今さら聞けない「そもそも量子力学って?」にトップ研究者が答えた!

光は粒子か波か、変わり目があるのか
ようこそ量子 プロフィール

一方、確率的な状態の「どれ」に決まるかは、環境が選択するのだという考え方の人もいます。

量子の世界は可能性としての現実がいくつか重ね合わさったものであり、環境(ヤングの実験の場合は、たとえばスクリーン)と相互作用することによって、その中から1つが選択されるのだ、というのです。ロスアラモス国立研究所の理論家ズーレックも、このような考えの1人です。

また先日、私は、ヘリウム3の超流動の発見によりノーベル賞を受賞されたオシェロフ(Douglas Dean Osheroff、1945-)さんと議論しました。オシェロフさんは、あらゆる階層の自然現象を孤立した電子や原子の波からボトムアップで一元的に理解しようとする姿勢には必ずしも賛同できないようでした。

しかし、孤立した原子や電子の波とヤングの実験のスクリーンのような巨視的な固体との間の接続に関しては、ここ数年ボトムアップ的な手法がよく頑張っていると言われていました。そこの間は接続できるんじゃないかと期待されているようです。

大森先生の仮説

波はいつどのように粒子へ変化するのか──私の挑戦は、まだ誰も理解していないこのミステリーを解きたいということです。これにはまず何か仮説を立てて、それを実験にのせて正しいかどうかを検証する、科学的なアプローチが欠かせません。

難しい問題なので、ややもすれば哲学になったりしますが、私は「物事は実験にのらない限りサイエンスにならない」と考えています。

そしてわれわれの仮説は「検出器で何かが起こっているはずだ」というものです。

たとえばスクリーンを少し前にずらせば、ドットはその位置で検出され、つまり粒子への局在化が起こります。逆に少し後ろへずらしたら、今度はそこで起こる。

ということは、この検出器の中で起こっているんだけれども、それがものすごく速く起こっているので、不連続に変わっているように見えてしまうのではないか?

もしわれわれがこの現象をすごく速く見ることができたら、連続的に時間発展する物理系のダイナミクスとして見られるかもしれない──と私は期待しています。測ってみないとわかりませんが、たぶんフェムト秒(10の15乗分の1秒)、アト秒(10の18乗分の1秒)といったスケールではないでしょうか。

フランスのセルジュ・アロシュ(Serge Haroche、1944-)は──彼もノーベル賞受賞者ですが──光を閉じ込めたキャビティ(小箱)の中で、光子の数が階段関数的に変化する様子を目撃しています。

そこで以前、彼に「途中の状態がなかったけれども、急に変わってはいないのではないか?」と問いかけたら、さっそく同意してきた上で「残念ながら自分たちの装置には、途中を見るほどの時間分解能がないんだよ」と嘆いていました。

続けて「どれくらいだと思う?」と聞いたら、「わからないけど数フェムト秒かそれより短いぐらいかな」と回答してくれました。彼もそのくらいなんじゃないかと思っているんですね。まだ見えてないからわかりませんけれども。

原子、電子ひとつひとつまでコントロールされた物質を、量子的な状態が保たれた「コヒーレント」な状態に維持し、光と相互作用させる。これによって量子から古典へ、古典から量子へと移行する「プロセス」を捉えるのが大森研究室の使命だという
自然科学研究機構分子科学研究所 教授
大森賢治(おおもりけんじ)
1987年東京大学卒業、1992年同大学院工学系研究科博士課程修了、工学博士。東北大学助手・助教授を経て2003年9月より現職。2007年日本学術振興会賞、同年日本学士院学術奨励賞、2009年アメリカ物理学会フェロー表彰、2012年フンボルト賞他、受賞多数。
(文:大森賢治・池谷瑠絵 写真:水谷充)
〈「ようこそ量子」より転載 元になった記事はこちら