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ブラッディロア SS No.03

戦う看護師

作者 DarkStar

獣人解放戦線という過激派の運動が沈静化して

しばらくたつ。

今だ埋めることの出来ない人間と獣人と溝がある中で、

ここにも一人懸命に人間のために汗を流すものの姿があった。

病院を歩くピンク色のナース服に身を包んだ一人の女性。

青みのかかった髪を、耳の上で両結びにした彼女の
胸には、『野々村 アリス』の文字。

「はい、未彩ちゃん。 今日も元気ね。」
ベットで寝ている少女の体温計をしまい、
手に持った紙に、必要な情報を書き込んでいく。

「そう、アリスさん?。わたし、退院できるかな・・・・」

「うん。この調子で頑張れば、あともう少しで退院できるって先生も言ってたわ。」

「うれしいなあ、あのね。アリスさんがわたしに担当になってから、
 すっごく元気になってきたの。アリスさんの元気貰ったからかな~。」

無邪気に笑う少女の顔をみるとアリスもついつい笑顔になってしまう。
「そんな事ないよ。
 私の方こそ、未彩ちゃんからパワー貰ってるもの・・・・。」

そういって、少女の頭をやさしくなでると、
彼女は別の患者の待つ病室へ向かった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

いつものように、病院内を歩くアリス。

獣人と呼ばれる彼女が赴任して早、数ヶ月。

しかし、いつも通りの光景の中に
いつもと違う感じ・・・・・。

敏感な彼女の感覚に訴える物それは、

(なにこれ、・・・・・・・嫌な匂い・・・・。)

アリスに鼻孔に知らせる生臭い匂い・・・・。

彼女の優れた嗅覚は、それからは
邪悪な意志と、不吉な様子を感じ取らせた。

クンクン、クンクン・・・・・・・

鼻を鳴らし、神経を集中するも、
先ほど一瞬だけ感じられたそれは

どこかへ消えてしまったようにわからなくなってしまった。

(だめだ・・・・わかんない。
 やっぱり、病院は邪魔な匂いが多いからなあ・・・・。)

さすがに獣人の感覚でも、薬品の匂いが充満するこの病院の中で、
匂いをかぎ分けることは困難だった。

「野々村さん。なにやっているの」
とアリスに声を掛けてきたのは、
かなり年上の女性看護師。

「あ、看護師長。」

「あ、じゃありません。・・・・・こんな所で、
 看護師がボーっとしてるんじゃありません。
 患者さんが不安になるでしょう。」

自分としては無意識にやっていた獣人としての行動・・・・
確かに端から見れば、奇妙な行動ととられても
なんら不思議はない。

「す、すみません。」

「もういいから、早く仕事に戻りなさい。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「なんか今日は・・・・すごい疲れた・・・・・・・・。
 っていうか頭いたい・・・・。やっぱ無茶しすぎちゃったかな・・・・・・」

不審な匂いを探すため一日中、神経を研ぎ澄ませていたアリス。

人間の数百倍以上という兎の鼻を持つアリスは、
普段は、仕事に支障がでないように
薬品の匂いを意識的に嗅がないようにしてきた。

それを今日は必要以上に鼻を利かせた結果。
匂いにやられてしまい、頭痛に悩まされてしまう。

それでも、気になる昼間の匂い・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

日も暮れアリスが本日の業務を終えようとしていた時、
なにかを探している同僚達の姿が見えた。

「どうかしたの?」

「ああ、野々村さん。さっきから、204の西村さんの姿が見えないの?」

「ええ!!。」

それは、アリスが先週まで担当していた患者の一人。

「なんか、最近調子があまりよくないみたいだったから・・・・心配で・・・・」

「わかった、あたしも手伝う。みんなで手分けして探しましょう。」

「ありがとう・・・・・・。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
患者を探すアリス。

「きゃああああ」

その耳に入ってくる・・・・子供の叫び声、
急いでそちらの方へ行くと、人だかりが・・・。

みるとそこには、

パジャマ姿の男が、同じくパジャマ姿の女の子を
片腕でその首を絞めている。

(あれ、・・・・・・・・・・西村さん・・・・?)

