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俺にトラウマを与えた女子達がチラチラ見てくるけど、残念ですが手遅れです 作者:御堂ユラギ

第一章 手遅れな彼

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第5話 お昼休みはウキウキウォッチング

「何故、神は俺に試練を課そうとするのか……」


 俺は茫然自失で黒板を眺めていた。昨夜、突如環境意識の高まりと共に意識高い系にクラスチェンジした俺は、まずは出来る事から始めようと筆記用具のシャープペンシルを全て鉛筆に交換した。プラスチックの削減である。その場ではニヤニヤと悦に浸っていたのだが、授業が始まってから気づいてしまった。これ削ってねぇじゃん。何で誰も鉛筆削り持ってないの?


 全く削られていない新品の鉛筆が3本。俺は無力だった。削られていない鉛筆など、飛ばない豚並みに価値がない。こんなの転がして遊ぶしか使い道がないよね。小学生かよ! おかげで午前中の授業を一切ノートに取ることが出来ていない。筆記用具を借りれば良いのにと思うじゃん? でも、陰キャぼっちの俺には難易度が高い。それにシャーペンを借りて使うくらいならそもそも環境意識に目覚めていない。そんなわけで俺はこれから購買に向かわなければならないのだった。


 立ち上がりかけると、誰かに呼び止められる。


「雪兎、お昼一緒に食べない?」

「嫌どす」


 思わず京都弁が出てしまったが、俺と京都には何の関係もない。接点ゼロである。昔、一度行ったことがあるが、外国人観光客の声ばかりで「ここは日本か?」と逆に疑問に思ったくらいだった。


 それはどうでもいいが、声の主を確認する必要はない。俺がこの声を聞き間違えるはずがないからだ。それだけ長い時間を一緒に過ごしてきた。硯川灯凪。その名前にズキリと鈍い痛みが走る。


「硯川、俺に関わろうとするな」

「な、なんで? 私達クラスメイトでしょ。それに幼馴染じゃない!」

「それは昔のことだ。今はもう違う」

「なんでそんなこと言うの? それは雪兎が勝手に決めてるだけでしょ」


 硯川灯凪。かつて好きだった幼馴染。俺が恥ずかしくも両想いだと勘違いしていた相手。告白しようとして、その前にフラれてしまった哀れな道化が俺だった。


「硯川、他の奴と食べてくれ。俺は彼氏に悪いからいいよ」

「――――ッ!」


 ざわり、と教室内に衝撃が走る。しまった。硯川に彼氏がいることは中学時代は割と知られていて有名だったが、高校ではそうでもない。俺は迂闊にも硯川の個人情報を漏らしてしまったかもしれない。


「こんなことも許してくれないの……?」

「硯川、お前の為だ。もし俺だったら自分の彼女が異性と親しくしていたらあまりいい気分はしない。ただのクラスメイトならともかく、それが幼馴染だったら尚更だ。お前だって彼氏が他の女と仲良くしてたら嫌だろ?」

「だからそれは――!」


 俺が硯川と幼馴染の関係を解消した理由はまさにそれだった。クラスメイトと一緒に食事しているくらいで嫉妬するような狭量な男はいないだろうが、それが異性の幼馴染となると話が変わってくる。


 硯川が他の奴を選んだ時点で俺が一緒にいるわけにはいかない。異性の幼馴染と距離が近いのを見れば彼氏としては不安になるだろう。それに硯川は本気で彼氏のことが好きみたいだしな。付き合って、()()()()()をしているくらいだ。それだけ仲睦まじいのだろう。だとすれば俺に出来る事は距離を置くことしかない。何故、硯川がそんな簡単なことに気づかないのか分からない。元の関係のままいることなんて出来やしないのに。


「悪いな。それに俺は今から購買なんだ」


 昔、好きだったからこそ硯川には幸せになって欲しい。そう願う俺が破局の原因になるわけにはいかない。失恋した哀れな男に居場所はない。俺は硯川に近づいてはいけない存在だ。それに、じゃあ今はどうなのか。俺は今でも硯川が好きなのだろうか。多分それを俺が理解する日は――もう来ない。




