傘をかってから
傘をかった後の話です。後日談です。
続き物なので、前のお話から読んでいただいた方がよいかもしれません。
よくわからないお話になってます。意味は追求しないでください、、、、すみません。
今日は傘の日らしいので、傘の話の後日談あげたかったんですけど、傘は出てないですねハイ。
****
読んでもらった後にみてもらえればいい小話なんですけど、
寮に誰もいないと思っていたら実は物置部屋にこもって大学の課題を三日三晩寝ずに取り込んでいたカズナリミヨシが久しぶりにお日様のもとに出てきたら談話室にリア充がいるんで「エエエエよそでやって~」とクマのある顔で二人を激写してそれがみんなに広がってめでたし、っていう裏話があるかもしれない。
あるかもしれない。
- 349
- 379
- 3,378
至さんはいつもかっこいい。何をしていてもかっこいい。たった一杯の水を飲んでいるだけでも絵になるから不思議だ。
そんな彼が、オレみたいな未熟な人間に好意を抱いてくれていると知ったのは、つい最近のこと。嬉しさ半分、信じられなさ半分。どっちかというと信じられない気持ちの方が上回っているかもしれない。
……というのも。
傘を買いに行って。至さんとの関係に何か進展があったのかというと、そうでもなかったから。告白という告白もされていないし、オレに好きと言ってくれたのはお菓子まきのあの日だけ。
部屋に置いていた手鏡を持って、自分の顔と睨めっこする。うーん、と唸っていれば、徐々に眉間にシワが刻まれていく。
「オレのどこがいいのかな……」
髪の毛のハネを手で直し、自分の顔をいろんな角度から見る。
なんて特徴のない顔だろう。至さんみたいな華やかな人と比べると、貧相な顔立ちだ。
そんなことを考えていると、だんだんと「至さんがオレを好きっていうのは嘘なのでは?」って思いになってくる。だって本当に、好かれる理由が全くわからないのだ。
オレみたいな、平凡な人間が。どうして至さんみたいな華やかな人に……。
「咲也」
はー、と深いため息をついた途端。背後から聞こえた声に持っていた鏡が、手元から浮き上がる。すぐさまその鏡を掴み、とり落すことはなかった。
「ごめん、邪魔した?」
声を勢いよく振り返る。
扉を開けて部屋の中を見ていたのは、至さんだった。
途端に身体中から冷や汗が出る。
「い、至さん! どうしましたか?」
上擦った自分の声に、体がどんどんと緊張していく。さっきまで至さんのことを考えていたせいか、妙に意識をして目が合わせづらい。手にしていた鏡をそっと机に置く。
「……いや、」
至さんはそんな俺を不思議そうに見ていたけれど、目を伏せ何かを考えるように俯く。その姿が気になって、声をかけようと手を伸ばした。
「あの、」
「今日昼から寮誰もいないんだって。俺と二人だから、ご飯どうしようか」
ピキン、と。
至さんに手を伸ばした形で固まる。
寮に誰もいない。
至さんと二人だけ。
二人きり?
……あれ? いつ以来の二人きりだっけ?
考え出すと、頬が熱くなっていくのを感じる。というか顔全体、体全体。もしかしたら頭のてっぺんから水蒸気が出ているのではと疑いたくなるくらい、とにかくありとあらゆるところが熱いと感じた。
「あ、の。お昼ご飯、ですよね? 何か作りましょうか?」
「んー、出前でもいいけどね。なんかあるかな」
言いながら部屋を出ていく至さんの後ろを、カチコチに固まった足で追いかける。うまく一歩が踏み出せず、手と足が同時に出た。
それくらい気が動転している。一体なぜこんなにも緊張してしまっているのだろう。
そんな俺に背を向けたまま、キッチンへ向かった至さんは、机に置いていた郵便物を手にする。
沢山あった郵便物の中から、自分宛の物がないかを探しているようだった。
「あのさ、咲也」
手紙やダイレクトメール、あとハガキ。選りすぐって一つ一つを机に投げていた至さんが俺を呼ぶ。はい、と、徐々に落ち着いていく体温を感じながら、冷静な口調で返事ができた。
「あんまり気、つかってくれなくていいよ」
「え?」
「今まで通りでいいから」
普通にしててよ、と郵便物に目を落としながら至さんが言った。
「俺は今の関係で十分幸せだから」
すー、と至さんの目元がかげる。長い前髪の隙間から見つけた目が、小さく揺らいだ気がした。
それはきっと、悲しいという感情に違いない。
——ああ、どうしよう。
どうやらオレは、至さんを傷つけてしまったようだった。
あ、と思わず声が漏れる。違う違うんです、と焦って言ってしまいそうになるのを、必死で堪えた。
今何かを言っても、変な空気になってしまいそうだった。
