「刃牙」回し蹴りのモデルは力石徹に続き伝説の男・山崎照朝だった 格闘漫画家・板垣恵介さんが本紙に初告白!!

2020年8月18日 11時00分

対談を終え、拳をあわせる漫画家の板垣恵介さん(左)と空手家の山崎照朝さん=東京都千代田区で

夢の対談が実現

  「刃牙」の回し蹴りのモデルは山崎照朝だった! 格闘漫画「刃牙(バキ)」シリーズの作者、板垣恵介さん(63)と極真空手の全日本選手権初代王者で格闘技評論家の山崎照朝さん(73)が「回し蹴り」や「実戦」をテーマに対談した。少林寺拳法を学び、アマチュアボクシングで国体出場、自衛隊の第一空挺(くうてい)団に所属した実戦派の板垣さん。漫画「あしたのジョー」に登場する力石徹のモデルにもなった山崎さん。二人の格闘技論をたっぷりお届けします。(取材・構成=森合正範)
 漫画家人生を左右した一枚の写真。それは山崎さんが放つ左の上段回し蹴りだった。「刃牙」シリーズを描く上でも“背骨”になっている。
 板垣「高校時代、雑誌の写真を見て、それまでの回し蹴りと印象が違ったんです。腰の向きが山崎さんだけ少し後ろ側を向いていてね。しなやかでむちみたい。何度も写真を見て模写しました」
 山崎「回し蹴りは指先からつま先まで全て意識して蹴っていたからね」
 板垣「大切なのは腰ですよね。模写して描いているうちに理解できました。軸足も少し浮く。山崎さんが刃牙や主要キャラクターの回し蹴りの土台になっています」
 山崎「腰から入る。そこが大事。そうすると蹴りに体重がのるんだよ」
 板垣「写真に出合っていなかったら(漫画家として)10年遅れたんじゃないかな。しなやかで力強くてスピードがある。俺、あれ描くの好きだもん。うちの売りだから。他の格闘漫画家と一線を画すのはそこですよ」
 山崎「回し蹴りができたのは学生時代、4畳半のアパートでの練習だな。鉄げたで蛍光灯から垂れるひもを左右100回ずつ蹴っていたから」
 板垣「俺もそうだし、拳法や空手をやっている人はみんなそれをやっているんですよ。でも、あの回し蹴りは絶対に無理。やっぱり天才なのよ」
 山崎さんの生き様は名作ボクシング漫画「あしたのジョー」に登場する力石徹に投影された。劇画原作者の梶原一騎さん(故人)から「おまえがモデルだ」と告げられた。漫画家から見る山崎さんは描きたくなる存在だという。
 板垣「やっぱり絵になるのよ。スタイリッシュでね。漫画は格好良くないと駄目でしょ。しかも梶原さんは、山崎さんのプライベートも見ていますからね」
 山崎「うん。俺は会いたくないから断ったんだよ。でも館長(極真会館総裁・故大山倍達さん)が『梶原先生が君に会いたがっているんだよ』って言ってきてね」
 板垣「梶原さんはお金を持っているし、いい思いができますよね」
 山崎「そこは全然興味がない。会った時に漫画に描くのを断ったこともある。俺はサラリーマン。道場(経営)で食べている人がいるので、その人たちを書いてくださいと言ったら、『俺が書くのに文句があるのか』と言われてさ」
 板垣「山崎さんは半世紀くらい前から憧れてきた人。アイドルですよ。お話ができて、これからの作品に生きてくる。大きな蓄積になりますよ」