それは、アリスたちの探していた患者。

先ほどの声の主であろう少女は、
気絶させれたのか、ぐったりしている。

(未彩ちゃん!!)
ちらりと見えた少女の顔は、アリスが担当している少女だった。

周りの人達も子供が人質に捕られ、
手が出せないように取り囲むばかりだ。

「はあ、はあ、
 このガキ・・・・・旨そうだ・・・・ガキはみんな旨そうだったが・・・・
 なんかこいつは格別・・・・格別に・・・・グアアアアアア!!!!」

そう叫んだ男のパジャマ突き破るようにして、
太く長い緑色の物体が飛び出した。
歯が尖り、牙になりながら前に突き出していく。
目つきの悪い瞳は、恐ろしい瞳に代わり、
体を緑の鱗が覆っていく。

「うわああああ・・・・・」

「じゅ、獣人だ。・・・・」

「逃げろ、逃げるんだ!!!!食われちまうぞ!!!!」

突然現れた二本立ちの鰐獣人に驚いた人々は、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

一斉に逃げ惑う人たちに、もみくちゃにされながらも、アリスは前に進む。

逃げる人混みを掻き分け、鰐獣人に対峙し、辺りを見渡すアリス。

(未彩ちゃん・・・・。・・・・・周りにはもう誰もいない。
 これなら・・・・。)

この状況なら相手と五分に戦えると思ったアリス・・・。

しかし、

「野々村さん、一体何が・・・・。」

「きゃああああ、じゅ、獣人!?・・・・。」

そういったのは、一緒にいなくなった患者を探していた同僚看護師の2人。

「古谷さん、宇野さん!!!、逃げて!!!。」

アリスの驚きに叫ぶように大声を上げる。

(だめ、・・・・・二人がいたら、・・・・獣化できない。)

獣人というものが世間に知れ渡って数年。
獣人解放戦線と呼ばれる者たちのが起こした爪あとが
まだ記憶に新しい人々にとって、獣人たちは今だ脅威の存在。

無論この病院に勤務する誰も、アリスが獣人である事を知らないし、
彼女自身も秘密にしている。
もしばれたら、ここはおろか、この街で看護師はできないだろう。

しかし・・・・・・。

「なに言ってるの?、患者さんが捕まっているのに
 看護師の私達が逃げてどうするの・・・・。」

強気に言う、古谷看護師、口調はいつもと同じだが、
足がガタガタ震えている。

「そ、そうですよ。・・・・か、かかか、患者さんをま、守らなきゃ。」

気の弱そうな、宇野看護師。こちらは余りの恐怖に声まで震えている
だが、決して患者をおいて逃げようとはしない強い意志を感じる

二人の『看護師』としての意識には、共感できるが
それでも、今ここにいるのは、足手まとい以外の何者でもない。

「大丈夫、ここは、あたしに任せて、お願い逃げて!!!・」

「だ、だめよ。野々村さん、貴女をおいてなんていけないわ。」

そういって、身構える古谷。
視線を移した宇野も静かにうなづいた。

「ギィイイイイイイイイイ!!」
(この女達も、うまそうだ。
そうだ、このガキと一緒にこいつ等もくっちまおう。
でも先にガキから・・・・・。)

耳鳴りのような音・・・・鰐の鳴き声を上げ、
上を向いて大きく口を開ける鰐男に向かって

「やあああ!!!」
という気合と共にアリスのハンマーパンチが、
無防備になった鰐獣人の腹めがけて振りかぶられた。

頭の大きなワニは、腹部に強烈なパンチを喰らって
元々バランスの悪い鰐は、さらにそれを崩し、思わず少女を離してしまう。

そのまま、少女に近づけないように流れるような
パンチとキックの応酬。

ワニの死角になる足元と、
胸に交互に攻めていく。

「ギイイイイイイイイ!!!!」
(何しやがるテメエ!!!)

