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ブラッディロア SS No.02

少年と猫

作者 DarkStar

「かっけるくーーーん。」
遠くから、カケルを呼ぶ声が聞こえる。

少年の彼女。ウリコだ。

「どうしたんですか?、ウリコさん。」

笑顔を向けるカケル。

最近ではやっと彼女に素直な笑顔を
向けられるようになったカケル。

愛しい彼女の腕の中には、

小さな小さな命が、苦しそうに眠っている。

「どうしたんですか、その仔猫。」

「うん、みちで捨てれてたみたいなんだけど。
 見てよ。まだ、こんなに小さいんだよ。
 それで、あたし連れてきちゃった。」

「そ、そうですか。」

ちいさな仔猫を見つめる。
カケル。

(そういえば、あの仔もちょうど感じだったかな。)

・・・・・・・・・・

ここはタイロン研究施設にある森の中。

「ミー、ミー、ミー」

雨上がりの午後、
森を掛ける少年の目の前にいた
ちいさな生き物。
親とはぐれたのだろうか、
それは小さな仔猫だった。

「なんだ、アレ・・・・。」
もう、何キロも走ってきたのに
少年の顔に疲労は全くない。

呼吸も乱れていなければ、
いや、むしろ感情そのものが
欠如しているようにさえ感じられる。

「はやく、行かないとあの人にまた・・・・。」
冷酷な師匠の顔を思い出し、

そのまま通りすぎようとする少年。

「ミー、ミー、ミー」
お腹がすいたのか、泣き出す仔猫。

(こんな所にいたら、この仔は死んでしまう。
 ・・・・・
 なにを考えているんだ僕は、
 自分だっていつあの人に殺されるか判らないのに。)

彼の師という男は、一流の忍者に鍛えるというよりも
いつも生か死かのところまで追い込んでいる。

死ねば、また代り者を鍛えなおすだけ、
そこに、弟子への思いやりや愛情は
一切なくただただ、機械的に
自分の名を次ぐ『バクリュウ』を選定しているだけだった。


「遅かったな。小僧。」

初老の男が少年に声を掛ける。
鋭い目で少年をにらめつけながらも、

その口調は、少年のことなど
どうでもいいという感じだ。

やはり、彼にとって少年を鍛える事は
道楽の一つにすぎないのだ。

「すみません。」

「ふん。さ、さっさと行け、
 研究所の者共が待っておるぞ。」

「はい。」

老人から背をむけ、
施設に向かって走る少年。

「ありがとう、鳴かないでいてくれて。」
忍び装束から、仔猫を取り出す。

しかし、その顔の
表情を変かわらず、その声に感情の篭っていない。

・・・・・・・・

「カケルくんどうしよう。この仔ミルク
 ぜんぜん飲まないよぉ。どうするにゃあ。」

困り顔のウリコ。
彼女が皿に汲んだミルクを
仔猫は一切飲もうとしない。

猫の獣人の彼女でも、さすがに
仔猫の言っている事などわからない。

「あ、駄目ですよ。ウリコさん。
 仔猫には牛乳だと濃すぎるんですよ。」

「へ、そうなの?」

「こうやって、すこし水で薄めて・・・。」
そして、仔猫の前に置く。

しかし、

「飲まないよぉカケルく~ん。
 病気なのかなああ。」
心配になりおろおろするウリコ。

「慌てないで下さい。
 仔猫は、まだ自力で排泄する事が出来ないんです。
 こうやって、濡れたガーゼで肛門を刺激してあげると・・・・」

ぷりぷりぷり。
かわいらしい音と共に
ウンチを出す仔猫。

「あ、ウンチした。」
あらかじめ、敷いておいたシートを綺麗に取替えながら
カケルは仔猫のお尻をガーゼで拭いてあげる。

「ほぇええええええ。」
その様子に感心しながら、目を丸くして見つめるウリコ。

「それから、こうしてタオルにミルクを吸わせて、
 ほら、ミルクだよ。」
 
と仔猫にタオルを近づけると
タオルにしゃぶりついて、
チューチュー音を立てながら、ミルクを飲む仔猫。

「ああ、飲んだ。飲んだよ。カケルくん。」

笑顔のウリコを見て、
また弱弱しくも、ミルクをしっかり飲む
仔猫の姿にカケルも自然と笑顔になる。

・・・・・・・・・・・・・

仔猫と少年との共同生活は、
困難を極めた。

まず、仔猫の育て方が判らない
少年は、研究所の書庫に忍び込み。

タイロンが獣人の調査のために
集められた資料を盗み出し、
その中で猫の生態に関するものから、
仔猫についての飼料を見つけてきた。

自分の部屋にあてがわれた
牢屋のような施設の一室で
資料を見ながら少年は、

(あの人から教わった事が
 こんな事に役立つなんて。)

