傘をかいに行く
悩める至さんが咲也くんの存在に救われる話。
★捏造だらけです。ほとんど妄想。モブも出てきたりします。
★自己満足過ぎる話なので意味は追求しないでください。雰囲気だけを追い求めた妄想です。私もよくわからなくなってます。え、
★矛盾とか誤字脱字見つけたら直します。
★何きても許せる方がいらっしゃいましたら是非……あいかわらず長いです。
イケメンも苦労しているんだろうなっていう妄想です。
ナイーブなお話になっていると思いますが、あくまで創作の一部なのでご了承ください。
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★キャプション必読です
雨の日が嫌いなのは、靴が汚れるからとか、髪が湿気に勝てないから、とか、服が濡れて力が出ない、とか。人それぞれに理由があると思う。
俺も雨が嫌いな人間の一人。靴が汚れるのも嫌だし、髪もまとまらないと困るし、服は濡れても濡れなくても力は出ないが、濡れたら濡れたで腹がたつ。
雨は嫌い。好きになる理由は特にない。雨が俺にメリットを与えてくれるならまだしも、雨が降ることによって会社が休みになることはない。ダムが潤うことに感謝でもすればいいのか。どうも貴重な水をありがとう、なんて。菩薩みたいなことを言えるほど出来た器ではない。
だからいつも、雨が降っている日に外に出るのは億劫だった。
仕事帰りに雨なんかに降られたときは、たまったもんじゃない。「さあ帰ろ」なんて時に雨なんか降っててみろ。腹の底から深いため息が込み上げてくる。
今日がその「たまったもんじゃない」日だ。
定時に帰れる日に限ってこの天気。大雨。幸い今朝寮を出る際に傘を持っていけと言われていたので持ってきてはいたけれど、使う気なんてさらさらなかった。
ビルのエントランス。湧いたため息を隠すこともせずに吐き出す。磨き上げられたガラス扉の向こう側、どんよりとした雲が意地になったみたいに雨を降らせている。べっちゃべっちゃと、何をそんなにイライラしてるんだよと諭してやりたいくらいな荒れようだ。
傘をさし、いざ豪雨へと身を投じていく勇者たちは、大雨の洗礼を受けていた。横殴りの雨は真上にさした傘では防げないだろう。いとも簡単にびしょ濡れになった彼らは、傘をさすことを諦め、まるで雨から逃げ惑うように駆けていく。
逃げ場なんてないのに。走り続けていればいつか救われるから、と。
信じて疑いもしない彼らの後ろ姿が、今の俺の気分を逆なでする。
さらに追い討ち。
外へ出て愛用のビニール傘をさした時。目の前を何かが飛んでいった。
目だけで追いかける。それは宙をしばらく彷徨ってから、地面に落ちてきた。
傘だった。
ビニール傘。
風に煽られ、壊れてしまったビニール傘。
骨からビニールが外れ、雨粒に打ち付けられ、吹く風に嬲られ。
かつての姿を失ったそれが、ついさっきまで人のために生きていたなんて信じられなかった。
だから雨は嫌いなのだ。
ぎゅ、と、傘の柄を持つ手に力が入る。
すっかり使い古され、くたびれている俺のビニール傘は、絶対にあんな姿にはしない。
何年だってずっと、使い続けなければいけないのだ。
***
寮についたら学生組が大騒ぎしていた。なんでも大雨の最中に帰ってきたせいで制服がびしょ濡れなんだそうだ。
これ明日乾かなかったらどうすんだよ、と天災にキレる天馬をとりあえず風呂場へおくった監督さんが、ドライヤーを手にウロウロしている。
そんな時に帰宅して玄関に立つ俺を見つけて、ドライヤーの先を俺に向け「あ!」と声を上げた。
「おかえりなさい至さん! ぬれてないですよね!?」
「……濡れてない、かな?」
「ダメ濡れてる! ちょっと待っててください」
そう言って持っていたドライヤーを談話室にいた綴に渡し、洗面所へと駆けていく監督さんを見送り、なんの騒ぎなのかと思いながら部屋へ上がった。
「あああ! 至さん! そこさっき拭いたばっかなのに!」
談話室のてんてこ舞いに目をやっていた綴が悲痛な声を上げ、ドライヤーの先を俺に向ける。まるで銃でも扱うみたいな動作。そのドライヤーに一体なんの効力があるのか。
「何事なのほんと……大雨くらいで」
「くらいじゃないんすよ。学生組もそうだけど、家組まで雨に濡れて大騒ぎなんすから」
家組が濡れるのはなんでやねん、と心の中でツッコミを入れて談話室へ入れば、なるほど三角か〜、と納得する。いつもの部屋着を着ておらず、見慣れない薄着姿な上に髪がびしょ濡れだ。
「で? そのドライヤーで頭乾かしてやるわけ?」