「なによ。女の子を人質に捕るなんてサイテーよ。」

「グゥゥウウウウウウウウウウ!!!」
(うるせー、ガキより先にてめえから食ってやる!!)

鋭い爪の生えた鰐獣人の腕が振り回される
しかし、獣人との戦闘になれたアリスにとって
それをかわす事のは容易い事だった。

(コイツくらいなら、『ヒト』のままでも十分勝てそうね・・・・・)

しかし、戦いという物は不確定な要素が出てくるのもの

「この・・・・未彩ちゃんから離れなさいさいよぉ!!!」

「ええええいい。」

アリスの奮闘に触発された二人の看護師が獣人に向かっていく。

武道の心得が少しでもあるものならば、
アリスの身のこなしで、
彼女が戦いなれしたものと読み取る事ができるだろう。

そして、自分の実力を知る者ならば、
今の状況、足でまといな自分が手を出すべきでないという
賢明な判断ができる。

しかし、彼女達は生粋の看護婦、
「野々村さんにもできるならあたし達にも・・・・」
という安易な考えに至り行動を起こしてしまう。

それが、自らを窮地に追い込む事も知らずに。

考えもせずに突っ込んでいく古谷、
しかし、その前には、爪を構えた獣人。

「あぶない!!!」
と、アリスは彼女を横から突き飛ばす。

「痛ッ!!」
同僚を庇いワニの爪で足を引き裂かれ、
アリスの足が赤く染まる。

「野々村さん!!!」

「だいじょうぶ、かすり傷だから・・・・・。」

たしかに、『獣人』である彼女にとっては
この程度の傷はどうということはない。

しかし、『人』からみれば、・・・・・・・・

「なにをいってるの。早く血を止めないと・・・・・。」

「だいじょうぶ。あたしは、大丈夫だから!!!」

「でも!!!。」

(くぅ、獣化すればこんな傷すぐに塞がるのに・・・・・・・。)

「グアアアアア!!!!」
(テメエら、うぜえ、とっとと食われろ!!!)

牙を剥き出し向かってくる鰐獣人。

足がなんともなければ、余裕に避けられるが
フットワークの悪くなったアリスは、そのまま胴に噛み付かれてしまう。

「きゃああああああ!!!!!」

「グウ!!!!」
(うめえ、こいつの血、うめえ、うめえ!!!、)

(だ、だめ・・・・・・このままじゃ・・・・・・。)

「の・・・野々村さ・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

恐怖に振るえ、動けない看護師達・・・・・。

(そうだ。・・・・・あたしがやられたら、古谷さん、宇野さんが・・・・・
 それに、未彩ちゃんも・・・・・・・)

「はああああああああああ」
という気合の声と共にアリスの体から、光りが発しる。

「はああああ、・・きゅ・キュィ、キュイ!!、ピイイイイイイ!!!!!」
彼女の口から鋭い前歯がにゅっと生えたかと思うと
汽笛のような高い声と共に
ワニの腹に衝撃が走り横の方向に吹き飛ばされる。

「ギキイイイイイイイ!!!」
耳障りな泣き声と共にワニが建物の壁に向かって飛んでいく。

「ピイイイイ!!!」

ワニを威嚇するように高い音を出す。アリス。
その顔は、怒りに満ち、
その瞳にはルビーをはめ込んだ様に赤く輝いていた

靴が内側から、爆発でもしたかのように千切れ落ち
爪先立ちとなった彼女の足の裏と、ふくらはぎの長さが逆転しながら
細い足は、強靭な筋肉の塊となって
その上を滑らかな獣毛が覆っていく。