‡‡‡




 九重雪兎の爆弾発言でクラスはざわついていた。


「え、硯川さんって彼氏いるの?」

「やっぱりあれだけ美人だと彼氏いるのか……」

「えー。俺狙ってたのに」

「誰、この学校の人?」

「あっ、そういえば硯川さんって中学の頃――」



「――止めて!」


「ごめん、お願い……その事だけは言わないで……」


 悲鳴にも似た声が教室内の空気を引き裂いた。それは拒絶。その話をすることを許さないという絶対の意思。憔悴する硯川の様子は、何もかもを否定していた。


「ご、ごめん硯川さん……」


 教室内は一転、静まり返っていた。お昼休み。本来明るく賑やかな時間に似つかわしくない重苦しい沈黙が支配していた。


「私が悪いの……全部私が……」


 小さく漏らした硯川のその声を聴いている者は誰もいない。




‡‡‡




 何故俺はよりにもよってアンパンを2つも買ってしまったのか。普通、違う味を選ばない? 若気の至りとしか言いようがない。永遠の謎は意外と身近なところに転がっていた。学食は既に人で一杯だった。外に出て何処か一人になれるような静かな場所を探していると、非常階段を見つける。陰キャな俺には最適なスポットではないだろうか? ここにしよう、そうしよう。


「――相馬さん、俺と付き合って欲しい」


 辿り着いた理想郷では告白が繰り広げられていた。ここって告白スポットだったりする? だとすればユートピアは早くも崩壊だが、何気に告白シーンを見るのは初めてなので物珍しい。といっても、他人の恋路程どうでもいいことはない。とりあえず俺はそんなやり取りは一切合切無視して階段に腰を下ろした。


 ふぅ。やっぱり甘いパン2つは失敗だったな。因みに俺は毎週2回ほど購買と学食を利用している。母さんが忙しい分、自分で3日間は弁当を作っているが、流石に毎日は面倒なので2日間は購買か学食だ。当然、一緒に姉の分も作っているが、2日間は姉さんがお弁当を作ってみるのも良いのでは? と、さりげなく提案したところ5000円貰ってしまった。買収である。何故か目を合わせてくれない。まぁ、苦手な姉にやらせても残念な結果になるだけなので別に構わないけど。


「あの……君、何か俺達に用事かい?」


 何故かさっきまで告白をしていた男性が話しかけてきた。上級生らしい。


「え? すみません俺達初対面ですよね? 用事なんてありませんけど」

「えっと……君は……」


 ちょっと何を言っているのか分からない。そもそも俺、関係なくない? 何をもって用事があると勘違いしたのだろうか。告白なんて重要なタイミングで俺を巻き込む必要ある?


「じゃあ君、何故ここに来たの?」

「あぁ、そういうことですか! いや単純に何処か1人になれて落ち着ける場所がないかと探していたら辿り着いただけです。俺は陰キャぼっちなので空気のようにいないものと扱ってくれて構いません。ミツオビアルマジロのように口も堅いですし。さぁ、どうぞ続けて続けて」


 腑に落ちなそうに首を捻りながらも渋々納得してくれた。納得してくれないと困るけど。


「えっと……じゃあ、相馬さん返事を貰っていいかな?」


 チラチラと視線をこちらに送りながら先輩(男)と先輩(女)が、緊張感のあるやりとりをしている。空気中の含有成分ヘリウム並の存在感しかない俺を気にする必要もないと思うのだが、これだから小心者は困る。


「ご、ごめんなさい」チラ

「理由を聞いても良いかな?」チラ


 口の中で餡で甘すぎて身体が猛烈に水分を求めている。こういうときは牛乳に限る。実はこう見えて身長伸ばしたいんだよね俺。


「えっと、貴方の事、良く知らないので」チラ

「知るために付き合ってみるっていうのは? それとも好きな人がいるの?」チラ

「そういうわけじゃないんだけど、ごめんなさい」チラ

「はぁ。分かった。諦めるよ。来てくれてありがとう」チラ


 どうやら終わったらしい。先輩(男)が去っていく。折角発見した憩いの空間を邪魔するとは先輩であってもギルティだ。すると、何故か隣に先輩(女)が座ってくる。いや、早くアンタも戻れよ。


