7 『俺の教育係はクール美女系先輩』
今回で弓削くんと瀬能先輩の出会い編、プロローグが終了しました。
プロローグは穂村ちゃんが目立ち、瀬能先輩の活躍がほぼ無かったので、タイトル詐欺的なブラック無糖状態でしたが、これから徐々に加糖していきます。
実務研修の説明を終えた俺達は直属の上司となる配属部署の課長に連れられて各々散らばっていった。
――ついに実務研修か。緊張するな。
俺のところに来てくれたのは白髪頭で柔和な笑みを浮かべてる優しそうなおっちゃんだった。
纏う雰囲気は柔らかく小太りなところも相まってか、七福神のえびすさんにしか見えない。
「弓削くんだね?」
「はい」
「僕は総務課の
「よ、よろしくお願いします!」
社員証には本人の顔写真と共に確かに、
……本当にえびすさんだった件について。
似合い過ぎている。
名字もさることながら名前もまたピッタリなのだ。どことは言わないが。
ちなみに
人によっては課長呼びを使う人もいるし、UL呼びを使う人もいるとのこと。……どっちかに統一してほしいと思ったのは言うまでも無いだろう。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。さっそく皆のところに紹介に行こうか」
「はい」
前を歩くえびすさん……じゃなくて恵比寿課長。
後ろを歩いていると名状し難い安心感が俺を包んでくれる。
間違いない。恵比寿課長は絶対に癒し系だ。
だからなのかすれ違う他の社員達に「
「あっそうだ、弓削くんは甘いの好きかい?」
「えっ? まぁ、人並みには好きです」
「そうかそうか。それは良かった。はい、飴ちゃんあげる」
そう言ってスラックスのポケットからミルク味の飴を取り出し、俺に手渡してくれた。
「あ、ありがとうございます」
「後は最近マイブームのパインの飴ちゃんとバターコーヒーの飴ちゃんもあげる。このパインの飴ちゃんは甘さ控えめでスッキリしてて美味しいから、ちょっと今食べてごらん」
「は、はい」
スーツのポケットと持ち歩いていたポーチ? のようなものから更に別の飴ちゃんをぽいぽいだす恵比寿課長。
もしかしてこの人はポケットごとに別の種類の飴を入れてるのかもしれない。
パイン飴の封を切って渡してくれたので、言われた通り口に運んだ。
口内に広がるフルーツ特有のスッキリとした自然な甘みが緊張していた俺の身体に染み渡る。
「どうだい? 少しリラックスできたかい?」
「はい! ありがとうございます」
「それはよかった」
飴を舐めたことなのか高まっていた緊張感は確かに薄らいできていた。
急に飴を渡して食べる様に促したのは、俺のことを気にした恵比寿課長なりの優しさだったようだ。
素直に嬉しい。
こんな優しい課長のもとでならこれから先も頑張ってやっていけそうだ。
そんなやりとりを行っていたらいつの間にやら総務課のオフィスに着いたらしく、恵比寿課長が立ち止まって手を振っていた。
「さて、着いたね。お~い、皆、ちょっとこっちに集まってくれるかい?」
恵比寿課長の呼びかけで総務課の先輩方がこちらにやってきた。恵比寿課長を含め全11人の課のようだ。
女性が5人、男性が6人。男女比はほぼ半々。
「ごめんね弓削くん。君の教育係になる子がいるんだけど、会議が長引いているみたいでまだ来れてないみたいなんだ。あとでまた挨拶してもらうことになるけどよろしく頼むね」
「全然大丈夫です。承知致しました」
「では、皆! 今日からうちの課に来てくれた弓削くんだ。うちとしては
まだあとひとり先輩がいるようなので全12人の課で確定した。
しかもこの場にいない人が俺の教育係になるのか。……頼む! 強面なおっちゃんは勘弁してくれ!
これからお世話になる先輩方への挨拶になるのでキッチリと決めたい場面だ。
恵比寿課長の飴ちゃんのおかげで過度な緊張はない。……ただ唯一の不安としてはまだ口の中に飴ちゃんが残っているので、喋っている最中に飛び出さないか心配なことぐらいだ。
それと6年ぶりの新卒配属と言うことは瀬能先輩と同期の人がいるってことか……、
「はい! ――ゲホッゴホッ!?」
やらかしたぁぁあああ!!
ちゃんとしたい場面だというのに余計なことを考えていた罰なのか、返事をしてから息を吸い込むタイミングで誤って飴を飲み込み、盛大にむせてしまった。
恥ずかしいのと、苦しいのとで涙目になりながら死にそうな声で何とか伝える「す、すみま、せん……飴ちゃんを、飲み込んでしまって」と。
――って俺なに言ってんだよ!! 今は飴ちゃんのことなんてどうでもいいだろ!!
誤って飲み込んだことにより焦ってしまい。
盛大にむせたことで軽いパニックを起こし。
最終的にはとっさにな、何か言わなくては!