腕も足と同じように膨れ上がり、
耳が長く伸びていくと、代わりにツインテールに纏めた髪が短くなる。
その変化に髪留めのゴムがするりと地面に落ちた。

飛び出した前歯・・・
鼻の下に割れ目が入ると、
ドイツ系アメリカ人とのハーフである彼女の
少し高めの鼻がつぶれながら
同時に口元と一緒に前に突き出していく。


ナース服の短いスカートの腰の部分が膨らみ、
縫い目に沿って裂けた穴から
窮屈そうに凡々のような短い尻尾が飛び出る。

長い耳が頭の上に移動し、
白い髭を備え、鋭い2本の前歯を突き出した
アリスは、純白の毛に覆われたウサギの獣人へと
姿を変えていた。

「の・・・・・、野々村さんが・・・・・じゅ・・・・」

「獣人・・・・・・・・・・・・・・・」
アリスの姿に驚く看護師達。
その驚きに心拍数が上がり、体中をめぐる血が熱くなっていく。

ドクン、ドクン。ドクン、ドクン。

その音は、ウサギであるアリスには
耳を近づけなくても聴こえた。

(古谷さん、宇野さん、やっぱり怖がっているのかな・・・・
 でも、はやくこいつを倒さなきゃ。)

もはや、後の事はもう考えない、目の前の敵を倒すのみ。

「ピィイイイイ」
すぐに鰐獣人に向き直ると威嚇の声を上げる。

「ギイイィイイイイイ」
(へへ、なんだあんたも獣人かよ。ウサちゃん旨そうだな・・・・・。)

吼え威嚇しあう、二匹の獣。

「ピィイイイイ!!!!」
(ふん、あたしを食べたいなら、全力でかかってきなさい。)

「ギイイイイイイ」

長い尻尾を揺らし、
正面に向かって走ってくる鰐獣人に向かって、

「キュィイイイイイイ」
人間大のウサギの放つ強烈な蹴りが鰐の長い顎に向かって
振り上げられる。

「ギィィ」
短く鳴いた鰐が仰け反る
その瞬間にアリスは、後方に向かってクルリと
空中を回りながら、さらに蹴りをお見舞いする。

バタンと倒れる鰐獣人と

ピヨン、ピヨン、跳ねるウサギの獣人。
獣化したことによって傷が塞がった足。

驚異的なジャンプ力を有する強靭な足の
フットワークは、プロボクサーのそれを凌駕し、
その蹴りの威力は想像を絶する破壊力を持っている。

爪も牙も持たない彼女の唯一にして、最も強力な武器だ。

だが、倒れた鰐もやはり並みの人間とは違う。

頭を振って立ち上がり、ウサギに向かって牙を剥き出す。

「グアアアアアアア!!!」

再び襲い掛かろうとする鰐獣人の体を垂直飛びで、避けるアリス。
常人なら、トランポリンでも使わなければたどり着けないようなジャンプ力で

すばやく、後ろに回りこむと、
そのまま、鰐獣人の背中に乗っかり、そのまま両足でステップキック。

ウサギ獣人の全体重でのしかかられ
まるで巨人にふみ押しつぶされた地面に這いつくばる

その緑の鱗抜け落ちるように消えていき、
半裸の男が気絶していた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ウサギの姿のまま、アリスは、気絶した少女に寄り添う。

見たところ大きな外傷もなく、眠っているだけのようだった。

「ピイイイイイイイ!!!」
(よかった、未彩ちゃん。・・・・・・)

