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俺にトラウマを与えた女子達がチラチラ見てくるけど、残念ですが手遅れです 作者:御堂ユラギ

第一章 手遅れな彼

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第1話 壊れている彼

 逍遥高等学校。1-B組。

 高校に入学したばかりの1年生にとって、新しいクラスでの自己紹介というのは今後を左右する重要なイベントと言える。無難に済ませるのか、或いは華々しく高校デビューを飾るのか、同じクラスになったクラスメイト達の「こいつは味方なのか敵なのか」という剣呑な視線が俺にも突き刺さっていた。


 だが、心配は要らない。俺は人畜無害の陰キャだから!

 既にスクールカーストの選定は始まっている。ここで一発ウケを狙ってみたいが、そんなリスクを背負うつもりはさらさらない。無難にやり過ごす事で、存在感の薄い人という鉄壁アピールをかますべく完璧なプランを俺は立てていた。


 そんなことは重々分かっていたのだが、俺の口から飛び出したのは、真逆の言葉だった。


「くたばれ悪魔め!」


 突然の怒号にクラスメイト達がビクッと反応すると、一様にドン引きしていた。しょうがないよね。だって俺だってそう思うもん。なんだよエクソシストかよ。


 隣を振り向くと、担任の藤代小百合(ふじしろさゆり)先生も顔を引き攣らせていた。今年初めて担任を任されたばかりだけあって、教師というには随分若い。


「お、おいどうしたんだ? 何か悩みでもあるなら聞くが?」


 なにこの先生、良い人すぎない? 言葉使いはぶっきらぼうだが、本当に心配しているであろうことが目から伝わってくる。素晴らしい担任に出会えた奇跡に感謝するしかない。


「いえ、すみません。ちょっとどうしようもない世界の理不尽さを体感して衝動的に言ってしまっただけで他意はありません」

「それで心配するなっていうのは無理があると思うが……」


 なんでこのクラスにアイツ等がいるんだよ!

 出来れば顔を合わせたくなかったのだが、悪戯な神の巡り合わせとしか思えない。最早、憂鬱の一言である。いきなりこのような暴挙に出てしまった理由は当然あるが、それをこの場で口にするわけにもいかない。


「俺は九重雪兎。このクラスでは陰キャぼっちを目指している。今後は主に寝たフリをして過ごそうと思っているので出来る限り関わらずに空気のような存在だと認識してくれると嬉しい。因みに俺は大らかなので「なにあれ感じ悪いー」的な陰口を叩かれても全く気にしない。存分に言ってくれて構わない。ま、俺みたいな陰キャに話掛ける奴なんていないか! HAHAHAHAHA」


 真顔で笑ってみる。クラスメイト達は既に俺から目を逸らしていた。俺の一部の隙も無い見事なアピールによって言わんとしていることは十二分に伝わっているようだ。物分かりが良い事は人生を生き抜く秘訣でもある。


「っておい、入学早々一年を棒に振るようなこと言うなよ!」

「大丈夫ですよ先生」

「な、何がだ?」

「俺は既に人生を棒に振っているので」

「なんなんだよお前は!? なんか妙にリアルっぽくて怖いんだよ!」


 さりげない関わるなアピール。本当だったらクラスメイトと一緒にキャッキャウフフな楽しいスクールライフを送る未来もあっただろうが、その目論見が一瞬で破綻した今、俺に残されているのは貝のように大人しくしていることだけである。来年から本気出す。多分。


「とりあえず九重、お前が問題児だと言う事は理解した」


 小百合先生のとんでもない発言に憤慨してしまう。


「品行方正な俺の何処が問題児なんですか! 俺と先生の仲じゃないですか」

「お前との仲なんて1時間もねーよ!」

「さっきはあんなに優しい言葉を掛けてくれたのに」

「彼氏面すんな! あと真顔すぎて恐いんだけど!?」

「俺、先生だったらオーケーですから」

「私もギリギリ許容範囲内だよクソ!」


 ――ハッ! 思わず先生と茶番を繰り広げてしまった。こんなことをしている場合ではない。目立つことは俺の本意ではないのだ。


 無駄に傷を負って席に戻ると、隣の席に座っていた爽やかイケメンがゲラゲラ爆笑していた。見るからにクラスの中心的ポジションになりそうな奴だが、誰だコイツ?