「これは真澄の教科書を乾かす用です」
斑鳩さんは自然乾燥、と言って、広げた新聞紙の上に並べられた教科書と対峙する綴。持ち主である真澄の姿は談話室にはなかった。
「いたるも早くお風呂入っておいでよ〜」
薄着な上に髪もろくに拭いていない三角がケラケラ笑いながら浴室の方を指差す。ちょうどその時、指さされた方から「ぎゃあああ!」と悲鳴が聞こえ、次いで物が落ちる大きな音が聞こえた。
「濡れた組がみんなお風呂入ってるよー」
「む、むりぃ……」
見なくても浴場から聞こえる轟音で、どれだけそこが修羅場になっているかわかった。会社から帰ってきて早々、その地獄に身を投げ入れる気力は残っていない。
そろー、と風呂場を背にテーブルに用意されていた食事を先に食べてやろう、なんて考えていたら、髪の毛がボロボロに跳ね上がった監督さんがタオルを手に戻ってくる。
俺が歩いたところが足跡の形で濡れているのを見て、愕然と膝から崩れ落ちていた。
***
「茅ヶ崎くんってかっこいいよね」「頭もいいし優しいし」「運動神経だってとびきり悪いわけじゃないじゃん?」「ほんと王子様みたいだね」「カッコいいー」
「欠点なんてないんだろうね」「同性としては粗探ししたくなるよなー」「悔しくてつい、な」
そう言いながら俺の持っている容姿やスキルを褒めて羨ましがった同級生たち。
やめろ人の弱みを握ろうなんて、と。笑顔を繕って相手していたけれど、その時読んでいた文庫本が手汗で濡れるくらいには動揺していた。
天は二物を与えない。自分で言うのも変だが、俺は二物も三物も与えてもらった。
顔も頭も、何不自由なく生きている。性格もとびきり捻くれているわけではない。生きづらいものではない。
二物も三物も。四物も与えてくれた神様は。
最後に余計なものを俺に寄越した。
なんてない小さいもの。あってもなくても、別になんでもないもの。
でもこの国では、あってはいけないもの。
受け入れられないものを、ずっと自分の欠点として持ち続けている。
誰にも見つからないよう、バレないように。必死で心の奥底の扉に鍵かけてしまっている。
***
床を汚して監督さんの逆鱗に触れてしまったせいで、夕飯にありつく前に風呂場に投げ入れられた。
幸い、大騒ぎして入っていた学生組と入れ替わりだったので、自分のペースで湯船に浸かれた。あがって談話室に戻れば、綴に「カラスかよ」と眉間にしわを寄せられる。
大騒ぎしていた組に混じって夕飯を済ませソファーでのんびりスマホを触っていると、先に夕飯を済ませ部屋に引き上げていた数人が団欒に顔を出す。その中にいた紬が、何かのチラシを俺の目の前にちらつかせた。
「至くん、そろそろ梅雨の時期だよ」
「それがどうしたの」
「傘、買っておいでよ」
数秒の沈黙。
咄嗟に反応できず、まるで声の出し方を忘れてしまったかのようにしばらく呆然としてしまった。
それに気づいていない様子で、紬は勝手に話を進めていく。
「駅前に傘の専門店ができるんだって」
「紬、それ先月の広告だよ」
東さんが笑いながら教えれば、あれ? と不思議そうに首を傾げる紬。記されている日付を見て「あ、ほんとだ」と頭を掻いていた。
「なに至さん。ついに傘買うの?」
同じように紬の持つチラシを覗き込んだ万里が、いいじゃん、と名案と言わんばかりに笑う。
「至さんの傘ボロいしな」
「ボロくない」
「いつから使ってんの、アレ」
言われてすぐ答えられないくらいには使っている。二年か三年、だっただろうか。だとすればビニール傘にしては長生きだ。ボロいと言われようと、機能としては十分生きている。捨てる時期ではまだない。
「いいですね! 傘!!」
そこへ。
談話室に遅れてやってきた咲也がソファーの後ろから顔を出し、背もたれに肘を置いて俺の顔を上から覗き込む。
キラッキラッな眼差し。濃い色した目が俺のことをジッと捉えて、視線が外せなかった。
「一緒にいきましょうよ、至さん。オレ、傘見にいきたいです」
「よせよせ咲也。人選ミスだわ」
他あたれ〜、と笑う万里を見て、咲也が「そうですかー……」と萎れるように肩を落とす。
その姿を見ていた千景さんが、俺が一緒に行ってあげるよ、と慰めていた。
目を輝かせ、俺に行きたいとせがんできた咲也には悪いけど。傘はいらないんだ。
たとえ咲也の頼みであっても、今持っている傘を裏切るような真似は微塵もできない。
あの咲也の願いでも?
心の中で聞こえた問いに、ぐ、と喉が鳴る。
欠点として持っているものが、鍵の締めた扉の向こうで暴れ出すのがわかった。