少女の無事な様子にホッとするアリス。

「あ、あああ・・・・・。」

「う・・・・・う・・・・・・。」

そんな彼女に向かって歩いてくる影。

それは、まるでゾンビか何かのようにのっそりと歩いてくる
古谷と、宇野

「ピィ?」
(どうしたのかしら・・・・。二人とも・・・・・。)
首をかしげたウサギ獣人の前の女性看護師二人。

「う・・・うあああ・・・・・」

「ぐうううううう・・・・・」

言葉にならない声を発しながら焦点の合わない瞳でさまよう彼女たち。

やがて、二人揃って空を仰ぐと

「うもおおおおおおおお!!!」
「ひひーーーーーーーん!!!」

響くような大声を上げて、
ナース服の下から飛び出すもの。

それは先に房のついた長い物と、
全体が房状になっている毛の塊。

古谷の髪の隙間から、白い角が見え、
その下には、大きな耳が垂れ下がっている。
口から白い涎がピタピタと地面に落ち
全身に、白と黒の毛が覆っていく。

もの静かな宇野の小さな口元は、
大きく前に突き出し、鼻の穴を大きく開き
尖った耳が、頭の上でピンと立つと
まんまるに大きくなった瞳は、
顔の端の方へ移動していく。

白服を引き裂きながら、膨張していく二人の上半身。

「ピィイイイイ!!!」
(ま、まさか、2人とも、獣人だったの?)

獣人同士は、その力に引かれあい共鳴する。
そして未熟な獣人はそれによって引き出される自分の力に耐えられず、
暴走し自分を見失ってしまう。

(そんな、二人とも、獣人の匂いなんかしなかったのに・・・・・・
 まさか、あたしの獣化で・・・・・覚醒したの?)

そう、彼女達は、アリスの獣化に触発され、
遺伝子の底に眠る獣の血をよみがえらせてしまったのだ。

二人の足元、長いストッキングを突き破るように
それぞれ形の異なる蹄を備えた足が出現する。

引き千切られた服の切れ端が地面に落ち
風に揺られている中庭で

無残にボロボロとなった白衣を纏った牛と馬の獣人・・・・
古谷と宇野の姿があった。

「ウモオオオオオオオオオ」

「ブルルル!!、ヒヒーーーーン!!!」

「ピィイイイイ!!!。」
(古谷さん、宇野さん。まってて、いま助けてあげる。)

暴走した獣人を止める術は、戦って気絶させるよりほかはない。

一跳び高くジャンプして、獣人たちと距離をとると、未彩を地面にねかせ、

走って獣人達の方へ向かっていく。

本能の赴くままにウサギに襲い掛かる二匹の獣人。

(く、さすがに二人相手はきつい・・・・・・。)

戦いに慣れているとはいっても、
アリスが今まで戦ってきたのは、
そのほとんどが戦い慣れした獣人。

その攻撃は理性的であり、全ての攻撃には
相手の意図が汲み取れる。

しかし、ただただ野獣の如く、
襲い掛かってくる獣の行動パターンには一貫性がなく。

二対一の状況に拍車を掛けた。

そのな彼女の焦りからか、

つい、目の前の相手 牛獣人と化した宇野ばかりに眼が行ってしまい
気を取られ隙がでてしまった。

何かの気配にフッと、後ろを向いた瞬間。

黒々とした蹄が下から振り上げられた。

 「ヒヒーーーン!!!」

「ピィイイイイイイ!!!!!」

アリスの白い体は血に染まりながら、
宙を舞う。

馬の獣人が、両手を着き、
強靭は後ろ足で、アリスを蹴り上げたのだった。


「ピィィ・・・・・・」
(う・・・・・・やばい・・・・)

馬獣人のキックは、無防備なアリスの腹部に直撃し、
内臓は辛うじて無事だったが
骨は何本か折れているかもしれない

無論、ただの人間であったならば、内臓破裂で即死であっただろう。

元々ウサギ獣人であるアリスには、彼女達のようなパワーがなため、
正面からこのように力押しをされてはとてもかなわない。

苦戦するアリスにさらに追い討ちを掛ける様に

「う・・・・・うう・ん・・・。あ・・・・・・・。」

目を覚ましてしまう少女。

「・・・・・・あ、あれ、あたし・・・・・・」
ボーっとした意識がはっきりとしてくると、
目に飛び込んでくるのは、馬と牛の獣人と戦うウサギの獣人。

地面に屈し、まだ起き上がれない白いウサギに襲い掛からんとする獣人達。

「あ、あれ・・・・あのウサギさん・・・・・アリスさん?」
驚くべきことに彼女は獣化したアリスを本人と見抜いていた。

迫りくる二頭の獣人たち・・・・。
「あ、だ、だめ、アリスさんをいじめちゃ、だメェエエエエエエエエ!!!!!」

「ピィイイイ!!!」
(エッ、未彩・・・・ちゃん?)