「アハハハ! お前、面白いな!」

「目玉付いてんのか。どう見ても無難な挨拶だっただろ」

「お前みたいなのがいるなら、この一年楽しくなりそうだ」


 とりあえず、俺の中でのファーストインプレッションは主人公属性のウザい奴に決定した。他のクラスメイト達が自己紹介を進める中、スマホのアプリゲームを起動すると、朝、コンビニで買ってきたばかりのギフトコードを読み込んで早速課金に勤しむ。


「雪兎、連絡先交換しようぜ?」


 スクールカースト選定の儀式が終わると、ガチャを回していた俺にさっさく隣の爽やかイケメンが話しかけてきた。いきなり下の名前で呼びかけてくるというイケメンにしか許されないムーブをいとも容易くやってのける。これが同じ種族だと言うのは納得いかない。


「藪から棒に攻めてきたな田中」

「ちげーよ! 俺は巳芳光喜(みほうこうき)。さっき自己紹介しただろ?」

「悪いが、一つも聞いてない」

「マジでお前何しに来てるんだ。初日から飛ばしすぎだろ……」


 俺はガチで何も聞いていなかったのだが、巳芳と名乗った爽やかイケメンが何故話しかけてきたのか気にならないこともない。


「だいたい俺の話聞いてたか? 俺みたいな陰キャ中の陰キャ、キングオブ陰キャに話しかけてどうする? 俺はこのクラスのスクールカースト最底辺を舐めるように這って生きていくつもりだ」

「お前の何処か陰キャなのか全く分からないが、どう見ても一番目立ってたぞ。お前より面白い奴の記憶がない。まぁいい。俺と友達になろうぜ?」


 何を言ってるんだコイツは?

 俺のパーフェクトアピールを聞いてなお、友達になろうなどと言ってくるとは、何かしら思惑があるに違いない。とりあえず目の前の爽やかイケメンを凝視してみる。そして俺は気づいた。


 ははーん、なるほど。さてはコイツ俺を引き立て役にするつもりだな?


 こいつは俺という陰キャを隣に置くことで、爽やかイケメンという主人公属性の自分を最大限引き立てるつもりなのだ。そう、俺はモブである。


「巳芳、なんて悪辣な奴。だが、何を考えているのか分からない奴より打算で声を掛けてくる奴の方が付き合い易いかもしれない」

「ボロクソに言われている気がするが、絶対に何か勘違いしてるだろ?」

「で、友達って何するんだ? 金払えば良いのか?」

「いきなり不安になるようなこと言うなよ! お前の過去に何があるんだよ!」

「こんなことで俺の陰キャぼっち計画が破綻してしまうとはな……」

「言っとくけど、恐らく第1印象は完全にヤバい奴だからな」

「まぁ、問題ない。よろしくな光喜」

「お、おう。急に素に戻るのな。どんなメンタルなんだよ。……ま、それはいいか。とりあえずこれからよろしくな!」


 突如イケメンスマイルがフラッシュされ目が潰れそうになる。思わず魂が浄化されかけるが、少なくとも良い奴っぽいので心の中で印象を修正しておいた。今度からサングラスを着用しよう。


「ところで雪兎、お前放課後どうする?」

「は? 何かあるのか?」

「えっとね、折角同じクラスになったんだし、行ける人達で親睦会やろうと思ってるんだけど、カラオケ、九重君も来ない?」


 光喜と話していると、後ろから女子が話しかけてきた。ふわっとした栗色のボブカットが似合っている。こんな早々にクラスメイトで集まるイベントを企画するなど、如何にもコミョ強と言わんばかりだ。これはまさしく陽キャ中の陽キャ。俺の対極にいるライバルといっても過言ではない。ヘビとマングース。いずれ決着を付けなければならないだろう。この女子は要注意だ。


「陽キャキングか。いや、女だからクイーンか。エリザベスと呼んでいいかな?」

「私、桜井香奈(さくらいかな)って言うんだけど、なんでエリザベスなの!?」

「相容れぬ者同士か……。でも、良く俺を誘う気になったね?」

「巳芳君と話しているの見てたら、九重君そんなに悪そうな感じもしなかったし」


 視線を向けると、話しかけてきた女子の周りに複数のクラスメイト達が集まっていた。参加するメンバーだろう。そのメンバーをサッと見渡して俺は決めた。ありえない、地獄じゃないか。


「ごめん、桜井さん。今日は俺これから用事があって行けないんだ。誘ってくれてありがとう。俺の分まで楽しんできて」

「そっか、残念だけどしょうがないね! また誘うね!」

「うん、楽しみにしてる。じゃあ――」


 まだまだそれぞれが顔色を伺っているおっかなビックリな教室から抜け出す。用事があるというのは本当だった。今日は母さんの帰宅が遅れるらしいので夕飯の用意をしなければならない。




‡‡‡




「いやいやいや、九重君、アレで陰キャ……?」


 教室から流れるように出ていった九重の背中を見つめながら、桜井香奈は頭を抱えていた。


「今の台詞がサラッと言える人も珍しい気がするんだけど……」

「しかし、雪兎ってあんなだったか? 全く何があったんだか……」


 巳芳も九重の背中を目で追っていた。つまらない学園生活になるかと思ったが、どうやら杞憂に終わりそうだ。思いがけず再会することになったアイツは大きく変わっていたが、その変化は完全に斜め上だった。いったいこれまで何があったのか気になるが、期待感の方が大きい。


「じゃあ、行くとするか」


 こうしてクラスメイト達による親睦会が始まるのだが、まさかそれが波乱を起こすことになろうとは、まだ誰も知らなかった。

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