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【連載版】クール美女系先輩が家に泊まっていけとお泊まりを要求してきました…… 作者:識原 佳乃

ファーストコンタクト

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1 『クール美女系先輩』

 いい夫婦の日(11/22)の本日より、連載版スタートとなります。

 以前短編で書きましたものを、よりボリューミーに書いていくつもりです。

 よろしくお願い致します。

 人生の節目と呼ばれるイベントはいくつもある。

 入学、卒業、就職に結婚などなど……今後の生活を左右する非常に重要な出来事だ。


「春日和の本日、若さとやる気に満ち溢れた仲間を新たに迎えられて――」


 そんな人生の節目イベントのひとつ、就職に俺は差し掛かっていた。

 今日は4月1日で、今はまさに入社式の真っただ中。

 壇上に立つ最高経営責任者(CEO)のありがたいお言葉は、()()()()()()()()()()()からくる極度の緊張でほとんど頭に入ってこない。


 ……どうして俺が新入社員代表なのか。一体どんな基準で選ばれたんだ?


 未練がましくそんなことを考えていたら万雷の拍手が聞こえてきて、意識を壇上に向けたら最高経営責任者(CEO)が挨拶を終えていた。

 壁掛け時計の針はいつの間にやら10分ほど進んでいたので、ちょっとした浦島太郎気分だ。


「続きまして辞令交付。新入社員、起立。新入社員代表――弓削(ゆげ)明弘(あきひろ)


 静まり返った厳粛な雰囲気の中、俺の名前が呼ばれた。

 ほとんど反射的に「はい」と気持ち上擦った声で返事をし、努めて平静を装って壇上へと歩みを進める。

 新入社員は総勢80名もいるので一人一人に手渡ししていると時間が掛かり過ぎてしまうため、新入社員代表が一括で受け取るのだ。背後から照らしてくるスポットライトがやけに熱く感じるのは、きっとこの場にいる皆の視線が俺の背に集まっているからに違いない。


「――年4月1日付で総勢80名を人事部所属社員とする」

「はい」


 無事最高経営責任者(CEO)から辞令を受け取って降壇し、自席に着いてまずは一安心。

 次のプログラムは役員祝辞でその後が先輩社員祝辞。


 ――そして俺の最大の見せ場である、新入社員代表の答辞だ。


 あまりの緊張感に胃がキリキリと締め付けられるように痛み、背中を冷や汗が伝っていくのもはっきりと分かる。

 できるものならば今すぐにでも誰か他の奴に代わってやりたいが、選ばれてしまった以上やるしかないし、今更逃げ出すことはできないのだ。


 数回深呼吸を繰り返しながらどうにかして落ち着こうとしていたら、役員挨拶が終了したことを司会が告げた。……やばい、役員挨拶は何もかもが頭に入ってこなかった。


 このままでは自分の出番が回ってきたことにすら気が付かなくなる恐れがあったので、式の進行へと意識を集中することにした。


「――年入社、社員代表瀬能(せのう)芹葉(せりは)

「――はい」


 壁際の末席にいた一人の社員が立ち上がった瞬間、誰の私語も聞こえなかったはずの会場が更に静まり返った。

 あるはずの息遣いさえ聞こえない無音。

 俺を含む全新入社員が息を呑んだのだ。


 どこまでも透き通った鈴の音のように美しい声。


 次いでその瀬能(せのう)芹葉(せりは)と呼ばれた女性社員の容姿に皆、目を奪われた。


 ブラックのテーラードジャケットと膝丈までのタイトスカートの上からでも分かる、すらりと高いモデル体型でありながら出るとこは出ている反則的な曲線美。

 ハーフアップで纏められた肩より少し長い黒髪は絹糸のように一本一本が艶めいていて、スポットライトに照らされると宝石のように輝いて見えた。


 俺と違い緊張なんて一切感じさせない落ち着いた足取りで登壇し、演台越しにこちらを見た彼女は――目が覚めるほど美しかった。


 肌理(きめ)の細かい白い肌、猫のようにつぶらな瞳とクールな印象を感じさせる切れ長のアーモンドアイ。筋の通った高い鼻に薄く形の良い唇は濡れたように光る。


 ただ演壇に立っているだけなのに様になる。

 ただそこにいるだけで一枚の絵画になる。


 TVで見るモデルさんが目の前にいる……と言えば伝わるのか分からないが、彼女は非日常的なまでの美貌の持ち主だった。


「新入社員の皆さん、初めまして……そして本日は入社おめでとうございます。私は入社6年目の瀬能と申します」


 一度新入社員全体を見回してから口を開いた瀬能先輩。

 途中何故か俺とだけばっちりと目を合わせてくれたような気がして少し嬉しくなったが、それはアイドルのライブなどで「目が合った!」とファンが喜ぶようなものだと結論付けて自分を落ち着かせた。


