第4話 分相応な部活
「おい、爽やかイケメン。少しくらい顔の出力を抑えろ」
「やっと登校してきたか」
「なんだ、なにかあるのか?」
「まぁな。色々と聞きたいことがあるんだが――」
朝、教室に着くなり光喜と不毛なやりとりをしていると、誰かが元気よく割り込んでくる。陰キャにとって朝からこのテンションを維持できる陽キャは天敵に他ならない。早くも疲労感に襲われるが、案の定、俺のライバル桜井香奈だった。
「おはよー九重君!」
「桜井さんか。おはよう。昨日は行けなくてごめん。どう楽しめた?」
「あはは。最初は和気藹々と楽しんでたんだけどねー」
「ん? 何かあったの?」
言葉尻を濁す桜井の態度は先程の光喜と似通っていた。思わせぶりな態度、若干言い難そうに言葉を濁している事から考えれば、どうせ面倒なことだろう。一切、関わりたくないが、ふと、俺の灰色の脳細胞が真実に辿り着く。
ははーん、なるほど。さては修羅場でも発生したな?
ありそうな可能性としては、遊んでいる途中で誰かが爽やかイケメンに告白し、それに危機感を持った他の女子も告白して修羅場が発生したのだろう。それで途中からギクシャクしてしまい、今日も引きずっているというわけだ。あまりの完璧な推理に自画自賛してしまう。これまでモテたことがない、彼女いない歴=年齢の俺と違い、入学して早々色恋沙汰とは浮かれたものだね。
「あのさ。九重君って、硯川さんと神代さんと知り合いなの?」
「まぁ、知り合いと言えば知り合いだけど」
な、何故エリザベスがその名前を!? 昨日の姉さんに引き続き2人の名前を出されて動揺してしまう。俺の知らないうちに世間では硯川と神代ブームが起こっているというのか? ならば、俺に出来る事はブームを華麗にスルーするー。
「それって聞いて良い話?」
「別に何もないって。ただの知り合い。硯川とは昔、家が隣同士で幼馴染だっただけ。神代は中学の頃、部活で交流があっただけだから」
「このクラスの2大美女と九重君にそんな繋がりがあったんだね」
「俺の知らぬ間に早くもそんなカーストカテゴリーが出来ていたとは……」
「いや、でもあの様子はどう見ても、そんな感じじゃ――」
2大美女という地位はバラモンなのかクシャトリアなのか。少なくとも俺と同じ階層ではないだろう。最高位の位置づけだとすれば俺が話しかけることも烏滸がましいが、それならそれでむしろ気は楽なので全く問題ない。特にこっちから話す事もないしな。
「おら、さっさと席に着け問題児――」
小百合先生が教室に入ってくる。ひとまずこの話題が終わりになり、ホッと一安心するが、え、いつの間に俺、問題児になったの? っていうか、それ仇名!?
ここら辺で改めて言っておこう。
昔から俺はとにかく女運が悪かった。
この歳にして女難の相を極めし者といっても過言ではない。
母さんからは疎まれているし、姉さんからは嫌われているし、両想いだと思っていた幼馴染に告白しようと思えば先に彼氏を作られてフラれるし、そんな傷心中に嘘告のターゲットにされたりと、とにかくロクな目に遭わない。他にも色々と面倒で厄介なトラブルや不運に巻き込まれ続けた結果、いつしか俺はすっかり感情がぶっ壊れていた。
他人と深い関係を結ぶことが苦手だ。
それ以前に相手の感情を察すことも共感することも出来ない。
傷つきたくないとか、恐がっているとかそういうことじゃない。単純にもうその手の感情が理解出来ないだけなのだ。今となっては、人と関わることも面倒だと思うようになっているが、一方で、上辺だけ仲良くすることは得意なわけで、何せそれで誰かが困ることはないしね。円満に生活を送ることが出来るのであれば、それは俺の処世術と言っても良いだろう。
このクラスにアイツ等がいる事を知った時点で、俺の高校でのミッションは、陰キャとしてクラスメイトとの接触を極力最小限にしつつ洞窟の中で密かに光り輝くヒカリゴケのように地味で平和に過ごす事だったが、思わず自己紹介で憤りをぶちまけてしまった結果、何故か隣の爽やかイケメンに気に入られてしまった。
このままではマズイ! 俺の陰キャ計画が破綻しかかっている。
だが、俺には切り札がある。陰キャと言えばそう――
「雪兎は部活、何かやるのか?」
