第2話 親睦会は修羅場な彼女
カラオケに集まったのは12人。実にクラスの1/3が参加していることになるが、巳芳と桜井が音頭を取ってクラスメイト全員に声を掛けた甲斐もあり、特定のメンバーやグループで固まるということもなく参加者のバランスは取れている。カラオケに向かった一同は、2部屋取り、思い思いに交流を楽しんでいた。
「ってかさー、九重ちゃんのアレなんだったの?」
「そうそう、聞きたかったのに来れなくて残念だよ」
1時間ほど経過し、互いの警戒心も徐々に薄れてきた頃、おもむろに九重の話題になる。ギャルの
「絶対危ない奴だって。いきなり自己紹介でぶち切れる奴とかありえないでしょ」
「心配ないって一成。雪兎は面白い奴だよ」
「巳芳っち、やたらと九重ちゃんのこと好きだけど、なにかあるの?」
「ちょっと昔、色々とあってな」
「え、知り合い?」
「いや、あっちは憶えてないだろうし、俺も直接会話したのは今日が初めてだ。でも、アイツが凄い奴なのは知ってる」
「巳芳君ってスポーツ万能だよね? その巳芳君がそう言うってことは九重君って運動出来る人?」
「――もしかして、巳芳君、中学時代バスケやってた?」
と、別の方向から声が割り込んでくる。
「あれ、俺のこと知ってるの?」
「ううん。そういうわけじゃないけど、ユキのことを知ってるってことはもしかしてと思って」
「あー、そうだな。ひょっとして神代もバスケ?」
「うん。私はユキと同じ中学だったの。私も女バスやってたから……」
「へー、そうなんだ。もしかして雪兎があのとき出てこなかった理由知ってたりする?」
「――ごめん、話せない」
「……そっか」
何かしら含みのある会話を繰り広げる2人を興味深そうに桜井達は見ていた。
「あのさ、神代さんって九重君と仲良かったの?」
「……逆かな。私はユキに嫌われているから」
「なになに? 神代ちゃんどういうこと?」
伏し目がちに話す神代からはこれまで見せていた快活な雰囲気が霧散していた。
「ユキが今日来なかったのは、きっと私の所為だから――」
「違うわ。雪兎が来なかったのは、私がいるからよ――」
「ん?」
「え?」
全く同じ内容の言葉を伴って突然乱入者が現れる。
硯川灯凪。クラスでもトップクラスの美女であり、神代と並ぶ2大美人が勢揃いしていた。彼女もまた普段の雰囲気とは一変し暗い影を落としている。
「2人共、九重君と知り合いなの?」
「なんだよ先に教えてくれよ。アイツどんな奴なんだ?」
高橋の問いかけが聞こえてないのか、2人は互いに視線をぶつけ合う。
「ごめん、神代さん。ちょっと良く分からなかったんだけど、貴女の所為ってどういう意味?」
「硯川さんこそ、ユキとどういう関係なんですか?」
(ね、ねぇ! なにこれ何で急に修羅場が始まってるの!?)
(分かんないって。あの2人と九重ちゃん知り合いっぽいけど、訳あり?)
「雪兎、お前なにやらかしたんだよ……」
一人爆笑している巳芳を尻目に、親睦会は突如ギスギスし始めていた。
‡‡‡
九重雪兎は中学の頃バスケ部に所属していた。男子も女子も部活は体育館を使うこともあり、同じ部活同士交流もある。といっても全員を知っているわけではない。1年の頃は、九重雪兎のことなど全く知らなかった。私、神代汐里が彼に興味を持つようになったのは2年の夏からだった。
彼に何があったのか分からない。いつからそうだったのかも分からない。けれど、ちょうどそれくらいの時期から、彼はメキメキとバスケの実力を伸ばしていった。けど、それは決して才能とかそういうものじゃない。そんな言葉で片付けるのは彼を否定することになる。彼は誰より練習したから誰より上手くなった。きっとそれだけのことなのだから。
雪兎はバスケにのめり込んでいった。まるで何かを振り払うかのように打ち込んでいた。放課後も残ってずっと彼だけが練習していた。夏休み、彼1人だけが練習していることもあった。学校だけじゃない。公園に設置されている野外コートで練習している姿も見かけたことがある。
女子の中でも背が高い私はパワーフォワードを担当していた。その頃、私はあまり部活に熱心じゃなかった。大会で上位を目指せる程チームが強いわけでもない。もともとそこまで運動部に力を入れている学校でもなく、男子も女子もチームメンバーは程々に部活を楽しんでいた。
でも、彼だけは違った。彼だけは何かに憑りつかれたようにボールを持ち続け、リングに向かってシュートを打ち続けていた。何かに駆り立てられるように、何かを忘れようとするように。
そんな姿に喚起されたのだろうか、いつしか男子の部活にはこれまでにはなかった真剣さが含まれるようになっていた。彼もポイントガードとしてトップクラスの選手になっていた。そんな彼がいれば上を目指せるかもしれないという期待感が、いつしかバスケ部を変えていた。
――すごい、と思った。
とても素直な賞賛。姿勢だけで誰かに影響を与えられる凄い人。私なんかとは違う。羨ましくて、眩しくて、その背中をいつまでも見ていたいと思う反面、自らを顧みない彼の危うさが不安で、いつしか私は九重雪兎に話掛けるようになっていた。
しばらくして、私は彼をユキと呼ぶ程親しくなり会話も増えていった。部活以外の場所でも気軽に会話するようになっていた。それは、これまであまり異性の友達がいなかった私にはとても楽しい時間だったんだ。彼はとても優しく懐が深くて、同級生とは思えない程達観していた。話しているだけで安心できる大切な人だった。
今ならハッキリと分かる。私は九重雪兎に惹かれていた。
でも、そのときの私は、まだその気持ちを素直に認められるほど大人じゃなかった。初めての感情を整理できず、曖昧な気持ちのまま彼に声を掛け、自分の感情に目を背けた結果、あんなことをしてしまった。
今から思えばそれが全ての失敗だった。最初から彼に近づかなければ良かった。結局、私は彼を最低な形で裏切り、彼を傷つけ、彼から全てを奪ってしまったのだから。
‡‡‡
「……私は雪兎の幼馴染よ」
「もしかして、ユキが変わったのは貴女が原因ですか?」
「そうね。でも、貴女はなんなの? 貴女は雪兎に何をしたの言いなさい!」
「わ、私は――」
「ストップ、ストップ!」
深刻そうにやり合う2人を見かねた桜井が仲裁に入る。
「今日は親睦会だから! ね? 2人共仲良くやろ?」
「はぁ。私は帰るわ」
「雰囲気悪くしてごめんね桜井さん。私もあっちの部屋に行くね?」
去っていく2人を尻目に部屋の中には居た堪れない空気が漂っていた。
「こ、この空気どうしよう?」
「ほら、一成何か歌え」
「え、俺に振るのかよ!?」
「九重ちゃんの話は今度本人に詳しく聞くってことで」
「あの雰囲気だと絶対ロクなことにならないよぉ……」
いったい3人に何があったのか、突如勃発した2大美人の修羅場にカラオケを楽しむ気分でもなく、すっかり気もそぞろなクラスメイト達だった。