と思った結果が今の言葉だった。
「だ、大丈夫かい?」
「新卒の子って初々しくてかわいいわね~」
「おいおい、しっかりしてくれよひよっこ」
「す、すみません! もう大丈夫です」
恵比寿課長が焦ったように背中をさすってくれ、先輩達は心配するように声を掛けてくれた。何人かの女性の先輩は微笑みながら俺のことを眺めていたので死ぬかと思った……主に羞恥心によって。
「改めまして――弓削明弘と申しま――えぇッ!?」
気を取り直して挨拶をしようとしたところで、俺の視界にある人物の姿が映った。
驚きのあまり思わず声を上げ、挨拶中だということすら忘れて固まる俺。
……どうしてこんなところに瀬能先輩が!?
いつも通りと言えるほど瀬能先輩を見ている訳ではないが、今日もキリリとした身の引き締まるような空気を纏い、カッコよさが溢れているのが確かに感じ取れる。
ハーフアップのサラサラとした黒髪を揺らしながらこちらに近づいてくる瀬能先輩。
ミディアムヒールのパンプスが奏でる足音さえカッコよく聞こえてしまうのは俺がおかしいのだろうか? ……こんなことを考えている時点で間違いなくおかしいんだろうな。
「――課長、遅くなりまして申し訳ございません」
「おぉ、瀬能くんナイスタイミングだね。今からちょうど弓削くんの挨拶なんだ。教育係の君が間に合ってくれてよかったよ」
……え? 恵比寿課長、今なんて言った? 瀬能先輩が俺の教育係?
瀬能先輩に強く憧れるあまり俺は白昼夢を見ているらしい。
そんな俺に都合の良いことなんてある訳ないのだ。
そもそも瀬能先輩の所属部署すら知らないんだぞ? ……もしかして工藤あたりが瀬能先輩に頼み込んで俺をドッキリにでもハメようとしているのか?
……そんな訳ないよな。
マジで現実なのか?? ここはベタに頬っぺたでも引っ張ってみるべきか?
「……お~い? ひよっこ? 急に固まってどうした?」
「あっ、すみませんちょっと緊張してしまって」
「弓削くん緊張することはないよ。君は今日から総務課の仲間なんだから」
「そうだぞ。お前は俺の後輩なんだからな」
さすがに頬っぺたを引っ張るのはどうかと思ったので止めた。
とっさに緊張したと告げたが、それは瀬能先輩に見られていることが原因なので、恵比寿課長と40代くらいの男の先輩が励ましてくれたことに、若干の罪悪感を覚えた。
憧れの人に見られている……これはありえないプレッシャーなのだ。
しかも新入社員代表の答辞とは違い非常に近い距離で、だ。
頭が真っ白になる。
何を言えばいいのか、どうすれば好印象に見られる?
そんなことばかりを考えてしまい思考回路がパンクした。
「えっと……私は、弓削明弘と申します……」
とりあえず場を繋ぐために名前を言ったがその先が出てこない。
何度も言葉を捻り出そうとするが「よろしくお願い致します」ぐらいしか見つからない。
平時ならいくらでも考えられるのに……くそ!
「――がんばれ後輩くん」
「あ、ありがとうございます! ……本日よりこちらの総務課所属となりました。右も左も分からず皆様には迷惑をおかけすることが多々あるかもしれませんが、1日も早く仕事を覚えて戦力になれるよう一生懸命頑張りますので、ご指導のほどよろしくお願い致します!」
不思議だった。
瀬能先輩にたった一言「がんばれ」と言われただけで、詰まっていた思考回路は川のように流れ出し、自然と意気込みが口から湧いて出てきたのだ。
先輩達が拍手をしてくれる中、瀬能先輩を見たら……、
「…………」
口パクで俺に何かを伝えようとしていた。
ただそれだけの仕種なのに瀬能先輩がやると凄くお茶目に見える。
普段のキッチリとした雰囲気からは想像もできないギャップだったからだ。
お世辞だとしても嬉しい。まぁ、冷静に考えて100%リップサービスだろうけど。
……だがそれでも俺のヤル気は急上昇だ。単純な男かもしれないが、憧れの人にそう言ってもらえるのはやっぱり嬉しい。
それに見間違えでなければ瀬能先輩は確かに「弓削くんもカッコイイよ」と言っていた気がするのだ。
っしゃぁぁぁ! これから死ぬ気で頑張るぞい!
ちなみに俺がこの時の口パクの答えを知るのはまだ先のことだったりする――。
本日しきはら飲み会のため予約投稿です。
これから年末まで週2ペースで関係各部署、ベンダー、サプライヤー、協力会社、の皆様と忘年会です……。
年忘れ何回することになるのやら……。
皆さまもお酒にはお気をつけて下さい! 瀬能先輩や穂村ちゃんのようになりますよ(笑)