 こんな私が今更自分に何の用だと彼は思うだろう。


 でも、それでも――


「私はユキのことが好きだから――」




‡‡‡




「――というわけで、検証の結果、俺にスマホは必要ないということが判明したので、解約して欲しいのですが」


 俺は早速、母さんに提案していた。迅速な行動こそ俺のモットーである。勿論、嘘を付くわけにもいかないので証拠は全て提出している。スマホを母さんに渡し、如何に俺にスマホが必要ないのか、無駄なガジェットであるかを滔々と説明した。


 言っておくが、見られて困るようなものなど俺のスマホには一切入っていない。恥ずかしいやり取りもなければ恥ずかしい写真もエッチな画像もない。クラウドに隠して保存していたりもしない。画像など精々、出掛けるときに地図をスクショしたものが数枚あるかどうかだ。完全に容量の無駄である。


「電子の奴隷から脱却し、自由を獲得したことで、新時代の礎として新たな道を――」


 何故か母さんに抱きしめられた。ここは母さん――桜花さんの寝室。いるのは俺と母さんの2人しかいない。


「ごめん……ごめんなさい……!」


 二つ返事で了承してくれるものだと思っていたのが、何故か母さんの目からポロポロと涙が零れ落ちていた。


 どうして? どうして母さんが謝っている? どうして母さんは泣いているんだろう?


「駄目。それだけは駄目。誰かとの繋がりをそんな風に閉ざしては駄目……」

「しかし、陰キャぼっちの俺に必要ないということは実験からも明らかで――」


「違う! そんなことない!」

「そうなんでしょうか……?」


 俺はいったい何を間違ったのだろう。また母さんを泣かしてしまった。そんなつもりなどないのに。


「そんな風にしてしまって……ごめんなさい……!」


 抱きしめる力が強くなる。すすり泣く声が俺の耳を激しく揺さぶる。


 また失敗してしまった。俺はただ必要ないのでは? と、提案しただけなのだが、それのいったい何が悪かったのか分からない。俺は何度でも間違える。間違え続ける。母さんがこう言ってるのだ。間違っているのは俺に決まっている。母さんが間違っていることなどないのだ。こんな風に泣かせるつもりなどないのに、俺はいつも何かを間違え、誰かを傷つけてしまう。


「ごめんなさい……」


 抱きしめられながら、その声を聴きながら俺は必至で考える。何が悪い? 何を間違った? 同じ失敗をしないように、今度こそ誰も傷つけないように。俺は考え続けた。でも、どれだけ考えても、どれだけ頭を捻っても、やっぱり俺には何が悪いのか分からなかった。



 ――いつだって、俺は何も理解出来ない。

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