ちいさな少女の頭から、ホルンのような白いものが渦を巻きながら伸びてくる。
体中をふかふかの毛で覆い、それに押し出されるようにパジャマが裂ける。

裸足の小さな足は、蹄のついた肢となり、白い毛で覆われた小さなヒツジの獣人。

「メェ、メエ!!、メエエエエエエエエエエエ!!!!」

興奮したように声を上げる。
蹄の生えた足で地面を叩き、威嚇するように声を張る。

「ピィイイイイ!!!」
(そんな、未彩ちゃんまで・・・・・)

「ヒヒーーーーン!!!!」

「ウモオオオオオオ!!!!」

「メェエエエエエエエ!!!!」

啼き声をあげ、それぞれを威嚇する獣人たち。

一触即発、しかも、ひ弱なヒツジの未彩が手を出せば、
たちまち、二頭の獣人たちにやられてしまうだろう。

あせるアリス。だが、彼女の体は全く動いてくれない。
そればかり、全身の力が抜けるように白い毛並みが薄れ、
ヒトの姿に戻りつつある。

「ピィイイ!!!ピイイイイイイイイイイイイイ!!!!」
(だめ、どうしたらいいの・・・・)

余りの状況に目を塞いだアリス。

その次の瞬間。
「ブオオオオオオオ!!!」
という声と共にウサギの毛並みを揺らす風。

白い毛に隠された赤い瞳が捕らえたのは、
太い爪のついた太い足?・・・・・

いや、それは腕だった。

「ブオオオオ!!!!。」
大きな顔に収まりきらない歯を見せたそれは、カバの獣人。

牛獣人に当身を食らわせたその獣人は、
こんどは馬獣人の首筋を的確に叩き、気絶させる。

ナゾの獣人は、獣化のパワーに頼るアリスとは違った
テクニックによる最小のパワーで、的確に相手の行動を停止させた。

「ピィエエ!!!」
(だ、誰・・・・・・・。)

「メェ、メエ・・・・メェ・・・・・。」

アリスを襲っていた2体の獣人が倒れ、落ち着いたのか、
ヒツジ獣人はそのまま倒れこんでしまった。

「ピィイイ!!!」
やっとの事で立ち上がり倒れたヒツジ獣人に駆け寄るアリス。

その横で、獣化を解き、人の姿に戻っていく
カバの獣人。
大きな顔が小さくなり、太い手足が細くなり、

頭には少し白髪と顔にわずかに皺のある顔、
それは、アリスのよく知った人の物になった。
「大丈夫?野々村さん。」

「ピィイイイイ!!!」
(看護師長!?)

そういって、アリスも獣化を解く。
白い毛が薄くなり、骨格が変わり、短くなっていく耳が
伸びていく長いストレートヘアに埋もれていく。

「看護師長。・・・・。獣人だったんですか?」
いつものツインテールと違い
長いストレートになった髪は、
大人の女性の雰囲気をかもし出している。

「そうよ。全く・・・・、最近の若い子は自分の匂いを消して
 行動する事もしらないの・・・・・」

「匂いを消す・・・・ですか・・・・・・」

「そうよ。私達が獣人が同族と一緒にいるだけでその血を目覚めさせてしまう
 危険があるの。だからそうならないために、
 自分の存在を隠す技術を身につける必要があるの・・・・・。」