軸足が少し浮きしなやかなでムチみたい

美しいと称賛された現役時代の山崎照朝さんの回し蹴り

  山崎さんは現役時代、両手を前に突き出す独特の「前羽の構え」を多用した。構えとは何か。
 板垣「俺が大山倍達館長のキャラクター(愚地独歩)を描くときは天地上下の大きな構えです」
 山崎「なぜ構えがあるか。理論を理解すると、構えというのは相手に隙を与えることなんだよ」
 板垣「えっ、逆じゃないんですか。(相手を)入れさせないための構えではないんですか」
 山崎「相手を誘い、技を掛ける道を作ってあげる。剣道では上段の構えで隙だらけに見える。なのに入れない。入ったらバンとやられる。空手もその発想と同じ。でも、相手の攻撃が本当のパンチか、誘いかを目で見切る力がないと駄目だね」
 板垣「普段の稽古では、大きな相手とも組手をやっていましたか」
 山崎「俺の体重は62キロ。何十キロも重くて、とっぽい奴が遠慮なく来る。それを全部受けて、すねや膝でさばいていたね。その時、俺は下がらない。1ミリも下がらない」
 板垣「みんなそういう意識ですけど、それができないんですよ(笑い)」
 山崎「俺の骨はものすごく硬い。俺を蹴って、骨が折れたのが何人かいるからね。60歳の時に骨密度を測ったの。そしたら20代前半だったから」
 板垣「受けただけで、相手の骨が折れるとは」
 山崎「だから、受けを変えた。蹴られてもすねで正面から受けずに滑らすように変えたんです」
 板垣「けが人が出ないようにしたと。やっぱり天才ですね」
 板垣さんは少林寺拳法などに励み、現在は格闘漫画を描く。山崎さんは空手、キックボクシングに挑んだ。二人にとって真剣勝負、実戦とは。
 板垣「武術の本番は実戦で、試合ではない。漫画で実戦を描こうとは思っていないです。両者の持ち味が出るものを描いている。実戦は路上で不意打ちも全部あり。すごく味気ないものですね」
 山崎「真剣勝負というのは、自分からではなく、仕方なくやるものだと思っている。けんかでもそう。例えば、優等生はけんかができないと思われて、みんなにばかにされて。でも、その人が怒った時ってすごいんだよ。もうカーッとなって」
 板垣「耐えきれずに怒る。あの怖さですよね」
 山崎「そういう強さ。後先を考えずに秘めたものがバーッと出る。やられるとなったから仕方なくやる。あの力だよ。その気持ちになれるか」
 板垣「武術の鍛錬は『火事場のばか力』を日常的に出すようになることだと聞いたことがあります。火事にならないと出ないようでは駄目だと」
 「刃牙」シリーズを読んだ山崎さんは若き日を思い出したという。夢と漫画が重なり合った。
 山崎「昔、テレビ局から1年くらいかけて、シルクロードを渡って、その地域の格闘家と闘おうというオファーがあってね。中国、モンゴル、ロシア(旧ソ連)、それで欧州を抜けようと計画したことがあるんだよ」
 板垣「それは面白い」
 山崎「先生の漫画を読むと、いろんな格闘技が闘うでしょ。ああ、同じ気持ちを持っている方がいるんだなと思います」
 板垣「俺は武術少年で、でもこっち(漫画)しか才能がなかった。山崎さんはもうね、全然モノが違っていて、昔も今も憧れの人。まつげが長くて格好良い。本当にお会いできてよかったです」
 山崎「これからも漫画を楽しみにしていますよ。本日はありがとうございました」

山崎照朝さんの回し蹴りがモデルになっている範馬刃牙の回し蹴り。むちのようにしなやかで、軸足が少し浮いているのが大きな特徴だ=(C)板垣恵介(秋田書店)

  ◆「刃牙」シリーズ 1991年から「週刊少年チャンピオン」(秋田書店)で「グラップラー刃牙」が始まり、「バキ」「範馬刃牙」「刃牙道」と続き、現在は「バキ道」を連載中。地下闘技場のチャンピオン、範馬刃牙と父・勇次郎を中心にさまざまな格闘家との闘いを描く長編格闘ドラマ。シリーズ発行部数は累計7500万部以上。現在、Netflixでアニメ「バキ」が配信中。
 ▼山崎照朝(やまざき・てるとも) 1947(昭和22)年7月31日、山梨県大和町(現甲州市)生まれ。山梨・都留高から日大。極真空手の第1回オープントーナメント全日本選手権で優勝。キックボクシングではNET(現テレビ朝日)のエースとして活躍。全日本女子プロレスのコーチに就き、クラッシュギャルズ、ブル中野、北斗晶らを育成した。格闘技評論家として本紙で「撃戦記」を連載。
 ▼板垣恵介(いたがき・けいすけ) 1957(昭和32)年4月4日、北海道釧路市生まれ。高校時代は少林寺拳法に励む。陸上自衛隊に入隊し、最強部隊と呼ばれる第一空挺(くうてい)団に所属。アマチュアボクシングで国体に出場、モスクワ五輪代表に勝利を収めるなど活躍した。漫画家として格闘技を題材にした「刃牙」シリーズ、「餓狼伝」など絶大な人気を誇る。

28日発売!!「力石徹のモデルになった男 天才空手家 山崎照朝」絶賛予約受け付け中

  8月28日に刊行される「力石徹のモデルになった男 天才空手家 山崎照朝」(森合正範著)は2013年、本紙に連載された半生記「山崎照朝 空手バカ一代記」を大幅に加筆、修正。板垣恵介さんが語る山崎さんをはじめ、極真黎明(れいめい)期やキックボクシング時代の秘話などを収めた。また、山崎空手の神髄「待ち拳」を動画(QRコード)で収録している。定価1650円、306ページ、四六判。
 東京新聞出版・社会事業部=電話03(6910)2527、東京新聞WEB(https://www.tokyo-np.co.jp/article/41377?rct=tbook)、Amazonなどで予約受け付け中。

書影「力石徹のモデルになった男」

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