口元に指先を添えてしばらく考える。
オレは一体、何をしてしまったのか。口走ってしまったのか。
一体何が、彼を傷つけてしまったのか。
何も喋らず、静かに考えながら至さんを見る。相変わらず郵便物を手に自分のものを選っている。長い前髪の隙間からは目すら見えなくて、感情すら読めなくなった。
でも。
郵便物を持つ至さんの手が、カタカタと小さく震えている。寒さとか、怒りからくる震えではないと、勘で思った。
ぴちゃ、っと。雫が落ちる音がする。ぴちゃぴちゃと、その雫はだんだん量を増やしていき、気づけば土砂降りの大雨の音が、オレの耳の奥で鳴り始めた。
外を見ても雨は降っていない。快晴だ。ならこの音は何だろう。
天気のいい窓の外を見ながら、一度深く息を吸い込む。そうしたら音が止んで、吸い込んだ空気と一緒に“何か”がオレの体の中に流れ込んできた。
——至さんがさっき言った言葉。
“今のままで幸せ”って言葉の意味を噛み砕いてみる。
それってすごく“悲しいなぁ”と思った。
だって今のままでいいってことは。
この先何もなくてもいい、ってことではないだろうか。
オレと至さんの間に一線引かれたような感覚。
目の前には見えない壁があって、オレはその壁を乗り越えていく権利がない。ただ壁の前に座り、ジッと大人しく壁を見ているためだけに生かされている。
至さんは壁の内側にいて、オレが離れていかないようにずっと見張っている。鎖こそ繋いでいなくても、彼がオレをジッと見張っている限り、オレはただただ壁を見ていなくてはいけない。
決して一線は超えない、今のままの関係。
進展は望まないから、いつもどおり、今までどおり。
壁の外側で飼い殺しにされている感覚が、腹の底から湧き上がった。
「至さん至さん」
息を吸いながら、彼を二回呼ぶ。郵便物に落としていた視線をオレに向けて、至さんはうっすらと笑った。
その表情は、幸せを噛みしめるというよりは、大事に育てていた雛鳥が巣立っていくのを見送るみたいな表情。
元気に巣立ってくれて嬉しいはずなのに、もう自分の手元には帰ってこないんだろうなと、寂しくなる心境。
「なんですかなんですか?」
いつも通りの至さんの返しだ。
本当にこのままの関係で、いいのだろうか。
他愛ない会話をして、くだらないことで笑って、舞台して楽しい日々を過ごすだけで。
本当にそれで満足なんだろうか。
——オレ自身は。
「傘を買いに行って以来、至さんと話をする時。ちょっとだけ緊張するんです」
「そっか、」
「でもそれは、至さんに気をつかってとか、そんな感情ではないんです」
一緒に菓子まきに行って、傘を買いに行って。
二人で笑いながら話をする時間は、とても幸せなことだと気づいた。
至さんと並んで日々を過ごし、そうしていくつもの歳月を超えていくことが不幸だなんて、決して思わない。このままの関係が続くなら、それでもいいと思ってる。
でも強いて欲をいえば。
オレも壁の内側へ行きたい。
一緒に笑って話して、並んで歩いていても。
どこかで至さんは一線を引いている。オレが深く至さんに関われば関わるほど、彼はオレから逃げるように遠ざかっていく。
壁の内側にこもって「今の関係のままでいいから」と言われてしまえば、オレが何処にも行けないことを至さんは知っている。壁を上ることさえ許さず、ましてや離れることさえ許してくれない。
それが、今のままの関係。
嫌だな、と単純に思う。
至さんと出会って、二人で過ごす幸せを知った。その先の進展を至さんは望まないというけれど、そんなのオレが嫌だった。
至さんの隣に立っているのが今の幸せならば。
至さんと手を繋ぐことが未来の幸せなはず。
そんなことを想像すると、思わず口元がニヤけた。
もしかするとこの先、二人でいろんなところに行って、いろんな経験をするかもしれない。
二人で海に遊びに行って、せっかく海に来たのに二人して海には入らず、焼けるから、とか女の子みたいなこと言って、パラソルをさしながら意味もなく砂を掘って、掘り続けてたらブラジルに行けるかもね、ってわけのわからない話をすることがあるかもしれない。
オレがルールを理解しないまま至さんのゲームをプレイして、意味も分からずガチャガチャと操作していたら自滅して、大笑いしながらお菓子を食べて、今のお菓子美味しかったけど名前忘れちゃったね、とか言いながら一夜を明かす日があるかもしれない。
いつかこの寮を出る日が来て、二人で一緒に住もうか、なんて話になって、二人して慣れない料理なんかをして食材を丸焦げにして、これ食べれないわ、って箸で持ち上げた煤を見て笑い合う未来があるかもしれない。
あるかもしれないのだ。