「そ、そんなことできるんですか?」

「現に貴女・・・・・、私のことに気が付かなかったでしょう・・・・。」
 
  確かに、獣人が近くにいれば、匂いなどで感じることができる。
  しかし、今の彼女から立ち上る獣の匂いを
  アリスは今まで知覚する事が出来なかった
 
「そうですけど、でもどうやって?」

「それは、個人それぞれによって違うわ。時間のかかる人もいる。
 私にいえるのはそれだけよ・・・・。」

 そう言っている間に、彼女の獣の匂いは薄まっていき、
 もう、ほとんどわからなくなってしまった。

「そんなぁ・・・・・。」

「まあ、これは自分の力を完全にコントロールするしかないわ。
 私も何年もかかったから・・・・。」

「そうなんですか・・・・・・・。」

「それより、貴女そのままの格好でいいの?」

「へ?、あ、ああああああ・・・・。」

突然聴かれ自分の身を周りを見て顔を真っ赤にする。

所々やぶれ、血のついた白衣。
裸足の上に覆う布はなく、白い獣毛は抜け落ちた後の
つるつるとした肌の美しい足を晒し
尻尾のために穴の空いたスカートからは、お尻がそっくり見えている。

そればかりか、獣化の時に裂け伸びきってしまった服は、
人間に戻った時の反動でだらしなく弛んでしまい、
彼女のふくよかな胸が半ば見え、あふれ出そうとしている。

普通の洋服ならばまだよかったかもしれない。
ただ、今日は体にぴったりのナース服だったからこその
被害の大きさだ。

「全く、服を破らないように獣化するのも大切よ。」

そういった看護師長の服。
確かに少し切れ目が入ったところもあるが、
ちゃんと正せばわからない。
さらに、前もって脱いでおいた靴を履いた今は、
そのまま、病院に戻って仕事ができる格好だ。

「うう、・・・・・・」
自分の未熟さに改めて、落ち込むアリス。

「それよりも、・・・・こっちね。問題は・・・・・。」
そして、アリスを現実に戻す声。
と今まですっかり忘れていた同僚達を見る。

気絶した事で獣化が解け、
肌をさらし、半裸状態で気絶している若い女性たち。
そして、全裸の少女。

「あ、あちゃあああ・・・・。」
アリスは、手で顔を覆った。

「とりあえず、貴女のおかげで、時間稼ぎができたから
 人払いはできたけど・・・・・・・。
 どうしようかしら・・・・・・。」

「そ、そうですね・・・・・・・・。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

病院での獣人の暴走事件から数時間後・・・。

「ありがとう・・・・助かったわ。」
というアリス、その声はどこか固い。
姿は白衣ではなく、普通の洋服姿だ。

ここは、WOC・・・・・
獣人達の生活を保護する事を目的としたNGO団体。

「あ、ああ、なに・・・・それが俺たちの仕事だ。」

そういった若者は、ワイルドという言葉に服を着せたような格好。
しかし、肩書きは組織の代表という事になっている。

病院であった獣人事件の後、
彼女は、友人?である彼に電話を入れ、
服の調達と、けが人の搬送を頼んだ。

アリスの動作がぎこちないのは、
彼女の一大事と自ら駆けつけた彼にあられもない姿を見られ
思わず・・・・・。はたいてしまったため。

「ご・・・・ごめんね・・・・。ユーゴ・・・・・。」

「いや、別に気にしてねえよ。」

そういって、目を逸らした彼の頬は
赤い手のひらの痕がうっすら見える。

「・・・・・・でお前どうするんだ。
 病院に、ばれちまったんだろ・・・・・。」

獣人が市民権を得たとは言え、
まだ、世間の風当たりは冷たい。

「うーん。その事なんだけど・・・・・。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「そう、病院を・・・・・。」
残念そうに言う看護師長。

「すみません。・・・でも今回の事は、私に責任があるんです。」

結局、暴れた鰐獣人も、2人の看護師、あの少女同様に
アリスがこの病院に赴任してから
あのように獣化してしまったのだった。

「私、未熟者です。・・・・皆を助けたくて看護師になったのに・・・・」

「野々村さん。眠っている獣人の力を目覚めさせるほど
 貴女は強い力を持っているわ。
 でもそれは、悪いことばかりじゃない。
 別の使い道もあると思うの、看護師ではないかもしれないけれど、
 きっとそれは、人のために役に立つと思うわ。」

