2 『WあさひとドSの同期』
瀬能先輩に「がんばれ後輩くん」と言われてから、早いもので既に1か月が経とうとしていた。
その間俺は何をしていたかというと……研修漬けの毎日だった。
全新入社員は一度人事預かりとなり、敬語の話し方といった当たり前のものから電話応対等の基礎的なビジネスマナー、各部署の仕事見学、外部ビジネスセミナー参加などなど……。
そんな管理されたスケジュールだったので当然瀬能先輩とばったり会う……なんてことは一度もなく、中々に濃い毎日を過ごしていた。
「弓削~! 飯行こうぜ!」
「社食にするか、外で食うか……
午前中の研修を終え、飯をどうするか悩んでいたら横から声を掛けられた。
総勢80人も同期がいる中で唯一バカ話ができるまでに仲良くなったのがこの男――
こいつは「ノリとコミュニケーションだけで生きていく!」と本人が豪語しているだけあって、初対面の相手だろうがすぐに打ち解けてしまうコミュ力お化けなのだ。
全同期の
「今日は社食にしようぜ! ロコモコ丼食いたい」
「了解」
「あれ~?
だからこそ工藤みたいなコミュ力お化けと一緒にいると、このように自然と人が集まってくる。
今工藤に話し掛けてきたのはコミュ力お化けの女子代表――
新入社員のくせに髪をナチュラルブラウンに染めた、ゆるふわウェーブが特徴のミディアムボブ。一言で言うならば可愛い系の女子である。
ちなみにこいつは以前「愛嬌とコミュニケーションだけで生きていく!」と、どっかの工藤みたいなことを言っていた。
類は友を呼ぶの典型である。
「行くぞ!
「いくいく~!
今更だがこいつらはふたりとも名前が
ただでさえコミュ力お化けなのに名前が一緒……お察しの通りかもしれないが、こいつらは初対面の時から互いの名前で呼びあっていた。……よくよく考えると類は友を呼ぶ、どころのレベルじゃないな。もしこいつらが結婚したら面白いことになりそうだ。
「私もお邪魔していい? 弓削くん、工藤くん」
そして舞野に
彼女は――
真面目そうなアンダーリムの黒縁メガネと、これまた優等生チックな長い黒髪をひとつ結びにした穂村。
……
「歓迎するぞ」
「むしろ野郎ふたりのランチに
「……あ、うん。ありがとう。工藤くんうるさいから黙って」
かなりズバズバと言う毒舌家だったりする。
工藤が「穂村ちゃんそれは我々の業界ではご褒美ですぞ! ありがとうございますありがとうございます!!」と喚きながら頭を下げていた。
穂村はそんな工藤をゴミを見るような目で見下しながら「迷惑だから勝手に感謝しないで」と吐き捨てる様に言っていた。
……毒舌家というよりただのドSなのかもしれない。
「あさひ~! ばかやってないで早く行かないと激混みだよ~?」
「先行ってるな」
「私も行くからおいていかないで……工藤くん罰として先に行って席とっておいて」
「穂村ちゃんの頼みとあらば! きっちり4人分の席確保しておくから期待しといて!」
食堂へ向かう人であふれ始めた通路を上手いこと縫うようにして工藤が走り去っていった。その後を舞野が「今日のメニュー見てくるね~! 席とっておくからふたりはのんびり来ていいよ~」と、人好きのする笑みを浮かべてから追走していった。
嵐のようなコミュ力お化けペアである。
「あのふたりやかましい」
「だな」
横に立っていた穂村が疲れたようなジト目で遠ざかるふたりの背を眺めながら言った。
全くもって同感だったので肯定を口に。
やかましいというか騒がしいというか。
「ふたりだけで……外に食べにいく?」
「そんなことしたらあいつらもっとうるさくなるぞ?」
穂村の冗談に付き合ってみたら面白そうな気もしたが、それは間違いなく一時のもので、その後絶対にめんどくさいことになるような気がしたのでやめておいた。
すると俺と同じことを考えたのか分からないが、心なしか暗い表情を浮かべた穂村がコクリと頷いた。
「……冗談だよ?」
「んじゃ、行くか」
「うん」
「外でいいんだろ?」
「……えっ!? 外行くの!?」目をぱちくりする穂村
冗談に冗談で返したらかなり驚いた表情で俺を見てきた。
中々に良い反応だったので冗談を言ったかいがあるというものだ。
「冗談だ」
俺の返しを聞いた穂村が眉間にしわを寄せた。
メガネ越しに見える瞳は少々苛立っているようにも見える。
……なにやら不満があるらしい。実は本当に外で飯食いたかったとか?
「弓削くんのビビリ」
「せめてめんどくさがりって言ってくれないか?」
「弓削くんのめんどくさが
やけに誇らしげな表情で俺を猛然とディスる穂村。
やたらと生き生きとしたその姿を見てひとり納得してしまった。
間違いない。
こいつドSだわ。
罵倒されて喜んでた工藤はもしかして……ドMなのか? まぁ、どうでもいいが。
「俺は工藤みたいにそれで喜ぶ性癖はないんだが?」
「全部
微妙に会話が噛み合っていない気がしたが、俺も気にせず適当に話を続けた。
「散々な言われようだ。それと俺は肉の中では一番チキンが好きだから本望だ」
「……チキンって意味分かってる?」
「ビビリってことだろ?」
「……はぁ」
適当に話をした罰なのか、こめかみを押えてわざとらしく嘆息した穂村が俺を無視して歩き出していった。
チキンにビビリ以外の意味なんてないだろ。罵倒された挙句呆れられるとかどういうことだよ……と俺は心の中で悪態をつきながら遠ざかる穂村の背を追いかけたのだった。
ヒロインは瀬能先輩しかいませんのでご安心ください。