「はぁ。困っちゃうよね。こういうの」

「現在進行形で困っているのは俺ですが」

「あはは。君、本当に何しに来たの? まさか君も私に告白とか?」

「己惚れが凄いですね先輩」

「さっきの彼も良く知らないんだ。相手のこと知らないのに告白されても、何も言えないよね」

「おいおい、誰も聞いてないのに話し出したよ」

「君、本当に下級生? 容赦なさすぎない? 上級生は敬うものじゃない?」

「アンパン2つの謎に比べれば興味ないので」

「私ってアンパンに負けてるの……?」


 さっさと帰れよ! どう見てもヤバい女だった。何故急に自分の心境を初対面で無関係の下級生に話し出したのか、俺を壁か何かだと勘違いしているのかもしれない。


「良いじゃない。少しくらい話を聞いてくれても。どうせ友達いない陰キャなんでしょ?」

「自己顕示欲丸出し先輩!」

「ご、ごめん怒った?」

「いえ、自己顕示欲丸出し先輩って良い人ですね。俺の周りはどいつもこいつも陰キャぼっちだと認めてくれない奴ばかりなので感動しているところです」

「うーん、急に私も認めたくなくなってきちゃった」

「そりゃないよ自己顕示欲丸出し先輩」

「というか、それ止めてくれる!? 史上かつてなく恥ずかしいんだけど!?」

「じゃあ自己顕示欲先輩の方が良いですか?」

「全部だよ全部! 頭おかしいよね君?」

「じゃあなんて呼べば――あっ、やっぱ興味ないので良いです」

「腹立つ! なんかめっちゃ腹立つ!」


 なんかこの人、さっきの先輩(男)がいた頃と雰囲気が変わっている。お淑やかそうな印象だったが、随分と明るい性格のようだ。


「私は相馬鏡花(そうまきょうか)。2年生だからよろしくね」

「なんで俺、クリームパンにしなかったんだろ……」

「聞いてよ! お願いだからパンより興味持ってよ!?」

「えぇ……」

「そこまで嫌そうにする!? ほら、君の名前、名前教えて?」

「九重雪兎です」

「へー。九重君って言うんだ。そういえば2年にもいるよ」

「あぁ、姉さんですね」

「え!? 君、あの九重悠璃さんの弟なんだ?」

「DNA鑑定の必要はあると思いますが」

「自虐が怖くて笑えないから程々にしようね?」

「はい」


 俺としては自虐ではないのだが、とはいえこれを姉さんに言ったら、どんな目に遭うか分からないので迂闊なことは出来ない。


「ふーん。君さ、今後もここに来る?」

「普通に教室で食べるときもあるので、週1回か2回くらいですかね」

「そっか。私もたまにここに来ようかな」

「面倒くさいなぁ……。あっ、いい意味で」

「いい意味でって言えば何でも許されるわけじゃないからね!?」

「そうだったのか……勉強になります」

「ちょっと落ち込んでたけど、君と話して気持ちが楽になったかも。ありがと」

「相談料貰っていいですか?」

「あはは。分かった。今度クリームパン驕ってあげるから」

「女神か……。これから女神先輩と呼びますね」

「止めてくれる!? なんか君、本当にそう呼んできそうで冗談が通じないタイプっぽいから怖いんだけど」

「俺の人生が冗談みたいなものですからね」

「だから、それが笑えないんだけど!」


 結局このまま昼休みが終わるまで先輩と話すことなり、俺の陰キャぼっち計画はまたしても水泡に帰した。いったい俺はいつ目的を達成出来るのか、静かなスクールライフを求めるばかりである。

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