ふっふっふっ。待ち望んでいた話題が来てしまったか。罪深き男な俺。放課後、ダラダラ光喜と雑談していると部活の話題になる。逍遥学園は特にスポーツが優れているというわけではないが、それなりに運動部は活発だ。といっても、有難い事に全員が何らかの部活に所属しなければならないという規則もない比較的緩やかな校風が魅力だった。
「そういうお前はどうなんだ?」
「色々と運動部に誘われてるんだけどな。考え中だ」
「ッチ! これだから陽キャは。いいか良く聞け。陰キャな俺に相応しい部活と言えば一つしかない」
「ユキ!」
このクラスに俺を下の名前で呼ぶ奴は現状、隣の爽やかイケメンしかいないはずだが? と、思い振り返ると、金輪際関わり合いになりたくない予想外の人物だった。
「神代か」
神代の表情がいきなり険しくなる。え、何か気に入らないことでもあった? 女子というのはまるで良く分からない。姉さんもいきなり機嫌が悪くなったりするし情緒不安定なのかもしれない。モテない俺に女性の感情の機微を理解しろというのは難しい要求だった。
「名前、呼んでくれないんだね」
「そんな仲じゃないだろ」
「そう……だね……」
いきなり何を言いだすんだコイツは? 女子を馴れ馴れしく呼び捨てなんか出来るはずないだろ。それが許されるのは巳芳のようなイケメンだけである。俺がそんなことをすれば明日から罪人として吊し上げられることになる。
「あのさ、ユキはバスケ部に入るんだよね? 私ね、男バスのマネージャーになろうと思っているの! だから今度こそ一緒に――」
バスケか。中学時代の3年間、バスケに打ち込んでいたことを思い出して懐かしくなる。だが、残っているのは嫌な思い出ばかりだ。自分で立てた目標も達成出来ず、何の成果も出せなかった。ただチームに迷惑を掛けた記憶しかない。前に進む為に打ち込んだはずが、それすら果たせず停滞していただけだった。
「神代、俺はもうバスケはやらない」
「え? ……嘘だよね? だって、あんなに――」
「もう全部終わったんだ。なんのモチベーションもない」
「ずっとバスケやってたじゃん!」
「その結果どうなったのか、お前が一番良く知ってるだろ」
表情がハッキリと歪んだ。普段は快活な神代が、今にも泣きそうな目でこちらを見つめていた。その視線を逸らすことなく、真っすぐに見つめ返す。それで俺が本気だと言う事が分かるだろう。
「
「違うの! ごめんなさいユキ! アレはそんなじゃなくて――」
「そもそも陰キャな俺がバスケなんてやるわけないだろ。陰キャに相応しいのは古今東西、帰宅部と相場が決まっているからな! ってことで、俺はさっさと帰る。じゃあな。マネージャー頑張れよ」
「――待って!」
呼び止める神代を無視して、俺は玄関に向かって歩き出す。
部活部活で中学時代は放課後全然遊べなかった。青春を浪費していたとも言える。そういう意味でも高校では帰宅部としてゆるーくスクールライフを楽しむつもりだ。今更ボールを触っても何の感情も湧いてこない。あのとき抱えていた熱気、熱量は全て失われてしまった。もう昔みたいには向き合えないだろう。
「昔みたいに……か……」
その呟きは誰に聞かれることもなく、風に溶けて消えていった。
‡‡‡
昨日のカラオケでの一コマを再び見るかのようだった。教室内がざわついている。今度はクラスメイトの目撃者も多い。渦中の真っただ中だった。
(九重君、アレで何もないはないでしょ! 昨日の今日でまた修羅場!?)
クラスメイトがチラチラ神代に視線を向けているが、当の本人は唇を噛みしめたまま、教室の入り口を見つめていた。教室の喧騒にはまるで気づいていない。
「あのさ、神代さん。男バスのマネージャーになるんだ? 俺バスケ部入ろうと思っているから嬉しいよ」
「ごめん、考えさせて」
「え?」
神代に気があるのだろうか。うっすら笑みを浮かべたモブが神代に話掛けるが一蹴される。今は明らかに声を掛けるタイミングではない。そんなことも分からないような男は所詮その程度だろう。
(プププ……笑っちゃいけないんだけど、ちょっと伊藤君、可哀想……)
(えぇぇぇ!? なに、じゃあ神代ちゃんは九重ちゃんの為にマネージャーになろうとしてたってこと?)
「雪兎は帰宅部なのか残念だな。俺も運動は好きだけど、部活は中学時代散々やったし、だったらここは俺も帰宅部にしてみるか」
一人、巳芳だけが空気を読まず、そんなことを呟いていた。