いつもは、ひどいと
思っている師匠に思わず感謝する少年。

「こうやって、あ、ミルク・・・・飲んだ。」

昼間、自分用の食事にだされた
物を仔猫に与える。
少ない彼の食事を削ったかいが
あったか、仔猫は、元気にミルクを飲んでくれた。

冬だったのが幸いしたため、
ミルクは冷たいこの部屋においておいても、
へいきだったようだ。

しかし、夜寒いのは、仔猫にも少年にもつらい。

2人(?)は身を寄せ合い体を温めあう。

(なんだろう。この気持ち。
 なんだか、体だけじゃなくて、
 心がとても暖かい気がする。)

感情を一切知らず育った彼の中で
それが始めて芽生えた感情なのかもしれない。


だが、育て方が判っても、

仔猫の世話は、気が抜けない。

夜中はミルクはないと
夜泣きはするし、
昼間とて、ちょくちょく様子を
見にこなくては、ならない。



そのため、少年は、
ただでさえ、殺人的な忍者修行、
タイロンの薬物投与などの実験の上に

仔猫の世話とその毎日は熾烈を極めた。

しかし、元々あの男に鍛えられた
土台があった事が幸いし、

少年は、普通の人間では想像を絶するような、
環境にも耐えることができた。

そればかりか、
散々いろいろな所から抜け出したため、
彼の忍術も瞬く間に、上達していった。

・・・・・・・・・・

「はやく見つかるといいね。カケルくん。」

「そうですね。僕達では飼ってあげられませんから。
 なんとしても・・・・。」

カケルのマンションはペット厳禁。

獣人はいいのにペットはだめなのだそうだ。

またウリコの家も、八百屋、食品を扱っているので
動物は敬遠される。そればかりか
近くには、魚屋もあるため、
今、仔猫のうちはいいが、やはり猫は飼えない。

「でも、でも、飼い主さんがみつからないと
 この仔、保健所に・・・。」
いつもの明るさがなく、暗い顔の
ウリコ。短い間だが、この仔猫の世話をして
本当に心配しているようだ。