「きっと皆さんが今感じているように、私も6年前の入社式当日は非常に緊張した思い出があります」


 壇上で滔々(とうとう)と語る瀬能先輩。

 纏う雰囲気は凛としていて、適度に張りつめた空気が今の俺には心地好かった。

 過度に気負う必要はない、だけどほどよく引き締める。

 そんな瀬能先輩の姿は、これから行う新入社員代表の答辞のお手本をしてくれているようだった。


「何故ならばこの後に控えている、新入社員代表の答辞、という大役を任されていたからです」


 なんと瀬能先輩も俺と同じ運命を辿ったらしい。

 それだけでこの美人でクールな先輩に親近感が湧いてしまった。


「答辞の前に何度も、()()()()()()()()()()()()()()()、そんなことばかりを考えていました」


 言い切った瀬能先輩は真剣な眼差しで間違いなく俺のことを見ていた。

 口にした言葉も俺が考えているものと同じで、どうやら勇気付けてくれようとしていることが分かった。……なんて優しい人なのだろうか。


「ですが今ではやってよかったと思っています。何故ならば皆さんも今後社会人として働いていく上で、必ず大きな舞台を経験することになるからです。その時、私はいつも新入社員代表として初めて答辞を任されたことを思い返し――」


 優しくて凛々しい瀬能先輩を見ていたら、不思議とリラックスしていく自分がいた。

 こんなにキリっとした美人が緊張したのかと思ったら、自分がガチガチになるのも無理はないなと悟ったからだ。あきらめがついたというか、開き直ったとでもいうべきか。


 以降も瀬能先輩は自分の経験や思いを言葉にして話してくれたので、とても理解しやすく(なお)()つ共感できる祝辞だった。


「――以上、簡単ではありますが、歓迎の言葉とさせていただきます。ありがとうございました」


 皆が話に聞き入っていたのか、それとも瀬能先輩に見惚れていたのか、まばらだった拍手が最後には最高経営責任者(CEO)挨拶よりも大きなものとなっていた。……個人的には瀬能先輩の方がカリスマ性があったので仕方ない気もするが、皆それでいいのだろうか?


「続きまして新入社員代表による答辞。新入社員、起立。新入社員代表――弓削明弘」

「はい」


 瀬能先輩はきっと俺のことを勇気付けてくれたのだろうが、逆にこんなレベルの高い祝辞の後に答辞をやるのはまた違ったプレッシャーがある。

 演台に立ち、スポットライトの眩しさから逃れる様に一度目を閉じて深呼吸をした。

 それからゆっくりと全体を見回し、瀬能先輩と目が合ってドキリとした。演台に立っていても目が合うと普通に分かるのかと気が付いて。


 ……だから開き直った俺は原稿には無い言葉を冒頭で口にした。


「答辞――の前に一言だけ言わせてください。先程瀬能先輩からありました通り、私も非常に緊張しながら今この場に立っています。正直、何故私が……と何度も思いましたが、いつの日かやってよかったと思えるよう、全力で答辞をさせていただきます!」


 新入社員の皆は少し笑っていた。……俺なんかが皆の代表ですまねぇ。

 お偉いさん達も微笑ましいものを見るように優しい表情でこちらを見ていた。


 そして瀬能先輩だけは――笑顔を浮かべる事も無く、真面目な硬い表情で俺のことを見ていた……。


「――以上、簡単ではございますが、答辞にかえさせていただきます。新入社員代表、弓削明弘」


 やり切ったぞぉぉぉぉ! と内心で雄叫びを上げながら自席へと戻る。

 肩の荷が下りたからか、それからはあっという間に進み閉会となった。


 ……結局瀬能先輩は一度も表情が変わることはなく、唯々淡々と俺のことを真っ直ぐに見つめたまま答辞を聞いていた。

 正直なところ一度も笑みを浮かべてくれなかったのは悲しかったが、瀬能先輩からすると俺はただの社会人1日目のガキである。

 だからこれは仕方のないことなんだと諦めて会場を出ようとしたところで声を掛けられた。


「弓削くん」


 振り返るとそこには腕を組んだ瀬能先輩が立っていた。


 ……驚いた。

 素直にビックリした。

 まさか声を掛けられるなんて想像だにしていなかったからだ。

 それに間近で瀬能先輩の端麗な容姿を見たことによる衝撃もあって、しばし呆然としてしまった。


「……弓削明弘くん?」

「は、はいっ!」


 慌てて返答しながら頭をフル回転させた。

 瀬能先輩はどうして俺に声を掛けてきたのか? と。


「すごく立派な答辞だったわ……()()()()()()()()()()

「えっ!? あ、ありがとうございます」


 何だか含みのある言い方だった気がするが要するに、新入社員代表の先輩として答辞お疲れ様、ということのようだ。


 ただ俺が心なしか挙動不審な返答をしてしまったのには理由がある。

 微かに目尻を下げて、気持ち口角を上げた瀬能先輩が微笑んでいるように見えてしまったからだ。

 多分俺の希望的観測がそのような幻影を見せたのだろうが、瀬能先輩の微笑みは動揺するのに充分な破壊力があった。


「がんばれ後輩くん」


 その言葉だけを残して瀬能先輩は踵を返して行ってしまった。


 っしゃぁぁぁ! これから頑張るぞい!


 俺が本気でこれから頑張っていこうと思ったのは実はこの時が初めてだったりする。……こんな美女に応援されて頑張らない男はいないのである。


 ……これが俺と――瀬能(せのう)芹葉(せりは)先輩のファーストコンタクトだった。

 まだ当分は、クール系美女の瀬能先輩のターンです!

 その内、ぽんこつ天然系美女芹葉先輩に変身します!

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