「はい。」

元気に返事をした彼女に
看護師長はやさしく微笑んだ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「野々村さん。あたしも頑張るね。」

「あたしも・・・・・・。」

獣化した時の事は余り覚えていないそうだが、
それでも、自分達のした事にショックを受けた彼女達
しかし、強い意志をもった彼女達はこの事を前向きに考えてくれた。
アリスと共に、
自らの力をコントロールできるようになるまで、
看護師を休業することに決めたのだった。

「アリスさんあたしも頑張る。」
獣化がきっかけになったのか美彩も退院が決まった。
元気そうに、退院していく少女を見送るアリス達。

獣化の事は全く覚えていない彼女
アリスも、できれば少女が再び獣の力に
目覚める日がこない事を祈るばかりだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「・・・・・・というわけだから・・・・しばらくここにおいてね・・・・」

一緒に看護師を辞めた二人と共にWOCの門を叩いたアリス。

「はあ?、お、お前何勝手に話し進めてるんだよ。」
いきなりに驚くWOC代表ユーゴ。

「何って、困っている獣人を助けるのが、ここの仕事でしょ。
 ならいいじゃない、ほらあたし達困った獣人じゃない。」

背の高い彼を下から見上げ、上目遣いに言うアリス。

「いいじゃないですか、今は一人でも人手がいるんですから・・・・」

といって帳簿に目を通しているのは、まだ学生の少年。

彼は、ユーゴの弟、カケルだ。
似ていないのは、彼等に血のつながりはない証拠だが、

彼等はむしろ実の兄弟以上に
お互いを信頼し合っている。

「・・・・・・・・」
と渋い顔をするユーゴ

なにより、人手が足りない事は、リーダーの彼が一番よくわかっているだが・・・・・・。
どうも苦手なアリスと一緒に仕事をするのはと思っていると・・・・。

「本当はうれしいくせに・・・・・」
あきれたような目線を兄に送りながら
ボソッと・・・
本当に息が出ているのかいないのか、わからないほどに
小さな声で少年が言うと

聴覚が自慢の彼女がクスリと笑った。

「ああ、そうだアリスさんにぴったりの仕事がありますよ。」

書類に目を通すのをやめ、二人の方に向き直ったカケルがそういうと

「あのな、カケル。何勝手に話し進めてんだ。」
ユーゴの態度はまるで小学生だ。

「もちろん、ユーゴさんの『秘書』ですよ。」

 「は?、そんなもん、別にいらねーじゃねーか?」
 不思議そうに首を傾げるユーゴに対して。

 「そうですね。 サボり狼さんが急に居なくなった後
 放り出された仕事を、いつもいつも、
 片付けているのは一体、どこの誰でしょうね!!。」
 
普段穏やかな少年の額には、うっすらと青筋が浮かんでいる。
どうやら、これは、サボりまくりのリーダーに代わって仕事をこなしてきた
少年の怒りだろう。

「そ、そりゃあ・・・・・。」
 さすがに思い当たることが合ったのだろうか。
ユーゴもそれ以上は言葉がでない。

「そうなんだ。いいわよ。なってあげようじゃない『秘書』
 馬鹿狼をきちんと躾して立派なリーダーにしてあげるわ。」

 胸を叩いてウインクをする。

「こちらこそ、よろしくおねがいします。」
アリスに深々と頭を下げるカケル。

「おい待て!!!、俺をほっといて・・・話を・・・・・・・。」
 
「「ユーゴ(さん)は黙ってて(下さい)!!!」」

 と綺麗に異口同音を発する二人に。
 
「俺・・・ここのリーダーじゃなかったのかよ・・・・・・。」

リーダーの叫びは誰にも届かず、むなしく響くだけだった。

	
おわり
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