「大丈夫ですよ。うちの会社の人にも
 聞いています。絶対みつかりますよ。いい人が。」
 
「う、うん。」


・・・・・・・・・・・・・・

「師匠。今日は、いつまで走らせるんだ。
 早く帰らないと、あの仔が・・・・。」

今日は、忍術の修行が終わったら、すぐに帰って仔猫の
世話をしなくてはと思っていたカケル。

しかし、なぜか今日に限って、
夕方を過ぎても、修行は終わらない。

「ほう、あの仔がどうしたとな。」

老人の低い声に驚いて、横を見るカケル。

そこには、恐ろしい顔の老忍者が、
自分と同じスピードで走っていた。

自分のちいさな呟きが、男に聞かれてしまった事に驚く少年。

「ふん、たとえ声など聞こえずとも、口を読めば
 わかるわ。このばか者が。」

そうだ、この男も、少年と同じ、モグラ獣人
暗い所でも目が見え、
それ以上に、聴覚も鋭い。
さらに唇から言葉を読むなどたやすかった。

「ミー、ミー。」

横から聞こええる猫の声。

少年の仔猫は、首根っこを男に掴まれて鳴いている。

「ふん、こんなものにうつつを抜かしおって、」

「や、止めてください。師匠。」

「ほう、わしとやる気か、いいだろう。
 わしに勝ったら、こやつを返してやってもいいぞ。」

少年の目つきが変わり、
猫を持った男の手に手刀をむける。

すると老忍者は、仔猫を盾にするように
構えなおす。

少年は猫を守るため、
手刀をすばやく戻すと。

「ふん、甘いわ、こわっぱ。」
と老忍者のすばやいけりが少年を襲う。

攻撃を途中でやめた不自然な体制のため
よけきれず、腹にもろにくらってしまった少年。
だがなんとか耐えている。

「どうした、もう終わりか?」

男は余裕で構えている。

「そ、の仔をか・・え・・・」

腹を蹴られ、うまく喋れない少年。

「ふん。愚か者よ。こんな奴を
 守ろうとしたから、そんな甘さが
 お前を負けに追い込んでおると
 何故気が付かぬ。」


「だ、だまれ・・・・。」

「ほう、まだ、わしにそんな口が聴けるか。
 む、」

老人が身構えると、
ちいさな少年の姿は
茶色い獣に変わっていく。

「ピィーーーーーー!!!」

一気に、獣化し、
老人に襲い掛かる少年。

しかし、怒りのあまり
攻撃が単調になっている。

「ふふ、いい殺気だ。
 だが、怒りで我を忘れておるようでは、
 価値などない。
 氷のように冷静に状況を見据え、
 相手の息の根確実を止める、そう教えたはず。」

モグラ獣人の大きな両腕から繰り出される
攻撃を交わす、老人。

そして・・・・・、

「ミーーーーーー!!!」

と血まみれの仔猫が、宙に舞う。

少年が気が付いたときには、
猫は地面に落ち、血の海の中にいた。

「ピィィ!!」
(え、)

モグラの丸い頭を
黒く短い毛が覆い。
平べったい顔の輪郭が変わる。

鋭く、巨大な爪は、
少年の小さな指へと変わり。

「あ、あああ・・・。」

人の姿に戻った少年はしゃがみこみ。
呆然としている。

あの瞬間。何が起こったのか
よく覚えていない。

「ふん、状況判断も出来ぬ、
 愚か者め。これで思い知ったであろう。
 弱きものを守ろうとした
 それがお前の末路。
 わかったら、さっさと修行を続けぬか。」

そのまま、呆然としている少年。
その姿に、

「ふん。まあ、今日のところはもうよかろう。
 あんなものでも、こやつのいい薬に
 なれば、本望だろう。
 ふふふ。はははははははは。」

と高笑いを響かせ、男は消えるようにその場を立ち去る。

この男はかなり早い段階から、
仔猫の存在を知っていた。
そして、その存在が、少年の
成長にプラスになると考え、
今まで生かしておいた。

やがて、男の目をも、
ごまかして、抜け出せるようにまで
成長した少年の姿に
もはや、猫の存在は必要なくなったのだった。

(なんだろうこの気持ち、
 心に穴がぽっかり開いたみたいな。
 気持ち。これはいったいなんだろう。)
 
悲しみという感情を
知らない少年。
泣く事もできず、ただただ、
仔猫の亡骸を見つめている事しか
できなかった。

・・・・・・・・・・・・

カケルとウリコの呼びかけもあって
仔猫を飼ってくれる人は以外に早くみつかった。

「よかったね。カケルくん。」

「ええ、ほんと、やさしそうな人に
 会えてよかったです。」

「ミーちゃんも、幸せそうだったもんね。」
ちょっと、泣いているウリコ。

ミーちゃんと名前までつけてかわいがった
仔を里子に出すのは、やっぱりつらかったのだろう。

そんな、ウリコをなにも言わず抱きしめるカケル。

「ふぇええ、ミーちゃん。ホントは・・・・、
 ホントは、お別れなんかしたくなかったよぉ・」

やさしい彼の胸に抱かれてウリコは
声を出して泣き出す。

そんな時、カケルは、
ふとあの猫を思い出す。

(そういえば、あの仔に僕はなんて
 名前を・・・・・あッ!。)

そう彼は今になって気が付いた。
自分が、あの時
仔猫に名前すら付けていなかった事を。

しかし、それも無理はない。
なにせ彼自身、研究所にいたときには、
自分の事を名前で呼んでもらう所か、
名前を付けて貰っていなかったのだから。

あの師匠という男も、
結局、少年を名前で呼ぼうなどとは思わなかった。

(ごめん、僕は、・・・・
 あの時、せめて、名前だけでも・・・・。
 そうだ、あの時僕は、『君』が死んでしまったのに
 涙の一つも流して上げられなかった。
 ごめん。本当にごめん。

そう思った、カケルの目にも、涙が。

今生きる仔猫の別れに涙する少女。

かつて生きた仔猫との別れを想い涙する少年。

ちいさなの恋人達は、
お互いが涙が止まるまで、
そのまま強く抱き合い続けた。

	
おわり
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