第1期女流本因坊・囲碁棋士七段本田幸子さん老衰のため死去。89歳

2020年5月1日、本田幸子さん(ほんだ・さちこ、囲碁棋士七段)が、老衰のため死去。89歳。

更新日: 2020年05月07日

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昭和22年入段。57年に第1期女流本因坊を獲得するなど、タイトル獲得通算7期。門下に向井千瑛(ちあき)五段ら。姉の杉内寿子(かずこ)八段、妹の楠光子(てるこ)八段も囲碁棋士。

july701さん

昭和5年(1930年)12月30日生。静岡県出身。13年故木谷實九段に入門。
昭和22年入段、32年二段、33年三段、38年四段、51年五段、56年六段。平成12年引退七段。
杉内寿子八段は実姉、楠光子八段は実妹。門下に吉田洋逸六段、向井千瑛五段、長島梢恵三段、三村芳織三段
日本棋院東京本院所属

棋戦主要履歴

昭和44年(1969年)
第16期女流選手権戦優勝
昭和48年(1973年)
第19期女流選手権戦優勝
昭和49年(1974年)
第20期女流選手権戦優勝・2連覇
昭和50年(1975年)
第21期女流選手権戦優勝・3連覇
昭和54年(1979年)
第5期天元戦本戦入り
☆女流棋士として史上初の七大タイトル本戦入り
昭和56年(1981年)
第27期女流選手権戦優勝・通算5回優勝
昭和57年(1982年)
第1期女流本因坊戦で小林禮子六段を2-1で破り第1期女流本因坊位に就く
昭和59年(1984年)
第3期女流本因坊戦で楠光子七段を2-0で破り女流本因坊位奪取

受賞歴

囲碁関連受賞履歴
昭和44年(1969年)
棋道賞女流賞(女流選手権優勝により)
昭和47年(1972年)
棋道賞女流賞
平成16年(2004年)
大倉喜七郎賞受賞

姉の杉内寿子八段、妹の楠光子八段とともに「本田三姉妹」と称された。

本田幸子(ほんだ さちこ、1930年(昭和5年)12月30日 - 2020年(令和2年)5月1日)は、日本の囲碁棋士。静岡県出身、日本棋院所属、木谷實九段門下、七段。女流選手権戦・女流本因坊戦で優勝7期。海外囲碁普及にも貢献。杉内寿子、楠光子の三姉妹の次女。

1938年に木谷實に入門。1947年初段。1952年、呉清源とともに台湾訪問。1958年三段。1960年に女流選手権戦で挑戦者となるが、伊藤友恵に0-2で敗退。1961年に日米親善囲碁使節に、妹の輝子(光子)、木谷禮子と3人が選ばれて訪米し、約2か月間滞在。1963年四段。1969年に女流選手権戦で木谷禮子を2-1で破り初タイトル。1974年には小林千寿とともに欧州派遣棋士に選ばれ、各国を巡る。1981年六段。女流選手権戦は最終1981年まで5期優勝。1982年には第1期女流本因坊戦で小林禮子の挑戦を受け2-1で防衛。翌83年には楠光子との姉妹対決となり、タイトルを奪われる。続いて84年、85年と姉妹対決は3年連続、また女流鶴聖戦でも83年に姉の寿子、84年に光子との姉妹対決となった。
2000年に引退、七段。門下に吉田洋逸、向井(三村)芳織・(長島)梢恵・千瑛三姉妹。
2020年5月1日、老衰のため死去。89歳没。

長女

杉内 寿子(すぎうち かずこ、1927年(昭和2年)3月6日 - )は、日本の囲碁棋士。静岡県出身、日本棋院所属、喜多文子名誉八段門下。女流棋士として初の八段。女流選手権戦4期、女流名人戦4期など。旧姓本田。夫は杉内雅男九段。本田幸子、楠光子の棋士三姉妹の長姉。2004年まで日本棋院棋士会会長、女流棋士会会長を務めた。
2014年に通算600勝を達成し、女流棋士史上最多勝記録を保持する。
2017年11月21日より、夫である杉内雅男九段の死去に伴い日本棋院最年長現役棋士となる。杉内雅男九段が死去するまでは、夫婦で日本棋院の1番目と2番目の最年長現役棋士であった。

三女

楠 光子(くすのき てるこ、1939年〔昭和14年〕9月3日 - )は、日本の囲碁棋士。東京都出身、日本棋院所属、木谷實九段門下、八段。女流本因坊戦で3連覇、通算5期獲得など。杉内寿子、本田幸子の三姉妹の三女。旧名本田 輝子。2019年引退。

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