でもそれは、きっと至さんが今の関係を脱したいと思わない限り訪れない未来。
オレ一人が先の未来を望み、行動に移そうとしても、至さんは絶対にそれを受け入れない。
きっと逃げていく。
近づけば逃げてしまう、至さんの気持ちはわからないでもない。
もしこの先の未来を望んで、今の関係が崩れてしまったら。
それが怖いんだと、そう思う。
見かけによらず、可愛い人なんだな、と。
考えていると「ふふ」と笑みが漏れる。
至さんと目を合わせると緊張してしまうのは、きっと未来の出来事を想像してしまうから。
彼がどんなことをして、どんな話をして、どうやってオレと過ごしてくれるのか。
自分の身に訪れるかもしれない出来事を考えると、どうやって応えればいいのだろうか、とつい緊張してしまっていたのかもしれない。
そして何より。
「オレ、この先の出来事に“期待”しちゃってるんです」
大人でかっこいい彼が、一体オレのためにどんな未来を持ってきてくれるのか。
この先どんな幸福をもたらしてくれるのか。
思って期待して、いつかやってくる幸せな出来事に勝手に緊張してしまっていたのかもしれない。
そんなこと、至さんは気づいていないだろうな、と。つい笑みがこぼれる。
「至さんかっこいいし、大人だし、オレが知らないようなこととか沢山教えてくれ、そう、」
くれそうだし、と言いかけて。
はた、と言葉を止める。つー、と自分の足元に視線を向けて、んん? と首を捻った。
今、何かおかしなことを言ったような気がする。何を口走っただろう。
さっき言った言葉。期待している、と言った。期待している、っていう言葉の意味って、なんだっただろう。
考えれば考えるほどわからなくなって、だんだんと次第に、その言葉の意味が……。
艶めかしいものに感じてくる。
「…………アッ!!!」
ついに自分の失言に気づき、ハッと息を呑んだ時。
バッサァァ、と。無数の郵便物が床に散らばる。え?! と思わず至さんの顔を見れば、呆然と口を張って、オレのこと見ていた。
いつもかっこいい至さんからすれば、珍しい表情だ。貴重なものをみた……、とか。
今はそんなことを言っている場合ではない。
「あああの! 至さん! その、さっきの言葉なんですけど、深い意味はなくて、」
そこまで言って、ふとシトロンさんから教えてもらった魔法の呪文のことを思い出す。
自分の発言がその場に思わぬ空気を招いた時。場の空気を一転させるための魔法の呪文。
確か両手を広げ顔の両側まで運び、わきわきと手のひらを開閉させ笑いながら、
「……なぁんちゃって?」
だった気がする。
気がするけれど……。
焦る気持ちのまま、がむしゃらに取り出した切り札がとんでもない爆弾だったと今更気がつく。
なんちゃって、は魔法の呪文ではない。
ひいぃ! と上気する頬に耐えられず、とにかく至さんの視線から逃げなければと慌ててしゃがみ込む。
床に落ちた郵便物を手当たりしだいにかき集め、その場しのぎの言葉を探し続けた。
「あ! 至さん! ほら、ここにも至さん宛の手紙ありますよ!」
ファンレターですかね? とへらへら笑いながらそれを差し出す。
目も合わさず、視線をあちこちに彷徨わせながら至さんが手紙を取ってくれるのを待った。
けれど、なかなか受け取ってもらえなかった。
「……? 至さん?」
ようやく冷静さを取り戻し、立ち上がって至さんを見る。
すると彼は、片手で自分の口元を押さえ、オレの視線から逃げるように顔を背けた。
「至さん? もしかして具合でも、」
「ごめん……ちがう、ちょっと待って、」
ふるふると至さんの肩が震えている。だんだんその震えが大きくなっていくと思っていたら。
目に入った至さんの耳とか手の甲とか首筋とかが、
真っ赤に染まっていた。
「ちょっといまは、こっち、見ないでほしい、かなぁ……?」
途切れ途切れに紡がれる言葉。
顔を真っ赤にして、オレから逸らし続ける目がちょっとだけ潤んでいる。
それはきっと、悲しいとか、寂しいとか。そんな負の感情ではなくて、もっと別のもの。
恥ずかしさとか照れを隠そうと堪えているような、そんな表情。
——冷め始めていた体中の血液が、沸騰し始める。
頬も耳も、瞼もおでこも。熱くて湯気が出ているかもしれない。
「……あは、はは、はぁ…………」
こちらにまでテレがうつって、うまく笑うことができなかった。
オレが迂闊に口走ってしまった言葉のせいでとんでもない事態になってしまった。至さんはこの出来事をきっかけに、絶対に壁の外へ出ることになるだろう。
壁を越えてオレの隣にやってきた彼が、オレの手を握ってくれる日も、そう遠くないのかもしれない。